月: 2023年2月

『チケとニジェール川』表紙

チケとニジェール川

現代アフリカ文学の父とも言われるアチェベが書いた児童文学で、アフリカ諸国ばかりではなく英米でも読みつがれています。少年の憧れと、夢を実現するための行動、勇気がもつ意味、などをテーマにすえ、ことわざ、昔話、食べものなど、ナイジェリアの文化も織り交ぜて書いています。冒険譚としても楽しめるでしょう。文体には、イボ人のストーリーテリングの伝統が生かされています。

 

〈訳者あとがき〉

本書は、1966年に南アフリカのケンブリッジ大学出版局支部から出版された子どもに向けた物語の翻訳です。

著者のチヌア・アチェベは1930年にナイジェリアに生まれたイボ人の作家・詩人で、イバダン大学で学び、一時は放送の仕事につき、1967年から1970年まで続いた内戦(イボの人たちが独立国を作ろうとしたビアフラ戦争)のときには、ビアフラ共和国の大使も務めました。

ナイジェリアは、西アフリカにある多民族国家で、2億人以上が暮らしています。国内に500を超える民族がいて、使われている言語の500以上と言われています。その中には、男性と女性で話す言語が全く違うウバン語などもあります。ヨーロッパ諸国が地図上でアフリカ大陸に線引きをして国境を定めたせいで、一つの国の中に多くの民族がいて、一つの民族が多くの国に分かれて暮らすという状態が生まれたのです。

17世紀から19世紀にはヨーロッパの商人が奴隷をつかまえて南北アメリカ大陸に送るための港がアフリカにたくさんでき、ナイジェリアの海岸は「奴隷海岸」と呼ばれていました。19世紀には奴隷貿易がイギリスによって禁止されたものの、ナイジェリアにあったいくつかの王国がイギリスによって滅ぼされ、ナイジェリアはイギリスの植民地になります。イギリスから独立したのは1960年ですが、その後ビアフラ戦争と呼ばれる内戦が起こり、飢餓も問題になった長い戦いの後、ナイジェリアから独立してビアフラ共和国を作ろうとしたイボ人は敗北しました。

本書にも出てくるラゴスは海沿いにあるナイジェリア最大の都市で、1976年まではナイジェリアの首都でした。高層ビルや大きな銀行やスーパーマーケットなどが立ち並び、車の渋滞が起こるような近代都市です。今は首都が内陸部のアブジャに移りましたが、ラゴスはまだ経済・文化の中心地として知られています。

ニジェール川は、ギニアの高地に水源があり、マリ、ニジェール、ベナン、ナイジェリアと、いくつもの国を通ってギニア湾へと流れ込む全長4180キロメートルの大河です。また、チケが憧れたオニチャからアサバへニジェール川をわたるフェリーは、1965年には新しくできた橋にとってかわられています。

チヌア・アチェベは、口承文芸を下敷きにした小説を書いて、現代アフリカ文学の父とも呼ばれました。中でもおとな向けの傑作小説と言われる『崩れゆく絆』(1958)は、伝統的な文化や暮らしが、植民地支配によって壊されていく様子を描いた作品で、世界の50以上の言語に翻訳されて、有名になりました。日本でも、光文社古典新訳文庫で読むことができます。2007年にはアチェベの全業績に対して国際ブッカー賞が授与されています。

アチェベは、またハイネマン社が出していた「アフリカ作家シリーズ」で、独立後のアフリカで活躍しはじめたアフリカ人作家たちを世に送り出すことにも力を注ぎました。その後、アメリカ、イギリス、カナダ、南アフリカ、ナイジェリアなどの大学でアフリカ文学についても教えましたが、残念ながら2013年に死去しています。

アチェベは、子ども向けの物語をいくつか書いていますが、その中でもこの『チケとニジェール川』は、アフリカ各国ばかりでなくアメリカやイギリスでも出版され続けています。

主人公は、いなかの貧しい村に生まれた少年で、ニジェール川沿いにある大きな町で暮らすおじさんのところに寄宿することになり、まったく異なった環境でさまざまな体験をしながら成長していきます。アチェベは、自分の子どもたちが白人教師の多い学校でナイジェリアに根ざした文化や価値観を教わっていないのを心配して、この作品を書いたと言われています。

