日本児童文学者協会編『迷い家:古典から生まれた新しい物語・ふしぎな話』偕成社
『迷い家』
日本児童文学者協会/編 平尾直子/絵
偕成社
2017.03

◆村上しいこ 作「やねうらさま」、二宮由紀子 作「魚心あれば?」、廣嶋玲子 作「迷い家」、小川糸 作「三びきの熊」 <版元語録>古典をモチーフにした4つの物語を収録。不思議をテーマにしたそれぞれの作品の最後に著者メッセージ、巻末に古典への読書案内を掲載した。

すあま:これは「古典から生まれた新しい物語」というアンソロジー・シリーズの1冊です。古典というので、いわゆる「古典」と呼ばれるものをイメージしていたら、昔話や国内外の名作もモチーフとなっていたのが意外でした。この『迷い家』でも、作家がかなり自由に発想しているので、読んだ後に元になっている原作を読みたいと思うのかどうかは疑問に思いました。短編としておもしろければよいのですが、物語の後に作者の説明があるものの、うまく古典への橋渡しになっているとは思えませんでした。

ヘレン:まだ読み終わっていないのですが、けっこうおもしろかった。『絵物語 古事記』(富安陽子文 山村浩二絵 偕成社)より読みやすかったです。オーストラリアの学生にも読ませることができるかも。古典というと日本のものかと思っていました。4編の中では「迷い家」がいちばん日本的でおもしろかった。別の話もおもしろかったです。

レジーナ:p106の「カチューシャ」の、名前の説明は不要では? 本の造りとしては、ほかの巻にはどんな作家が書いているか、わかったほうがいいと思いました。

ネズミ:住んでいる区の図書館にはなく、隣の区の図書館で借りました。100ページしかないのに、この束を出して、読んだ満足感を与えるような造本ですね。お話自体は、さらっとおもしろく読めるけれど、それほど印象には残りませんでした。「作者より」という形で、それぞれの作者が原作との関係を説明しているのは、もとの本を知っている大人が読めば、そう変えたかと、おもしろがりそうですが、子どもは、そこから元の作品に行くかというと、そうでもなさそうな気がします。大人と子どもでは、この本の楽しみ方が違うかもしれませんね。絵や文字組などは、読みやすそうでした。1か所気になったのは、p36のせりふのなかの「手も足も出せない」という言い方。「手も足も出ない」では?

須藤:その前に「手が出せない」とあるから、わざとかも。

さららん:慣用表現じゃなく、遊びで持ってきたのかもしれませんね。

マリンゴ:1つ1つのお話は、とてもおもしろく読みました。ただ、おもしろかったからといって、ネタ元の古典にまで遡ってみたいと考える子は少ないかもしれませんね。あと、児童書のアンソロジーについて常日頃気になっているのが、表紙に著者の名前を入れないという習慣です。一般書だと、もちろん入っているので、「この作家さんの作品があるから読もう」と、買うきっかけになります。でも、児童書では大半のアンソロジーが名前を載せない。表紙の文字が多くなって子どもが見づらいとか、子どもは作家の名前で本は選ばない、などの理由があるのでしょうか? この本の場合、出版社のホームページの書籍紹介にさえ著者名が出ていない。村上しいこさん、二宮由紀子さん、廣島玲子さん、小川糸さんに加えて宮川健郎さんの解説だったら、喜んで読みたい、と思う人は多いと思うのですが。この本は、地元の図書館にも近隣の図書館にも入っていなくて、結局買ったのですが、図書館に入ってない理由は、こういうところにもあるのかもしれません。

カピバラ:「古典から生まれた新しい物語」というのは、作家さんたちが書きやすいように一つのテーマを設けた企画だと思います。これをきっかけに古典に手をのばしてもらおうというよりは、ちょっとしゃれた短編集、軽く読める本という感じを受けました。有名な作家たちが手慣れた文章で書いていますが、それぞれの書きぶりは個性もあり、古典との取り組み方もそれぞれでおもしろく読めました。デザイン的な挿絵も好感を持ちましたが、本の造りはあまり子どもが手に取りやすいとは思えません。

