クプクプ:おもしろかったです。マルセロは、特別な学校に行っているけど、お父さんの会社で働くんですよね。アスペルガーだからなのか、自分なりの言葉で、自分の頭で考えて、リアルな世界に迫ろうとするそこに読者も引き込まれて、いっしょにリアルな世界ってなんなのか、見つけていくんです。彼はお父さんの不正を発見してしまうけれど、会社がつぶれるわけじゃない。マルセロの大きな魅力は、自分なりの言葉を積み上げて、一から世界を理解し、世界を創っていくところ。彼をサポートするジャスミンも魅力的な女の子ですね。ふたりとも音楽が大好きで、いつしか惹かれあっていく。ジャスミンの父親のエイモスは、息子のジェイムズが馬にけり殺されてしまったのに、その馬を自分で飼い続ける選択をしています。そんな価値観も、物語に奥行きを与えているみたい。死んだ息子といっしょに、その馬と生きる時間を受けとめていくんですよね。何が正しくて何が間違っているのか。リアルな世界は複雑だけれど、マルセロは自分の耳に「正しい音が聞こえる」こことを大切にしていく。好感の持てる作品でした。

レジーナ:発達障害を持つマルセロは、人の感情や人生には、善悪、嫉妬、本音と建前など、秩序立てることのできないものがあるのだと知っていきます。ジャスミンがマルセロに、訴訟問題にどう関わるか、自分で決めなければならないと話す場面がありますが、生きることが喪失の連続なのは、誰しも同じなんですよね。マルセロは、イステルとの出会いの中で、苦しみばかりの人生をどう生きていけばいいのかという問題にぶつかり、人生に挑もうとします。どんな人にとっても、人生というのは多かれ少なかれ生きづらいものです。この作品の魅力は、発達障害の少年の目を通して描きながらも、すべての子どものための普遍的な成長物語になっている点だと思います。宗教に強い関心を抱くマルセロは、聖書を暗記し、何度も心の中で思い返し、自分のものにしようとし、人間の矛盾を受け入れようとします。ピアノが弾けないことを、「ぼくの心のなかの配線は、ピアノを弾くのに必要なだけの電流に耐えられなかった」と言ったり、その場で思いついたことを「即興で演奏」と表現する独特の言葉づかいも、マルセロ自身も、また彼の目に映る世界も、読者を惹きつける力があります。p151でマルセロは、自分の感情を非常に論理的に分析していますが、アスペルガー症候群の人は、これほど段階を追って考えるものなのでしょうか。またp160に「ウェンデルはどうやって、ぼくの心のなかを知ったのだろう?」とありますが、アスペルガーの人は、人の感情を読み取るのが困難なだけで、感情というものが存在することはマルセロも知っているはずなので、この台詞は不自然ではないでしょうか。

アカシア:本当にリアルな世界とはなんなのか、ということを考えさせられました。お父さんがリアルだと思っている世界は、実はリアルではないのかもしれないと思ったんです。そして著者もそう言いたいのではないかな、と。逆にこの作品では、マルセロの視点から見た周囲の世界がとてもリアルに書かれています。著者が障碍者の施設で働いたことがあり、自閉症の甥をもつことから、つくり話ではなく登場人物にリアリティがある作品になっていると思いました。もちろん、こうなるといいな、という理想も書かれてはいると思いますけど。読者もマルセロに寄り添って物語の世界を歩いていくことができるし、ちょっと臭い台詞も、マルセロが言っていればそう思わないで素直に受け取れる。発達障碍をもった人を主人公にした本だと『夜中に犬に起きた奇妙な事件』(マーク・ハッドン著 小尾芙佐訳 早川書房)がおもしろかったし、目を開かれた気持ちになったんですけど、この本はまた趣が違っておもしろい。本文では「リアルな世界」となっていますが、書名は「リアル・ワールド」なんですね。一つ気になったのは、マルセロは定期的に脳をスキャンされてますけど、どういう方法でなんでしょうか? 普通のCTスキャンだと健康に害がありますよね。

ajian:第3章での父との会話。マルセロの父親は息子のためを思って、法律事務所で働くようにいうわけですが、マルセロにはそれが通じず、かえってストレスに思う。このすれちがう感じは、すごくよくわかる気がして、この辺りからぐっと引きこまれましたね。ラビとの会話は、最初原書で読んだときはちょっと難しくて、読むのに苦労したのですけど、翻訳で読んでみてかなりクリアになって、よかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年9月の記録)