大きな川の向こうにわたって別の世界を見てみたいという子どもらしい憧れ、そのためにいろいろ工夫してはみるけれど、なかなかうまくいかないという焦り、ようやくフェリーに乗ることができた時の胸おどる気持ち、借りた自転車を壊してしまったときの当惑、どろぼうに遭遇したときの恐怖などが、生き生きとした筆で、とてもリアルに描かれています。

お話の筋立ては、少し昔ふうだし、書かれたのもずいぶん前のことですが、アチェベは、細かい描写でそれぞれの場面がうかびあがってくるように書いているので、日本の子どもたちにも主人公チケの気持ちがそのまま伝わるのではないでしょうか。また、ナイジェリアの屋台で売っている食べ物、お祭りのようす、学校のようす、家庭のようす、市場のようす、マネーダブラーや自転車修理工の存在なども目にうかぶように描かれています。ことわざが出てきたり、歌が出てきたり、サラおばさんの昔話が出てきたりするところには、ナイジェリアの口承文芸に大きな関心を寄せていたアチェベの作品の特徴が出ています。

私がアチェベの作品に出会ったのは、ナイジェリアを旅行しているときでした。ロンドンに住んでいたときに「アフリカ・ウーマン」という雑誌の編集長をしていたタイウォ・アジャイという女性に出会い、「ナイジェリアに行くならうちの親戚の家に泊まっていいよ」と言われて、出かけていったのです。飛行機を降りたナイジェリア北部のカノという町でキャンプをしているとき、WHOで働く日本人のお医者さまに会って、そのお家に何日か滞在させてもらいました。そのお医者さまの書斎に、アチェベの本が何冊か並んでいました。日本に帰ってから、アチェベの作品を何冊か取り寄せて読んだなかに、この『チケとニジェール川』もありました。

ちなみに、ナイジェリアでは、お話の舞台にもなっているオニチャにも行って、オニチャの大きな市場を歩いたり、ニジェール川を見たりしたこともあります。またラゴスにも行って大都市のにぎわいも体験しました。その時の楽しかったことなども思い出しながら、翻訳しました。

ナイジェリアの当時の暮らしは、日本の今の暮らしとはずいぶんかけ離れていますが、チケの気持ちは、日本の子どもたちにも「あ、同じだな」と思ってもらえるところがあるのではないかと思います。違うところ、同じところを楽しみながら読んでいただけたら幸いです。

編集を担当してくださった坂本久恵さんに感謝します。

さくまゆみこ

 

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『1400個のコヤスガイ』表紙

1400個のコヤスガイ〜西アフリカ・ヨルバ人の昔話

西アフリカに暮らすヨルバ人の昔話を、ナイジェリアに生まれ育ったフジャが再話しています。おもしろいお話が多いので、いつか日本の読者にも届けたいと思っていました。その後、「ふたご」の話には、ほかの地域にも同じような昔話があるなど、おもしろいことがわかってきました。どこの地域の人間も共通に持っている要素から同時発生的に同じような話が生まれてくるのか、それともおもしろい話はどんどんほかの地域にも伝わっていくのか、そのあたりもとても興味深いです。

〈目次〉

1400個のコヤスガイ
ネコとカメのレスリング
ヒョウとハリネズミ
オタマジャクジの悲しいお話
魔法のヤムイモ
天まで運んだお供え
カタツムリとヒョウ
ふたご
めんどりとタカ
エガとひなたち
ゾウとおんどり
152本のしっぽをもつ動物
キンキンとネコ
鳴らないタイコ
みなしごアジャオと魔法の小枝
かしこい犬
働いてはいけないアランテレ
雄牛とハエ
〈よそ者〉と〈旅の者〉
狩人オジョと魔法の笛
カエルの骨

 

