ネズミ:非常に勢いのある作品だなと思いました。思った高校に行けなかったこと、母との関係、父親の事件への戸惑い、よくできた姉への劣等感など、いろんな要素がからんでいます。高校生のさまざまな要素を盛り込もうとしているんだなと好感を持ちました。ただ、私の好みの問題かもしれませんが、その勢いについていけない部分もあったかな。特に、ひっかかったのは父親の事件をめぐるやりとりは、すっきり解消せず、消化不良感が残りました。

虎杖:エアギターというのは、テレビでコンテストの風景を見たことがあったけど詳しくは知らなかったので、おもしろいなと思いました。楽器を弾けなくてもできるというのがいいですね。でも、人前で演奏するには、楽器を弾くより勇気がいるかも。濱野京子作『フュージョン』(講談社)を読んだときも、ダブルダッチとか縄跳びの技を知ることができておもしろかったのを思いだしました。文章は軽くて、すらすら読めるし、登場人物もマンガチックだから、中学生は手に取りやすいかな(高校生となると、疑問だけど)。ひっかかったのは、主人公の苺の設定で、受験の失敗で暗くなってる優等生が、たとえモノローグでも、こんな風に話すかなということ。それに、成績が251人中25番で落ち込んでいるらしいけど、ここまで読んだら251人中224人の読者はカチンときて読みたくなくなるかも。お父さんが痴漢で捕まったという事件は、十代の子にとっては大変なことだと思うけど、結局やってたのか、どうなのか曖昧なまま終わりますよね。これって、絶対やってるよね。冤罪だったら、最初から猛烈に怒るだろうし、闘おうとするだろうから。作者も、そのへんのところは気になっているとみえて「このひとは、嘘をいっているかもしれない」なんて主人公に言わせている。いっそのこと、本当にやったという設定にすればおもしろい展開になったのかもしれないのに。変な言い方かもしれないけれど、作者の覚悟が足りないなって気がしました。当然いるだろう被害者(あるいは、被害を訴えた人)のことも、この主人公はまったく考えていないんだよね。実際に痴漢の被害にあった中高生が読んだら、カチンどころじゃなくて猛烈に怒るだろうなと思いました。

アカシア:私はあまりおもしろく読めませんでした。シオンの父親は韓国人なのですが、その設定がうまく生かされていませんね。ただのどうしようもない父親というだけで、それならわざわざこういう設定にする必要がなかったのでは。父親が痴漢を疑われるのですが、もし無実なら最初から家族にはっきりそう言うだろうと私は思ったんですね。最後の娘との和解の場面になって初めて言うなんて、リアリティがないように思います。また娘のほうも高一でそう父親と親しくなければ、父親が痴漢の疑いをかけられたくらいで、これまでとまったく違う人間になろうとするくらいまでぶっ飛ぶこともないように思います。いろんな意味で、文学というよりマンガのストーリーじゃないでしょうか。またエアギターやエアバンドについては、おもしろさを文章で伝えるのは難しいかもしれないですが、この作品からは私はおもしろさを感じられませんでした。出てくるキャラクターも図式的で、魅力を感じるところまで行きませんでした。

アンヌ:一度読んだだけでは、最後がどうなっているのか分からなくて読み返しました。一つ一つの場面では完結しているのだけれど、物語として納得がいくような流れ方をしていないなと思いました。ロクは魅力的だけれど、たぶん難病ものなんだろうなと予感がしてしまって、もう少し別の設定はないのかなと思います。実は裏表紙にUGの絵があったので、最後には出て来てかっこよく弾いてくれると期待していたので、出番がなくて残念でした。

コアラ:おもしろく読みました。ただ、最後のページが、何を言っているか全然分かりませんでした。最後のページの4行目、「さあ、わたしの十五秒はどこにある?」って書いてあるのですが、〈EIGHTY-FOUR〉のパフォーマンスを力いっぱいやり終えたばかりでしょう。「どこにある?」って、これから探すように書かれていて意味が分からない。最後がうまく締めくくれたら、もっと後味がよかったのにと残念でした。全体としては、表現はいろいろおもしろいと思うところがあって、表現に引っ張られて読んだ感じです。エアギターを取り上げているのも、おもしろいと思いました。高校生ならリアルギターもできる年齢ですが、あえてリアルではなくエアギターというところで、リアルな世界での姿とのギャップや、リアルでは出しづらい反抗心とかを描きたかったのかな、とも思いましたし、人目を気にしないでやりたいことをやってみろ、とか、そういうことを描きたかったのかなと思いました。シオンくんが最後にエアドラムを叩く場面は、おお、やるなあ、と思いました。エアだから表現できることって確かにありそうだなという気がします。読み終わってから、YouTubeでTHE STRYPESの〈EIGHTY-FOUR〉を聴いたんですが、この曲を知っていれば、この物語に流れるエネルギーみたいなものをもっと感じられたかなと思います。エアであれ、ロックをやる若者を描いているんですが、文体としてはロック感がなくて、優等生的という感じを受けました。そこが作品としては残念かなと思います。

