日付 2003年4月24日
参加者 カーコ、ブラックペッパー、愁童、ペガサス、アカシア、紙魚、すあま、羊、裕
テーマ ノンフィクション

読んだ本:

『カメちゃんおいで、手の鳴るほうへ〜友だちになれる亀の飼い方 』
中村陽吉/文 アトリエ・モレリ/絵   講談社   2002.12

オビ語録:先生のカメは、呼べば走ってくるらしい/亀ってそんなにかしこいの?/ほんとう?


『ビッビ・ボッケンのふしぎ図書館 』
ヨースタイン・ゴルデル&クラウス・ハ−ゲルップ/作 猪苗代英徳/訳   NHK出版   2002.11
BIBBI BOKKENS MAGISKE BIBLIOTEK by Klaus Hagerup and Jostein Gaarder, 1993(ノルウェー)
<版元語録>ニルスとベーリットがレターブックの交換を始めてから奇妙な出来事が続く。謎の女ビッビだけがその場所を知る「ふしぎ図書館」、レターブックをつけねらう男…。これから書かれる本を探してふたりの冒険ははじまった。


『エンデュアランス号大漂流 』
エリザベス・コーディー・キメル/作 千葉茂樹/訳   あすなろ書房   2000.10
ICE STORY by Elizabeth Cody Kimmel,1999(アメリカ)
<版元語録>南極探検の歴史に埋もれた「偉大な失敗」の記録!  すさまじい漂流の中、決して希望を失わず、またユーモアを忘れず、さまざまな困難を乗り越え、シャクルトン隊は28名全員が奇跡の生還を果たした。読むものに生きるよろこびと勇気をあたえてくれる物語。


『カメちゃんおいで、手の鳴るほうへ〜友だちになれる亀の飼い方』

中村陽吉/文 アトリエ・モレリ/絵
講談社
2002.12

カーコ:カメを飼っている子や、カメを飼おうと思っている子が喜んで読みそうな本だと思いました。へえーと思うことがたくさんありました。でも、すっきりとした絵が入っていてとっつきやすい一方で、全体に漢字が多いのが気になりました。

ブラックペッパー:私、カメって、甲羅の中のことを考えるといやだったの。図書館から借りてきて、しばらく読まずにいたんだけど、おもいきって読んだらおもしろかった。カメと友だちになれるよという姿勢がよかった。笑ったところは、「煮えてしまう」ところ。これを読んだ子は買いたくなるだろうなと思った。ただ、タイトルはいいのか悪いのか。ほかに思いつかないからいいのかな。

愁童:今、カメを飼っている子って多いですよね。これ1冊あれば、カメ飼育のエキスパートになれるというような本だと思いました。

ペガサス:同じ著者が大人向きに以前書いた『呼べば来る亀』(誠信書房)もおもしろかった。この人のほのぼの路線が出てる。こちらは、カメを飼おうとしている子どもに読ませる本として作られている。この人とカメの付き合い方みたいなのが、本文に書かれて、下段には豆知識が書かれている。子ども向けに書いている作家ではないから、編集の人が手を入れているんだろうけど、「和室」なんて言葉の注釈もある。親切な編集の人だなあと思いました。この先生って、自分ではそうは思っていないだろうけれど、ユーモラスなところがある人。51ページのコメント「知らないカメの鼻は、押さないようにしましょう」なんていうのも、おもしろい。このあいだ、あるタレントがカメを数匹飼っているが見分けはつかないと言っていたけど、この本を読むと、こんなに親密につきあえることがわかって興味深かった。カメが人間を見分けるというのも意外だったし、まちがえて他人のところに行っちゃうと恥ずかしそうな顔をするというのも、おもしろかった。

アカシア:私は前にカメを飼っていたことがあるんですけど、その頃この本を読んでいればもっとうまく飼えたのにって思いました。でも、どのカメも犬みたいに馴れるっていうわけじゃなくて、この「カメちゃん」っていうのが特別なのよね。「ガマちゃん」と「シンちゃん」は「カメちゃん」ほど馴れなくて、それでも一生懸命やっているこの先生がほほえましい。近所のカメがいっぱいいる池から一匹もらってきたくなりましたね。ただ、冬眠用の水槽の用意のしかたがちょっとわかりにくかった。落ち葉と水を入れると最初にあるけど、「あたたかいベッド」って書いてあるし、27ページには「落ち葉の中から」って書いてある。水は途中で蒸発してなくなるの? カメの観察記録なんだけど、書き方はおもしろかった。「ときどきシンちゃんが、ガマちゃんの前に出て、鼻を押しつける。まるで『姫、しばしおとどまりを。』と、家来が言っても、『そちはうるさいのう、わらわは先に行くぞえ。』というように、ガマちゃんはドンドン行ってしまう。」なんていうの。

ブラックペッパー:この冬眠用水槽の「水を同じくらい入れ」って、何と同じくらいなんでしょうね。落ち葉と同じくらいということ?