アカシア:私は、古典に向かわせる本というより、これはこれで楽しむ本かなと思って読みました。村上さんの物語はとてもおもしろかったけど、あとはそんなに惹きつけられませんでした。「迷い家」は、もっとリアルな現実と接点を持たせて、なるほどと思わせてほしかったです。「三びきの熊」は昔話そのものの方がおもしろい。どうして蛇足みたいな続きをつけてるんでしょう、と、失礼ながら思ってしまいました。

花散里:住んでいる所の図書館には所蔵されていなかったので他の図書館から借りました。小学校の図書館に入れても、紹介しないと手に取らないだろうし、読まないのではないかと思いました。「迷い家」はおもしろいなと思ったけど、子どもたちに遠野物語のおもしろさが伝わるかどうかは疑問です。日本児童文学者協会は最近、アンソロジーを結構、続けて出しているようですね。

西山:アンソロジーはよく企画に上がってきます。

花散里:日本児童文学者協会の人たちと話をしたときに、外国の児童書を読んでない人が多いなと感じました。外国の作品も読んで、書かれているのかなと思っていたのですが・・・。

さららん:古典的なものを読んでないってこと?

花散里:最近の新しい作品もです。YAなど特に読んでないですね。よい作品がたくさんあるのに。

アカシア:べつに外国の作品を読んで書かなくてもいいんですけど、いろいろ読んでいる作家のほうが視野が広くて、国際的にも通用する作品になってくるんじゃないかな。

須藤:いま読んでいたのですが、「やねうらさま」はおもしろかったですね。あまりにサキっぽいから、サキの元ネタがあるのかと思ったけど、オリジナルらしい。解説で引かれている「開いた窓」はサキの有名作ですが、それとこの「やねうらさま」はストーリーとしてはまったく違う話なので、サキらしさをうまくつかんだ、ほんとうのオマージュになっている。

カピバラ:子どもは、パロディには興味持つかもしれませんね。

アカシア:私も「やねうらさま」がいちばんおもしろかったのですが、ほかはパロディとしてもイマイチのように思います。

マリンゴ: このシリーズは、テーマの縛りが二重になっているのですね。古典を元ネタに書く、というのと、「ふしぎな話」を書く、というのと。だから著者は、自由に書く場合に比べて、制約があって不自由ですね。

ネズミ:花散里さんが、これだと手に取らないとおっしゃったのは、どうしてですか? 表紙を見ても、小学生がおもしろそうと思わないということですか?

花散里:書架に並んでいるときに、この背表紙だけでは内容が分からないし、面出ししていても、この装丁では作家の名前も分からない。

カピバラ:「古典」を強調せず、「ふしぎな話」をもっとアピールしたほうがよかったですね。

マリンゴ:小学生も、作家の名前を見て、本を選びますか?

花散里:勤務していた学校図書館では児童書の書架は著者名順に配架していたので、富安陽子さんとか、好きな作家の棚の下に座り込んで選んでいる子もいました。シリーズ本などは次から次へと読んでいるようでした。

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アンヌ(メール参加):『遠野物語』は大好きで、時たま読み直しては、あれは本当はどうなんだろうと色々考えてしまいます。「迷い家」は、家そのものが意志を持つようで、無機質なものに対する恐怖と、その家について知っている人々がいて、後であれこれ言うというところに、村という共同体についての恐怖を感じます。今回は、家の主のおばあさんが出てきて説明してしまうので、わかりやすいけれど、家への恐怖が薄れてしまうのが残念な気がしました。けれど、その分、家の主と主人公のおばあさんへの恐怖が増して、おもしろい後口になっている気がします。

エーデルワイス(メール参加):4人の作家が古典を題材に自由に書いている感じがしました。どの作家も大好きなのですが、子ども向けの短編って難しいと思いました。なんだか中途半端な感じがしました。個人的に気に入ったのは「迷い家」で、すっきりと読めました。昔話だと残酷に思いませんが、現代版『迷い家』では、真に嫌な人間ではあるものの園子がこの世から消えてしまうのは、怖いと思いました。

(2018年10月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)