タグ: 韓国

『ペイント』表紙

ペイント

ネズミ:ディストピア小説だなと思って、おもしろく読みました。管理されたなかで理想的な子どもを育て、理想的な親とマッチングさせていくという。ここで行われているやり方を見て、拒絶感を感じたり、なるほどと思ったり、いろいろと考えさせられる物語だと思いました。めんどうくささ、理論や効率だけでは片付けられない緩みのようなところに親子関係の機微があると思うのですが、それがハナの夫婦の箇所であぶり出されるのがおもしろいと思いました。

エーデルワイス:8月7日JBBY主催オンライン講座『非血縁の家族について考える~里親で育つ子どもたち』に参加して感銘を受けたばかりで、今回の課題図書はタイムリーと思いました。この物語では、養子縁組を結ぶ場合、親になる人が子どもを選ぶのではなく、子どもが親になる人を選ぶというところが新鮮でした。最近でも親の養育放棄で幼い子が亡くなるという痛ましいニュースが続いています。実の親に子どもを育てる能力がなかったら国が親に替わって子どもを大切に育てるこの近未来の内容が、いつか実現するかもしれないと思ったりもしました。終盤主人公の「ジェヌ301」が養子縁組をすると思いきや、自分で巣立つという選択をしたところが予想を裏切られて爽快でした。韓国でこの本が青少年に大いに支持されているそうですが、生の感想をぜひうかがいたいと思いました。

アンヌ:私は初読の時あまりにあっけなくて、上下巻の上だけで終わったような気分になりました。外界の様子がはっきりと描かれていないので、養子になれなかったら過酷な運命が待っていて、差別の待ち受けている一般社会に一人で立ち向かうことになるという設定がピンときませんでした。政府が子どもを養育しているなら、才能のある子を見出して英才教育をするだろうとか、19歳で外界に出て居場所がないならまず兵役じゃないかとか考えてしまい、設定に納得がいかなくて物語に入り込めなかったようです。主人公は4年近く様々な養父母候補と会っていて、養子制度のうさん臭さに冷めているようですが、お金や小説の種を目当てにペアリングを申し込んできたハナ夫婦とは友情を結びます。親子関係ではなく、彼らや施設長との友情を基に、主人公は外界に出て一人で生きていくのでしょうか? いずれにしろ続きの物語がないと、物足りない気がします。

つるぼ:ディストピアの物語ということで『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ著 早川書房)を真っ先に思い出し、なにか悲劇的な事件が起こるのではないかと、はらはらしながら読みましたが、満足のいく結末でほっとしました。わたしはアンヌさんと反対で、設定が非常に巧みで、よく考えられていると思いました。外の世界から切り離された、男子のみの施設に舞台を設定したことでYAには欠かせない恋愛とか、その他もろもろのことがすっぱりと削ぎおとされ、親とは、家庭とはという作者の問いかけが真っ直ぐに伝わってきていると思います。まるで一幕物の舞台を観ているようでした。ただ、主人公の年齢が、本来なら家庭を離れて自立していくころなのに、なぜ家庭を必要としなければいけないのかという点が、少々気にかかりました。韓国は家父長制が重んじられ、血筋を大切にすると聞いたことがありますが、その辺のところが日本の読者と受け止め方が違ってくるのかな? 親が決まらず施設を出た子どもが差別され、生きにくさを抱えるということも書いてありましたが……。

ハル:この本は韓国ではYAとして出版されているんだと思うんですけれども、日本ではおとな向けのカテゴリーですね。一読目は私もおとな目線で読んだと言いますか、里親制度は子どものための制度なんだけれど、本当に子どもに軸足を置けているのかな(施設で働く方々ということではなくて、社会が、という意味です)ということを考えさせられました。p21の「ココアはセンターを訪れるプレフォスターの笑顔に似ていた。適度に温かくて、過剰に甘い」といった一文にドキッとしたり。でも、二読目になると、これはやはりYA世代の人にこそ読んでほしい本だという思いが強くなりました。「ぼくの親は何点かな」とか「ペイントで自分の親と面談したら選ぶかな」とかいうことじゃなくて、将来、自分が親になるかもしれない、新しい家族をつくっていくかもしれないことに思いを馳せ、視野を広げる1冊になるんじゃないかと思います。だから、日本でも児童書として出してほしかったなあと思いました。とてもおもしろかったです。

