日付 2019年10月16日
参加者 すあま、ハリネズミ、アンヌ、西山、彬夜、マリンゴ、まめじか、(オオバコ、エーデルワイス、さららん、ルパン)
テーマ 小学生はつらくて楽しいよ

読んだ本:

エレン・クレイジス『その魔球に、まだ名はない』
『その魔球に、まだ名はない 』
エレン・クレイジス/作 橋本恵/訳   あすなろ書房   2018.11
OUT OF LEFT FIELD by Ellen Klages, 2018
10歳にしてインテリの剛腕少女ゴードンは、独自の魔球を編み出した。無敵のピッチャーとして活躍していたが、その野球人生には大きな壁が! 抜群の調査能力で、ゴードンは明るみにされていなかった真実を知り・・・。


蒔田浩平『チギータ!』
『チギータ! 』
蒔田浩平/作 佐藤真紀子/絵   ポプラ社   2019.03

引っ込み思案で、卓球が好きな小学5年生の千木田寛仁。クラスで行うレクリエーションは一部の男子の強い主張でいつもサッカーやバスケになっていた。そのことがずっと心に引っかかっていた千木田は・・・。


村中李衣『あららのはたけ』
『あららのはたけ 』
村中李衣/作 石川えりこ/絵   偕成社   2019.06

畑の作物も虫もみんな自分のペースで生きている。横浜に住むエミと、山口に引っ越したえり。自然の不思議といじめに向き合う子どもの心を、少女たちの手紙のやりとりを通して描く。『Kaisei Web』連載を単行本化。


『その魔球に、まだ名はない』

エレン・クレイジス/作 橋本恵/訳
あすなろ書房
2018.11

アンヌ:表紙が妙に女の子っぽくて奇妙な気がしました。少し全体的にいろいろな要素が見えるのに物足りない感じがしました。お母さんだけではなくお姉さんの物語があってもいいのに、とか。昔、女子野球があったことに気づいてからは、わくわくと楽しかったのですが、資料を送って来てくれた人との交流が少ない気もしました。後半は資料負けした気もします。

彬夜:まず気になったのは、タイトルです。どうしてこういうタイトルにしたのかが、よくわかりませんでした。5章の章タイトルと同じなんですね。物語の冒頭部分で、注意深く主語を書いてません。p15になって、「わたし」と出てきますが、こういうところ、原文はどうだったのかな、と思いました。女子が「女子らしくない」ことをやる物語は嫌いじゃないです。とはいえ、リトルリーグが女子に門戸が閉ざされているという認識を持ってないはずもなかろうと思うと、ちょっと設定が不自然だな、と。それを言ったら始まらないのですが。前半、物語に入りづらかったのは、2章の経緯説明がごちゃごちゃしていることも原因の一つかもしれません。p16~20にかけて時系列が入り組んでいて、時期をあらわす言葉がたくさん出てきます。「事の発端は去年の夏休み」「それから一週間」「野球といえば、七歳のときから」「去年の六月からは」「こうして去年の夏は」「九歳の誕生日の一ヵ月前」「四年生に進級するころには」「今年の夏休み」これが出てくる順。ほかにも引っかかった箇所がけっこうありました。p16の「ジュールズ本人は背が低くて、運動神経が鈍い。ピアノだけは例外で、ピアニストとしては優秀だが、スポーツは苦手だ」というのも不思議な文章。p17に「男子が空き地で野球をしていた」とあるのですが、これはピーウィー・イシカワ1人だったんでしょうか。p18の「良い意味で、バイキングに似ている」「髪も目も黒くて、見た目はコミックのキャラクターのようだ」というのもよくわからないです。p21に「ジュールズのママは専業主婦で、テレビに登場する母親のようにエプロンをして料理する」というのは、ふつうエプロンはしない、ということなのかな、と思ってちょっとおもしろかったです。p31「韓国で従軍したぼくのように兵役にもつけない」とあって、なぜ可能形なのかな、と。これは、従軍を肯定的に捉えてのことなのでしょうか。でも、このセリフで、ああ、ハーシュバーガー先生は朝鮮戦争に参加したのか、と思うと、ふいに物語が近づいてきたようで、ハッとなりました。と、前半は乗れなかったのですが、後半はおもしろかったです。こういう風に物語が展開するの? と。いい意味での裏切られ感がありました。p234の「そのときには、この手紙も、野球界の貴重な歴史の一ページとなる」というのがいいと思いました。お母さんはちょっとかっこよすぎるでしょうか。いやなやつも登場しますが、基本的には善意に支えられた作品ですね。物わかりのいい人とそうではない人ときっぱり別れすぎかなという気がしないでもなかったですが。

