キャサリン・マーシュ『ぼくは夜に旅をする』
『ぼくは夜に旅をする』
原題:THE NIGHT TOURIST by Katherine Marsh, 2007
キャサリン・マーシュ/著 堀川志野舞/訳
早川書房
2008-1

版元語録:人づきあいが苦手な14歳のジャックは、交通事故にあってから、不思議な体験をするようになった。人が消えうせるのを見たり、奇妙な会話を聞いたりするようになったのだ。診察を受けるためニューヨークを訪れたジャックは、グランドセントラル駅で謎の少女ユーリに出会う。そしてユーリといっしょに向かった駅の地下9階、そこは死者の世界への入り口だった!

ショコラ:とてもスリリングな場面がたくさんあり、ニューヨークのようすがすごくリアルに描かれ、おもしろくて一気に読みました。地下に死の世界があって入っていく発想がおもしろく、お母さんといつ会えるのだろうと思うわくわく感、ドキドキ感もありました。読んだ後に残ったのは、次はどうなるのかなという思いでした。お母さんは死んでいるのに、お父さんとどう出会って現実の世界にきて生活できていたのかが疑問です。そのあたりの謎を続きを書いて解きほぐしてくれるといいな。

カワセミ:去年NYに行ったときに、電車でニューヘイブンまで行き、友人にイェール大学構内を案内してもらったので、イェール大学の情景から始まる物語の最初からひきこまれました。また、グランドセントラル駅のドームのところで、ささやくとそばにいるように耳元で声が聞こえるというのを、実際に友人とやってみたこともあります。ここは有名なスポットだったのね。なんの先入観もなく読み始めたので、リアリティのある話だと思って読んでいたら、たちまちゴーストの世界にひきこまれてしまいました。導入がとても上手に書かれていると思います。NYの町が、実は上のほうにも下のほうにも死んだ人がぞろぞろいるという図を思い浮かべると、今までに読んだことのない不思議な感じがしておもしろかった。セントラルパーク、コロンバスサークル、ブルックリンブリッジなど有名な場所が出てくるので、高いビルであったり、広い広場だったり、実際に思い浮かべて読めばおもしろいと思うんだけど、日本の読者では限界があるかな。これが東京タワーとか、日比谷公園だったらもっと楽しいのにね。仕方ないけど。物語には死んだ人がたくさん出てきますが、いろんな死に方があって、みな死ということを納得できないでいる。テーマとしては重いと思いました。会話の1つ1つにすごく意味があるので、じっくり読んでその意味を解釈するっていうのは、かなり難しい読書になるでしょうね。筋としては、お母さんに会えるのかどうか、主人公が戻れるのかどうかということでひっぱられながら読めるけれど、内容的には重いものでした。あと、日本の読者のためには、NYの地図を入れたらもっとよかったのかなって思いました。距離的にはずいぶん移動しているから、そういうこともわかるし。

セシ:筋は、この子がお母さんに会えるのかというのと、女の子と地上に帰れるのかというのでひっぱられて、先を読まされるのだけれど、こういうミステリー的なものは私は結構苦手で、トークンがあったら入れるとか、噴水に行ったら帰れるとか、途中で頭がごちゃごちゃになり、わけがわからなくなってしまいました。すごくメタフィクションナルですよね。オヴィディウスの『変身物語』や詩の言葉がひっかかっていて、ミステリーだけど教養的なおもしろさもあるので、ジュブナイル賞をとっているけれど、そういうところは大人の読者も楽しめるのかなと思いました。でも不満だったのは、お母さんに会いたいというのでひっぱる割には、お母さんをどうしてそこまで思い続けるのかとか、会った後にどれほど満足したのかは、詳しく書いてないんですよね。この作家は、ミステリーの仕掛けやメタフィクションが大事で、人を描くことにはあまり興味がないのかなという気がしました。

バリケン:私はミステリーやホラーものが好きなので、大いに期待して読みはじめたのですが、主人公が入院している病院で誰かが怪しげな会話をしているところで、なんとなく筋が分かっちゃって、なあんだ!と思ってしまいました。軽い話だなあって思いました。死の扱い方がとても軽くって、この世とあの世が簡単に行ったり来たりできるようで、ゲーム的というか、死の切実さが出てないというか。なにがなんでも重々しく描けばいいというわけではないけれど、違和感がありました。映画の「ゴースト」とオルフェウスの話を足して2で割ったような作品ですね。キリスト教的な世界観が、こういう若い世代のアメリカの作家からは無くなっているのかな。その点も、ちょっとショックを受けました。プルマンなどは、キリスト教的なものを意識的に壊そうとしているけれど、この作品の場合は意識せずにそういうものから抜け出ているというか。宗教的な世界観に対比するものが、ゲーム的な世界観なのかな?

ハリネズミ:たとえば『カラフル』(森絵都著/理論社1998)とか、死んだ人が来るっていう話はよくあるじゃないですか。そういうのとはまた違うタイプの作品ですよね。

カワセミ:『そのぬくもりはきえない』(岩瀬成子著/偕成社2007)にも、ゴーストみたいな存在が出てきましたよね。

バリケン:そういうのが多くなっているのかもしれないわよね。

ハリネズミ:私は全体がいかにも作り話という気がして、楽しめませんでした。まあ、作り話なのはファンタジーだから当たり前なんだけど、ファンタジー世界の成り立ちがしっかりしてないな、と思って。主人公のお母さんは、死者の世界から出てきちゃった人ですよね。死者の世界と生者の世界は厳然と隔てられていて、めったなことじゃそれを越えられない。だから、お母さんもやっとのことで生者の世界へ出てきたでしょうのに、「ほんのすこしのあいだだけ、黄泉の国に戻りたかっただけで、もう帰れなくなるとは思っていなかった」だなんて! ファンタジー世界の中のリアリティが希薄に思えて、入っていけませんでした。ファンタジーってことを考えると、1970年代までの人は緻密にその世界をつくりあげて、ありえない話をありうるように書きあげていったけど、今の若い作家たちはそういうことをしないで、アイデアだけで走ってる感じもします。物語の中の構成がぐらぐらしてるし、お気軽に書いてて、とってもゲーム的。まじめに読んでたんですけど、なんだかばからしい気持ちになりました。

バリケン:ビルから落ちて死ぬかなと思ったところでも、この子は死なないのね。じゃあ、既に死んでるのかなと思ったら、そうでもない……。

ハリネズミ:半分幽霊だからできるのよね。でもそれが説明されていない。

カワセミ:だから、さっきセシさんが言っていたみたいに、わからなくなっちゃうのかもね。

バリケン:探偵作家グラブ賞を受賞しているわけだけれど、探偵作家というのは作品の破綻とかそういうことに厳しいんじゃないのかしら?

ハリネズミ:私が作品世界のきまりごとをつかめないのか、作者がそういうのを持ってないのか、翻訳のニュアンスがまずいのか、わからなくなったんですけど。

バリケン:やっぱり作家が持ってないんじゃないの。

もぷしー:かなり前に読んだので、詳しくは覚えていません。ごめんなさい。物語の設定はおもしろいなって思ったんですけど、そんなに登場人物同士の心のつながりや変化が描かれていなかったような気がして、あまりのめりこめませんでした。

(「子どもの本で言いたい放題」2009年2月の記録)