〈訳者あとがき〉

本書の原題はFourteen Hundred Cowries: Traditional stories of the Yoruba。私が持っている原書はペーパーバックで、1967年にオックスフォード大学出版局イバダン支局から出版されています。イバダンは、ナイジェリア南西部の大きな都市です。この本は、たぶん私がロンドンに暮らしていたときに、アフリカ・ブック・センターで手に入れたのだと思います。いろいろな情報にあたってみると、ハードカバーは、それより前の1962年に出ているようです。本書はアメリカでも1971年にアン・ペロウスキーの序文と別の人の挿絵がついたものがのが出ていますし、ポーランド語版も出ています。

イギリスに植民地にされていたナイジェリアが独立したのは、1960年。それまでは学校教育でも、イギリスの学校で使われているようなものがそのまま使われていたといいます。独立後、ナイジェリアの子どもにはナイジェリアの文化や伝承を教えようということで、ナイジェリアの人が収集した昔話の本なども出るようになるのですが、本書はその先駆けとなりました。

私が持っている原書には、著者の情報や序文などもついていないのですが、アメリカ版やポーランド版によれば、著者のアバヨミ・フジャは1900年に生まれて、ナイジェリア最大の都市ラゴスで学校教育を受け、1938年に自分の民族であるヨルバ人の民話の収集を始めたようです。「ヨルバの人たちの間には、夜になると──月の明るい夜だとなおさらですが──子どもたちを集めてこうしたお話を語ってやる習慣がありました」とあり、また著者が語りを職業をするソコトという人から、お話をたくさん聞いたということも書いてあります。

ともあれ、著者のアバヨミ・フジャは、国際的に出版されている本がこの1冊のみで情報が少なく、翻訳権の処理が非常に困難でした。この「世界J文学館」の責任者である塚原伸郎さんが東奔西走してくださった結果、なんとか出せるようになったのです。

ヨルバ人というのは、ナイジェリア南西部のほか、ベナン、トーゴにも暮らしていて、ヨルバ語を話しています。著者のフジャは、ナイジェリア人です。

ナイジェリアは、西アフリカにある国で、アフリカ大陸の中では最も人口が多く、2億人以上が暮らしています。多民族国家で、一つのナイジェリアという国の中に500を超える民族が共存しています。ヨーロッパに植民地にされる前は、いろいろな王国が栄えていて、独自のすぐれた文化を持っていました。

多くのみなさんは、サッカーが強い国としてご存知かもしれません。ナショナルチームはスーパーイーグルスという名前で、オリンピックでも何度かメダルを取っています。

映画産業もさかんで、ナイジェリアの映画産業はノリウッド(ナイジェリアのハリウッドとという意味)で年間約2000本の映画が制作されています。音楽の分野でもアフロビーツのフェラ・クティやジュジュミュージックのキング・サニー・アデといった国際的なスターを生み出しています。また土や銅やブロンズで作った彫刻には、ほんとうにすばらしいものがあります。

食べ物についていえば、本書にも出てくるフーフーはイモをつぶして作るもので、ナイジェリアの人たちの主食の一つです。お米ではよくジョロフライスというものを作りますが、これは肉、タマネギ、トマト、スパイスなどを入れてたいたお料理です。ヤムイモは、根を食べるヤマノイモ科のイモで、ナイジェリアは世界一の産地です。コーラナッツは、コーラの木の種子で、カフェインを含むので、ナイジェリアではドライバーがよくかじっています。また儀式のときにも必ず出されるものです。初期のコカ・コーラの原料にはコーラナッツが使われていたといいます。味は苦味があり、ナイジェリアを旅行したときに何度も食べてみましたが、私はそうおいしいとは思いませんでした。でもいつもかじっていると、やみつきになるのかもしれません。飲み物では、本書にはひんぱんにヤシ酒が出てきますが、これはヤシの樹液を発酵させて作るお酒です。

本書には、ジュジュという言葉もよく登場しますが、ジュジュとは魔力のことでもあり、魔力がこめられた物のことも指します。「ネコとカメのレスリング」では、強力なジュジュを持っている者が勝利をおさめるし、「めんどりとタカ」では、タカにジュジュをもらっためんどりが敵に襲われなくなります。「働いてはいけないアランテレ」では、子のない夫婦が祈祷師のジュジュのおかげで娘を授かるし、「カエルの骨」では強力なジュジュを持つカエルをだれもが恐れています。