すあま:アメリカのメジャーリーグ、しかも時代が古いので、日本の今の子どもにはわからないのではないかと思います。これが日本の話だったら、王さんや 長嶋さんが出てくるような感じかな? 日本では当時のアメリカのことがわかるような大人じゃないと楽しめないかも。途中、主人公が元選手の人たちにインタビューして、いろんな人がいろんな立場で話をするところは、おもしろいけれども、物語全体の中ではちょっと長く感じて飽きてしまいそうになりました。主人公は女子でそのクラスメートは日系人、アフリカ系アメリカ人など、この時代のアメリカでは不自由な思いをしている人たちを代表しているところはよくできていると思いました。この本を薦めるとしたら、アメリカの野球が好きな子で中学生以上、そして本をよく読んでいる子。読み手を選ぶ本だと思いました。

まめじか:タイプライターやアンゼンハワー大統領の時代って、今の子は簡単にイメージできるのでしょうか。p67で、戦時中、爆弾の製造に関わったと母親が誇らしげに言うのが、アメリカの物語らしいですね。チップのお母さんの言葉づかいが、「わかるんだい」「聞かしとくれ」など、やけにぞんざいなのが気になりました。原文のスラングをそう訳したのかもしれませんが、わざわざこんな言い方をさせなくてもいいのでは。p224で、お父さんが「ご主人さまのご帰還だぞ!」と言うのもひっかかりました。いくら昔の話でも、読むのは現代の子どもだし。女の子が社会の不平等に直面する物語にも合わないですよね。

マリンゴ: 女子が野球を続けられない状況に陥って、闘ったり葛藤したりする物語なのだろうとは想像ついたけれど、その闘いの方向が意外でした。自分で調べてみる。過去の歴史をさかのぼってみる。その結果、アメリカのプロ野球界に女子選手がいたことなど、私自身知らなかった事実がいっぱい出てきました。調べる、学習する、知識を得るということが大きな武器になる過程が描かれいます。人はなぜ勉強するのか、という問いに対する、1つの答えが出ている作品なので、読む価値があると思います。以前読んだ『変化球男子』(M.G.ヘネシー作 杉田七重訳 鈴木出版)では、主人公がスーパーガールで、そのすごさに説得力が欠ける気がしたのですが、この本では、そのあたりもリアルに感じました。野球の物語というより、何かを学んでいく物語だとも思いました。

ハリネズミ:私も、女の子がただ男の子と張り合うというだけではなく、調べていくところがおもしろかった。ただ、いろいろな資料に当たって調べていくので、ある程度のスピードで読める子じゃないと、根気が続かないかもしれません。アメリカはいろいろな手を使ってジェンダーの問題を取り上げていますが、こういうふうに実証的に書いていく本もいろいろ出ていて、興味深いです。

西山:公民権運動の渦中にあった50年代末のアメリカの物語だとは、途中までわからなかったので、一瞬とまどいましたが、ものすごく興奮しながらの読書となりました。最初から時代背景を言わないほうが、いまの問題として感じられるからいいのかも、と思うに至っています。学生と読み合いたいと思います。#Me Too, #With You的今日性に血が騒ぐ1冊でした。

