『風の靴』
朽木祥/著
講談社
2009.03

版元語録:僕らの船は、風の靴になって、どこまでもどこまでも駆けていく。海が空にふれてひとつになり、空が天にとどくはるかな高みまで…仲間と一緒に大海原を駆けた、あの夏の日。少年たちの物語。 *産経児童出版文化賞大賞

げた:アーサー・ランサムのシリーズみたいにおもしろいと聞いていたので、いつおもしろくなるかなと思って読み進んでいったんですが……。わくわく、どきどき感なしで終わっちゃったってところです。おじいちゃんもかっこよすぎるし、子どもたちも表面的にしか描かれていなくて、期待はずれでしたね。ヨットの専門用語がわかりにくいところなどあったのですが、それはそれとして、もう少し読者をひきつける書き方があったのではと思いました。登場する子どもたちの気持ちが伝わってこないんです。

たんぽぽ:受験に失敗した暗い話ではなく、さわやかに描かれていたと思いますが、航海記の部分など、子どもが楽しめるかどうかなと思いました。朽木さんの作品だと『かはたれ』(福音館書店)はおもしろかったです。去年出た『とびらをあければ魔法の時間』(ポプラ社)もおもしろかったのですが、これはもうひとつ、物足りなかったです。

酉三:賞をとったり、評判がよかったりというので期待して読みましたが、ちょっと……。いろんなことが気になりましたが、たとえば風間ジョーとの出会いなど、子どもたち、こんなに無防備でいいのか? と驚きました。設定がおもしろければ、「リアリティ」とかにこだわらない、という傾向を、最近の大人の本も含めて感じていますが、これもそういう読後感でした。「リアリティ? どうして必要なんですか? 物語って、要は作り物じゃないですか。おもしろければいいんですよ」という反論が聞こえてきそうですが、私はリアリティにこだわります。ゆえにこの本は評価できませんでした。どうしてこれが賞をとったのか、それが今日のテーマである「秘密」なのだ、などと。

プルメリア:私も期待して読んだのですが、甘いなと思いました。主人公が大変恵まれた環境にいて、私が目にしている受験に失敗した少年たちとはまったく違う。現実の子どもたちのなかで、この主人公のようにヨットをあやつれる子どもがどれだけいるんでしょう? 子どもの立場に立ってみると、手に取りにくい作品だと思います。おじいさんが息子に伝えたかったことは、ひしひしと伝わってきました。ネコジャラシが食べられることを初めて知り、やってみようと思いました。(笑)

ひいらぎ:同じようなシチュエーションであっても、アーサー・ランサムの作品とは違う?

プルメリア:ランサムとは、人間関係の書き方がちがいます。挿絵は、きれいでしたが。

ダンテス:たまたま子どもがヨットに乗っている姿を見て、作品のイメージがわいたとどこかに書いてありましたね。作者はヨットを動かすということ自体を書きたかったのかなと思いました。鎌倉は詳しいので、あの辺の描写だな、などと思いながら読めました。ヨット関係の横文字が多いですね。正直言って、ていねいに読む気はあまり起きませんでした。おじいちゃんがちょっとかっこよすぎますよね。風間という青年との出会いの設定が不自然です。挿絵や装丁はきれいに出来ていると思いました。

うさこ:本のタイトル、ちょっとおかしみを含んだ章タイトル、二人の絵描きさんに描いてもらった絵、装丁、登場人物の名前、船の名前など、隅々まで、この作家さんのこだわりが感じられる作りの本だなと思いました。でも、子どもの本としてはちょっと重厚ですね。私は、船やヨットなどの経験がないので、そういう点では興味深く読めたし、おもしろかった。海の描写などもきれいだなと思ったけど、海のべたべたした塩っぽい感じは伝わってこなかったですね。物語の核となるものをきちんとすえて書き込んであるので、ある意味わかりやすい文学作品だなとも思いました。ただ、神宮先生の原稿のあとに、作者のあとがきがありますが、なにかの授賞式で語られるならいざ知らず、ここまで本を書いた背景を書いてあったら、読者はどんな感想を持つのかなと思いました。かっこいいけど、かっこよすぎる物語ですね。

