村中李衣『あららのはたけ』
『あららのはたけ』
村中李衣/作 石川えりこ/絵
偕成社
2019.06

畑の作物も虫もみんな自分のペースで生きている。横浜に住むエミと、山口に引っ越したえり。自然の不思議といじめに向き合う子どもの心を、少女たちの手紙のやりとりを通して描く。『Kaisei Web』連載を単行本化。

アンヌ:手紙形式の物語というのが、懐かしい感じがしました。のどかな田舎生活の話があって、そこに謎のけんちゃんが姿を現わしてくる。その一種緊張する展開があって、そこはとてもうまいと思うのですが、いじめと引きこもりの話だと分かってからは、加害者のカズキにも寄り添う感じになっていくのが釈然としませんでした。最後もはっきり解決するわけはないままで置いておかれた気がします。挿絵は独特の味があって、最近毛虫にやられた家族がいるので、p28の絵などはむずむずするほどリアリティがあって楽しい絵でした。

すあま:手紙の形式で書かれていて、話が進んでいくのはおもしろかったです。でも、けんちゃんについての話が隠れていて、想像しながら読み進めなければならないので、本を読みなれている子じゃないと難しいのではないかと思いました。今の話と回想で過去の話がまざっているのも難しいかも。ラストは、解決に向かう明るい感じかもしれないけど、これで終わり?という感じでした。どうしてもけんちゃんのことが気になって、楽しく読めなかったところがあります。

彬夜:私はこの終わり方は良いと思いました。物語全体に流れるゆったり感が魅力でした。ただ、ある種の約束されたいいお話に誘導されているような思えて、そういうところは読んでいてちょっとつらかったです。畑ものというと最上一平さんの『七海と大地のちいさなはたけ』シリーズ(ポプラ社)が浮かびます。細部は忘れましたが、あちらは都市の市民農園での畑作りで、土とのふれあいが丁寧に描かれていたような記憶があります。この作品は、手紙形式で書かれているせいか、薄い紙を1枚挟んだ状態で見せられているような感なきにしもあらずで、感覚的な思いが今一つストレートに伝わらなかった気がします。知識としては、雑草のこととか台風のこととか、クモの巣のこととか、とてもおもしろいことがたくさん書いてあるのですが、何となく、教えてもらってるような感じというのか。それから、お母さんの描き方が少し気の毒で。ある種の敵役を担わされているような役割感を抱いてしまったのです。2人の少女のうち、エミの、あんた、という呼びかけがちょっと乱暴な気がしました。意図的に使っているのかもしれませんが、この子の物言いが、少し偉そうというのか、えりに対しても、プールでのトラブル(p37)とか、大風で泣き出したこととか(p83)、あまりいい思い出とは思えないことをなぜ語るかなあ、と。まあ、2人の信頼関係の上でのことといえばそれまでですが。エミとけんちゃんのシーンはおもしろかったし、けんちゃんが少しずつ変化していくのもよかったです。まるもさんは、いいキャラだなと思いました。

まめじか:植物は、手をかければうまく育つかというと、そうじゃない。やってみると、自分の力ではどうしようもないことがあるのがわかってくる。だから、若いときに何かを育てる体験をするのって、大切なんじゃないかな。そんなことを思いながら読みました。石川さんの絵がいいですねぇ。のびやかで、あたたかみがあって、出てくるとほっとする。

西山:おもしろく読みました。植物や小動物がいろいろ教えてくれるというのは、ともすれば教訓的な、べたっとした話になりかねないと思います。人間とは関係ない生きものたちの営みを人事のあれこれに引きつけて、生き方を学んでしまったり・・・・・・。でも、そっちに行かないように、ぱっと相対化したり、別のエピソードを出してきたりして、絶妙だと思いました。例えば、クモが風が強く吹きそうな日には大ざっぱな巣をはるという発見はそれ自体ものすごくおもしろくて、「なにがあっても、まじめにせっせせっせとはたらくんじゃないんだと思ったら、なんかホッとしちゃった」(p79)というえりの感想にも共感するのですが、次の手紙でエミが「クモは風のとおり道をつくったんじゃないか」と書いてよこす。絶妙な、それこそ風通しの良さだと感心します。えりがじいちゃんに「ザッソウダマシイっていうやつ。ふまれてもふまれてもたちあがるっていいたいんでしょ?」と言うと、じいちゃんは「もういっぺんふまれたら、しばらくはじいっと様子見をして、ここはどうもだめじゃと思うたら、それからじわあっとじわあっと根をのばして、別の場所に生えかわるんじゃ」という。こういう、ひっくり返し方が本当におもしろい。教訓話になりそうなところがひょいひょいとかわされていると思ったけれど、暑苦しく感じる人もいるいるということでしょうか? ところで、中身の問題ではありませんが、登場人物の名前が紛らわいのは、なんとかしてほしいと思いました。けんちゃんとカズキも、どっちもカ行だし。えりとエミだなんて・・・・・・。

