『ラッキー・トリンブルのサバイバルな毎日』
スーザン・パトロン/著 マット・フェラン/画 片岡しのぶ/訳
あすなろ書房
2008.01
原題:THE HIGHER POWER OF LUCKY by Susan Patron, 2006

版元語録:母を亡くし、砂漠の町ハードパンで暮らす10歳の少女ラッキー。悩める少女のハチャメチャな毎日! *ニューベリー賞受賞作
*2007年ニューベリー賞受賞作

カワセミ:主人公ラッキーは、非常に子どもらしい子ども。1つの疑問が頭に浮かぶと、次から次へと想像が膨らんでしまう。いろいろなことが気にかかり、頭の中がいっぱいになってしまう。でも自分の論理で納得できる答えがみつかれば安心する。子どもにはこういうところがあるので、共感する子どもはいると思います。あるアメリカの書評に、ラモーナと似ていると書いてあったけど、独自の論理の中で生きている、ちょっと変わった子という見方をすると、確かによく似ていると思います。そういう意味で、ラッキーの言動は興味深いのですが、物語の筋がはっきりしていないので、読みにくい本でした。ストーリーよりも、ラッキーをはじめとする登場人物たちの一風変わった言動を詳しく見ていくというタイプの本なので、人間観察に興味がなければ、読みづらい。小学校高学年では無理かな、中学生以上なら読めるかな。ニューベリー賞受賞作で、アメリカでは高く評価されているわけですが、カリフォルニアの砂漠の町という設定は、アメリカでは地方色が感じられてそれだけでもおもしろいのでしょう。でも日本では、この設定はピンとこないですね。

ハリネズミ:最初は細切れの時間の中で読んだので、何が書きたいのかわからなくなってしまい、もう一度読み直したんですね。そうしたら、文学作品としてよくできてるな、って感心しました。生みのお母さんの骨壷が小道具として出てきますが、マイルズっていう男の子がいて持っている絵本が「あなたがぼくのおかあさん」。あちこちに、それなりの伏線が引かれているんですね。登場人物も、それぞれ特徴をもってかき分けられています。ひも結びオタクのリンカンも、貯水タンクに住んでいるショート・サミーも、存在感があります。ブリジットが「オー・ラ・バシュ!」「オー・ララ」なんてフランス語を交えて会話するのも人物像をリアルにするのに効果的。カワセミさんが言ったように、ストーリーで引っぱっていく要素は弱いので、やっぱり本好きな子どもにお勧めする本でしょうか。メモのところは、邦訳があるものは翻訳書名も出してほうが親切ですね。

みっけ:表紙の感じそのままの印象です。わりとうすい感じ。つまらないというわけではないし、納得もできる。でも、こちらの体調など外部要因もあったのかもしれないけれど、淡々とした感じでした。絵は好きだったし、妙にリンカンが好きになっちゃったりで、決して嫌いな本ではないんですが。それに、主人公が妙に意地悪になったりする気持ちの動き方なんか、結構リアルだったりもするし。でも、全体として、うわあ、とってもいい作品だなあ、大好き!というふうにまではなれませんでした。

サンシャイン:砂漠の中の人口が43人、働いている人は3人しかいない貧乏な村。でも人々の気持ちはいいんですね。親を失ったラッキーにフランス人の後見人が来て、そのブリジットにずっといてほしいっていう思いが貫かれた作品。『荷抜け』と比べると、人物の姿が立っている。それぞれ特色を持っていて、癖もあって変わっているけど、小説としてはある種計算されていてうまく書かれているのでしょう。母親の骨壷が出てきて、最後に灰をまくとか、お話としての筋は通っています。アメリカ人から見たフランス人というのも、おもしろく読めました。日本の子がおもしろく読めるかどうかはわからないけど。

プルメリア:私は表紙がすごくかわいいなと思いました。赤いドレスが大きすぎてミスマッチですが、そのわけが本を読んでわかりました。主人公ラッキーは女の子ですがダーウィンが好き、虫が好き。最近の子って男の子でも虫は苦手な子が多いので、好感をもちました。登場人物は少ないですが、細々と生きている人たちの様子や生活がわかりやすく、一人一人がていねいに書かれています。ブリジットが赤いドレスを着てくるところが印象的でした。お母さんの遺骨をまくところやその時まわりの人々に話す言葉は、上手な書き方をしていると思いました。賞をとったものはよく読むんですけど、蛇が乾燥機に入り込んだり乾燥機から出ていったりするところはとってもリアルでした。私は蛇が嫌いなのでブリジットの心情や行動には共感します。

セシ:2度読んだのですが、最初に読んだときから好きな作品でした。お母さんが死んじゃって一人になったこの子は、お父さんの元妻という血のつながりのないフランス人がずっと自分の面倒をみてくれるのかを、ずっと気にかけているわけですよね。そして最後は丸くおさまる。子どもってやっぱり親に見捨てられたくないという気持ちがどんなときにもあるものでしょう。それが結局最後、後見人のままでいてくれる形におさまるのは、子どもにしてみればすごくうれしい、希望のある終わり方だなと思いました。「あんたのことなんか知らないわ」と言われつけている子どもも、安心できますよね。30ページ「リンカンが七歳のころ、リンカンの脳は、ヒモむすびをしたくなる分泌液をどんどん毛細血管に送りはじめた」とか、ひとつひとつの表現がおもしろくてひきつけられました。サミーの人物像も、すごくおかしくて好きでした。くっきりした脇役がストーリーを支えているんですね。舞台は超ローカルだけれど、超ローカルなことでも普遍的になりうると思います。文学はいろんな方向性があるから。砂漠の町の、普段思いもつかないような人々の暮らしぶりを、小説を通して想像してみるのも楽しいと思います。

ハリネズミ:さっきも言いましたが、文学としてとてもよくできてる。配給のチーズのところもおもしろいし。パセリきざみの道具も、ちゃんと理由があって持っている。最初はぬすみ聞きしていろんなことがわかっちゃうわけだけど、最後にその穴をパテで埋めて、耳をすましたが中からは何の音も聞こえてこない。自分で盗み聞きの穴を埋めて成長するという描き方もうまい。現代のリアリスティックフィクションに登場する家族は、血のつながらない家族が多くて、他人だった者同士がどうかかわりをもっていくかを書いていくわけですが、この本もそうですね。まったくほつれがないひもを見てラッキーがこんなふうに人間もいけたらいいな、と思うところがありますけど、この本も、いろいろな糸がほつれないでちゃんとまとまるようにうまくつくられています。この作品に登場するさまざまな人たちが一つの共同体をつくっているのと同様に。ラッキーの不安は、ブリジットだけじゃなくて、コミュニティの人間同士の支え合いのなかでうまく解消されていくんですね。ほかの作品をおさえてこれがニューベリー賞を取ったのも、なるほどと思いました。

(「子どもの本で言いたい放題」2009年8月の記録)