雪割草:興味深く読みました。日本でも非血縁の家族など家族のあり方を考える機会がふえていますが、韓国は血筋を大事にする社会と聞いていたので、そのようななかでこういった作品を書くのは挑戦的だったのではないかと思いました。最後のジェヌの選択は、作者の社会における差別や偏見に対する姿勢があらわれているように思いました。プレフォスターの面接の場面が子ども目線で描かれることで、子どもも親に対して期待を抱くことや、ハナの母親のように子どもを自分の欲求を満たす手段にする親、パクの父親のように虐待する親などさまざまな家族の関係が描かれていて、家族のあやうさについて考えました。子どもだけでなくおとなにも広く読んでもらいたいです。

 

ハリネズミ:とてもおもしろかったです。施設に入っている子どもを養子にするという場合、たいていはおとなが子どもを選びますが、この作品では逆で、子どもが選ぶというのがおもしろいですね。少子化に歯止めをかけるため、産むだけは産んでもらって、育てるのが嫌なら国で育てるという政策になっている近未来ですね。ただ思春期になって複雑な心を抱える子どもを、これまでの積み重ねなしに突然引き取っても難しいと思うので、そこはちょっとリアリティに欠けるかと思いました。まあ、だからこそ思惑があって引き取ろうという人に対しては、センター長やガーディが目を光らせているのでしょうね。ジェヌが最後にペイントをした夫婦は、これまでと違う、飾り気なしで本音を言ってしまうところがあり、だからこそジェヌは気に入ったんですよね。ということは、たいていが美辞麗句を言う人たちだったんでしょうか。2回読んで、結末はどう考えればいいかと思案したんですが、センター長のようにしっかり子どもを見てくれている人がいて、その人の生き方も手本になるとすれば、親はなくてもしっかり歩んでいける、ということなのでしょうか?

シマリス: とてもおもしろく読みました。こういう謎の組織に隔離されている話って、組織に悪が潜んでいたり裏の目的があったりして、システムの目的を暴いていくのが焦点になりがちです。でも、この作品では、そこは最初にさらっと明かされていて、焦点は「親子とは何か」「家族とは何か」に絞り込まれていました。リアルな話でこのようにテーマが明確すぎると、説教臭かったり作者の言いたいことの押し付けになったりするかもしれませんが、近未来の架空の設定にすることによって、そういう生臭さが消えています。素直に、家族とは何か、親とは、血縁とは、そんなことを考えることができました。

西山:たいへんおもしろく読みました。ラストでこれは児童文学だと思いました。悲惨な展開になりはしないかとちょっとひやひやする部分もあったものですから。途中、主人公のジェヌはガーディのパクと親子になるのではないか、ペイント(面接)を進めたあの2人と縁組みするのではないか、そうなればよいのにとどこかで思いながら読んでいたことが、良い方向にひっくり返されました。私の甘い期待は結局親子関係を紡ぐことをハッピーエンドとしていたわけで、染みついた固定観念を突かれた感じです。そうではない着地点を見せてくれたことが、家族とは何かを問う作品として芯が通っていて大いに刺激されました。父母面接を13歳以上の子どものみに可能とした経緯は、p30からp31にかけて書かれていましたね。初読時は、単にこの世界の設定部分としてさらっと読み飛ばしていたのですが、「嫌なことや間違いを口で言える十三歳以上の子どもにだけ父母面接を可能にした」という部分は、もう1冊のテキスト『りぼんちゃん』(村上雅郁著 フレーベル館)とも通じる大事な観点だったなと思っています。読めてよかったです。

