ソーニャ・ハートネット『銀のロバ』
『銀のロバ』
原題:THE SILVER DONKEY by Sonya Hartnett, 2004
ソーニャ・ハートネット/著 野沢佳織/訳
主婦の友社
2006.10

オビ語録:ほんとうの勇気とは? 思いやりとは? 愛情とは? 心に深くしみいる寓話の傑作!/ふたりの少女が森の奥深くでであった兵士がかたる物語は、ふしぎと哀しみにみちていた----

セシ:読みごたえのある作品でした。小さな姉妹が2人で好奇心から兵士に近づいていくという設定なので、読者がいっしょに物語に入っていけるのがおもしろいですね。リアリティですが、ちょっと寓話的に感じられる部分もありました。中尉がなぜ目が見えなくなっていたかとか、国に帰るのをなぜファブリースがそこまで助けてくれようとしたのかとか、理由が書いてあるものの、もうちょっと強い動機づけがあるといいのに、と思いました。そういうところは、リアルにとらえるより、寓話的にとらえて読めばいいのかな。兵士がなぜ銀のロバを残していったのか、いろんな読み方ができるので、ただ行ってしまったというよりも、読者に印象深く伝わりますね。

カワセミ:このお話の舞台は、ほとんどが森の中と姉妹の家の2つだけなんだけど、場面場面の様子がとても映像的にたちあらわれてきました。またその描写が美しくて印象的。冒頭の数ページで、幼い姉妹がどういう子どもか、性格や心理がとてもよくわかるように書いてあって、うまいですね。中尉が語る4つの物語は、どれも物語として引きこまれる要素があります。それぞれが物語全体にどのようなかかわりがあるのか、中尉の人生や考え方に対する示唆があるのだろうか、ということは、はっきりとはわからないけど、著者は読者がどのように感じてもいいんですよと言っているように思えます。4つの話はすべてがロバにまつわる話で、ロバの純粋さ、善、強さなどを表してるのよね。だから4つの話を聞くことで、小さな銀色のロバそのものも、ますます価値が高く思えてくる。最後に子どもたちが中尉を見送るけど、はたして無事に家にたどりついたのか、弟のジョンに会えたのか、それも読者の想像にまかされているところが、いいですね。そのことを言うかわりにある最終章が、また特によくできてます。一見、何の関係もないような、豚を洗う場面、何かを暗示しているかのような黒っぽい虫の細かい描写など、とっても印象に残る終わり方。リアリスティックフィクションの工夫という点でいえば、4つのロバの物語をはさんだ構成や、筋だけを言わないで、まわりの描写を描くことによって場面を想像させるといったところでしょうか。2006年度のIBBYのオナーリストでオーストラリアの優良作品に挙がっています。

ハリネズミ:オーストラリア児童図書賞もとってますよね。

ショコラ:作品の最後の部分でほっとしました。情景描写がていねいに書かれているので、風景、動物、町並み、家の作りとかがイメージしやすかったです。幼いい女の子たちが恐い気持ちをもちながらも、兵士に好奇心で近づいていく心情が、とてもよくわかりました。戦争の悲惨さがよくあらわれ、兵士が戦場で一生懸命がんばって戦っているのがよくわかります。間延びしないように4つの話が入っているのがよかったです。4つの話の最後に兵士の弟ジョンが出てきますが、容態がかなり悪いのだろうなという思いと、兵士が家に帰るころには、ひょっとして亡くなっているのでは、という不安を抱かせます。184〜185ページに「チューイさんは言ってた。このロバは、信頼できる勇敢な人のものなんだって」と書いてあって、ココがロバを見つける。その場面で私もほっとしました。最初は読むのがかったるかったのですが、読んでいくうちに物語の中に入っていき、一気に読めました。ロバに対しても好感を持ち、いい作品だったなと思いました。人間のもつ思いやり、好奇心やワクワク感、兵士の孤独感など登場人物ひとりひとりの内面がよく伝わってきた作品でした。