彬夜:野球の常識が日米では違いますよね。日本では、中学生以下は軟式が多いんじゃないかと思うので、ちょっと戸惑うかも。

すあま:著者紹介に、この物語の前日譚にあたる作品があると書いてあったので、読んでみたいと思いました。お母さんの話なのかも。

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エーデルワイス(メール参加):1957年のアメリカで、リトルリーグに女子を入れないのはおかしいと、断固として引き下がらないケイティ・ゴードンと、図書館で調べるところがいいですね。(「ニューヨーク公共図書館」が、やっと私の市でも上映され、見たばかりなので興奮中です)女子野球の存在を浮き彫りにしているが、内容が盛りだくさんでした。もうこれ以上の母親はいないと思うほどの素晴らしい母親は、挫折を味わいながらも自分の仕事に誇りを持っているキャリアウーマンで、夫と離婚しても子どものことでは連絡を取り合っています。ケイティの二人の姉のうち一人は養子だというのも素晴らしい。

オオバコ(メール参加):アメリカの女子野球には、150年もの歴史があるんですね! 主人公のケイティの物語かと思ったら、途中から女子野球の歴史の話のほうがメインになっていきますが、どっちにしても「男しかできなかったことを、初めてやった女の子の話」って、痛快で、おもしろい。『ライディング・フリーダム:嵐の中をかけぬけて』(パム・M・ライアン作 こだまともこ訳 ポプラ社)も、死ぬまで女だということを隠して幌馬車の御者をしていた人の実話でしたが、「初めてやった女の子の話」のシリーズがあったらおもしろいと思いました(もう、あるかもしれないけど)。

ルパン(メール参加):タイトルがとても魅力的でいいと思いました。でも、「魔球」と話のテーマがどう結びつくのか、とまどいました。「まだ名はない」というところが、「まだ女子は出ていない」という意味なのかな。子どもにわかるでしょうか。子どもにわかるかといえば、はじめ、いつの時代の話かわからず、それもとまどいました。私の認識だとp51に「1957年」という年号が出てくるまではっきりしないと思うのですが。アメリカの子なら野球チームの名前ですぐにわかるでしょうし、日本人でもおとななら黒人差別のところで「あれ?」と思うかもしれませんが、子どもは今の話だと思って読んでいて混乱するかも。はじめ『変化球男子』とかぶりましたが、知られざる女子メジャーリーガーの話でおもしろかったです。しかも、話の舞台は50年以上前ですが、今もまだ続いている問題で、あきらめない気持ちや今後の課題など、本から得るものがたくさんあると思いました。

(2019年10月の「子どもの本で言いたい放題」)

 


『チギータ!』

蒔田浩平/作 佐藤真紀子/絵
ポプラ社
2019.03

西山:まさかの小選挙区制と比例代表制をわかりやすく説いて、民主主義ってなに、多数決ってなに、という話でびっくりしました。おもしろかった。今回のテーマが何だったか案内を見直しもせず、子どものエンパワーメントが3冊の共通テーマかと思ったぐらいです。何かを実現していくための知恵をつけるというのは、とても良いと思います。ただ残念なのが、女の子と描き方。4章のタイトル「リーダーは女の子」になんだ?と思ったり、ホームルームでも、卓球の試合でも共に戦った同志のはずの松林に対して、美人かどうかとか顔立ちのことを言う(p158)のに、かなりがっかりしました。作者の那須正幹さんに対する思いには共感してあとがきを読みましたが、女の子の描き方は那須さんには学んでほしくないと切に思います。

まめじか:楽しく読みながら、民主主義のありかたや、いろんな意見を尊重することの意味を考えさせる物語です。男の子のせりふは生き生きしているのですが、女の子はアニメのキャラみたい。「あまいわ」(p68)、「勝負しなさいよ」(p124)「あなたが決めなさい」(p139)、「あら」(p157)など。こんなしゃべり方をする子に会ったことがないので。