また歌や踊りも、力を持っているものです。「オタマジャクシの悲しいお話」では、オタマジャクシが即位式の前に酔っ払っておどりまくります。「男の子と魔法のヤムイモ」では、男の子が歌をうたうと、動物たちはうっとりと聞きほれて繰り返すようたのみ、やがてはその歌に合わせておどりだします。また「キンキンとネコ」では、キンキンがうたうと、畑が一瞬にして草ぼうぼうになってしまいます。また、「鳴らないタイコ」からは、儀式でタイコが重要な役割を果たしていたことがうかがえます。

本書のタイトルにもなっている最初の「1400個のコヤスガイ」はいわゆる「積み重ね歌」あるいは「積み上げ歌」と言われるものです。イギリスのマザーグースにある「これはジャックが建てた家」などが有名ですが、ヨルバ人に伝わるこの話はまた少し趣が違うのがおもしろいところです。また最後の「カエルの骨」では、カエルが人形につけたゴムの樹液で身動きがとれなくなりますが、これを読んで、アフリカ系アメリカ人の昔話にある「タールベイビー」を思い出す方もおいでだと思います。「タールベイビー」では、ウサギが人形に塗ったタールのせいで身動きがとれなくなっていました。アフリカのほかの地域にもいたずら者がねばねばしたもののせいで人形に貼り付いてしまう昔話があり、それが奴隷といっしょに海をわたってアメリカまで伝わっていたことがわかります。

「ふたご」の話は、タイウォ、ケヒンデというふたごが主人公でした。ヨルバ人のふたごには、伝統的にタイウォ(もともとの意味は、世界を味わう者)とケヒンデ(もともとの意味は、あとから来た者)という名前がついています。私が個人的に知っているタイウォさんは女性でしたが、やはりケヒンデさんというふたごがいました。

ナイジェリアやヨルバの人たちの文化に思いをはせながら、本書の昔話を楽しんでいただけると幸いです。

編集の坂本久恵さんにはお世話になりました。ありがとうございました。

さくまゆみこ

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『女たちの物語』表紙

女たちの物語〜アフリカ系アメリカ人が語りつぐ民話と実話

国際アンデルセン賞作家のヴァージニア・ハミルトンは、母、おばなど親族の女たちからたくさん話を聞いて育ちました。そして自分でも、アフリカ系の女たちが登場するそうした話をまとめたいと思っていました。そして出した本書に載っているのは、動物が登場する昔話、ちょっと怖い伝説、ファンタジー、実話と種類はさまざまですが、どれも強く印象に残ります。ディロン夫妻の絵もすばらしいですよ。ハミルトン自身による解説と、なぜこの本を出すにいたったかというもう一つの物語もついています。

〈目次〉

◯女たちの動物の話

小さな女の子とバーラビー
リーナと大きなトラ
マリーと赤い魚
仲間を手に入れたミズ・ハティ

◯女たちのおとぎ話──妖精や魔女の話

ネコ皮かぶり
よいブランシュと、悪いローズと、おしゃべりする卵
メアリベルと人魚
光りかがやく妖精を見たベットおっかあ

◯女たちの超自然の話

ほう、ほう、ほほう
メイシーとブー・ハグ
ローナとネコ女
マリンディと小さな悪魔

◯女たちの暮らしぶりと伝説

最初、女と男は対等だった
ルエラとオウム
閉じこめられた人魚
アニー・クリスマス

◯女たちの実話

ミリー・エヴァンズ:プランテーション時代(ノースカロライナ)
レティス・ボイヤー(ノースカロライナ)
メアリ・ルー・ソーントン:わたしの家族(オハイオ)

 

〈訳者あとがき〉

本書をまとめたのは、アメリカの女性作家ヴァージニア・ハミルトンです。

ハミルトンは、1934年に生まれ(1936年という情報も出回っていますが、オフィシャルなウェブサイトには34年と書いてあります)オハイオ州南西部にある祖母の一族が持っていた農場で育ちました。子どものころは、著者あとがきにもあるように、家族や親族からたくさんの物語を聞いて育ちました。両親もすばらしい語り手で、アフリカ系の人々の歴史や文化を誇りをもって伝えてくれたと言います。祖父のレヴィ・ペリーは、幼い頃母親と一緒に売られた奴隷でしたが、1857年に母親の助けを借りてヴァージニア州からオハイオまでやって来て、自由人になった人です。レヴィを助けたのは、「自由への地下鉄道」という南部の奴隷を北部に逃がすための人間のネットワークでした。

