カワセミ:まず、すごくおもしろいことを考えたなあ、と思いました。たぶん作者はゴッホに興味をもっているからこそこういうことを思いついたんだろうし、これを表現するには児童文学が向いていると思ったのでしょう。発想がユニークなのはいいんだけど、全体的に何か違和感がありました。1つは、ゴッホがゴーストみたいになって出てくるのや言葉の問題に無理があるということ。もう1つは、この語り手の左吉っていう子が13歳で、修行してるという設定なんだけど、この子のやたら饒舌な語り口調が子どものイメージとどうも合わないところ。13歳っていうともう大人として扱っているのかもしれないけど。
それと、どういう絵かということを文章で説明するって難しいと思うんですよね。大人なら、北斎や広重でもなんとなくわかりながら読めておもしろいんだけど、その辺が子どもの読者だとどうなのかな? 中学生ならわかるのかしらね。ゴッホの絵を見た佐吉が、「なんたって絵にいきおいっていうのがある」って書いているところなど、これだけでピンとくればいいんですけどね。それから、この装丁だと中学じゃないと手にとらないですよね。ゴッホに興味がある子ならおもしろいかもしれないけど。でも、作品自体、難しいことに挑戦しているな、というところでは好感がもてました。

セシ:同じような印象です。題材はおもしろいけれど、今ひとつ乗れなかったところがあります。私も、語りが13歳の子かな、と疑問に思いました。83ページの「溜飲が下がった」のような言い回しや慣用句をたくさん入れていて、じじくさいというか、知識を鼻にかけている気がしました。それに、150ページで又三に「又さん、あんた、大変な宝もの、もってるだろう?」という話し方をするんですね。13歳の子がずっと年長の大人にこんな話し方をするのかなって。そんなふうに、あちこちであれっと思う部分がありました。あと1つひっかかったのは、71ページのお師匠さんのせりふ。「その想いにちゃんとこたえねえと、江戸っ子の、いや、日本の恥というもんだ」とあるんですけど、この時代に、日本という言い方をしてたんでしょうか? 江戸とは思っても、日本という観念を持つのかなと疑問に思いました。

ショコラ:以前オランダのゴッホ美術館に行ったとき、江戸時代の浮世絵や有田焼が数多くあったので不思議に思いました。一緒に行った友達から「オランダは江戸時代に日本と貿易があった国だから、日本の文化が伝わって当然」といわれ納得しました。ゴッホと日本の美術文化の結びつきを、作家も目にしていたのかなと思いました。登場人物の言葉に標準語と江戸言葉と関西弁が入っており性格もよく出ていました。3人の画家が出てきますが、3人それぞれの画風がよく表されているので絵のイメージが広がりました。活気ある江戸の生活様子が書かれており、また美しい秋の自然の景色がよく出ていておもしろいと思いました。ゴッホは幽霊なのに食事をしたりして、生きている人のように描かれているのが、ちょっと無理かなという気持ちもありましたが。「人間は人に出会って生き方が変わっていく」という作家のメッセージは受けとめました。

ハリネズミ:ゴッホが日本美術に惹かれていたことは有名なので、作家はもちろんそれを知っていたと思います。私は、細かいところにこだわらずにさっとおもしろく読みました。よく考えると、ゴッホがだんだん言葉に不自由しなくなるところとか、厳しい関所があるはずなのにどんどん旅ができてしまうところなど、リアリティがないかもしれませんが、まあゴーストなんだからいいじゃありませんか。西洋の画風と日本の画風の違いがうまく描かれているのも、おもしろかったです。一緒にスケッチをしても、ゴッホはパターンで描いているわけでなく実物を見ないと描けない、一方広重はツバメが飛んでなくてもツバメを描きこめるんですね。それに、ゴッホや広重は小学生でも知ってると思いますよ。同じ時期に、いせひでこさんが『にいさん』(偕成社)でゴッホを取り上げてますけど、日本にもゴッホファンはたくさんいるし、波瀾万丈の人生を送った画家だということは子でもでも知っているんじゃないかな。私も子どものころ、ゴッホが耳を切り落としたのはどうしてなんだろうと、ずっと考えてたことがありました。

バリケン:最初のところで、おまんじゅうやら白玉やら、おいしそうなものがたくさん出てくるところが、まず気に入りました。ジャポニズムや、西洋の絵画と日本画のちがい、遠近法と平面的な絵のちがいなど、大人は知っているけれど、子どもたちが読めば新鮮で、おもしろいでしょうね。こういうものを読むと、絵画にも興味を抱くようになるし、歴史物語にも親しめるようになるんじゃないかしら。ゴッホは、あの世に行ってるせいか、「炎の人」みたいではない。最後はどうやって消えるのかと思ったらそのままなので、ちょっと心配になりました。でも、主人公の佐吉自身は、最後に自分の進む道を見つけることができるので、児童向けの物語として、きちんとできていると思いました。佐吉の口調が最初のうちはわずらわしくて落ち着かない感じもしましたが、好感の持てる作品だと思います。

ハリネズミ:広重と北斎のあつれきも歴史的事実を押さえているんでしょうね。このテーマは、藤沢周平も「溟い海」で取り上げていますよね。佐吉が13歳なのに又三に偉そうな口をきいているのはどうか、という意見がありましたが、バリケンさんは気になりましたか?

バリケン:あまり気にならなかったんですけど、又三は同じくらいの年でしたっけ?

ハリネズミ:ずっと年上ですが、同じくらいの歳に感じられるような口調でしたよね。

バリケン:妙にすれてる感じはしますね。

ショコラ:この作品は、中学生の感想画コンクールの課題図書にもなりましたね。

バリケン:ゴッホは絵の具の混ぜ方が素晴らしくて、それでいつまでたっても絵の色があざやかなんですってね。絵描きなら誰でも知ってることだと、画家からきいたことがあるけれど。

もぷしー:おもしろく読みました。なんといっても、広重、北斎、ゴッホが出会うっていう設定が、予想を超えていて、いいですね。そういうやり方があったんだなって。ただ、この物語は児童文学として出されてますけど、子どもはついてこられるのかな? ゴッホは知っていても、日本の画家のことはかえって知らないのかな、と。ある程度、画家たちに関心を持ってないと、読みきれないかなと思って。若い読者たちの反応を知りたいです。内容に関しては、登場人物それぞれのこだわりとかコンプレックスがそれぞれの行動に具体的に表されていて、人物像がつかみやすかったです。お師匠さんが、北斎に会う前に具合が悪くなっちゃったりとかっていうのは、架空の出来事でも人物像に体温が感じられるので、物語に説得力が出ますよね。その点は大好きでした。あと素敵だなと思ったところは、各世代の成長のようすが描かれていた点。たとえば佐吉は、初めは特にこれができるというわけでもない、人の手伝いをする立場の人だったんですけど、最後には自分の追求したい道を見つける。又三は、外国語ができたり料理ができたり既に特技があるのに、道を定められずにいた人。それが、この物語中に自分の役立て方を知るという成長を遂げる。ゴッホは本当は死んでしまっているので成長を語るのも妙ですが、既に自分の道は決めた人で、その道で、さらにワザを極めていこうと行動を起こした。広重、北斎は、既にある分野で世の中に認められた人で、後の世代を導いてやるという役割を自覚することでコンプレックスを乗り越え、一段と高みに上る。そんな、人生における成長段階を読者に暗示してくれているんじゃないかなと思いました。全体を通して、物語がとても健全な感じですね。

(「子どもの本で言いたい放題」2009年2月の記録)