彬夜:卓球ものというよりは、多数決の是非を問う物語として読みました。その問題意識はおもしろかったですが、いろいろひっかかる点もあったし、物語に奥行きを感じませんでした。別の本で、チキータという技は、小学生にはむずかしいというようなことを読んでいたので、まずそこから疑問だったし、卓球は、昔と違って日本はけっこう強く、けっして不人気な地味なスポーツという認識ではなくなっているのでは? 選択肢でも、ポートボールが人気、というのも今一つピンとこなかったというか。ポートボールは小学校の体育の授業だけといってもいいスポーツで、話題になることもあまりないし。それから、最初に登場する人気女子、四条と高沢の2人はいったい何だったんでしょうね。もっと話にからんでくるかと思ってました。他の人物たちも、何というのか、それぞれの役割を演じている感じで、物語としてはちょっと物足りなかったかな、という印象でした。たしかに、小さい声を届けることは大事で、そこが達成できたことはよかったですが、「ふみだすべき『前』という方向があっただけだったんだ」(p150)という寛仁の述懐も、今一つしっくりと落ちなかったです。

すあま:最初につまずいたのは、「上忍」と「下忍」が何かわからなかったこと。こういう言葉って、今の子たちにはわかるんだろうけど、時間がたつと古くさくなることもある。登場人物が、食べるのが好きな太めの子や気の強い女の子などステレオタイプで、主な3人以外の子たちや担任の先生に魅力がないと思いました。卓球は人気が出てきているから、子どもたちも興味を持って読めるはずなので、ちょっと中途半端で残念な感じがしました。

アンヌ:私は松林さんの描き方が大人っぽくて、母親的役割を求める感じがしてしまいました。松林さんが算数を応用していくところは、なかなかおもしろいぞと読んで行ったのですが、そこ以外での描き方は疑問です。卓球の作戦も冷静で強引ですし、最後の方の場面で、水商売の年上の女性の言葉にこんなふうに返すことが小学生にできるでしょうか? 同じマンションの男の子を訪ねていく場面にはとてもリアリティを感じたので、作者の女の子への視点に、疑問を持ちました。

ハリネズミ:一気にさらっと読めましたが、まず主人公がさえない男の子、友だちが太った男の子、もう一人はできる女の子というのが、ステレオタイプだなあと思いました。民主主義という考え方もできると思いますが、声の大きい「上忍」の男子たちに対して、千木田たちは「小さい声」に正義ありとして少数派をまとめていくのですが、裏で多数派工作をしている点では同じだと思えて、私はあまり好感が持てませんでした。タイガが秘密にしているらしい家庭の事情を、原口があっさり千木田に話してしまうところは、嘘っぽいように思いました。マッスーのキャラ造形はこれでいいのでしょうか? デブがバカにされているように思ってしまいました。

マリンゴ:小学校のクラスの物語に「小選挙区制の弊害」の話が出てくるのがとても興味深いと思いました。多数決は絶対正義だという考え方に疑問を呈して、子どもたちの視野が広がる物語なのではないでしょうか。ただ、ラストの卓球の試合は、盛り上げようとする意図はわかるのですが、後味が悪いですよね。0-8までわざと技を封印するということは、相手を舐めている、という意味になりますから、最後に惜しくも負けても「自業自得」という感じになってしまいます。それでも、デビュー作で、選挙の多数決について取り上げる、というユニークさがとてもおもしろかったです。著者の次作が気になります。

彬夜:実体験も含まれているようなので、作者の学校ではそうだったのかもしれないですが、私は、小学校の体育は男女一緒でした。それでちょっとネットで調べてみたところ、小学校では一緒、というところが多いみたいです。

西山:名前が古くないですか? 虎一って・・・・・・。

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エーデルワイス(メール参加):とにかく自分たちで考え、決めて実行するところが素晴らしい。スポーツ根性ものとは違うところがいいですね。「少数の意見を小さな声をつぶすのはやめてください」という言葉が何度も出てくるので、ここが作者の大切に思うところでしょうか。爽やかなラストで嬉しかった。