ヴァージニア・ハミルトンは、1953年にはニューヨークに出て、博物館の受付やナイトクラブの歌手などをして生計を立てながら、作家になろうと努力していました。1960年には詩人のアーノルド・エイドフと結婚し、その後作家活動に専念するようになります。

作家としては、1967年に『わたしは女王を見たのか』(邦訳:鶴見俊輔 岩波書店)を発表して以来、41点の作品を出版しました。ジャンルは絵本、昔話、ミステリー、YA小説、伝記と多岐にわたっています。『ジュニア・ブラウンの惑星』(1971/邦訳:掛川恭子 岩波書店)でアメリカで最も権威あるニューベリー賞のオナーを受賞し、『偉大なるM.C.』(1974/邦訳:橋本福夫 岩波書店)で、ニューベリー賞とボストン・グローブ・ホーンブック賞と全米図書賞を受賞しました。ニューベリー賞の本賞をアフリカ系の作家が受賞したのは初めてのことでした。その後も、『マイゴーストアンクル』(1982/邦訳:島式子 原生林)でニューベリー賞オナーとコレッタ・スコット・キング賞とボストン・グローブ・ホーンブック賞、『人間だって空を飛べる〜アメリカ黒人民話集』(1985/邦訳:金関寿夫訳 福音館書店)と、本書『女たちの物語〜アフリカ系アメリカ人が語りつぐ民話と実話』(1995)でコレッタ・スコット・キング賞と、数々の賞にかがやいています。

また1992年には、全業績が評価されて国際アンデルセン賞を受賞しています。これは世界で最も権威ある児童文学の作家・画家にあたえられる賞で、この賞をアフリカ系アメリカ人が受賞したのは初めてのことでした。さらに、1995年にはローラ・インガルス・ワイルダー賞を受賞しています。この賞はアメリカで作品を出版し、長年にわたって児童文学に多大な貢献をしてきた作家・画家にあたえられる賞ですが、ワイルダーの作品には人種差別的な表現が含まれていることから、名称が2018年に「児童文学遺産賞」へと変更されています。

ヴァージニア・ハミルトンは、アフリカ系アメリカ人の子どもたちを主人公にし、彼らが誇りをもって読めるようなフィクションを書くと同時に、アフリカ系の人たちの間に伝承されてきた昔話や伝説を、今の子どもたちに伝えることにも力を注ぎました。『人間だって空を飛べる』や本書は、その成果と言えるでしょう。

さらなる活躍を期待されていましたが、2002年に乳がんで死去しています。

アフリカ系アメリカ人の昔話といえば、ジョエル・チャンドラー・ハリスという白人のジャーナリストが南北戦争後に南部の黒人たちから話を聞き出して新聞に掲載し、後に本にまとめた『リーマスじいやの物語〜アメリカ黒人民話集』(1881)があります。当時ベストセラーになったこの民話集は、かつては奴隷だった「リーマスじいや」が、南部の黒人たちが使うだろうとハリスが考えた言葉遣いで、白人の子どもに語って聞かせるという体裁をとっていて、ブレアラビット(ウサギどん、ウサギ兄貴)など動物たちがいろいろ登場してきます。

私はイギリスの湖水地方で、ビアトリクス・ポターがこの本を読んで描いた絵というのを見たことがあります。ポターは、その影響もあってピーター・ラビットというちょっといたずらなウサギが登場する絵本を思いついたのかもしれません。ともあれ『リーマスじいやの物語』は、アメリカばかりでなくイギリスでも広く読まれていたようです。

