松浦寿輝『川の光』
『川の光』
松浦寿輝/著
中央公論新社
2007.07

版元語録:『読売新聞』大人気連載の単行本化。川辺の棲みかを追われたネズミ一家が、新天地を求めて旅に出る。小さな命の躍動を余すことなく描き出した冒険物語

サンシャイン:かわいらしく書けていると思いました。子どもの目でみるとドキドキすることもあり、最後までまあ、よくできているんじゃないかなと思います。作者が楽しみながら書いたんでしょうね。地図も入れて、ネズミの視点だと人間よりずっと遠くまで冒険するって感じも出ています。

もぷしー:私はちょっと厳しく読んでしまいました。『ウォーターシップダウンのウサギたち』のほうを先に読んでいたので、よけい厳しい目で読んでしまったのかもしれないですけど。主人公たちが努力をしながら生き抜くという話である割に、幸運に救われる場面が多いな、と。幸運に恵まれるなら、そこで得たものを生かして次の危機にのぞんでくれるとお話としてつながっていきますけど、「新しいところで、新しいだれかに救われる」が繰り返されているのが気になってしまって。タータが、自分が救われたようにスズメの子を救ってやろうとするシーンもあったけれど、生き延びるための冒険を描く物語としては、自力で解決する要素がもうちょっと強調されてもいいんじゃないかと思います。でも、作者はとってもいい方で、世の中には他人を助ける人がこんなにいるんだよと伝えたいんだろうな。
あと気になったのは、もとが連載だったからだと思うんですが、イベントがものすごく頻繁に入ってくるところ。一難去ってまた一難。もうちょっと一つ一つのドラマを大きく組立て直して単行本化することもできたんじゃないかと思います。導入の部分はとてもいいと思ったんですよ。たとえば6pのところなんですけど、「そんなことはできないに決まっているけれど…行ってみるといいと思う」の描写は、読者をネズミの世界にすーっとひきこんでくれる、とても素敵な表現でした。ただ、後半に向けて、作者が読者を引っ張る感じがたまに強引。234p、獣医の田中先生のところ。「田中先生はこんな人」という説明が地の文としてずいぶん長く続くけれど、そういうことは、作家の説明より物語のエピソードでわからせてほしかった。ほかに、349pでタミーが去っていったシーン。「友だちって、いいね」と繰り返されていますが、単行本内でタータとタミーの接点は「友だち」になりきれるほどたくさんは描かれていないように思います。「友だちって、いいね」という言葉が、物語を飛び越えた作者の生の意見のように思えてしまいました。最後に366pのあたり、突然作者登場という感じがして、後書きのような印象。ここまで直接的に作者が読者に語りかけるなら、前半から、作者が登場するようなリズムを作っておかないと、この章だけ浮いてしまう印象でした。と、いろいろ言ってしまいましたが、本や物語のあたたかい雰囲気には好感が持てました。

ジーナ:私ももぷしーさんに近い感想でした。今回『ウォーターシップ・ダウン〜』と比べ読みしたのはおもしろかったです。『ウォーターシップ・ダウン〜』は完全にウサギの視点で描かれていますが、こちらは作者の視点、人間の視点があちこちで混ざってくるので、完全にネズミの視点になりきって読むことができませんでした。本当は仲良くない動物との友情も、一組くらいなら自然に入れますが、ここではあちこちで出てくるし、病院のケージから逃げだすときにピンを使うという、習性からするとありえないことが出てきて、ややさめてしまいました。タータとチッチは子どもらしいキャラクターですが、子ども心がある書き手が書いたというよりは、子どもってこんな感じかなと大人が想像して書いている感じがしました。特にタータが妙に幼く描かれている部分と、もう一人前のように書かれている部分があって、どれくらいの経験を積んだネズミのイメージなのか、つかみにくかったです。大人が読むにはいいのかもしれないけれど、子どもにすすめるなら別の本があるかなと思いました。

ハリネズミ:一気にさーっと読んだんですけど、366pのところでえっと思いました。これって大人の本なんだ、と思ったんですね。子どもも読めるのと子どものために書いているのは違います。小さい動物がたくさんいて、いろんなことをしようとしているんだけど、人間はそれに気を留めることなく地球をどんどん壊していっているというのが著者のメッセージだと思いますが、作品の中で登場する人間は田中病院の先生くらいなので、子どもが読んだら伝わりにくいんじゃないかな。そういえば図書館でも大人の本の棚にあったんですね。そう思って見直すと、子どもの本のつくりじゃないですね。ネズミたちの冒険そのものはとてもおもしろいので、子ども向けにも書いてくれたらよかったのにな。

ジーナ:そうですね。川がなくなるなど、生物が住めない環境を人間がつくっていくことへの告発はこの本の大きなテーマだと思いますが、それを子ども向けに書くなら、ネズミやイタチが住む場所を移すだけではなく、もっといろいろな生物が具体的にどうなるかなどにも触れてほしかったですね。

もぷしー:主人公がネズミだったのが厳しかったのかな。ネズミは都会でも暮らせるから、田舎や川辺にすみたいという目的が、生死の問題ではなく好みの問題になってしまうし。

ジーナ:このネズミたちは川暮らしなのに、ハンバーガーだとかポテトだとか、よく知っているんですよね。

ハリネズミ:この著者はケネス・グレアムの『たのしい川べ』が好きだそうですね。あれも、川ネズミやモグラやヒキガエルが旅しますからね。この本の中の川の描写にも、グレアムの文章を彷彿とさせるところがあります。著者は、大人として、そういうのを書きたかったんじゃないかな。牧歌的な暮らしにあこがれて、それが可能な場所をとどめておきたいって気持が強いかもしれませんね。ネズミを主人公にしたのは、弱い動物の象徴として出しているのだと思いますけど。雌犬のタミーが「ぼく」なんていうところは、大人にはおもしろいけど子どもにはどうなんでしょう? ドブネズミの帝国は、『ウォーターシップ・ダウン〜』をヒントにしたのかなと思いました。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年11月の記録)