オオバコ(メール参加):スポーツものと思ったけれど、実は多数決について考えさせる、おもしろいねらいの本でした。クラスの話になると、どんどん内向きになっていく息苦しい物語が多いような気がしますけれど、こういう外へ、外へと広がっていく、社会性をもった物語は、とてもいいと思います。ただ、作者が25年前の自分の記憶から綴った物語ということですが、今の小学生が読んだときに違和感はないのかな? 今の学校の様子を知らないので、わかりませんが・・・・・・。

さららん(メール参加):このタイトルが何を意味するのかわからず、それが知りたくてまず手に取りました。主人公の名前が千木田くんだったので、たぶんあだ名だろうと予想はしたのですが、それだけじゃあなかった。(個人的な話ですが、選挙で自分が投票した候補者が当選した試しがほとんどありません。1度だけ、参議院選で中山千夏に入れてしまい、彼女がほぼトップで当選したときには、失敗したと思ったぐらい)。選挙の意味と虚しさを同時に感じている身としては、1票の格差が違憲、と判決が出ても行政が変わらない世の中に歯ぎしりするばかり。少しでも公正で公平な選挙が実現してほしいと思うのです。というわけで、小学校の「レク」でのスポーツ人気投票を素材に、何が正義かという正面からの問いをぶつけ、「ぼくらの小さな声がみんなに届く」ようにがんばるぼく、マッスー、知的な松林さんの奮闘ぶりを、応援したくなりました! 「上忍」でスポーツ万能の榎元派が脅し(?)を使えば、無記名の投票で対抗する知恵合戦も工夫され、最後は卓球で真正面から勝負! キャラクターの立て方が類型的、漫画的かもしれませんが、「最初からあきらめないで。きみの手でクラスを、社会を、変えることができるかもしれない」そんな可能性を、具体的にリアリティをもって、しかも楽しく子どもたちに伝えていく作品として評価できると思います。

ルパン(メール参加):これは、私は正直あんまりおもしろくなかったです。まず「上忍」「下忍」で引っかかりました。言いたいことはわかるけど、知らないマンガだし。知っていたとしてもあまり好感はもてなかったと思います。p16の「ナンバーワンの火影」というのもマンガの登場人物でしょうか。こういう言葉を使わずに表現することはできないのかな、と最初に思ってしまいました。あと、ミヤコさんもねー・・・「50をかなりこえてる」ってあるけど、私と同世代か若いくらいでこれはあんまりだ、と思いました。80歳くらいなら許せるかもしれませんが。クラスのヒエラルキーとか「親友」という言葉に対する思いとかはよく書けているなと思いましたが、なにしろクラスのレクリエーション決めというストーリーが退屈で、この先どうなるんだろうというわくわく感やドキドキ感に欠け、電車の中で読もうとしたのですがすぐに眠くなってしまって、なかなか最後までたどりつけませんでした。

(2019年10月の「子どもの本で言いたい放題」)


『あららのはたけ』

村中李衣/作 石川えりこ/絵
偕成社
2019.06

アンヌ:手紙形式の物語というのが、懐かしい感じがしました。のどかな田舎生活の話があって、そこに謎のけんちゃんが姿を現わしてくる。その一種緊張する展開があって、そこはとてもうまいと思うのですが、いじめと引きこもりの話だと分かってからは、加害者のカズキにも寄り添う感じになっていくのが釈然としませんでした。最後もはっきり解決するわけはないままで置いておかれた気がします。挿絵は独特の味があって、最近毛虫にやられた家族がいるので、p28の絵などはむずむずするほどリアリティがあって楽しい絵でした。

