有沢佳映『アナザー修学旅行』
『アナザー修学旅行』
有沢佳映/著 
講談社(青い鳥文庫もあり)
2010.06

版元語録:たとえば風邪とかで何日か学校を休んで一人でいると、家族以外の、他人と接しないと、心に同じ形の波しか立たなくなる気がする。水槽の中で金魚が自分で作る波と、海や川の波は違うみたいに。秋吉にとって、教室は海だろう。 *第50回講談社児童文学新人賞受賞

あかざ:かぎかっこの中だけではなくて、地の分もイマドキの口調で書いてあるので、正直言って、80ページくらいまで読むのが苦痛でした。それを過ぎると、あとはすらすら読めて、けっこうおもしろかった。修学旅行に行けない生徒たちが、学校に来て授業を受けるという設定は、新鮮でした。ただ、それからの展開が、あまりスリルもなく終わってしまって、リアルなんでしょうけれど、なんだか物足りない。登場人物も個性の違う人たちがいろいろ出てくるのだけれど、掘り下げ方が足りないというか……。児童養護施設で育ったふたりも、ジャックリーン・ウィルソンの「トレイシー・ビーカー」と読みくらべると、表面的な気がしました。

ハマグリ:3日間の出来事ですよね。1日目はおもしろいシチュエーションだなと思ってひきこまれて読みました。なかなか他人と積極的に交わらないといわれている今の子が、一緒にいなければならない状況に置かれて、さぐりながら交わっていくというのがおもしろかったです。会話も、こんなふうにしゃべるんだろうなと思いながら読みました。でも、2日目、3日目と読んでいっても、状況が変わらないんですよね、何も起こらない。会話部分をとても丁寧に書いているけれど、同じ場面が続くので退屈してしまうところもありました。ドキュメンタリー番組を見るような興味で読むのはいいんだけど、小説としては物足りなさを感じました。

ひいらぎ:私はすごくおもしろかったのね。というのは、今の子は自分と同質の子としかつきあわないんですよ。この作品では、ホームで暮らす子同士だけは旧知の間柄だけど、あとの子たちは、こういう状況でなければ付き合おうとしない子たちですよね。それがこういう場で出会って、だんだんに認め合っていくのがうまく書かれています。表面的には何も起こらないようだけれど、内面のドラマはいろいろある。例年の講談社新人賞受賞作品よりはずっとおもしろいと思いました。

ダンテス:まあ、今どきの子に読ませることをねらって、こういう口調で書いてるんでしょうね。そういうふうに書かないと売れないのかな。迎合しているように思えてくる。「そうゆうことは」とか「じゃねえよ」とか。これでは文章としての日本語はおしまいかなという 気になりますね。お話の設定としては、修学旅行に行けない子どもたちが集まるっていうのはおもしろいし、一応登場人物それぞれの描き分けはできている。でも、これを関係している子どもたちに読ませようとは思わないな。

三酉:作家は36歳。でも青春時代を卒業しておられないのかな。思春期の夢、という印象でした。危ないところにはさわらず、仲良しになれたらうれしいね、みたいな。ただ、最後のところで「友だちじゃないし」っていうあたりからが雰囲気が変わっていますけどね。言葉の話でいうと、この口調が中学3年のものなんだろうか。高校3年というのなら分かるけれど。そうではなくて中3だというのは、高3だとセックスとかがからむから、淡淡というか、ほわほわという物語にならないからでしょう。

メリーさん:今回の3冊は、いずれも女の子の独白で成り立っている作品です。その中で、これは絶対、賛否両論になるだろうなと思っていました。私自身はとても好きな1冊です。新人としては読ませるほうだな、と。もちろん、キャラクターは、型にはまっていて、できすぎ。どちらかというと、ライトノベルに近いようなつくりです。でも、何も起こらない3日間をここまで読ませるというのは、とても力があるのではないかなと思いました。アクションを起こす時間と、皆の会話で成り立っている時間が交互にあって、読み終わると本当にいろいろなことがあったと思わせる。野宮さんが、いい子になるために「努力している」なんて言ってしまうところ、一見おどけもの小田が「他人のことなどわからない」と言い切るあたりは、どきっとしました。ひと時の出会いを経て、また離れ離れになっていくのはさびしい気もしますが、今の子はそうやって現実との折り合いをつけているのではないかなと思いました。あえて友情を深めるわけではないけれど、着実に前に進んではいる。一点、主人公のキャラクターがもっとはっきり出ていればなと思いました。

