『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』表紙
『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』
こまつあやこ/著
講談社
2018.06

<版元語録>マレーシアからの帰国子女、沙弥は日本の中学に順応しようと四苦八苦。ある日、延滞本の督促で有名な「督促女王」から図書室に呼び出され、一緒に「ギンコウ」に行くことに。それは短歌の「吟行」のことだった…。

鏡文字:タイトルがいいですね。これを読んだ人は、マレー語で5と7は、言えるようになるのでは? 講談社の児童文学新人賞の受賞作らしい、読後感のよいさわやかな物語だと思いました。いくつかの謎が提示されながら物語が進むので、さくさく読んでいけます。謎のうち、母親の浮気を疑って探る、というのは、ありがちなエピソードかもしれません。比喩的な表現が私には少しうるさく感じました。p4の「新種の生き物を見つけたみたい」、p8の「お湯のなかで溶けきらなかったスープの粉」、p10の「飼い主に命じられた犬のように」などなど、てんこ盛りで、比喩が好きな人にはいいのかもしれませが、私はそこで比喩として提示されているものに感覚がひっぱられて読書が停頓してしまい、かえって妨げになりました。もう少し数をしぼって、ぴりっと効かせたほうがいいのではと思います。日本の学校についてのネット情報等に翻弄されるところはおもしろかったのですけれど、銀行強盗への連想は、ちょっとやりすぎかな、という感じで笑えませんでした。ときどき出てきた語尾の「~もん」というのが舌足らずというか、いささか幼稚な感じがしました。私は自分が非宗教的人間なので、なにも子どもが親に従うこともなかろうと思ってしまい、そのところは、ざらっとした違和感が残ります。それから、朋香ちゃんがいいキャラで、こういう子、好きなので、もう少し出番が多いとうれしかったです。

まめじか:必死に日本の学校生活になじもうとしている帰国子女の主人公が、マレーシア語を入れた短歌を詠むというのが新鮮でした。杉並区は、ムスリムの生徒には、豚肉を使わず、豚肉を調理した油などもまじっていない給食を提供しています。この本の学校では、お弁当を持っていかなくてはいけないんですね。

マリンゴ:ずいぶん前に読んだので、記憶が遠くて、あまり細かいことは語れなくて恐縮です。文章が非常に読みやすくて、マレーシア語の言葉のまざり方もいいなと思いました。タイトルも好きです。唯一気がかりだったのは、イスラム教徒の描かれ方。私が中学生なら、この本を読んで、「イスラム教徒と結婚したら大変だな」と、ネガティブに受け止めてしまう気がするんですよね。義母がイスラム教徒で、自分も改宗に同意したとしても、ここまですぐストイックに学校でお祈りなどを実行するだろうか? という疑問もありました。作者はイスラム教にくわしいようなので、一般的な日本人が知らない、ムスリムのポジティブなところも描いてもらえたらなと思いました。

リック:私も、比喩表現が多用されているのは気になりました。「スープの粉みたいに」「ベーキングパウダーみたいに」など、作家の個性だけれど、どうも気になってしまします。その点以外では、さわやかで、とってもいいお話です。マレーシア語の響きもかわいく、マレーシアへの興味関心が高まりました。でも、イスラム教徒になる港くんが素直すぎませんか。港くんのお父さんも、息子がイスラム教徒になるのは抵抗あったのでは? そのあたりが何も書かれてないのは不自然に感じます。

カピバラ:まずタイトルがなんのことかな、と手にとってページをめくりたくなります。表紙の絵やデザインも気軽に読めそうな感じがしますね。帰国子女が日本で暮らしていくときの小さな違和感がよくわかるし、短歌のおもしろさも伝わってきます。マレーシアの食生活など、文化の違いも興味深い。深く掘りさげてはいないけれど、今まで知らなかった世界を垣間見ることができるという意味で、中学生に気軽にすすめられる本だと思います。

イバラ:最初の、督促女王にギンコーに行くと言われ、何も聞かずについていくというところ、長すぎるしリアリティがないように思って残念でした。マレーシア帰りの沙弥が、先輩にどう話していいかわからず、ヘンテコな敬語を使うところは笑いました。書名はどういう意味かと思って謎のまま読んでいくと、途中で種明かしされるのがおもしろいですね。2年半いたマレーシアから帰国した沙弥も、父が新たにマレーシア人と結婚してイスラム教徒になった港も、音大の附属中学から途中で転校してきた莉々子も、学校で疎外感を感じています。沙弥は周りに合わせようとしていますが、莉々子は開き直って学校以外の短歌の世界に居場所を見出そうとし、港は自分の状況をわからせる方向で社会に向き合わず、あきらめて孤独のなかに身を置くことに甘んじています。ひとりひとりが違う、ということをこの作品はきちんと伝えていて、好感がもてました。タンカードNo.1が港の机の中からでてきたのはなぜか、など途中で謎も設けてあって、新人の作品にしては、とてもよくできていると思いました。これからが期待できますね。