すあま:手紙の形式で書かれていて、話が進んでいくのはおもしろかったです。でも、けんちゃんについての話が隠れていて、想像しながら読み進めなければならないので、本を読みなれている子じゃないと難しいのではないかと思いました。今の話と回想で過去の話がまざっているのも難しいかも。ラストは、解決に向かう明るい感じかもしれないけど、これで終わり?という感じでした。どうしてもけんちゃんのことが気になって、楽しく読めなかったところがあります。

彬夜:私はこの終わり方は良いと思いました。物語全体に流れるゆったり感が魅力でした。ただ、ある種の約束されたいいお話に誘導されているような思えて、そういうところは読んでいてちょっとつらかったです。畑ものというと最上一平さんの『七海と大地のちいさなはたけ』シリーズ(ポプラ社)が浮かびます。細部は忘れましたが、あちらは都市の市民農園での畑作りで、土とのふれあいが丁寧に描かれていたような記憶があります。この作品は、手紙形式で書かれているせいか、薄い紙を1枚挟んだ状態で見せられているような感なきにしもあらずで、感覚的な思いが今一つストレートに伝わらなかった気がします。知識としては、雑草のこととか台風のこととか、クモの巣のこととか、とてもおもしろいことがたくさん書いてあるのですが、何となく、教えてもらってるような感じというのか。それから、お母さんの描き方が少し気の毒で。ある種の敵役を担わされているような役割感を抱いてしまったのです。2人の少女のうち、エミの、あんた、という呼びかけがちょっと乱暴な気がしました。意図的に使っているのかもしれませんが、この子の物言いが、少し偉そうというのか、えりに対しても、プールでのトラブル(p37)とか、大風で泣き出したこととか(p83)、あまりいい思い出とは思えないことをなぜ語るかなあ、と。まあ、2人の信頼関係の上でのことといえばそれまでですが。エミとけんちゃんのシーンはおもしろかったし、けんちゃんが少しずつ変化していくのもよかったです。まるもさんは、いいキャラだなと思いました。

まめじか:植物は、手をかければうまく育つかというと、そうじゃない。やってみると、自分の力ではどうしようもないことがあるのがわかってくる。だから、若いときに何かを育てる体験をするのって、大切なんじゃないかな。そんなことを思いながら読みました。石川さんの絵がいいですねぇ。のびやかで、あたたかみがあって、出てくるとほっとする。

西山:おもしろく読みました。植物や小動物がいろいろ教えてくれるというのは、ともすれば教訓的な、べたっとした話になりかねないと思います。人間とは関係ない生きものたちの営みを人事のあれこれに引きつけて、生き方を学んでしまったり・・・・・・。でも、そっちに行かないように、ぱっと相対化したり、別のエピソードを出してきたりして、絶妙だと思いました。例えば、クモが風が強く吹きそうな日には大ざっぱな巣をはるという発見はそれ自体ものすごくおもしろくて、「なにがあっても、まじめにせっせせっせとはたらくんじゃないんだと思ったら、なんかホッとしちゃった」(p79)というえりの感想にも共感するのですが、次の手紙でエミが「クモは風のとおり道をつくったんじゃないか」と書いてよこす。絶妙な、それこそ風通しの良さだと感心します。えりがじいちゃんに「ザッソウダマシイっていうやつ。ふまれてもふまれてもたちあがるっていいたいんでしょ?」と言うと、じいちゃんは「もういっぺんふまれたら、しばらくはじいっと様子見をして、ここはどうもだめじゃと思うたら、それからじわあっとじわあっと根をのばして、別の場所に生えかわるんじゃ」という。こういう、ひっくり返し方が本当におもしろい。教訓話になりそうなところがひょいひょいとかわされていると思ったけれど、暑苦しく感じる人もいるいるということでしょうか? ところで、中身の問題ではありませんが、登場人物の名前が紛らわいのは、なんとかしてほしいと思いました。けんちゃんとカズキも、どっちもカ行だし。えりとエミだなんて・・・・・・。

