ハリネズミ:きれいな物語で悪くはないと思ったし、羽衣伝説を踏まえたうえで史実を織り込んで書いているのには好感が持てました。でも、ちょっと物足りない。物語の核は、真玉が地上で暮らすのか、水底の国に帰るのかというところだと思いますが、水底の国の魅力が書かれてないし、真玉がそこに惹かれる気持ちも書かれていないんですね。そのせいで、最後に真玉が地上に残る決心をする最後も、今ひとつ迫ってこない。それが残念。真玉と高丘の淡い恋もあるんですけど、それが原因で真玉が地上にとどまるにはまだ弱すぎる。高丘の方はこの間まで真玉を男の子だと思ってるわけだし、その後は仏門に入っちゃうわけでしょ。真玉の父親の伊加富は、エミシの女に命を助けられただけでなく、恋心を抱いていたのかもしれませんね。でないと、自分の命を危険にさらすまでに至る過程がよくわからない。でも、そこも児童文学だから遠慮したのか、書いてないんですね。

チョコレート:題名がおもしろいので興味があり読みました。お父さんは本当は生きてるんじゃないかと期待しましたが、結果は残念ながら亡くなっていました。天皇家の人物が出ていますが、系図があった方が出来事や時代背景がもっとわかっていいなと思いました。映画を見ている感じでさらりと流れ、ちょっと物足りなさを感じました。ギョイは妖怪なのかな? いろいろな場面に出てくるのがおもしろかったです。

サンシャイン:私は絵がダメでした。男としては読むのが恥ずかしい。明らかに女の子の読者を想定して描いたものですね。お父さんの現地での恋が詳しく書いてないので、5年か6年生の女の子向きという想定でしょう。ギョイは狂言回しかな。薬子の乱とか、歴史的な出来事に絡めて書いているところはよく書けていると思いました。

みっけ:読んだのがかなり前なので、かなり忘れてしまいました。たぶん、印象がさらりとしていたからだとも思うんですが……。私もやはり、この絵は苦手です。印象が妙にきれいになる感じで、現実離れしてしまうというか、甘いというか。こういう日本の昔を舞台にしたものを読むときには、匂いや光といったもの、また今のように衛生的でなかった頃のある種汚いところや汗臭さといったものが、今とは違うんだよなあ、という感じで興味深いんだけれど、この本にはそれがあまりなくて、さらにそれをこの絵がつるりとしたものに仕上げている感じがしました。羽衣伝説その後、という感じで書かれているのはわかるんだけれど、なんか最後のところがぐっと迫ってこなかった。主人公の葛藤がイマイチ伝わってこないから、決断も迫ってこない。印象が薄いんですよね。それまでの書き方が淡かったからでしょうかね。残念です。

ウグイス:作者が自分のよく知っている地元の風土や歴史を良く調べて書いていることが感じられ、雰囲気はよく伝わってくると思います。日本の読者にはなじみやすい。確かに物足りないところはあったけれど、最近読んだものの中ではわりにおもしろかった。

ハリネズミ:ひとつ新らしいと思ったのはエミシの描き方。アテルイやモイの側から史実を見る試みがなされるようになったのは最近のことらしいんですけど、児童文学でこんなふうにりっぱな人物として取り上げる試みが新鮮でした。

みっけ:真玉が田村麻呂と出会って、父の死の真相を話すのは、なるほどねえと思いました。でも、そのあとの真玉が号泣しているところで、田村麻呂が「あのときは、わしだとて、腰を抜かして落馬しそうになった。伊加冨殿は、乱心したのだとしか思えなかった。だが、あれからわしも少し大人になった。エミシだろいうが倭人だろうが、人として生きるのに何の違いもない。ようやくそう思えるようになった」と言って、さらにアテルイとモレの除名を嘆願したがかなわなかったと続くところで、「あれから私も少し大人になった」で片付けられてもなあ、という違和感がありましたね。もっと肉付けをしてくれないと、わからないよ、という感じ。

ハリネズミ:この場面で田村麻呂の心情を詳細に書くのは、ストーリーラインから外れるし、史実からも外れちゃうんじゃないかな。田村麻呂は、実際にアテルイとモイの助命嘆願をしたそうですし、この人たちの霊を弔うためにお寺も建てたとは言われていますね。ただね、田村麻呂にしろ薬子にしろ、子どもの真玉に自分の心の奥底にあることをこんなふうに話すかな? それが、ちょっと気になりました。まあ、小学生向きの物語なので、リアリティから離れるのは仕方ないのかもしれませんが。

ウグイス:やっぱりこの表紙の絵では、男の子は読まないよね。

ハリネズミ:男の子の読者は、はじめから対象にしてないつくり方ですよね。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年10月の記録)