『荷抜け』
岡崎ひでたか/著
新日本出版社
2007.05

版元語録:自由民権運動に遡ること半世紀。信州は、塩の道・千国街道。北アルプスの美しい自然を背景に、牛方たちのたたかいを、謎解きありスリルありで描き切った、大人から子どもまで読める物語。 *2008年度青少年読書感想文全国コンクール課題図書(高校)

ハリネズミ:一昔前の雪国の暮らしぶりとか、牛方とかぼっかの様子がわかるのはいいなと思ったんですけど、テーマが先にあって、そのテーマに沿ってこしらえた物語だという気がしました。役人や問屋たちは悪くて牛方たちは正義という視点がはっきりしていて、そのせいで人間の掘り下げ方が足りなくなってしまったんじゃないでしょうか。主人公の大吉も模範少年だし。ひとりひとりの心理がもう少していねいに描かれていれば、もっとおもしろい作品になったと思いますね。大吉のお父さんの仙造が、陰で大きな役割を果たしているんですね。殺されそうになったけれども逃げて、旅をしながら牛方のために画策している。でも実際に仙造がどういう役割をしているか書かれていないので、今ひとつ人物像が結べない。そのへんがもっと書かれているといいのにな。表紙の絵の人は荷物も持っていないし、のんびりとした雪国のたたずまいって感じですが、シリアスな内容とはずいぶんかけ離れていますね。

カワセミ:翻訳ものではなく日本のものだから、読みやすいのかなと思いながら、しっかり読んでいったつもりなんだけれど、なんか頭に入ってこなくて、読みづらい本でした。いろんな登場人物がでてくるんだけど、立場とか、性格とか、あまり区別がつかない。せりふが多いんだけど、方言のせいか、どの人のせりふも同じようで。果たすべき目的のある話なんだから、筋は通っているはずなんけど、どうにもまどろっこしいというか、おもしろくなかったですね。この地域特有の自然描写はよく書けていると思うんですけど、人間の心理描写となると、あまり書きこまれてない。大吉っていう主人公も、今ひとつ魅力が感じられず、サバイバルできるかどうかの状況なのに、「頑張れ!」という気持ちより、「早く行動すれば」みたいな気持ちになっちゃって、途中で飽きてしまいました。設定からすると、もっとドラマチックなことが起こって、はらはらドキドキの展開にできそうに思うけど、物足りなかったです。

セシ:この作者は、民衆が協力して成し遂げたこの事件のことや、当時の山里の厳しく苦しい暮らしを生きぬいていく人々のことを伝えたかったんだと思うんですね。嵐が来れば収穫もないし、やっと得た収穫も年貢でとられてしまう、ただ必死で生きていく生活。ていねいな描き方にその心意気を感じて、この会で読んでみたいと思ったのですが、でもやっぱり整理しきれていないのかもしれませんね。焦点がしぼりきれていない感じ。描きたいことがいっぱいありすぎたのかもしれないけれど。お行儀のよい優等生という感じがしてしまうのが惜しいですね。作家ならあたりまえなのかもしれないけれど、何度も現地を訪れ、40何キロの荷物を実際にしょってみたり、雪の中をかんじきで歩いたりして書いたと聞いています。冒険的な部分で子どもをひきこんでいく時代小説はあるけれども、これはノンフィクションに近くて、昔のことを伝えていこうという作品。こういう姿勢の書き手は今少ないと思うので、がんばってほしいと思います。

プルメリア:日本の作品で、冬の様子が描かれていたので、この暑さの中で読んだら涼しくなるだろうと期待して読みました。が、場面を考えながら読んだら、寒さ以上にしんどいものを感じました。牛方の仕事のたいへんさ、登場人物たちの利害関係などはよく書かれていました。みんなで力を合わせる打ちこわしのようなエネルギーがいろいろな場所であったということもわかりました。殴られる場面は、読むのが苦しかったですが、悪い人だと思った人たちが、本当はいい人でほっとする部分もありました。冬で始まり最後がまた銀世界で終わるというのも、よかったです。牛飼いたちが塩を運んでいることもまったく知らなかったので、この本で歴史を学ぶこともできました。

サンシャイン:作者は江戸時代にこういう事件があったよということを伝えたかったんでしょうね。荷抜けのところがよくわからなかった。預かったものをお客まで運ばずに自分たちでキープして、借りたことにしていずれ返すからということにして自分の資本にするということなんでしょうか? お上というか武士たちが気づかなかったのかな、とか、ばれなかったのかな、などと考えると、現実感が今ひとつありませんでした。