彬夜:おもしろい情報を提供するのは、おじいちゃんとエミなんですよね。先ほど、お母さん像についてもふれましたが、そこはかとない序列を感じてしまいました。手紙形式なのでどうしても情報が限定的になります。この形式でなければ、もっと人物も多角的に語れるから、今のキャラでもそれなり腑に落ちるのかもしれません。むろん、こうした手法の物語があっていいとは思います。

マリンゴ:植物の蘊蓄をこんなに魅力的語る方法があったか、と、この物語を読んで感銘を受けました。さあ畑を作ります!という物語だと、読者を選ぶだろうけれど、手紙のやり取りの中に少しずつ出てくると、興味深く思えます。たとえば、p50に出てくる小松菜のエピソード。葉っぱの話を自分自身のことに、ナチュラルに結び付けているのが印象的でした。2年前のフキノトウみそを古くなったから捨ててしまったお母さんが怒られる、というエピソードがp108にありましたけど、私も捨ててしまいそう(笑)。親近感を覚えながらも、フキノトウみそをいつか作ってみたいかも、と思わせてくれる作品でした。自然を、今までより1歩近寄って見る、そのきっかけをくれる作品とも言えるかなと。あと、まるもさんの存在がいいですね。2人の少女は近いところでわかりあっているけれど、まるもさんというわかりあえないキャラクターが入ってきて、去っていく、そのバランスがいいなと思いました。

ハリネズミ:とても楽しく、おもしろく読みました。畑をめぐる生きものの生命力みたいなことを、言葉で出すのではなく、実際にものが育っていくとか、クモが巣をつくるとかいうようなことを出して来て語っているのが、説教臭くなくてすごくいいな、と思ったんです。いじめの問題ですが、けんちゃんの名前は早くから出て来ますが、どういう状態なのかはだんだんにわかってくる。そういう出し方もうまいと思いました。引きこもりで長いこと外に出ないという子は周りにもいましたが、けんちゃんは、カエルを介在にして外に出て来る。だから、大きな一歩をすでに踏み出しているんだと思います。まるもさんは、私もいいなと思ったのですが、けんちゃんとのバランスで出て来ているのかもしれないと思いました。空気を読んでしまうと苦しくなるけど、全然空気を読まないまるもさんみたいな有り様もいいんじゃないか、と。絵はとてもいいですね。p48のヒヨドリとかp68のカエルとか、すごくないですか? えりとエミは両方とも作者の分身かもしれませんね。だから似たような名前なのかも。今は子どもでもメールでやりとりすることが多いと思いますが、あえてタイムラグがある手紙でやりとりしているのも、いいな、と思いました。

マリンゴ:手紙を書く楽しさを、前面に押し出すのではなく、最後にふっと感じさせてくれますね。

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エーデルワイス(メール参加):畑のあれこれは、村中李衣さんの体験でしょうか? さりげなくリアリティが伝わってきます。文章と絵がとても合っていて、好感がもてました。p181~p182の「友だちって近くにいていっしょに遊ぶだけじゃないよ。いつまでも心の中にいてくれてだからひとりでもだいじょうぶなんだよ」というところに、作者の言いたいことがあるように思いました。私はふと数年前に亡くなった親友を思いました。

オオバコ(メール参加):とても好きな本でした。街と田舎で離れて暮らすことになった仲良しの手紙のやりとりで物語がつづられていきますが、自分の手で畑仕事をしながら発見していくえりと、本で学んでいくエミの違いもおもしろいし、イチゴや小松菜や毛虫の話をしながら、幼なじみのけんちゃんのことを語っていくところも自然で、本当によく書けていると思います。イラストや章扉(でいいの?)に入っている緑色のページもいい。植物を育てるのや虫が大好きだった小学生のころ読みたかったな。(あまりにも虫に夢中だったので、誕生日にクラスの友だちがマッチ箱にいれたオケラをくれました)

(2019年10月の「子どもの本で言いたい放題」)