しじみ71個分:本当に、とてもおもしろく読みました! 親が産んだ子どもを育てることをしないで、国家に預けて育ててもらうという設定なので、ディストピア的な暗い話かと思ったのですが、ガーディが子どもたちを思い、愛情をもってしっかり育てているし、アキのような、愛らしいまっすぐな子が幸せになり、ジェヌのような冷静な大人っぽい子がちゃんと育って独り立ちしていくという、希望を持って終わる物語になっていて、これは作者が子どもに届けたくて書いているのだなと強く感じました。「親は選べない」と世の中では言われているけれど、それをひっくりかえして、親を子どもが選べる設定になっており、最後までどう物語が進んでいくのか、ずっと興味を引かれながら読み通しました。ジェヌが「ペイント」(=ペアレンツインタビュー)をしたり、ガーディたちのことを考えたり探ったりと、彼による大人の観察を通して、物語が進んでいきますが、その観察がとてもていねいに書かれており、読んで大人として痛いやら、身に沁みるやらでした。手当をもらうために子どもをもらおうとする夫婦や、夫が妻を支配する夫婦が来て、期待できない大人を見てしまいますが、それと一線を画し、親になる自信のなさも含めて正直に自分を見せてくれる大人、ハナとヘオルムが会いにきて、親子という関係をこえて、信頼できる大人としてジェヌの前に現れたのもとてもよかったです。ガーディのパクとチェの存在の描かれ方も、本当によかったなと思いました。血縁でなくても、自分を思ってくれる人がいるということは、どんなに心強いかというメッセージにもなっていると思います。結末も、親子関係の中に自分を置くことを選ばず、自立していこうと希望を持って終わったので、読後にとてもすがすがしい開放感がありました。親子や大人と自我との葛藤は、思春期だと必ずぶつかるテーマだと思うのですが、それに対する作者からの1つのヒントになっていると思います。最近の韓国ドラマを見ても、各所に過去まで遡った家系や学歴、貧富や家族関係など、出自に関する言及が本当に多くあって、韓国社会の中では個人のバックグラウンドはやはりとても気にされるんだと思います。そんな社会であれば、この物語は韓国の子どもたちにインパクトがあるだろうと思いました。細かい点ですが、アキの名前は一人だけ日本語の「秋」に翻訳されてしまっていて、ちょっと日本っぽさを思いだしてしまうので、韓国語の秋の音で「カウル」にした方がよかったんじゃないかとか、年下の人が年上の男性を呼ぶときに「ヒョン」と呼びかけますが、それも毎回、「兄さん」と訳さなくてもよかったんじゃないかなど、素人ながら翻訳はちょっと気になることがあったのですが、物語としてとてもとてもおもしろかったです!

ルパン:未来小説だと思いますが、近未来世界というか、本当にそうなるかも、って思わせる設定で、おもしろかったです。ヘオルムとハナを里親にしなかったのは正解だと思いました。友だちみたいな親はいらないし。この二人なら、お金をもらえなくても、ジェヌが卒業後に会いに行ったら喜んでくれると思います。ガーディのパクはこのあとどんな人生を送るのか気になりました。

(2022年8月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)

Comment

『真夜中のちいさなようせい』表紙

真夜中のちいさなようせい

『真夜中のちいさなようせい』をおすすめします。

韓国の画家による初めての絵本。作者は、病弱で寝ていることが多かった幼少時代に、ゆめうつつに妖精を見たことがあるという。そんな体験を基に 2 年という年月をかけて生まれた作品。
熱を出して寝ている男の子は、お母さんが看病に疲れてうたた寝をしている間に妖精に会う。目をさまして、その妖精がくれた指輪を見たお母さんも、忘れていた記憶を思い出し、少女に戻って息子や妖精たちと遊ぶ。勢いの良さで勝負するような絵本やマンガ風の絵本がもてはやされる時代にあって、伝統的な手法でていねいに細かく描かれたこのような絵本は貴重だし、ぬくもりも伝わって想像力がひろがる。文章には登場しない猫があちこちに顔を出しているのも楽しい。

(産経児童出版文化賞/翻訳作品賞選評 産経新聞2022年05月05日掲載)

Comment

『チェリーシュリンプ』表紙

チェリーシュリンプ〜わたしは、わたし

まめじか:日本の中学生が読んだら、お隣の国でも同じようなことで悩んでいるのだとわかって親近感をおぼえると思うので、それはとてもいいと思いました。ただ、ここで描かれている友人関係の摩擦やモヤモヤした思いは日本にもあるので、日本の物語の韓国版という感じ。韓国の街の様子や食べ物が描かれているのはおもしろかったのですが。一読者としては、翻訳ものだったら、日本では書かれないような、違う景色が見られるような作品を読みたいなと思います。たとえば絵本の『ヒキガエルがいく』(パク・ジォンチェ作 申明浩・広松由希子訳 岩波書店)は、カエルたちが行進する姿に普遍的なものを感じますが、その一方で、作品の背景にはセウォル号の事件で真実が解明されていないことへの憤りがありますよね。p158で「バスの中でのことがずっとひっかかっていた」とあるのですが、話し続けるヘガンに冷たい態度をとったダヒョンは、そのことをそんなに気にしていたのですか? 数ページ前ではそんな様子はあまり感じなかったので。

けろけろ:p155で、イヤフォンをはめて、ヘガンの話を拒絶してしまったことを言っているのでは?

