ジェイソン・レノルズ『ゴースト』表紙
『ゴースト』
原題:GHOST by Jason Reynolds, 2017
ジェイソン・レノルズ/著 ないとうふみこ訳
小峰書店
2019.07

<版元語録>中学一年の少年キャスは、父親に銃を向けられ、家から逃げだした過去がある。足の速さから自分でつけた呼び名はゴースト。陸上チームに入った彼は、チームメートとの関係を通し、自分の才能と弱さに向き合っていく。

コアラ:タイトルを見て、幽霊が出てくる話だと思って期待して読み始めたのですが、主人公の男の子が自分につけたあだ名ということで、がっかりしました。タイトルで期待させて、ずるいと思いました。私はアラン・グラッツの『貸出禁止の本をすくえ!』の後でこれを読んだのですが、家族に向かって発砲するというショッキングなことが書かれているし、主人公が靴を盗んだりするので、これこそ「貸出禁止」になりそうな本だと思いました。アメリカの、銃の問題や暴力や家庭の問題は、今に始まったことではないと思いますが、アメリカの社会の現実を表している本なのかなと思います。「訳者あとがき」には「ノリのよさ」とありますが、全体的にちょっと荒っぽいなあという感想です。でも、p251の最終行、「自分という人間からは逃れられない。だが、なりたい自分に向かって走っていくことはできる」という言葉は、すごくストレートで、好感を持ちました。それから、アメリカの、学校の部活でない、地域のクラブチームとはどのようなものなのか知りたくなって、少しネットで調べたりしました。原題に「Book1」とありますが、シリーズものだったら、続きが読みたいと思いました。

ハリネズミ:私はとてもおもしろく読みました。今日11時に図書館で借りてきて、引きこまれてずっと読み、電車の中でも読んで読み終わったんです。こういう境遇の子どもはいっぱいいると思うんですが、まわりに手を差し伸べる大人がいるのがいいですね。お母さんもいっしょけんめいだし、おばさんとか、応援を派手にやるサニーのお母さんとかも。それぞれに背景があることも読んでいるうちにわかってきて、うまく作られているなあと感心しました。中華料理店で注文するものも庶民的だし、リアリティがうまく出ています。耳の遠いチャールズさんもいい味を出しているし、主人公のまわりに盛り上げ役の人たちがいっぱい登場するのも、おもしろかったです。シリーズだとすると楽しみです。

カピバラ:私もとてもおもしろかったです。主人公はものすごくシビアな状況を抱えているのに、明るくユーモアをもって語っているところがよかったです。ひとつひとつの描写が具体的で、例えばひまわりの種の食べ方でも、よくわかるように描かれているので、主人公が感じることを一緒に体感できると思います。また、母ちゃん、監督、チャールズさんなど、まわりの大人がよく描きわけられているし、主人公が口ではいろいろ言っていても、大人に対して意外に素直なところも好感をもちました。アメリカの児童文学では以前は白人は白人だけの社会、カラードはカラードだけの社会で別々に描かれていたけれど、今は普通の暮らしの中で自然に混ざり合っているんですね。この主人公はアフリカ系ですが、登場人物には白人もいて、そのような状態が日本の読者には、ちょっとわかりにくいかな、と思いました。本を読むときは姿かたちを想像しながら読むけれど、よくわからない場合もあるのではないかと思います。肌や髪の色がヒントにはなるけれど、すぐにわからないことも多いので。ジェームズ・ブラウンが白人だったらこんな顔、というような表現はわかりやすかったけど、ジェームズ・ブラウンってどんな顔かわからない読者もいますよね。

ハリネズミ:今、ジェームズ・ブラウンがわからなければYouTubeですぐ見られるので、わかると思います。

カピバラ:調べれば、ね。

ハリネズミ:興味があれば、とくに映像はすぐ検索する人が多いんじゃないですか。あと白人か黒人かというのは、どっちでもいいというふうに、この界隈ではなっているんじゃないでしょうか。だから、そこを書かなくてもいいんじゃないかな。