彬夜:おもしろい情報を提供するのは、おじいちゃんとエミなんですよね。先ほど、お母さん像についてもふれましたが、そこはかとない序列を感じてしまいました。手紙形式なのでどうしても情報が限定的になります。この形式でなければ、もっと人物も多角的に語れるから、今のキャラでもそれなり腑に落ちるのかもしれません。むろん、こうした手法の物語があっていいとは思います。

マリンゴ:植物の蘊蓄をこんなに魅力的語る方法があったか、と、この物語を読んで感銘を受けました。さあ畑を作ります!という物語だと、読者を選ぶだろうけれど、手紙のやり取りの中に少しずつ出てくると、興味深く思えます。たとえば、p50に出てくる小松菜のエピソード。葉っぱの話を自分自身のことに、ナチュラルに結び付けているのが印象的でした。2年前のフキノトウみそを古くなったから捨ててしまったお母さんが怒られる、というエピソードがp108にありましたけど、私も捨ててしまいそう(笑)。親近感を覚えながらも、フキノトウみそをいつか作ってみたいかも、と思わせてくれる作品でした。自然を、今までより1歩近寄って見る、そのきっかけをくれる作品とも言えるかなと。あと、まるもさんの存在がいいですね。2人の少女は近いところでわかりあっているけれど、まるもさんというわかりあえないキャラクターが入ってきて、去っていく、そのバランスがいいなと思いました。

ハリネズミ:とても楽しく、おもしろく読みました。畑をめぐる生きものの生命力みたいなことを、言葉で出すのではなく、実際にものが育っていくとか、クモが巣をつくるとかいうようなことを出して来て語っているのが、説教臭くなくてすごくいいな、と思ったんです。いじめの問題ですが、けんちゃんの名前は早くから出て来ますが、どういう状態なのかはだんだんにわかってくる。そういう出し方もうまいと思いました。引きこもりで長いこと外に出ないという子は周りにもいましたが、けんちゃんは、カエルを介在にして外に出て来る。だから、大きな一歩をすでに踏み出しているんだと思います。まるもさんは、私もいいなと思ったのですが、けんちゃんとのバランスで出て来ているのかもしれないと思いました。空気を読んでしまうと苦しくなるけど、全然空気を読まないまるもさんみたいな有り様もいいんじゃないか、と。絵はとてもいいですね。p48のヒヨドリとかp68のカエルとか、すごくないですか? えりとエミは両方とも作者の分身かもしれませんね。だから似たような名前なのかも。今は子どもでもメールでやりとりすることが多いと思いますが、あえてタイムラグがある手紙でやりとりしているのも、いいな、と思いました。

マリンゴ:手紙を書く楽しさを、前面に押し出すのではなく、最後にふっと感じさせてくれますね。

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エーデルワイス(メール参加):畑のあれこれは、村中李衣さんの体験でしょうか? さりげなくリアリティが伝わってきます。文章と絵がとても合っていて、好感がもてました。p181~p182の「友だちって近くにいていっしょに遊ぶだけじゃないよ。いつまでも心の中にいてくれてだからひとりでもだいじょうぶなんだよ」というところに、作者の言いたいことがあるように思いました。私はふと数年前に亡くなった親友を思いました。

オオバコ(メール参加):とても好きな本でした。街と田舎で離れて暮らすことになった仲良しの手紙のやりとりで物語がつづられていきますが、自分の手で畑仕事をしながら発見していくえりと、本で学んでいくエミの違いもおもしろいし、イチゴや小松菜や毛虫の話をしながら、幼なじみのけんちゃんのことを語っていくところも自然で、本当によく書けていると思います。イラストや章扉(でいいの?)に入っている緑色のページもいい。植物を育てるのや虫が大好きだった小学生のころ読みたかったな。(あまりにも虫に夢中だったので、誕生日にクラスの友だちがマッチ箱にいれたオケラをくれました)

(2019年10月の「子どもの本で言いたい放題」)