西山:韓国の絵本はたくさん出版されていますが、読み物はめずらしいなと思って手に取り、大変興味深かったので、この会で取り上げようと思いました。韓国でも、こんなに同調圧力が強いのかと、同じであることにまずびっくりしました。同時に、友だち関係で神経をすり減らしている10代は日本の創作で見なれているものの、悪口などここまであからさまに描かれていないと思い、違いにも驚き、とても興味深かったです。あと、とにかく、食べ物がよく出てきて、いちいちおいしそう。これが、けっこうな魅力となっていますね。文化の違いを最も感じたのが、やけに簡単に物をあげることです。誕生日とか何かの理由もなくプレゼントなんかしようとして、きっと拒絶されるぞと思いながら読み進めると、相手はすんなり喜んで受け取ってしまう。贈り物の考え方が違うのでしょうか。韓国文化に詳しい方がいたら教えてほしいと思いました。韓国のイメージがアップデートされた感じでおもしろかったですね。

カピバラ:韓国の中学生の日常を描いた物語は初めて読んだので新鮮でした。最初は人物名が男子か女子かすぐにわからないので読みにくかったけど、それぞれの描き方がうまく個性を表現しているのですぐに慣れて物語に入り込めました。仲良しグループに入る、つるむ、違和感を感じる、はずれる、という関係性がうまく描けていたと思います。日本の中学生女子にも「あるある」なことが多く、読者は共感を持つと思います。でも、人をけなす言葉がずいぶんときつく、はっきりしているのは韓国だからでしょうか。主人公が、自分の気持ちを素直に表現していて、友だち関係から複雑な心境に陥ってしまい、そこからなかなか抜け出せなかったり、逆にちょっとしたきっかけで妙に単純に立ち直ったりするところなど、この年頃の女の子の心理が手に取るようにわかります。どの子にも友だちに見せる表面の顔と、裏の顔があることが描かれていて、人の言葉に左右されずに自分で本当の姿を見極めることが大切だということが、読者にも伝わると思います。韓国の食べ物がいろいろ出てくるのが興味深かったし、コスメショップでいろいろ買い物するのも韓国らしいのかなと思いました。中学生だけでコスメや洋服を買いに行ったり、しょっちゅう食べ物屋で食べたりするんですね。文章にはいいなあと思う表現が随所にありました。「ものすごく楽しみで、通りに飛びだしていって拡声器でお知らせしないといけないくらいだ。」「その日以来、幸せウイルスのアプリが体にインストールされたみたいだった。」(p99)、「地球はわたしを攻撃する方向に自転しているようだった。」(p200)とか。この本も、読者は女子だけなのかな? 副題に「わたしは、わたし」が付くと女子しか手を伸ばさないのではないかと気になりました。女子は主人公が男子の本でも読むけれど、逆はあまりないようなので、もっと読んでほしいからです。

アカシア:前半はダヒョンが使い走りをさせられているのに、どこまでも合わせよう合わせようとしているという状態にいらいらして、早くなんとかしなさいよ、と言いたくなりました。でも日本と同じように韓国にも同調圧力やいじめがあることはよくわかりました。後半ウンユと知り合いになって、自分は自分らしくと思い始めてからは、周りの人々のことも、表面と実際はかなり違うということがわかっていく。そういうところはとてもおもしろく読んだのですが、前半がもう少し短くてもいいように思いました。食べ物がたくさん出てくるのもおもしろかったです。ただ、これは読者である私の問題なのですが、ここで初めて見る名前がいっぱい出て来て、すぐにイメージがわきにくかったんです。たとえば同じ名前の人を知っていれば、それを思い出して、同じでなくてもイメージがしやすいんですけど、女性名か男性名かもわからず、古い名前かキラキラネームかもわからないので、とまどいました。欧米の名前だと読み慣れているからそうでもない、ということを考えると、いかに自分が韓国の作品を読んでこなかったか、ということですね。それから最初のコピーライト表示ですが、書名が英語で書いてあってハングルでないのはどうしてなんでしょう?