マリンゴ: 私も、選書しようかと、以前候補に入れていたことがありました。なので、読んだのが少し前で記憶が遠いのですが、よかったと思ったのは覚えています。ただ、本の帯やあらすじ紹介が、ちょっとミスリードしている気がしました。帯は、「銃声が聞こえたら走れ!」。あらすじの説明は、「あの銃声をきいた瞬間、逃げ足がいっそう速くなったってことだ。」。それを先に見た私は、足がとてつもなく速くなるファンタジーなのかと思ってしまい、当初戸惑いました。あと、監督が地元出身の五輪メダリストであることが後々わかるんですけど、こういう人って地元ではみんなが知る有名人なのではないかしら? 物語の都合上、知られていないことになっているのか、あるいはアメリカという国はメダリストも多くて、日本ほどメダルの価値が高くないから知らないのか、そのあたりがわからなかったです。

ハル:読み始めてすぐに、この主人公のことが好きになりました。ゴム製のアヒルを世界一たくさん集めるなんてブキミだと言ってみたり、いちいち口は悪いし、くすぶってるし、ひやひやさせられますが、とっても魅力的で、応援したくなります。他の登場人物たちもイキイキしていて、いろいろと映像を思い浮かべながら楽しく読めました。靴を万引きしたあと、なかなか発覚しないので逆にハラハラしました。でも、この決着のつけ方は、読者である子どもたちにとってはきっとうれしいでしょうし、味方になってくれる大人がいるんだと心強く思うかもしれませんが、お母さんからしたら、黙っていてほしくはなかったでしょうね。余談ですが、「歌手のジェームズ・ブラウンが白人だったらこんなだろうって顔をした人」(p9)というような表現は、白人の作家、あるいは白人の主人公のセリフとして書かれてあったら、読者の反応はどうなんだろうと思いました。

西山:どうなるのだろうという興味で読み進めましたが、全体としてはあまり賛成できなかったです。ディフェンダーズの新人食事会、それぞれの「不幸話」(敢えて言います)を打ち明け合うことで、一体感ができてしまう。監督も含めて。その展開はぺらぺらすぎる気がします。修学旅行の告白大会か?と言いたい。

ハリネズミ:私はそこはぺらぺらだと思わなくて、たとえばアン・ファインの『それぞれのかいだん』(灰島かり訳 評論社)だって、自分だけが特殊だと思っていた子どもたちが偶然集まった時、少しずつ話していくうちに、自分ひとりじゃない、ということがわかってくる。こういう界隈だと「自分ひとりがまわりと違う」と思っている子も多いと思うんですよね。それに告白大会ではなくて、ただ現実を話してるんですよ。

西山:だいたい、料理が来てから、あれを始めてしまう監督のやり方がとても嫌でした。温かいうちに食べようよ!

ハリネズミ:でも、料理が出てきて、うれしい気持ちにならないと、緊張はほぐれないし、言ったとしても表面的なことだけになってしまうのでは?

まめじか:監督も同じような過去を抱えているし、この子は、これまで心を開くということをやってこなかったんですよね。で、これがきっかけで初めて相手を信頼して自分の過去を出すことができる。たしかに軽いタッチでは書かれているけれど、シリアスにならずにどんどん読ませて、でもやっぱりとても考えてそこは出しているんだと思います。

ハリネズミ:ごちそうが出ているから、あったかいゆとりのある気持ちになっているんだと思うのね。教室で、ひとりずつ何か言いなさいというのとは違う。

西山:ところで、北京ダックって、どうやって食べればいいのかわからない料理の一つだと思うのですが、アメリカではそうではないのでしょうか。お高くて難しいメニューというイメージをもってしまっているので、それをするっと注文し、とまどいも無く食べるゴーストって?とひっかかりました。万引きも、解決としてあれで良いのか?と思います。盗んだ靴を履き続けることに抵抗はないのか。こちらも扱いの軽さに釈然としませんでした。現実問題として自分だけじゃないという共感はとても大事だと思いますが、作品を読みながら思ったのは、重い過去をもっていない子がいたら、どうなるのか、ということです。

