『虎と月』
柳広司/著
理論社
2009.02

版元語録:虎になったという父が残した漢詩に秘められた驚愕の真実とは?大注目を集める著者が「山月記」を基に描く傑作青春ミステリー

セシ:おもしろいと思ったのは、作者自身が長年愛読してきた好きな作品を、こんなふうに翻案して今の読者に近づけたこと。それから、このちょっととぼけた軽妙な語り口。中島敦の『山月記』と比べてみてはいないのですが、お父さんさがしというストーリーで、冒険小説のように読めました。

バリケン:この本も、とてもおもしろくて、最後まで一気に読んでしまいました。若い人たちは、みんな『山月記』を教科書で読んでるんですってね。私も昔読んだっきりで忘れていたので、筑摩書房の「現代日本文学大系」をひっぱりだして、読みなおしました。『山月記』は変身物語だけれど、『虎と月』は最後は本当に虎になったわけじゃないんですよね?

アカシア:なったかもしれないし、ならなかったのかもしれないという、オープンエンティングなんじゃない?

バリケン:『山月記』を下敷きにして、まったく違うストーリーにしているところがおもしろいですね。ミステリー仕立てで、読者をぐいぐいひっぱっていくし、語り口も軽妙で、とてもうまいなあと思いました。漢詩で謎解きをしているわけですが、私はまったく詳しくないので、感心するばかりでした。中島敦は代々儒者の家柄で、伯父さんたちも漢学者だったということですが、この作者もたいしたものだと思いました。柳広司さんの作品は、十代の子どもたちによく読まれているようですね。すらすらと読めるし、子どもたちにぜひ薦めたい一冊だと思います。

メリーさん:『山月記』は教科書に載っていました。その時の中島敦の説明もとてもよく覚えています。それから、名作の続きを自分で創作する、という国語の授業も思い出しました。漢詩の素養はまったくないのですが、一文字変わると、詩全体の意味がこれほどまでに変わるのか!と驚きました。今の高校生は『山月記』をよく知っているので、この本をおもしろく読むのではないかと思いました。一つだけ、本文の書体がゴシックなのには、ちょっと目が疲れました。

プルメリア:表紙を見て現代の話かと思って読み出したら、昔の話でした。個性豊かな人物が登場し、キャラクターがおもしろかったです。漢詩の文字のトリックは、さすがでした。お父さんはどうなっちゃたのかな? 父親の存在がはっきりしないとことがかえっておもしろいのでしょうか。文章が、まとまって書かれているところと、一行ずつの文体になってわけて書かれているところが気になりました。

アカシア:私も『山月記』をひっぱりだしてもう一度読んでみたら、あっちは結構難しい話なんですね。詩で認められたいと思う男が、「尊大な羞恥心」(自意識ってことかな)のせいで果たせず、その思いが肥大化して虎になってしまう。中学生くらいで、そんなことわかるのかな? それと比べて、こっちは子どもにもわかるおもしろい話になっている。最後の2行は、『山月記』とまったく同じ。うまくおさめていますよね。虎になるというのも重層的なイメージで描かれていて、怒りが爆発して暴れるのも虎、瘧にかかるのも虎、義賊も虎、そして本物の虎も登場するんですね。お父さんはどうなったんだろうという興味で読んでいくと、いろいろな「虎」が出てきて、次々に謎がふくらむ。ちょっと気になったのは、14pでお母さんが袁參をめかしこんで訪ねていき、帰ってから「少しも気のきかない男だ」となじる場面があるんですけど、妾にでもしてもらおうと思ってたんですかね? こんなに軽い女に書かなくたっていいじゃないかと私は思ったんですけど。でも、お父さんが家族のもとへ帰らなかったことの伏線なのかな? お父さんが義賊になっただけなら、この子が訪ねていったときに、村人たちはもっとストレートな反応をするんじゃないかと思うので、やっぱり本当の虎になったという可能性を残しているんでしょうね。

げた:この本の元は中島敦の『山月記』なんですけど、『山月記』も中国の「人虎伝」を種本に書かれたものなんですね。戦前「人虎伝」ブームというようなものがあって、佐藤春夫や今東光が翻訳したりしているようですよ。このことについては中島敦生誕100年っていうのでいろいろ本が出ています。才能はあるのに、認められず不遇であった李徴が、同僚官僚であったところの袁參に妻子の援助を頼むという話なんだけど、『山月記』が国語の教科書に載っているのは、李徴イコール中島敦を哀れんだ、袁參イコール文部官僚氏によるものらしいですよ。私は『山月記』よりも、この本のほうが、今の中高生にとってはずっとおもしろく、楽しめるんじゃないかと思いました。

ダンテス:作者のこと、詳しいことは書かれていませんが、高校の国語の先生でもやっていた方かなと推測しました。私もおもしろく読ませてもらいました。軽いのりの文章ですが、中身は教養が溢れていておもしろいなと思います。不思議な老人は李白のイメージ、伏線もよく計算されています。

(「子どもの本で言いたい放題」2010年1月の記録)