本書にも、「バーラビー」と呼ばれるいたずら者のウサギが登場する話が載っています。ちなみにいたずら者のウサギは、アフリカの昔話とも深いかかわりがあります。アフリカではウサギ(ラビット)ではなくノウサギ(ヘア)として登場してきますが、アフリカ系アメリカ人の昔話とアフリカの昔話には、似たような話がたくさんあって、アフリカから連行された奴隷たちが、昔話もたずさえていき、それを文化として子どもたちに伝えていたことがよくわかります。

本書の挿絵をかいたレオ&ダイアン・ディロンは共同で絵を描き活躍していました。レオはブルックリンで、ダイアンはロサンジェルスで、ともに1933年に生まれ、1954年にニューヨーク市のデザイン学校で出会って結婚し、それ以来50年以上の間、一つのチームとして仕事をするようになりました。1976年と1977年に、『どうしてカは耳のそばでぶんぶんいうの?』(ヴェルナー・アールデマ文 邦訳:やぎたよしこ ほるぷ出版)と『絵本アフリカの人びと』(マスグローブ文 邦訳:西江雅之 偕成社)とで、アメリカで最もすぐれた絵本の画家にあたえられるコールデコット賞を受賞しています。本書の挿絵を見てもわかるように、アフリカ系の人たちを威厳と誇りをもった存在として描いているのが特徴の一つとして挙げられます。レオは、残念ながら2012年に死去しています。

本書には、アフリカ系アメリカ人の女性が登場する話が五つのジャンル別に全部で19編おさめられ、それに加え、著者自身の物語も入っています。シンデレラ物語もあれば、怪力の女性船頭についての伝説、バンパイアや魔女や人魚が登場する話や、神様やイエス・キリストが登場するものもあります。そして奴隷だった時代のことを語る実話も入っています。

原書では、一つ一つの話の最後に、ハミルトン自身による解説が入っていましたが、物語そのものとは対象になる読者も違うので、本書では後ろにまとめてあります。

アフリカの昔話と同様、一味ちがう趣をもった話が多いのですが、そこがおもしろいところだし、だからこそ印象に残る話も多いのではないかと私は思っています。ともあれ、ハミルトンが書いた「はじめに」にあるように、楽しく読んでいただければ幸いです。一つだけ言い添えておくと、本書は『女たちの物語』となっていますが、男性読者が読んでもおもしろいと私は思っています。

編集の坂本久恵さんに感謝いたします。

さくまゆみこ

 

 

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『アフリカン・マジック』表紙

アフリカン・マジック〜ネルソン・マンデラが選んだ昔話と物語

南アフリカの出版社が出した昔話と物語です。語り伝えられてきた昔話と、昔話をもとにした創作物語の両方が入っています。後ろの方にある「本書の物語について」というところには、一つ一つの物語の由来が書いてあります。

〈目次〉

1)怪鳥のふしぎな歌(タンザニア)
2)ネコはどうして家の中でくらすようになったのか(ジンバブウェ)
3)動物たちはどうやって草と水を手に入れたのか(南部アフリカ・サン人)
4)ライオン王のおくりもの(南部アフリカ・コイコイ人)
5)月のお使い(ナミビア)
6)ヘビの呪い(西アフリカ/ズールーランド)
7)怪物とフラカニャナの知恵くらべ(南部アフリカ・ングニ人)
8)サンカンビのあまい言葉(南部アフリカ・ヴェンダ人)
9)ノウサギとハイエナ(ボツワナ)
10)ライオンとノウサギとハイエナ(ケニア)
11)言うことを聞かなかったマディペツァネ(レソト)
12)川から来たカミヨ(トランスカイ)
13)クモとカラスとワニ(ナイジェリア)
14)ダンスに出かけたナティキ(南アフリカ・ナマクアランド)
15)ノウサギと木の精霊(南部アフリカ・コーサ人)
16)カマキリと月(南部アフリカ・サン人)
17)七つ頭のヘビ(南部アフリカ・コーサ人)
18)ノウサギの仕返し(ザンビア)向けと
19)オオカミの妃(南アフリカ・ケープのマレー人)
20)ファン・フンクスと悪魔(南アフリカ・ケープのオランダ人)
21)オオカミとジャッカルとバターのたる(南アフリカ・ケープのオランダ人)
22)雲の国のお姫様(エスワティニ)
23)水場を守るヘビ(中央アフリカ/ズールーランド)
24)アリとスルタンのむすめ(南アフリカ・ケープのマレー人)
25)王様の指輪
26)かしこいヘビ使い(モロッコ)
27)びんに閉じこめられたアスモデウス(南アフリカ・ケープのイギリス人)
28)美しい若者サクナカ(ジンバブウェ)
29)〈すべての子どもの母〉(マラウィ)
30)妹がほしかったピピディ(ボツワナ)
31)フェシト、市場へ行く(ウガンダ)
32)魔女と竜と異国の紳士(南アフリカ・ケープのイギリス人)