ハリネズミ:そこは監督がわかってるんだと思いました。詳しいことはわからないでしょうが、監督も同じような育ちなので、バイブレーションのようなものは感じてるんだと思います。だから、最初は嫌がっていたゴーストも、p185「みんな、自分の家族についてすごく個人的な話をした。だからひょっとしたら、うちの話もだいじょうぶかも」となり、話した後はp186「おれは・・・・・・気分がよかった。さっぱりした気持ち。みんな、ぎょっとしたみたいだけど、おれのことをわかってくれたような気がした。やっとみんなと同じレースで、同じスピードで走ってるって気持ちになった」となる。それに、子どもたちから責められて、監督も自分の過去を話さざるを得ないという展開に、作者はもっていっています。

西山:監督も、負けず劣らずハードな過去を持っていることを明かすことで、ゴーストの反発が消える展開から、つまるところ、同じ境遇の存在同士しか本当にはわかり合えないのだという認識を突きつけられたようで、私は反発したのだと思います。

ネズミ:おもしろく読みました。『貸出禁止の本をすくえ!』もそうですが、はっきりとした声が伝わってくる文章がよかったです。貧困地区に住んでいるというだけで嫌な思いをさせられ、しかもこの子は怒りをコントロールできず、すぐに爆発してしまう性格。一度かかわった子どもを見放さない監督に出会えてよかった。ドキドキしながら、一気に読んでしまいました。靴を盗んだことがわかったp210からp211にかけての「罰をくらったり、母ちゃんともめたりするのがこわいわけじゃない」から始まるパラグラフは、口には出せない主人公の複雑な思いが言葉にしてあってとてもよかったです。外に出せずとも、いろいろなことを考えていること、人間の感情の複雑さが集約されていて、こういうことを文字で読めるのはすごくいいなあと。

まめじか:「体のなかに悲鳴がうずまいている」主人公は、怒りやフラストレーションをコントロールできず、自分をもてあましています。そんなゴーストが、過去と向きあうなかで自分と向きあいます。それまでは発砲する父親や、靴を盗んだ店から逃げるために走っていたのに、最後は未来に向かって走りだすのがいいですね。訳は読みやすかったのですが、p98「完全無欠の人間」はちょっと固いかなと思いました。またp30「かけっこの得意なミルク色のぼうや」、p85「かんべんしてよう」とか、p135で靴を「シルバーのかわいいやつ」と呼ぶのは、中学生っぽくないと感じました。バカにしたり、ふざけて言っていたりするのでしょうが、日本の中学生がそんなふうに言うのはあまり聞かないので。

彬夜:まず、タイトルだけ見みたら、まったく違う物語と誤解されないかな、と思いました。おもしろくなかったわけではないですが、いかにも若い作者が書いたのかな、という荒削りな印象がありました。それは、けっして言葉使い云々ということではありません。登場人物の中では、チャールズさんがよかったです。監督は良い人物なのですが、明かされる過去のことばかりでなく車の中が汚いことなども、いかにも「感」があって、あんまりおもしろい人物造型とは思えなかったです。ハリネズミさんがおっしゃるように、個々の子どもたちの裏までわかっているのだとしたら、りっぱすぎて却って興が削がれる。それに比べるとチャールズさんの人物造型は好感度が高くて、その差が何かと考えたら、言葉の量の差かも。語りすぎないほうがいいんですね。自戒を込めて。こうしたクラブがどの程度の水準なのかはわかりませんが、それにしても陸上競技の描き方が適当すぎるのでは?大会の位置づけもよくわからないし、スニーカーで走るの?とか、当日に出場種目の発表?とか。ブランドンの走力もわからないまま、いきなりラストで出てきて、そういうところが、読んでいてストレスでした。読後の自分のメモに「軽妙が持ち味だが、深刻な問題を軽妙に書けばいいというものでもないのでは?」と書いてあり、そう思ったのは、なんとなく大味な感じがしてしまい、ストンと腑に落ちる感がちょっと足りなかったのかもしれません。

