『ブルーバック』
ティム・ウィントン/作 小竹由美子/訳 橋本礼奈/絵
さ・え・ら書房
2007.07
原題:BLUEBACK by Tim Wintons, 1997

オビ語録:「あたしたちは海からきたんだ。海があたしたちの故郷なんだよ」/豊かにあたえ、そして奪う海を、終生愛し守りぬいたドラ。その心は息子に、そして孫へとうけつがれる。大きな青い魚、ブルーバックに見守られながら。

みっけ:本を見ただけで、なんとなく先入観が先に立って、環境保護の本なのかなあと思って読み始めたら、案の定、環境保護の本でしたね。別に読みにくいわけではなく、主人公の少年がブルー・バックと最初に出会うあたりの感じはなかなかよかったし、画面として取り出してみれば、けっこうきれいな箇所がいくつかあったのだけれど、最終的には印象の薄い本でした。この主人公とお母さんの暮らし方などは、たしかにおもしろいなあと思ったのですが……。104ページあたりに、自分たちは捕鯨で生計を立ててきて、だから自分たちの暮らしを支えてくれた自然を守らなくては……という話がちらっと出てきますが、白くて大きな骨がたくさん浜に林立するイメージにはハッとさせられるけれど、それにしっかり肉付けがなされるところまでいっていない気がします。なんとなく、書いてあることがこっちに迫ってこない感じで、全体としては食い足りなかった。

紙魚:前半、エイベルが海の気持ちよさや偉大さに魅了され、ブルーバックとの出会いによって、ますますそれが高まっていく過程は、とても自然に伝わってきました。海に入ったときの体感がうまく表現されているところもところどころにあり、文学的だなと思う表現もありました。ただ、後半になると、その体感が薄れます。エイベルが研究者となるあたりから、前半描かれていた、海のやさしさ、偉大さ、驚異というようなものが、環境問題等に置き換えられて、せっかくの物語の心地よさが狭まっていくように感じました。彼自身が抱く、海への感覚がもっと書かれていると、海の不思議もさらに伝わってきたのになと思います。

クモッチ:最初の、ブルーバックと出会うところは、自分が潜っていないのにそう感じられるほどで、気持ちよさが伝わってきたので、おもしろく読みました。39ページ2行目、「数秒後に、〜ドラ・ジャクソンが〜」とあるのに、つぎの行に「母さんは〜」とある。ドラ・ジャクソンって、お母さんのことですよね。読みながら、ん?ドラ・ジャクソンってだれだっけ?と思ってしまう。こういうところが何か所かあって、読みにくかったです。中盤以降については、お母さんが、「海が変わってきている」と言ったり、主人公が「海のことが知りたい」と思ったりすることは書いてあっても、何か具体的でない感じがしました。大人だったら、ああ環境破壊のことを言っているんだなとかわかるんですが、あまりに抽象的なので、最後読み終わったときに、得られたものがなかったな、という気持ちになってしまった。物語自体の印象が浅いというか。もっと、主人公の海を愛する気持ちで感動したいのに、簡単な粗筋で終わっているように感じました。

みっけ:海洋学者の人たちって、ただ研究をして実験をするだけでなく、実際に海に潜ったりするじゃないですか。おそらく、そうやって実際に海に潜ることによって、やはり自分は海が好きだ、ということを再確認しながら、抽象的だったりやたら細かかったりする研究にも耐えていくんだと思うんです。だからこの本でも、主人公が海洋学者になってから、たとえばほかの海に潜ってそこで感じたことから自分の故郷を思うとか、あるいは海洋汚染の現場で潜ってみていろいろなことを考えるとか、そういう体験を書けば、もっと物語が立ち上がってきたかもしれませんね。

クモッチ:体の感覚として、もっと伝わるといいのかな。海の生き物との出会いとか、水の気持ちよさとか。

メリーさん:本文が、直訳調でちょっと気になりました。もう少し心理描写もあったらよかったのになと思います。それでも、ブルーバックのくだりを読んで思い出したのが、縄文杉。人間よりはるかに長生きしている生き物と、ちっぽけな人間との対比。主人公が子どもの頃出会った魚に、大人になって再び会い、自らが年を重ねていくことを感じるところはいいなと思いました。そして、場面をもっと書き込んでほしかったです。

ハリネズミ:海の中の描写とか、この子が海に抱いている思いは、とってもいいなあと思って読みました。ただ筋がご都合主義的で、悪い人たちが、主人公たちが何も行動しないうちに、都合よく水産庁につかまってしまう。私は、写真を撮って知らせるとか、ここから何か運動が始まるのかな、と思ったのに。皆さんが言っているように、後半が文学というより説明になってしまってますね。お母さんの変化は主人公も感じ、読者にも伝わりますが、海をどう見ているのかは伝わってこない。メッセージ性が先に立ってしまったんでしょうか。エイベルの妻が「海にいるのと、〜どっちがいい?」って二者択一の問いかけをするんだけど、海にいながら、結局最後は科学者になるわけですよね。最初から二つを結びつけた選択だってできたんじゃないかと思ってしまいました。あと、117ページの絵が悲しそうなので、子どもが死んじゃったのかと思いました。

クモッチ:「海について話すのと、海にいるのとどっちがいい」という話題は、子どもにわかるのかな? とても大人っぽいテーマを含んでいると思いますね。

ハリネズミ:これ、課題図書なんですってね。感想は書きやすいのかもしれません。ただ本当に海の大切さを感じさせたかったら、後半にももう少しふくらみがあるとよかったですね。

クモッチ:この作者は、お母さんのことが書きたかったのかもしれないですね。

ユトリロ:日本風にいえば、このお母さんは海女なんでしょ。78ページ後半「人食いザメは、飢えと疲れで死にかけていた。見ていると哀れで、エイベルは気分が悪くなった。銃をもっていたら、船を横につけて頭を撃ちぬいて楽にしてやるところだ」の部分が、おお出た、西洋人!という感じでした。日本的にはない考え方ですね。日本人は犬が飼えなくなったらそっと捨てて誰かに拾ってもらうのがやさしさで、逆に西洋人は飼えなくなったら自分の責任で安楽死させるという考え方。まあ、サメですから日本の子どもたちも別に違和感を持たないかもしれませんが。全体としては、粗筋っぽい感じがしますね。きれいな本ではあるんですが。子どもたちが読んで楽しめるのでしょうか。課題図書って、何冊ずつ決まるんですか?

クモッチ:4冊ずつですね。小学校低学年・中学年・高学年・中学・高校で、計20冊。

フェリシア:すごくおもしろい!ということもなかったけれど、つまらなくてひどいということもなく普通に読みました。少年は、海を理解したくて研究を続けているうちに、大好きだった海からどんどん遠ざかっていってしまった。そのことに気がついて、また海に戻ってくるというあたりは、人生観としておもしろく読みました。研究を続けて海洋学者になっていくのだけど、合間に戻ってきたときに、お母さんが年をとっていくのが、印象的に描かれています。主人公は、お母さんがここで生きていくのはきついなとか、再婚した方がいいなどと思うんですけど、最後まで彼は何もしないところが、何となく違和感がありました。環境問題などの他、自分の生き方を選択していく過程、家族など、いろんなテーマもほどよく入っているので、子どもが読ませたい本として課題図書になったのかなと思いました。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年5月の記録)