コアラ:おもしろく読みました。グループ内での立場とか、そういうところは日本も韓国も変わらないんだなと思いました。ダヒョンの恋心がかわいかったです。印象に残ったのは、p190の6行目から、「わたしたちはみんな木と同じように独りぼっちなの。いい友だちなら、お互いに日差しになって、風になってあげればいい。自立した木としてちゃんと育つように、お互いに助け合う存在。」これはとてもいいと思いました。私が中学生なら、メモ帳にメモして持ち歩きたくなるいい言葉です。この木のたとえは、ダヒョンがチェリーシュリンプのブログに書くところでも出てきます。ページで言うとp206以降ですが、このあたりはどれもメモしたくなるくらい、いい言葉がありました。それから、この本に出てくる大人が、ちゃんと大人として存在しているのもいいと思いました。子どもにしっかりしたアドバイスをしているのが印象的でした。あと、ヘガンの口癖の「ヤバい」という言葉ですが、韓国語ではどういう意味の言葉なんだろうと興味を持ちました。

マリンゴ: とても魅力的な本でした。思春期の子たちのぐちゃぐちゃした人間関係、大好物です(笑)。特にいいなと思ったのは、ヒロインのダヒョンのウザい部分が書き込まれているところですね。とてもいい子なのにわけもなく嫌われる、のではなくて、ああ、こういう子はたしかに疎まれるかもしれないな・・・と思わせる部分をしっかり描いています。たとえば仲間に好かれるために積極的に悪口を言うところ、しゃべりだしたら止まらなくなるところなど、リアルです。日本が舞台ならば、少しユーモアを入れ込まないと、しんどい物語ですけれど、よその国のお話として距離を置いて読めるから、重苦しくても楽しめました。韓国の子たちのおやつ事情、食生活などもいろいろわかってよかったです。終盤、オトナがいいことをいろいろ言っていて、その言葉が印象に残りました。「世の中の人全員に好かれるのは不可能」(p188)、「憶えていてあげること、それが愛」(p193)などです。最近、一般書の韓国文学をちょくちょく読んでいます。チョン・セランなどがとても好きです。この本にも出会えてよかったと思っています。

ルパン:韓国の名前がなんだか耳に心地よかったし、翻訳ものといえば欧米の名前、という感覚があるからか、とてもエキゾチックに感じました。それにしても、実によく食べ物が出てきます。これと化粧品ネタがなかったら、このまま日本を舞台に置き換えてもいいくらい、日本の中学生と通じるところがあり、共感がもたれるのではないかと思いました。この読書会、リモートになって遠方や地方の方も参加できてよかったな、と思っているのですが、唯一対面でなくて残念なのが、みんなでおやつを食べられないこと。いつもアンヌさんが課題本にちなんだおやつを差し入れてくださっていたので、今回もし対面だったら何を買ってきてくれたかなあ、なんて想像しながら読んでました。

イタドリ:これから韓国の作品が、絵本だけでなく、どんどん紹介されていくんでしょうね。みなさんがおっしゃるように、食べ物のことやコスメのことだけでなく、子どもたちの暮らしの様子がわかるようになるので、楽しみにしています。『ハジメテヒラク』(こまつあやこ著 講談社)は、自分が一歩外に出て実況することで、物事を客観的に見られるようになるし、この本の主人公も新しい友だちを得ることで、人間関係を新しい視点から見ることができるようになる・・・テーマは、似通っていますね。ただ、日本の作品には母親を厳しい目で否定的に描いたものが多いような気がするんですが、この本のお母さんは、なかなかいいですね! こういうお母さんに育てられても、ウジウジしちゃうのかな?

