『漂泊の王の伝説』
ラウラ・ガジェゴ・ガルシア/著 松下直弘/訳
偕成社 
2008.03
原題:LA LAYENDA DEL REY ERRATE by Laura Gallego Garcia, 2002

オビ語録:呪われた絨毯を追って、ひとりの男が旅立った。これは、うしなわれた王国の王子であり のちに《漂泊の王》と呼ばれる男の物語である。/スペイン発 世界8カ国で翻訳された異色のファンタジー

サンシャイン:王子の人物像が、最初の印象とずれてきて、あれ、と思いました。書き出しは立派な王子として書いているのに、実はそうではない。詩の優勝者を閉じ込めて意地悪して……という人物像に違和感を覚えました。もちろん後半は経験を積んで立派になるのですが。詩のよしあしは、この文章だけではわからない。まあまあおもしろく読めたともいえます。スペインのファンタジーの一つのパターンがあるのかな、と思いました。

チョコレート:夏休みに読みました。あらすじの先がみえましたが、逆にそこがおもしろかったです。自信満々の詩のコンクールで負けたことが原因で傲慢かつわがままな王子になりますが、いろいろな苦難に遭って成長していく成長物語として私は読みました。身分の高い王子に戻るのではなく、たくましく成長した一人間として話が終わることで、書名『漂泊の王の伝説』がさらに印象的になりました。王子がおこなった過ちに対して登場人物達が話すそれぞれの言葉(勇気づける励ましの言葉)に共感し、はらはらどきどきする場面などでは王子自身になりきってしまいました。この作品を通して砂漠の生活がよくわかり、またじゅうたんや生活の一部として詩がありその詩を朗読するなど日本にはない異国文化をたくさん知ることができてよかったです。

ハリネズミ:ます物語の中に出てくるカスィーダという長詩の構成、詩のコンクールの様子、絨毯を織る様子、ベドウィンの暮らし、都会ダマスカスの様子など、一つ一つがとてもおもしろかった。ストーリー運びもおもしろいですね。さっきワリードの人物像についてサンシャインさんが言ったことは、私も感じました。冒頭にはワリードが「体や顔つきが美しいだけでなく、心も美しかった。あふれでた水の流れのように気前がよく、愛する民をよろこばせるときには、財力をおしみなくつかった。実際、民に対しては、寛大さと公平さをもって接していた。品格と優雅さが感じられる、もうしぶんのない王子であった」って書いてあるし、その後も何度かワリードが完璧な人物だということが繰り返されているのに、ハンマードの詩についてはワリードは最初から「身分の低い男のへたくそなカスィーダ」とけなし、ハンマードを陥れようと画策するんですね。そのあたり、私もちょっと混乱しました。ここは、「りっぱだと思われている」あるいは「りっぱだとうたわれている」という風に訳したほうがよかったのかも。あるいは詩に関してだけは、ワリードは欠点をさらけ出してしまうということなら、そこを訳できっちり出してもらった方がいいかも。でも、そこを差し引いても、物語としてとてもおもしろかった。あと、父王、偉大な詩人アンナービガ、牧人ハサーン、商人ラシードなどがところどころで知恵ある言葉を語るのもいいですね。それが物語の進展の前触れになっているのもうまいな。
ただね、アラビアの人の長い名前はおぼえにくくて、途中でだれがだれだったかわからなくなってしまいそうでした。ちょっとした人物紹介があったらよかったのに。文章は、少しだけわかりにくいところがありました。たとえば25p3行目に「後ろだてに対する賛辞」とあるんですけど、「後ろだて」ってここで初めて出てくるので、何が言いたいか子どもにはわからないんじゃないかな。

みっけ:けっこうおもしろく読みました。プロローグで、突然相手に剣で切られて、走馬燈のように今までの一生が浮かんだ……みたいに始まるので、じゃあ、この人が死ぬまでの話なんだろうか、それもおもしろいなあ、と思って読み始めました。王子の人物像については、すばらしい人なのだけれど、こと詩に関しては、ほとんど狂気に近い執着で相手に無理難題を押しつけていく、というふうに解釈したので、それほど違和感はありませんでした。この王子は基本的に恵まれていて、しかも優秀でいい人で、そのうえ人の期待や考えにわりと敏感にうまく合わせる器用さもあるという感じだったんじゃないかな。逆に言えば、自分の欲望をコントロールしなければならないような決定的な場面にはほとんど直面してこなかった。ところが、詩に関してはこの人の生の欲望が出る。自分が一番ほしいと感じるもの、でも望んでも得られないものを目の前にしたときに、そういう脆弱さが一気に出て、暴走するっていう感じなんだろうなあと。まあ、暴走ぶりがかなりすさまじいわけだけれど。あんまりすさまじいものだから、後悔したときは時すでに遅しで、旅に出ることになる。なるほどなるほど、と読み進んで、主人公が絨毯織りの1人目の息子に出会ったときは、へえ、と意外性がありました。2人目は、ふうん、そう来るんだ、という感じで、こうなれば、3人目にも会うんだろうなあ、と見当がつきましたが、3人の息子それぞれのやっていることが違っていて、そういう3人に出会ったことで、主人公が変わっていく、そのあたりがうまくできていると思いました。3人に出会ったこともだけれど、この王子自体の身の処し方というのもポイントになっているため、ただ成り行きに流されていくのではなく、本人の成長が納得できる展開だと思いました。だから最初に読んだときは、再び盗賊に会って殺されたとしても、本人は満足という終わり方でいいような気がしたんです。ところが、実は死んでいない。あれっと思ったんですが、今またぱらぱらとめくってみたら、漂泊のマリクと呼ばれた実在の詩人をモデルにしたということだから、やっぱり最後に無名の人間として詩のコンテストに勝つというのが必要なんだ、とまあ納得しました。アラブ世界のお話は、あまり読んだことがないので、そういう意味でもおもしろかったです。それに、王子の連れ合いになるザーラという女性の立ち居振る舞いを見ても、砂漠の民、という感じで新鮮でした。