まめじか:ラストの「わたしの十五秒はどこにある」は、今弾いた曲ではなく、人生の十五秒という意味では? 音楽というのは本来、ほとぼしるような感情の発露なのだということが、エアギターというものに表されていると思いました。自分の思いをぶつけて、自由に表現するというか。一度失敗したらぜんぶだめなのかと、ロクは苺に言うのですが、それは苺が志望校に落ちたことやシオンにふられたこと、父親の痴漢疑惑やUGのアルコール依存症などにつながります。価値観を押しつけ、決めつけてくる大人に対し、苺が自分にとっての真実を見つける物語ですね。ロクが病弱だという設定は、吉本ばななの『TUGUMI』(中央公論社)に重なります。病弱だけど強い魂をもった少女に男の子が思いを寄せ、それを主人公が見守る構図だなあと。

カピバラ:いろんなモヤモヤをかかえた高校生がエアバンドに出会って解放されていく感じがよかったし、高校生らしい比喩とか心の中での突っこみがおもしろいと思いました。でもこの人の描写があまりにも説明的で、新しい人物が出てくるたびに、どういう髪型でどういう服でと、あたかもマンガの絵を上から順に説明するように書かれているんですよね。新しい場所に行くたびに、場所の説明も事細かに書いてあって、ちょっと疲れると思いました。それだったらマンガを読んだほうがいいんじゃないかな。文章を読んでいろいろ想像するような楽しみっていうのがあまりないのが残念です。見た目だけを解説しなくても、雰囲気や性格は伝わると思います。それが文学なので。

雪割草:読みやすかったです。外国籍の背景やいろんな家族のかたちをとり入れていたり、消しゴムのかすに自分を例えている主人公が、エアギターを通して自分を出していく変化を描いていたりするのはいいと思いました。ただ、恋愛模様の描き方や登場人物の設定が表面的なところなど、コミックチックだと感じました。例えば、UG(ロクとシオンの祖父)はヒッピーっぽく、一風変わっていておもしろそうな人物ですが、ダメな感じにしか描けていないのが残念でした。裏表紙の絵の描かれ方も風格がなくてびっくりしました。人生の先輩の年齢の人なので、もっと深みがあって学べるところがあるはずなのに、もったいないと思いました。

ヒトデ:「音楽系」の児童文学が好きなので、今回、推薦させていただきました。「音楽」「バンド」を書いたものではあるんですけど、「エア」というのが、個人的におもしろかったです。「エア」だからこそ、現実の部分をこえて、表現することができる。その着眼点は、この作者ならではのものだと思いました。キャラクターの造形など、マンガ的ではあるんですが、こういった形だからこそ読める読者もいるんじゃないかなと。好みもあるとは思うのですが、ハマる読者はいると思います。私はハマりました(笑)。勢いが楽しいです。

ハル:最後まで一気に突っ走っていくような、疾走感が心地よい作品で、いいねぇ、青春だねぇと、勢いよく読みました。とか言いながら、対象読者よりもだいぶ歳上の私にしたら、途中「ちょっと長い……」と思ったのも正直なところです。でも、青春ってこういうことなのかもねと思います。傍から見たらダサくて全然いけてなくても、何かに熱くなれた時間が、いつか大きな財産になると思うので、読者が何かしら影響を受けて、何かに夢中になってみたい!と思えたら、それはいいことなんじゃないかなと思いました。苺のママと流歌さんがすぐに友達になっているのは意外でしたけど。