セシ:一揆のときの血判が、首謀者がわからないように巧妙につくられていたことなど、その辺の詳しいことは本の中には出てきませんよね。

サンシャイン:先ほど言いましたように、私は荷抜けということが今ひとつうまく読みとれませんでしたが、貧しい人たちが権力に対抗して成功した例として書きたかったのでしょう。父親が雪道から谷にすべって落ちてすぐに見に行くところがありますが、地図で見るとずいぶん離れていて家からすぐに行けるような距離ではないように思います。人物像も統一感がないように思います。例えばサヨは、最初かなり悪い女に描かれていたのに、後で仲良くなるのも、そんなにうまくいくのかなと思いました。サヨの父親も後半唐突に出てきます。人物描写にあまり神経が行っていないのかな。隣の家のハツは、売られていった先で大吉の一大事を立ち聞きして、遊女小屋から飛び出してマムシにかまれた若者を助け、結局うまくつかまらずに大吉を助けるのですが、そんなに簡単に抜けられるかなあなんて考えるのはいじわるですかね? 江戸時代のしいたげられた人々が反抗した姿を描きたいというのはよーくわかって共感もしますが、その場その場でご都合主義的に描かれているのではないでしょうか。歴史的な事実があり、そのことを小説の形で伝えたいという気持ちは理解できますが、やっぱり人物描写のゆれ、人間関係の不自然さ、無理がめだつというのが正直なところです。だいたい死んだといわれた仙造が大吉に会わないままというのも、息子にまで隠しておく必要があるのか、そこまで身を隠す根拠が見えてこない。周辺では活動しているわけですからね。

カワセミ:小さな腑に落ちないことがたくさんありますよね。

みっけ:私はこの本、途中で挫折しました。信州には親近感があるので、へえ、塩の道の話なんだ、と思って読み始めて、当時の庶民の暮らしが書かれているあたりはおもしろいなあと思ったんですが、いかんせん、主人公をはじめとする登場人物が立ち上がってこない。おもしろい素材なんだけれど、素材に気持ちがいきすぎているのかな。

サンシャイン:この人の作品はほかのものも読んでいますが、伊能忠敬の伝記『天と地を測った男』(くもん出版)はよかったですよ。「鬼が瀬物語」シリーズ(くもん出版)は千葉の漁民の話で、こういう人たちががんばっているよというのは伝わってきました。でも、もしかすると思い余って表現足らずかな。

みっけ:子どもに広く事実を提示して、こういうことについて考えてみてほしいと思うのだったら、事実大好き少年少女だけでなく、ほかの子どもにもアピールする必要があると思うんです。そこの橋渡しをするのが、物語りとしての魅力なのではないかなあ。読者が感情移入できる人間を登場させて物語の魅力で事実へと迫っていくというアプローチが必要な気がするんですが、この本はいささか力不足のような気がします。

ハリネズミ:それができないと、いい文学とはいえませんよね。こういうテーマだと課題図書の感想文はいくらでもうまく書けると思うけど、読者が作品の中にどっぷり浸かって生きてみて、そこから得た感想を書くということには、なかなかならないですよね。そういう作品を安易に課題図書にしてはいけないんじゃないかな。この作者はとってもいい人だと思うし、こういうテーマに目を向ける作家は日本には少ないので、がんばってほしい。もう少し深く入り込めるように書いてほしいな。

セシ:作者は子ども向けのつもりで書いたけど、出版社側が、大人も読めるから大人向きにと判断して、こういう形で出したそうですよ。

みっけ:大人向けの時代物だと、たとえば藤沢周平みたいに、もっと書きこんで場面を立ち上げていくんだろうけれど、子ども向きということで、あまり書き込みすぎてもまずいと思ったのかしらん。それで、物語の力が弱くなったのかもしれない。少ない書き込みで、どう立ち上がらせるかとか、どれを省いてどの視点をとれば読者に強く訴えられるか、というのは、たぶん作家の修業によって体得するものなんだろうけど、そのあたりが弱いんでしょうね。

ハリネズミ:子どもの文学だからキャラクターはいい加減でいいということはないですよ。いっぱい人が出てきてわかりにくいなら、もっと整理して書けばいい。

サンシャイン:隣の女の子が遊女になるところは、子ども向きの本だからと考えてかあまり書いてない。

ハリネズミ:だったら、中途半端に書くよりは、いっそ書かなくてもよかったんでは? そてとも、ここはわかる読者にだけわかればいい、というスタンスでしょうか。

サンシャイン:最初にあまり出てこないのに、後半ちょっと出てくるなんていうところが、ご都合主義だと思ったんですね。

(「子どもの本で言いたい放題」2009年8月の記録)