アカシア:カメ飼育の実用書として見ると、絵に出てくる敷居とカメの大きさの比率がページによって違ったりもして、??と思ってしまう。

紙魚:私は動物のなかでも、カメはかなり上位に入るほど好きなんです。だから期待して読みました。動物もののおもしろさって、もちろん作者のその動物に対する愛情の度合いとかもあるのだけど、やっぱり生態がきちっと興味深く書かれていることが、私にとっては大切なんですね。この本は、カメを飼う人のための本なのか、カメに興味をもたせるための本なのか、焦点にちょっと揺れがあるように思いました。ただ、作者の人柄や、カメの気持ちの読み取り方がおもしろいので、楽しく読みきってしまいます。あと、イラストレーションがちょっとわかりにくいところがありました。カメちゃん、ガマちゃん、シンちゃんの顔のちがいとかって、もっとちゃんと見たいし、75・99ページのイラストなどはわかりにくかったです。

アカシア:この本はノンフィクションというよりは、読み物なんでしょうか。

すあま:『呼べば来る亀』は、大人向けで、大の大人の心理学者がカメを飼うっていうおもしろい本だった。こっちも、カメの飼い方の本というよりは、ノンフィクションの読み物にすればよかったのかも。

:うちの近所に、リクガメを散歩させてる人がいるのよ。『どろぼうの神さま』(コルネーリア・フンケ著 細井直子訳 WAVE出版)にも、くしゃみするカメが出てるじゃない。あれって、本当だったのね。生きものを飼う人って、こんな気持ちで飼うんだなということがわかりました。

カーコ:これはノウハウの本じゃないんじゃないかしら。これを読んだだけでは、カメを飼うのは難しそう。私も小学生のときミドリガメを飼ったことがあるんですけど、世話がすごくたいへんだったの。掃除をさぼるとすぐ臭くなるし、病気にもなるし。でも、この本からは苦労は伝わってこない。実際には、なかなかこんなにおおらかには飼えませんよね。おふとんをよごされたなんて、さらっと書いてあるけれど。

:カメってもっと獰猛じゃなかったっけ。かつて、うちのベランダに上の階からカメが落ちてきたことがあるんだけど、けっこう獰猛でしたよ。

(2003年04月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)


『ビッビ・ボッケンのふしぎ図書館』

ヨースタイン・ゴルデル&クラウス・ハ−ゲルップ/作 猪苗代英徳/訳
NHK出版
2002.11

すあま:おもしろく読めたので読み物といえば読み物だけど、教育目的で作られた本でもありますよね。現実の本づくりともシンクロしてる。ただ、ビッビさんは、怪しい存在だったのが、実はいいお姉さんだったのも気になるし、最後の種明かしもなーんだという感じ。図書館の分類でも、日本には日本十進分類法というのがあって、この本に出てくるデューイ分類法とはちがうのよね。その辺の説明が、日本の子どもたち向けにほしかったと思いました。最後にわざわざ日本の読者に向けて加筆してるんだから、そのことにもふれてほしかった。

ペガサス:ノルウェーの6年生に配る本としてはよく考えられているなあとは思うけど、日本の子どもたちが読むにはどうかな。手紙のやりとりで構成するところは工夫されているけど、文面があまりにも饒舌な感じで、こんなこと書くかなあ、と思うところも多かった。最初は不思議な要素をとりこんでいるので、どんどん次を読みたくなるんだけど、ビッビがあまりにも良い人になっちゃうのは物足りないし、最後に自分でべらべらしゃべってしまうのもね。翻訳では、図書館の目録のところを、カード式索引と書いてあるんだけど、それは、カード式目録とかカード目録といったほうがいいんじゃないかな。203ページの「システム分類がされていない」というのは、よくわからない。分類法が整っていない、ということか?

アカシア:これはノンフィクションじゃなくて、教育的ファンタジーっていうやつかな。ノルウェーの子どもだったらおもしろいかもしれないけど、日本だと、図書館もコンピューター化されているところが多いし、レターブックのやりとりも、今ならメールでしょうね。なじみがなさすぎて、日本の子どもはなかなか入っていけないんじゃないかな。それに、ファンタジー物語としては、あんまりおもしろくない。図書館の仕組みを知るにはいいのかもしれないけど、それにしてもこんなに長々と読まされなくちゃいけないのかという感じ。挿絵に不思議な雰囲気があって、それに引っぱられて最後まで読めましたけど。NHK出版は、『ソフィーの世界』(ヨースタイン・ゴルデル著 池田香代子訳 NHK出版)を契約するとき、ヨースタイン・ゴルデルの本を全部契約しちゃって、出さなきゃいけないのかな。