しじみ71個分:私は、ああ、青春の爆発だなと思って、その点は好もしく思って読みました。心の中に言い出せないモヤモヤがいっぱい詰まってて、いつも怒りか何かわからないものを抱えていたなぁ、とか自分の若い頃が思い出されました(笑)。制服に口紅でバツを書くなんていう気持ちはとてもよく分かりましたね。苺は受験に失敗したりとか、父親が痴漢の容疑者だったりとか、事件はあったけど割と普通で、ほかの人物は父親の国籍が違うとか、病気を抱えてるとか、それなりの背景があるのに深掘りされないので、苺の視点から見た普通の子の鬱屈は分かるんだけれども、その対比となる部分がない感じがします。エアギターもおもしろいとは思ったんですけど、もうちょっと魅力的にエアギターを書いてほしかったなぁと思いました。そこまでエアギターに入り込む必然性、どうしてエアギターじゃなきゃだめなのか、というところまでは感じませんでした。『拝啓パンクスノットデッドさま』(石川宏千花、くもん出版)は、ネグレクト、ヤングケアラーといった重いテーマを背景にしつつ、パンクへの愛がこれでもかというくらいに描かれていて、なぜパンクなのか、パンクでなければダメなんだという点がとても心にしみて、ぐっと入り込めたんですね。主人公が好きなものは書き込んである方が気持ちに寄り添えるし、設定に入り込めるなと感じました。それと、UGの造形がちょっと物足りないかなと。千葉にはジャガーさんという伝説のヘビメタロッカーがいて、読みながらそういうロックなおじいさんを想像していたんですけど、わりとすぐにUGがエアギターを教えてくれて軽い感じがしたし、ロッカーというよりわがままなおじいさんにしか見えなくて、物足りなさはありました。あとで、The Strypes見ましたが、ちょっと物語のエアギターと結びつかなかったな…残念…。

西山:率直に言ってしまうと、わたしはあんまり好きじゃなかったです。まず、苺が高校生に思えなくて。もちろん、1年生だし、16歳とあるので、実際のところはそんなものかもしれませんが……子どもの本の世界でこんなふうな造形は中学生として読み慣れてきたので違和感があるのかもしれませんが……。作者は、存在しないギターを弾いて見せるエアギターを、映像ではなく言葉で描写するという、「見えない」を二重にして書くこと自体がチャレンジというか、おもしろかったのではないかと勝手に思っています。でも、読者としてそれを楽しむという風にはならなかったわけです。ちょこちょこひっかかりが多くて……。たとえばp76の最後の行で、シオンくんのお父さんが離婚して出ていったことを「クラスメートだけど、そんな話きいたことなかった」とあるけれど、そりゃそうでしょと思います。どんな親しい子だってめったにそんな話はしないし、苺はクラスの中で壁を作って閉じこもっているし、なおのことそうでしょうと。お姉ちゃんに対して屈折していて内心反発していて、心中「夏みかん」と呼んでいるというのもピンとこない。憂さを晴らすためなら違う言葉じゃないかなとか。ラストは説教臭く感じてしまいました。例えば、カラコン外して「素のままの自分」という感覚は大人好みの気がしたのでした。

マリンゴ: 黒川さんの本は、取り上げられる素材がバラエティに富んでいて、次は何かと興味深く読んでいます。『奏のフォルテ』(講談社)はクラシック音楽でしたが、今回はロックですね。いろんな要素が詰め込まれていて、高校生の主人公が混乱してもがきながら、どうにか前へ進んでいく様子が描かれています。いいなと思ったフレーズはp184「百まで生きるより、ずっとかっけー十五秒もあるよ」です。ただ、ストーリーとディテールにそれぞれ気になるところがありました。まずストーリーについてです。父が「自分はやってない」と最後の最後で語るのですが、本当にやってなかったら、引きこもったりとか帰宅したときに謝ったりだとか、そういう言動にならないのではないでしょうか。これは主人公と父が理解し合うシーンを最後に持ってきたいから、敢えて事実を伏せて引っ張っているように思えるんですけども、そのせいで逆にリアリティから離れた気がします。また、ディテールですが、都会の女子高生の一人称のわりに、そういう子のボキャブラリーとは思えない比喩が多くて気になりました。たとえば、p10の「水田の稲の高さくらいは跳んだだろう」とありますが、都会暮らしの女子高生がぱっと思いつく言葉として、「水田の稲」は違和感がありました。もう一つ挙げるなら、p28の「おでんの鮮度でたとえるなら、三日目夕方のはんぺんだ」。16歳の主人公がおでんを食べるとすると、主に家庭でだと思うのですが、お母さんはp104で「潔癖性の気のある」と書かれていて、おでんを三日出すキャラクターとは違いそうです。そうすると、三日目夕方のはんぺんをどこで見たのかな、と。見たことないのであれば、大人ならともかく女子高生が「イメージ」だけでこういう比喩を出すのは少し不自然かなと思いました。三人称で書かれていれば、さらりと読めた気がします。

(2021年9月の「子どもの本で言いたい放題」より)