コアラ:タイトルではどんな内容かまったく見当がつきませんでした。カバーの袖のところでも、「魔法の言葉みたいな響き」としか書いていないので、なんだろうと好奇心を持って読み始めました。途中で、マレーシア語の「57577」、つまり短歌の文字数とわかって、なるほどと納得できたし、音の響きもおもしろいので、いいタイトルだと思いました。マレーシア語やマレーシアの食べ物、宗教のことも出てきて、読むなかで無理なくマレーシアのことがわかるようになっています。マレーシアのことはあまりよく知らなかったので、新鮮でした。私は2回読んだのですが、p26の4〜6行目で、「『マレーシア……? 花岡さん、マレーシアにいたの?』(中略)きっと、どんな国か、イメージがわかないんだろうな」とあって、最初に読んだ時には、確かにマレーシアがどんな国かイメージがわかないな、と読み進めていったのですが、ここで「督促女王は呆然とした顔になっていた」と書いてあるんですね。後で判明するけれど、少し前まで督促女王は藤枝港と短歌を詠んでいて、藤枝港はマレーシアと縁がある。それで、呆然とした顔になるわけで、そうだったんだ、と2回目に読んで思いました。作者は設定がわかっているから、「呆然とした顔」と書いて、でもその理由を「きっと、どんな国か、イメージがわかないんだろうな」という方向に読者を持っていっているんですね。タネを明かさないというのは、うまいなと思いました。
いろいろな短歌が出てきますが、そのままの感情を詠んだものも多いし、「これだったら自分も作れそう」と思う中学生もいるのではないでしょうか。本が好きだったり言葉に敏感だったりする子どもが、短歌という形式を知って自己表現の手段を手にいれることができれば、とてもいいことだと思いました。それから比喩がいろいろ出てきますが、私は独自の表現でおもしろいと思いました。鏡文字さんがあげたp8とp10のほかにも、p17「歯が生え変わるように、同じ場所に別のお店が自然におさまっている」、p29「ベーキングパウダーを注入されたみたいに、やってみたい気持ちがぷくぷくと膨らんでいく」、p139「嘲笑と好奇心を混ぜた言葉のボールが、窓ガラスを割るように藤枝の後頭部に飛んできた」など、印象に残りました。
全体的には、自然体で、マレーシアの帰国子女というちょっと変わった設定が無理なく展開していき、終わり方もさわやかで、とてもよかったです。

ハル:主人公=作者ではないですが、初々しく、表現することの喜びがはしばしから伝わってくるような、読んで楽しい1冊でした。私は、大人が選んだ宗教に子どもが縛られていくということに抵抗を覚えるので、両親の再婚によってイスラム教徒になった藤枝に、やはり不自由なものを感じました。日本での仏教と、マレーシアでのイスラム教では、そもそもの考え方や在り方がまったく違うのかもしれませんし、それこそ、自分のものさしだけで考えてはいけないのかもしれませんけどね。

しじみ71個分:とにかくタイトルの音がかわいくて、それにひかれて、期待をふくらませて読みました。最初から期待しているので甘く読んでいるかもしれないけど、とてもおもしろかったです。夏に児童文学者協会のがっぴょうけんに参加したのですが、その際、コピー用紙に印刷された未発表原稿を拝読しました。それはとても新鮮な経験でしたが、この作品にそれと同じような新鮮さを感じながら読み終わりました。主人公がマレーシアからの帰国子女であるという設定がされていますが、それだけにこだわらず、和歌、恋、イスラム教など幅広な要素を取り入れてかつ破綻せずにうまく物語の多様性として生かしているところがとてもいいと思いました。主人公の恋が失恋に終わるのもビターでいいなと思います。結末も気持ちよく、読後感もさわやかでした。全体にマレーシア語の音のおもしろさが生きていて、物語の魅力をふくらませていると思います。

すあま:タイトルの意味に意外性があっていいと思います。短歌は短い言葉で豊かなことを伝える反面、言葉が足りなくて誤解を生んでしまうこともある、という両面を描いていておもしろかったです。主人公とお母さん、佐藤先輩と藤枝くん、イスラム教など、いろんな誤解と理解の話を、短歌をうまくつかって書いている。部活ではなく、二人で交換日記のように短歌を詠みあうのも新鮮でした。それから主人公が失恋するのも意外だったし、おもしろかったです。でも国際交流、異文化交流もテーマとなっているとはいえ、学校司書まで国際結婚させなくてもよかったのでは。それから、クラスメートの朋香ちゃんはもうちょっと物語にからんでいたらおもしろかったのではと思いました。

西山:マレー語がおもしろくて、マレーシアへの関心を刺激する作品だと思います。例えば赤という意味の「メラメラ」、もしかして火が燃え上がる様子の擬態語の語源? などと思ってしまいました。自分だけ違っていることに神経質な今の若い人には共感できる部分が多いだろうと思います。その分、今いる場所がすべてではないというメッセージは力を持つと思います。p105の歌「それぞれの午後二時四十三分に左の指で歌を唱える」の「二時四十三分」にはどきりとしました。東日本大震災が「2時46分」その3分前。これは、意識してのことなのではないかと勝手に思っています。

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エーデルワイス(メール参加):不思議な書名は、マレーシアの言葉からだったのですね。響きがいいし、しゃれています。物語から体験がにじみ出ているように感じたのですが、作者はマレーシアに言ったことがあるのでしょうか? 帰国子女としての体験もあるのでしょうか?

(2019年11月の「子どもの本で言いたい放題」)