ハリネズミ:プロローグの場面は、あとでもう一度出てくるんですよね。そこにも構成の工夫がありますね。

みっけ:そうなんですよね、286pに出てくるんだけど、そっちは冒頭と同じシーンがずっと語られて最後に、「深い闇の中にしずむ前に、彼は自分の人生をもう一度、生きなおした」とつけ加わっているんですよね。それで私は、ここまでですっかり完結した気分になってしまったんです。それでもいいんじゃないかなあ、死ぬんだとしても、本人は納得しているんだし。

ハリネズミ:ワリード的にはそれでもいいでしょうけど、息子の一人がワリードを殺すことになるのは、やっぱりまずいんじゃない?

サンシャイン:同じスペインの『イスカンダルと伝説の庭園』(ジョアン・マヌエル・ジズベルト著 宇野和美訳 徳間書店)に似てるでしょうか?

ウグイス:あれは建築、こちらは絨毯というものを使って、人間の生き方を表しているというところが似てるのかもね。

みっけ:絨毯に機械とかテレビなんかが出てくるのもおもしろいですよね。本当に未来のことが出てくるのが、へえっと言う感じでした。

ウグイス:私は今回の選書係だったんですけど、今までにない雰囲気のファンタジーということで選びました。この本は、最初の詩のコンクールの場面から珍しくて引き込まれる。詩人の作った詩を読み手が詠唱し、それを耳で聞いて感動するというのがおもしろいわよね。ワリードの良いところを賛美するのも、詩で讃えるということがあるからでしょうね。そして、それほど讃えられた立派な人物であっても、嫉妬心というような自分の中の悪の部分があるのだということを書いているんだと思います。権力を持った人の弱さということもわかる。ファンタジーというと、悪と闘ったり、魔女と対決したりといったものが多いけど、これは自分の内面との戦いを描いているので、他とは一味違うファンタジーといえると思います。寓話的なところもあるし、アラビアの砂漠の物語ということで、ハウフの『隊商』とか、『アラビアンナイト』のような異国情緒も楽しめますよね。

ハリネズミ:ファンタジーの中の善悪の表現の流れからいうと、『ゲド戦記』で自分の中の悪と闘うと要素がせっかく出てきたのに、ハリポタ以来、自分の外に悪がいるというストーリーが氾濫してましたよね。そういう意味でも、この作品は、時代は古くても逆に新鮮な感じがしました。

サインシャイン:『ベラスケスの十字の謎』(エリアセル・カンシーノ/著 宇野和美/訳 徳間書店)も、八割がた現実の話のようにしていて、その中にいくつか現実にはありえないファンタジーの要素が入ってきますよね。そういうのが、スペイン文学の伝統としてあるんでしょうか? イスラム教誕生以前の世界、という設定には興味を惹かれました。ジンという精霊が自分を守ってくれるんですね。

ウグイス:最後にジンが出てくるところが急にファンタジーになるね。

ハリネズミ:ジンと魔法のじゅうたんのところがね。

みっけ:この主人公がどうしてもほしい名誉を3度さらわれるんだけれど、それは絨毯織りが3人の息子に身を立てるための資金を与えたかったからで、そうやって資金をもらった人たちに、あとで王子が出くわすっていうのも、うまくできていますよね。

ハリネズミ:長男は商人として出世してるけど、あとの2人はどうだっけ?

みっけ:末息子の場合は、村を襲った部族が金を盗んでいったんで盗賊になったって146pに書いてありますね。次のお兄さんは、174pに羊の群れを買ったとある。

ハリネズミ:そうだったわね。その後、次男は羊の群れを売ってラクダのつがいを買ったってありますけど、一生使い切れないほどの賞金をもらったはずなのに、ラクダってそんなに高価なのかな?

サンシャイン:盗賊になった人も気持ち的には立派なんですよね。義賊みたいで。

みっけ:盗賊が再び主人公と出会うことになるのも、ジンが呼び寄せるんですよね。わざと会わせる。そのあたりもおもしろい。

ハリネズミ:赤いターバンの人も不思議よね。そこもファンタジー的。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年10月の記録)