 

〈訳者あとがき〉

本書はもともと南アフリカの出版社が英語で出したもので、原著にはアフリカ人画家の挿絵が入っています。原書の書名は「マディバ・マジック」。マディバというのは、ネルソン・マンデラの氏族の名前だそうですが、南アフリカの人々がマンデラ元大統領を尊敬と親しみをこめて呼ぶ言葉です。私は2004年にケープタウンで子どもの本世界大会に参加したとき、ケープタウンの本屋さんで原書を見つけて購入し、いつか日本でも紹介したいと思っていました。

今回の『世界J文学館』についての企画を考える時、アフリカ地域から選ぶとしたら何がいいだろうと、いろいろ考えたました。アフリカといっても広い大陸で、教科書以外の子どもの本を出している国もいくつかあります。その中には日本と同じように、学校物語や家族の気持ちのすれ違いや初恋などを描いている作品もあります。でも、日本の今の子どもたちが読んでおもしろいと思えるかどうかが疑問でした。

アフリカ地域から日本の子どもたちへぜひ読んでほしいのは、やはり昔話が中心になるかもしれないと、私は思いました。そこで、まず候補に挙げたのが本書です。

長くヨーロッパの植民地にされていたアフリカ各国では、一九六〇年代に独立するまでは、学校でも、生徒たちはヨーロッパ人が書いた物語や詩を勉強していました。でも、それでは自分たちの文化がすたれてしまうし、アフリカで暮らす子どもたちのためにはならないと思って、作家たちは危機をいだきました。そして目を向けたのが、アフリカの伝統の中にある「声の文化」でした。アフリカには歴史的に文字の文化(読む・書くの文化)より声の文化(話す・聞く)のほうが豊かにありました。そこに自分たちの文化のルーツの一つがあると作家たちも考えたのです。なので、独立後にアフリカの人たちがまとめた子どもの本の中には昔話がたくさんあるし、昔話から発展した物語もあります。

本書は、マンデラさんが南アフリカで実現しようとした「虹の国」(人種差別をやめて、肌の色にかかわらず、みんなで協力してつくる国)の理想を、体現している本だとも言えます。南アフリカがアパルトヘイトという人種差別的な政治を行っていたとき、黒人たちの文化は無視されていました。でも、本書には、アフリカ大陸に最も古くから住んでいたサン、コイコイ、ナマ、今の南アフリカをになうズールー、ヴェンダ、コーサといった人たちの昔話ばかりでなく、オランダ系、イギリス系、アジア系の人たちに伝わる昔話も入っています。それに加え、タンザニア、ジンバブウェ、ナミビア、ボツワナ、ケニア、レソト、ナイジェリア、ザンビア、エスワティニ、モロッコ、マラウィ、ウガンダといった南アフリカ以外の国の昔話や創作物語も収められています。

再話・創作したのは、主に南アフリカに暮らす多様な人々ですが、そのうち私はチナ・ムショーペさんとジェイ・ヒールさんにはお目にかかって話したことがあります。チナさんは、コーサ人の母とズールー人の父の間に生まれ、女優、詩人、戯曲作家、ストーリーテラーとして世界で活躍しています。南アフリカが民主化するまでは、アパルトヘイトを廃止させようとする活動も行っていました。チナさんのストーリーテリングは日本でも、南アフリカでも聞きましたが、演劇の要素が入ったすばらしいものでした。ジェイさんは、ロンドンに生まれてオックスフォード大学で修士号まで取り、イギリスや南アフリカの学校で子どもたちを教え、その後子どもの本を書いたり、編集・出版したり、読書普及活動をしたりなさっていました。ケープタウンの子どもの本の世界大会のときにはIBBY南アフリカ支部の会長をしておいででした。今回この本を訳すにあたっていろいろと調べてみると、ジェイさんは昨年暮れに亡くなられていたことがわかりました。とてもまじめて→おもしろい方だったので残念です。