タビラコ:みなさんがおっしゃったように、私もなかなか話の中に入っていけませんでした。ひとつには、主人公の少年が抱える「悩み」なるものが、少しも切実に迫ってこないので、どんどん読みたいという気持ちになれないのだと思います。それでも我慢して読んでいるうちに、キャンプファイアでネコジャラシなどを焼いて食べる場面が出てきて、ああ、こういうところは子どもが魅かれるだろうなと思いました。おじいちゃんが遺してくれたヨットをあやつることで、自分は自分なりに道を見つけて生きればいいんだと主人公が気づくというお話だと思うのですが、これって、なんだかありきたりだなあと。それに、おじいちゃんの遺言らしきものが、ビンの中から出てくるのですが、ほとんどがほかの人の詩の翻訳だったのにはがっかり。1行くらいの引用ならまだしも、こういうのは作家としてちょっとどうなの? おじいちゃん、どんなことを言い残しているのかなと、読者は期待して読むところなのに。それから、みなさんのおっしゃるように、風間の登場は「ちょっと怖い」と思いました。大人の私だって怖いのだから、子どもたちの恐怖はいかばかりか……と思うのだけれど。その辺の緊迫感がないので、絵空事だなあという感じがしてしまうのだと思います。凝った文章できれいに書かれている点(時には、子どもには難解だと思う言葉も使っているけれど)、大人の眉をひそめさせるような箇所がない点が評価されて、受賞したのかも。マイナス点がないというところで。p259の訳注で誤植があるのは、マイナスですけどね。

ひいらぎ:注目している作家ですけど、個人的には『かはたれ』(福音館書店)や『彼岸花はきつねのかんざし』(学習研究社)といった、ほかの作品のほうが好きだし、おもしろいと思います。この作品は描写はていねいなんだけど、ていねい過ぎてちょっともたつく感が。場面転換にスピード感がなくて。ご本人は、ヨットに乗った時の爽快感を書きたかったとおっしゃっているようで、それは書かれていると思いますが、おじいさんがかっこよすぎ。湘南だし、子どももいいとこの子で成績も悪くはないし、親に問題があるわけじゃない。ランサムなら、ある意味「外国」だからと了解することもできますけど、これは舞台が日本なので、普通の子どもが読んでどうなんでしょう? へたすると、異世界ファンタジーになっちゃうのでは? それと、私も風間の出し方には疑問を感じました。話の本筋に関係ないし、リアリティがない。大島の方に行くのに大人が必要なので出してきたんでしょうか? それから、後ろ見返しに地図がありますが、どうせ出すなら本文に登場する地名も書いてあるとよかったんじゃないかな。朽木さんは台詞もうまい作者だと思いますが、たとえばp258の風間のセリフはちょっとくさい気がするし、ジェンダー的にもこれでいいんでしょうか?

タビラコ:『かはたれ』なんかは、文章に叙情的な湿度があって、それが好きだったんですけど、この作品はなんだか乾いているわよね。

すあま:さわやかすぎます。悩みがあるようでまったくないし、主人公がどこで成長したのかわからない。困難なこともあまりなくて、せいぜい動揺したくらいでしょうか。家出の後にもかかわらず、親も温かく迎えてくれています。実際の家出だったらもっと大ごとになると思うので、ちょっとうまくいきすぎなのではないでしょうか。主人公たちは中学生ですが、小学生の冒険物語のような感じがします。安心して楽しく読めるということで、受賞したのかな?

タビラコ:「白いTシャツに、洗いざらしのリーバイスをはいた長い足を組み、“色つき水”を片手にデッキチェアでくつろいでいる」ヨットをあやつり、『オデュッセイア』やら『ガリア戦記』やらを読むおじいちゃんなんて、ちょっとかっこつけすぎじゃない? なんだか、リカちゃん人形の家族みたいで……。関節痛とかリューマチとかなかったのかしら? 頭がちょっと禿げてたりしなかったの? おばあちゃんと時にはすごい夫婦喧嘩をしたり、どこかに隠し子がいたりしなかったのかしら?

酉三:読んで安心、というのがこの本の受賞理由かもしれない。いや、真面目に言っているんです。登場してくる子ども、大人、みんな「よい人」ばかり。安心して子どもに薦められる本。そう考えるとちょっと納得できる。

タビラコ:本当におもしろい作品は、書いているうちに作者のコントロールがきかなくなってくるんですよね。

ひいらぎ:これは隅々までコントロールされている感じがしますね。

(「子どもの本で言いたい放題」2010年6月の記録)