紙魚:先日ある講座で、スプートニクショック後、アメリカが科学技術教育に力を入れるために、何冊かの本を子どもたちのために選定したという話を聞いたんですけど、その本というのは、3歳児向けがルース・クラウスの『はなをくんくん』(邦訳は福音館書店)、4歳児向けがエッツの『わたしとあそんで』(邦訳は福音館書店)だったというんですね。日本であれば、直球の科学絵本が選ばれそうだと思いませんか。これは、図書館学の本だけど、もし日本でそれを学ばせたいと思ったら、いきなり十進分類法が入ると思うんですね。だから、ここまでまわり道をしながら図書館の全貌をつかんでいこうとする姿勢には、どこか豊かなものを感じました。でも、ちょっとこれはまわり道しすぎです。結局、物語としての広がりが感じられないので、おもしろく読めなくて残念でした。

カーコ:本についての本を書いてくれるように依頼されて書いたとあったので、そう思いながら読んだんですね。ミステリー仕立てで読者をひっぱって、本の世界を紹介していこうというのが作者の意図なのでしょうけれど、私は、ミステリーのキーとなる「ビッビ・ボッケンの図書館」に魅力を感じられず、苦しいかなと思いました。気になったのは、主人公の二人の言葉遣い。12、3歳の子が書く手紙って、こんなふうかしら。とくに女の子の言葉遣いが、昔のお姉さんみたいで入りにくかった。原書で読むと、もっと軽い感じなのかも。それに、中でいろんな本が紹介されるわけだけれど、唐突さが目につきました。とくに、この子たちが、詩や戯曲まで話題にするというのは無理がないかしら。作為が見えて興をそがれました。それから、161ページのリンドグレンの本について語っている部分で、当の男の子が、こういう本は大人になってから読み返してもおもしろいだろうというようなことを言うのは、大人の視点じゃないかしら。260ページの「ぼくは、生まれてはじめて、本とはどういうものなのかを知った。本は、過去の人たちを生き返らせて、いま生きている人たちを永遠に生かす、小さな記号で満たされた魔法の世界なんだ。」ってところを読んだとき、これが作者の言いたかったことかな、と思いました。

アカシア:私はへそ曲がりだから、本に作者の「教えてやろう」とか「面白がらせてやろう」という作為が見えるのはいやなんですね。『はなをくんくん』とか『わたしとあそんで』には、そういう作為は見えませんよね。私がノルウェーの子どもでも、こういう「教えてやろう」式の本はいやだったかも。

(20031年04月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)


『エンデュアランス号大漂流』

エリザベス・コーディー・キメル/作 千葉茂樹/訳
あすなろ書房
2000.10

紙魚:釘付けになったのは、写真です。どの写真も一枚一枚、非常に興味深かった。こういう物語って、私は細部が知りたくなります。だから、本文はちょっとあっさりしすぎているように感じました。食べ物がないといっても、どんな食べ物を食べていたか、味付けはどんな感じだったのかとか、どんな服を何枚着て、どんな状態になっていったかとか……。すでに回想録となってしまっているので、そういう細かいところが出てこないところ、それから最初の方に航路の図が出ていて、読み終わる前にどうなるかわかってしまうところが、ちょっと残念でした。でも、おもしろかった。写真を撮りつづけて、それをきちんと所持し保管していたことだけでも、本当にすごいと思います。

アカシア:私は、おもしろく読みました。漂流そのものよりも、失敗しつづけて家族を省みず、それでも探検がやめられないという、影の部分ももあるシャクルトンの人物像がおもしろかった。千葉さんの訳も読みやすかった。この時期、評論社からもエンデュアランス号についての本が出たわよね。どうしてそんなにシャクルトンが出てきたの?

ブラックペッパー:シャクルトンの映画が来たからだと思いますよ。

ペガサス:子ども向きの冒険物語で薦められるものは何かと考えた時、『ロビンソン・クルーソー』などの古典的冒険ものか、そうでなければ今はファンタジーになってしまうのよね。でもファンタジーの冒険と、現実の冒険とはちがう。だからといって、昔の冒険小説って、つまるところ強者が弱者を征服する話でしょ。そういうものを今の子どもたちにそのまま薦めていいものか、という思いがある。そうなると、今、子どもたちに現実の冒険として手渡せるのは、ノンフィクションなのかな、と思う。この本には本当にすごい冒険があって、魅力的な人物にも出会える。子どもが読めるこういうノンフィクションがもっと出てもいいと思う。