ルパン:おもしろく読みました。靴を盗むシーンでは、読書会で「人のものを盗んではいけません」って発言するのを期待されるだろうなあと思いながら読んでました。確かに「いけないわ」とは思ったんですけど、だんだん本人が、後ろめたさを感じはじめる、罪悪感が芽生えてくるプロセスが読み取れて、好感がもてました。一番いいなと思ったのは、物語中でずっと「監督」と呼ばれている監督が、最後の最後に「オーティス」という名前だ、というのがわかったところです。主人公が急に監督に親近感をもったであろうことが感じられました。父親から銃を向けられるというのは、ありえないような体験ですが、実の父親に発砲されたことで足が(逃げ足が)速くなった、というこのストーリー仕立てはすごい、と感服しました。リアリティとお話の力を同時に感じながら読みました。

すあま:お父さんに銃を向けられその結果お父さんは牢屋に入っている、という日本の子どもでは体験することのない設定だけど、主人公の気持ちは共感して読めるだろうなと思いました。お父さんはいないけど、チャールズさんや監督という親ではない大人が見守ってくれる。ゴーストが、けんかをしたり万引きをしたりと陸上を始めてすぐに変わってしまうわけではないところも、よかったです。万引きの解決方法はちょっと甘い感じもしましたが、読後感がよく、おもしろく読めました。ただ、ラストの方でけんか相手の男の子が選手としてでてくるのは、ちょっとできすぎだったように思います。

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しじみ71個分(メール参加):読後感のさわやかな、気持ちいい本でした。ゴーストがどのように走って成果を出すかの直前のわくわく、ドキドキするところで終わっているのも心憎いなと思いました。父親と貧困の問題を抱えた少年が、理解のあるコーチとチームのメンバーとともに陸上に喜びを見出していくさまは読む人に希望を与えます。存分に走りたい気持ちから靴を盗んでしまう場面では胸が痛みますし、そのことから生まれる気持ちの悪さ、罪悪感を一緒に背負って読みました。監督に盗みの件が露見して、謝罪しに行き、許されて、監督に靴を買ってもらうというのはとてもでき過ぎのような気もしますが、読みながら自分の気持ちをゴーストの気持ちに重ねて、罪を犯してしまった苦悩とその昇華を疑似体験できたように思います。翻訳の面でいうと、他の作品を読んでも、どうしてもリズミカルなアフリカ系アメリカンの英語のポップさ、リズムを再現するのは難しいと感じる点はありますが、引っ掛かるところなくすいすいと読みました。人物として魅力的なのはチャールズさんでした。ジェームズ・ブラウンを白人にしたら、という表現は言い得て妙というか、人物像が浮かんできてとてもいいなぁ、と思ったところです。チームのメンバーもアルビノ、養子、片親等々さまざまな背景を抱えているだけでなく、個性的で魅力的だと思います。苦しい練習を仲間と乗り越えていく中で、心中に渦巻く嵐を抑制できるようになり成長するストーリーに重点があるのかもしれませんが、欲を言えば、せっかくスポーツを題材にした物語なので、走ることのすばらしさをゴーストの感覚を通じてもっと描写してくれたら、もっと表現が胸に迫ってきたのではないかなとも思います。

アンヌ(メール参加):これは痛快で、今回の3冊の中で一番好きだし、歌のような作品だと思った。アルコール依存症とはいえ、実の父親に拳銃で撃たれて、その時自分が足が速いと気づくなんて、ラップが聞こえてきそうな感じだ。でも、彼はPTSDで自分の部屋で眠ることができず、毛布を敷いてい寝ている。食堂で働く母親との生活も貧しい。あっという間に監督を信頼するところとか、監督もお金持ちの道楽ではないところがいい。母に心配をかけまいとする監督を叔父に仕立てるところとか、クラスメートを殴った理由をきちんと説明できるところとか、自分を開いていくことができる主人公に信頼感を持って読んでいけて楽しい。万引きのところもドキドキしたが、きちんと解決がついたところでホッとしたし、監督の出自も語られて同じ痛みを知っている人なのがわかるところもすごい。最後も勝ち負けを書かずにいるところで、未来が開けていく感じがしてよかった。

(2019年12月の「子どもの本で言いたい放題の会)