ハリネズミ:よくできた、いろんなことを語っている作品ですね。若い兵士は脱走兵で目が見えないということだけで、どんな人かそれ以上は描写されていない。弟が病気だという話だって嘘かもしれない。でも、兵士が語るロバの寓話を読むと、人柄が浮かび上がってきます。このロバの物語はどれも愛の物語ですが、戦争と対比されていて、効果的に使われています。それから、この作品はあらゆる意味で嘘っぽくないんですね。それぞれの年齢の子どもの心理が、とてもうまく書けてます。さっきセシさんがリアリティがイマイチだと言ってましたけど、栄養失調で目が見えなくなる場合もあるし、ファブリーズはコンプレックスの裏返しで兵士を助けようとするわけだし、私はリアルだと思いました。どの人間も、安っぽい同情でかかわりあうのではなく、自分の必然性をもってつながりあうというのがいい。しかも、たいへんリアルでありながら、ひとつのあったかい雰囲気の世界をつくっている。すばらしい力量を持った作家ですね。翻訳もうまく雰囲気を出しています。図書館で借りてきて読み始めたのですが、この本はそばに置きたいと思って、私はあらためて買いました。

カワセミ:ただ、この表紙を見て、子どもはおもしろいと思うかな?

ハリネズミ:あんまり小さい子にはわからないよね。

カワセミ:きっと本当のロバの話かと思うんじゃないかな?

ハリネズミ:でも、銀色のロバっていないから。

ササキ:今月の3冊のなかで、私はいちばん入りにくかったんです。間に入った4つの物語が、流れをとぎらせてしまうような気がして。大切にしていたロバを、兵士が最後に残していったのは、帰る不安が薄れたのかなと思いました。兵隊が無事に家に帰ることができたかどうかは読み手の想像にまかされてますけど、このロバを残していったことで、無事に帰れたんじゃないかなと、私は感じました。

紙魚:冒頭、姉のマルセルが「死人をみつけたなんてすごい」と、ときめきます。大人なら一瞬、非常識とも思ってしまいそうな気持ちが、素直に表現されているのを読んで、ああ、この作者は信頼できる、という気持ちになりました。登場する子どもたちの年齢や性格が、そのつど、行動や言葉からそれぞれ伝わってきて、作者が、人物ごとの目線を持って、この世界を書いているのだと安心できました。挿入されている4つの寓話的な物語が効果的で、彩りをあたえていると思いますが、その書式で気になるところがありました。初めの3話は、兵士の語りが地の文で表されているのですが、「よっつめの話」は、カギ括弧を使っています。しかも、カギで始まった文章が、カギで閉じられていないのが続いて、混乱しました。寓話的にする意味でも、この部分も地の文にしてよかったのではないかなと思います。

ハリネズミ:英文では誰かが長い話をしている場合、はじめのカギ括弧だけでつなげていきますが、日本語ではそういう使い方はしないので、混乱を招きますね。編集の人がもう少し注意すればよかったのにね。

メリーさん: 今月の3冊の中で、この本が一番好きでした。兵士と子どもたちの出会う森が、とても象徴的な場所だと思いました。戦争は現実に兵士の心を傷つけているのだけれど、子どもたちの生活はいたって平穏。何だか2つの異なる現実があって、片方が幻想のような……。ロバに関する挿話は、1つ1つが短編小説のようで、とてもいいなと思いました。もう何度となく語られてきたであろう、ヨセフとマリアの話も、「ロバ」というテーマでまた別の視点を与えられて、おもしろいと思いました。やはりリアルなのは、戦争の場面。戦争が国対国、思想対思想だというのは、あくまで幻想で、実際には肉体と肉体、人間の精神と精神の傷つけあいに他ならないことがよく出ていると思います。彼が部下のことをよく覚えようとすればするほど、自分の目的と現実の間に溝が生まれてくる…とてもリアルで悲しい心情がよく描かれていると思いました。

(「子どもの本で言いたい放題」2009年5月の記録)