レン:最初はすいすい読み始めたのですが、途中で退屈になって投げそうになりました。私は修学旅行のような行事が好きではなかったので、修学旅行に行けないからといって腐るというのに、共感できないというのもあったのかもしれませんが、あまりおもしろいとは思えませんでした。たとえば部活の上級生と下級生の間のいじめは、今もこんなのがあるのでしょうか? こういう書き方で出てくることが、少し古い感じがします。それに、修学旅行に携帯電話を持っていけるというのは、高校生ならいいけれど、公立の中学校ならありえないはず。ちょっと作られた感じがしました。タイトルにひかれて中学生が手にとったら、共感して読み進めるかもしれませんけど。

みっけ:最初の3,40ページは、次から次へと新しい名前が出てきて、しかも最小限の説明だけでずんずん運んでいくという感じだったので、キャラクターと名前が一致しなくてきつかったです。でも、互いに同質な者同士で固まろうとする傾向が非常に強くなっている今の学校生活で、絶対に接点を持とうとしないだろう子どもたちが、そろりそろりと触角をのばして互いを確かめ合い、それなりの理解をするという感じはよく書けていると思いました。アメリカのちょっと古い青春映画で、学校で罰の作文を書くために集まった多種多様でふだんは接点を持たない高校生たちが、互いを知るようになり、深くものを考えるようになり、結局は学校(教師)に対して異議申し立てをする、という作品がありましたが、それと思わせるうまい設定だな、と思いました。ただ、学校に異議申し立てとか、そこまでアクティブにならないところが、今の日本の学校の状況を反映しているんでしょうね。物足りなさを感じないわけではありませんが、これがリアルさを失わない精一杯なのかな、という気もしました。前にこの読書会で取り上げた『スリースターズ』(梨屋アリエ著 講談社)も、やはり特殊な状況に置かれた異質な子どもがお互いを発見する物語でしたが、あれにに比べておとなしい感じがしたのも、学校の中の授業時間内だけで進む話なのでやむを得ないのでしょうね。というわけで、文体についていけなかったりして、ちょっとしんどいなというところもあったけれど、途中からはそれほどいやではありませんでした。それと、主人公の一人称でずっと書かれていて、主人公がせっせと人を観察し、あれこれ注釈を加えるから、下手をすると「自分のことは棚上げで、人のことを観察してあれこれいっている。いったいこいつは何者だ?」という感じになりかねないけれど、最後の方で、女優をやっている岸本という子が、演技するときは、主人公をイメージしてるんだと言い、それに対して主人公が、不意を突かれて「え?」と思う場面を入れることで、この子自身も「全知全能の神様」でない普通の女の子だという感じになっているのは、うまいな、と思いました。全体として、きらいな本ではなかったです。いじわるさもないし、陰々滅々とした現状をただ上手に書くだけの本でもなかったし。

三酉:施設の子とか保健室登校の子とかを登場させる以上、そういう子が抱えるであろう屈折を押さえたうえで、一味違うキャラクターとして描く、ということが必要だと思いますが。

プルメリア:私は中学時代を思い出し、ジャイアントコーンを食べながら読みました(笑い)。修学旅行は子どもたちにとってわくわくドキドキする特別行事。参加できない子どもたちの複雑な心情がうまく伝わってこなかった。登場人物はさわやかだけど、ドラマを見ているようで現実感が希薄かな。不登校の生徒が加わると、ますます作られたストーリーに思えました。

(「子どもの本で言いたい放題」2010年11月の記録)