ここに集められたアフリカの昔話には、アフリカ全体の昔話の特徴もよくあらわれています。まず動物が登場する話が多いことにお気づきだと思います。アフリカの人は人間を主人公にして話すと、あとで角が立つので、擬人化した動物を登場されるといいます。アフリカの人たちは、知恵(時には悪知恵も)を使って、小さくて弱い動物が、大きくて強い動物を出しぬく話が大好きです。本書にもいたずら者のノウサギやカメが登場する話が、収められています。動物ではありませんが、怪物と知恵くらべをするフラカニャナや、サルたちをだますサンカンビも、知恵を使って生きのびたり、今ある秩序をひっくり返したりするいたずら者(トリックスター)の話です。ヘビが登場する話も三つ入っています。ほかに、動物と人間の両方が登場する話、魔力を持つ者や妖怪が登場する話などもあります。

また歌が入ってくるのも、アフリカの多くの昔話に見られる特徴です。チナさんのストーリーテリングも、最初は静かにお話を語ることから始まり、そのうちに歌や太鼓や踊りにつながっていきました。日本のストーリーテリングは声色も使わず、どちらかというと淡々と語っていきますが、アフリカのストーリーテリングはもっと演劇的な要素、ミュージカル的な要素が強いと言えるかもしれません。

グリム昔話や日本の昔話に親しんできた方たちの中には、意外な展開に驚かれたり、ちょっと残酷かと思われたり、いたずら者やだまし上手な存在が主人公になっていることに眉をひそめる方もおいでだと思います。しかし、昔話というのは、もともと暗い夜に燃える火を囲んで、日常とは切り離された別次元で起こる出来事が語られるのを聞いて楽しむものでした。欧米や日本では、語りの文化が弱くなり文字の文化が主流になったとき、子どもに聞かせるお話の中からトリックスターや残酷な要素は排除されてしまいました。でも、アフリカではまだその要素が残っているということかもしれません。そういう意味では、昔話の原型やダイナミズムを感じていただけるのではないかと思います。

本書を翻訳するにあたっては、編集の坂本久恵さんと塚原伸郎さん、ツワナ語の歌の意味を教えてくださった国際協力機構(JICA)ボツワナ支所と京都大学の高田明先生には特にお世話になりました。ありがとうございました。

アフリカの子どもたちが楽しんでいる昔話や創作物語を、日本の読者のみなさんも楽しんでいただけるとうれしいです。

さくまゆみこ

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『小学館世界J文学館』表紙

小学館世界J文学館

世界のおもしろい作品125点が電子書籍として読める本です。私は最初の企画段階から相談を受け、こんな作品を載せたらおもしろいのではないか、とか、こんな方に翻訳をお願いしたらいいのではないか、という提案をさせていただきました。

私が訳した作品は、以下のものが入っています。

・『女たちの物語~アフリカ系アメリカ人が語りつぐ民話と実話』ヴァージニア・ハミルトン編 レオ&ダイアン・ディロン絵 (アメリカ)
・『シャーロットのおくりもの』E.B.ホワイト著 ガース・ウィリアムズ絵 (アメリカ)
・『はみだしインディアンのホントにホントの物語』シャーマン・アレクシー著 エレン・フォーニー絵 (アメリカ)
・『1400個のコヤスガイ ~西アフリカ・ヨルバ人の昔話』アバヨミ・フジャ編 (ナイジェリア)
・『アフリカン・マジック! ~ネルソン・マンデラが選んだ昔話と物語』ネルソン・マンデラ編 (南アフリカ、アフリカ各地)
・『チケとニジェール川』チヌア・アチェベ著(ナイジェリア)

(編集チーフ:塚原伸郎さん)

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