:去年の夏に息子が読書感想文を書かなくちゃいけないとき、親としてお薦めの本を選んだんだけど、その中にこれも入れておいたの。結局、息子は「教科書みたいでつまんないから」と言って読まなかったのね。どういうものがアピールしたかというと、チベットを旅する高僧の話(井上靖だったと思う)なのね。ヒューマンドキュメントなんですよ。いわゆる、ノンフィクションのドキュメントと歴史小説はどうちがうんだろう。たとえばサトクリフは、英雄のそばにいる人がどう生きたかを書いてるし、『ジョコンダ夫人の肖像』(E・L・カニグズバーグ作 松永ふみ子訳 岩波書店)のベアトリーチェなんかも面白いですよね。ノンフィクションであっても、物語性のあるなしに面白さの鍵があるのかなと思いました。

アカシア:歴史小説はフィクションよね。でも、この本はノンフィクション。ノンフィクションは事実しか書けないから、それなりの重みもあるのでは? 本当にこんなことがあったのだ、というのはやっぱり強いわよね。

カーコ:そうそう。沢木耕太郎が、ノンフィクションには実際に起こらなかったことはつけ加えられないって、どこかで書いていましたよね。

:塩野七生とかは、フィクションだものね。

アカシア:これが教科書的と思われたのは、レイアウトのせいじゃないかしら。ちょっと見では古くさい硬い感じがするけど、読んでみると最初の印象よりは、ずっとおもしろかった。

すあま:私はエンデュアランス号について知らなかったんですけど、食料に困ったりすることもなく、波がきても、奇跡的に助かって、と事実が淡々と述べられているので、そのまま淡々と読んでしまった。全員が生還するのはすごいことだし、実際に困っているんだけれど困った感じがあまり伝わってこない。そして、シャクルトン以外の人たちの見分けがつかなかった。もうちょっとエピソードで、ひっぱってほしかった。へたにイラストを入れないで写真だけにしたのはよかったと思います。冒頭、「南極大陸は」というよりは、「アーネスト・シャクルトンは」というように人物の紹介から始まっていれば、入りやすいかもしれない。

アカシア:私は淡々としているとは思わなかった。アウトドアが好きなせいもあるかもしれないけど、けっこうドラマティックだと思って読んだな。

すあま:自分が死んでも記録を残そうとしたのはすごいですよね。もうちょっと読みたいと思うところが、さらっと終わっているので、物足りなく感じたのかもしれない。ノンフィクションが好きという子には、いいよね。うまく紹介すれば、ちゃんと読まれる本だと思います。

ブラックペッパー:作為の反対側にあるんですよね。私はそれがいいと思いました。

ペガサス:ノンフィクションの場合は、自分の経験とか、これまでに読んできた本で、読者の受け取り方がちがうのよね。

ブラックペッパー:私は「人間って!」と思ったんですよね。シャクルトンのリーダーとしての人柄がいいと思ったんです。隊員がこの人についていけば助かるんだと信じていた、そこがいい。シャクルトンは、食べ物がなくなったときに隠していた食べ物をふるまうとか、たいへんなところは自分が引き受けるぞという精神にあふれていて、そこを読んでほしいんですよね。お話としては、はらはらどきどきを求める人には、だめだったかもしれないけど。

カーコ:おもしろかったです。我慢ができない読者なので、最後どうなるんだろうって、読み始めてすぐ、後のほうの写真などを見ちゃったんですけど。文章は、作者がわざとおさえて書いているという印象を受けました。びっくりさせるような書き方をしていない。ゲーム的なすばやい展開に慣れた人には、あっさりしているかもしれませんね。人生の不思議さ、自然と人間の不思議さを感じさせられました。嵐が突然やむところなんか、フィクションだったら、逆にリアリティがないって言われてしまうでしょう? でも、本当にあったこと。歴史の表舞台には出てこないけれど、すごい人がいるんですね。写真がすごくよかった。1914年から1916年でしょ、明治の終わりですよね。28人もの野郎どもが、こんなに長い間、閉鎖的な状況でサバイバルするなんて、すごいですよね。

ブラックペッパー:そうですよ。それなのに、お楽しみとかしながら、過ごしていくんですよね。

カーコ:時系列的な図がどこかに入っていても、よかったのかな。そのほうが、一年半という時が流れていたすごさが、もっと感じられたかも。人間ってこういうこともできるんだなって。

紙魚:楽器をとりに帰るところ、いいですよね。こんな極限の状態でも、人間って音楽を聞くんだって、じわりときました。

すあま:この本、ビジネスマンに売ってもいいんじゃない。雑誌『プレジデント』なんか読んでる人のために「家族に顧みられないあなたへ」とかの帯つけて。

ペガサス:「リーダーになるための条件」とか「この春部長になったあなたへ」とかね。失敗を極度に恐れる傾向があるから、失敗するということを言わずに「負け組を勝ち組にかえる」とか。そういう言葉に弱いんだから。

(2003年04月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)