ヒトデ:なによりも出てくる食べ物の描写がおいしそうで、「胃袋」に響く小説でした。韓国の小説は、一般書でも何冊か読みましたが、どれも「身体的な描写」にハッとさせられることが多かったように思います。この物語も、そうした意味でとても「身体的な(内臓的な)」小説だと感じました。大変な状況にあっても「食べる」ことで、主人公の身体にエネルギーが通って、物語が進んでいくような、そんな印象を持ちました。物語のなかに描かれている「高校入試」のシステムが複雑なのにも驚きました。アラムとの「落としどころ」は、読む人によって意見が分かれるのかもしれないなと思いつつ、私は好きな終わり方でした。

雪割草:とてもよかったです。登場人物が、家族やその子が置かれている環境とともによく描かれていると思いました。主人公や友だちのウンユが変わろうとする姿もていねいに書かれ、リアルに感じました。読んだ後に心に残る言葉のある作品が好きですが、この作品はまさにそうで、木や風を使った表現の箇所がよかったです。おとなの存在、おとなの視点が、作品でよく作用しているとも感じました。タイトルのチェリーシュリンプという生きものを知らなかったので調べてみました。日本では見慣れないこの生きものは、主人公がブログのタイトルに使って説明している以上の意味が韓国で何かあるのか、少し気になりました。

けろけろ:韓国料理がとてもたくさん出てきて、主人公たちがそれをエネルギーにしている感じがおもしろいですね。帯の表4側に作者の日本の読者へのメッセージがありますが、作者は日本の作品を読むときに、その街並みや食べ物をとても楽しんでいたようで、韓国の話を書くときに、それを意識して書こうとしていたんだなと思いました。友人関係がすべてというこの世代に、国を超えてエールを送っている感じに、とてもじんと来ました。韓国の女子のいじめが、日本とあまりにも似ているのに驚きました。ただ、翻訳ものであることが、いい距離感を生んでいて、日本の作品だとリアルすぎるところが少し薄まって読めるんですね。私の好きなシーンは、主人公のダヒョンがウンユに、亡くなった父親について話すところ。ふたりの関係がしっかりと結びついていくのが、視線などでうまく描かれているなと思いました。SNSのいじめって、残酷ですね~。文字の会話が続いていくなかで、そこで発言していない子がいることにみんな気づいているのに知らんふりしている。透明人間みたいになってしまう。日本でも、こんなシーンがきっとあるんだろうな、と思うと、胸が痛みます。魚住直子さんの作品も韓国で人気ですが、なにか通じるものを感じました。

ハル:「ザ・中学生あるある!」という感じで、実際にこういう経験をしたかどうかはおいておいても、主人公の心情表現は、まるで中学生、高校生のときの自分の日記を読み返しているようなリアルさを感じました。「私の日記か」というのはつまり、リアルなだけに、浅く散らかっているというか、文章が上滑りしていく感じもあり、「ときどきこういう、リアルなんだけどどこか軽くなってしまう小説ってあるよなぁ」と思いながら読んでいたのですが、後半の10章あたりでぐっと引き込まれて、主人公が書き溜めていたブログを公開したところで、ああいいなぁ、と思いました。特に主人公たちと同世代の読者たちは、身近な解決策やヒントをもらったような、勇気づけられた気持ちになるのではないでしょうか。ただ、結局、チェリーシュリンプは特にキーとして登場するわけでもないし、全体的にすごくよくまとまっているかというとそうでもないようにも感じましたが、良い作品だと思います。「日本の小説を読むのと変わりがないんじゃない?」というと、そうでもなくて、やっぱり、日本と似ているようで違う文化もおもしろく、韓国の子は買い食いの習慣があるんですね、いろんな食べ物が出てきておいしそうでした。

ネズミ:主人公が、学校での人間関係を克服して、ブログを公開できるようになるまでの成長を描くというテーマはいいですが、『ハジメテヒラク』と同じで、こちらも読むのが苦しかったです。同調圧力がどうにも苦手で。苦しいのは、それだけ真に迫っているからでしょうね。そんなことがあるの?と、驚くようなことが次々あってもどうにか読み進められるのは、舞台が日本ではなく韓国だとわかっているからでしょうか。

ニャニャンガ:『きらめく拍手の音』(イギラ・ボル著 矢澤浩子訳、リトル・モア)、『82年生まれ、キム・ジオン』(チョ・ナムジュ著 斎藤真理子訳、筑摩書房)などの一般向け韓国作品は読んだことがありますが、子ども向けの韓国作品ははじめて読みました。本作では韓国の様子がわかり興味深かったです。ただ、特定の子を嫌った理由が冒頭の人物紹介に書いてあったのはネタバレではないかなと感じました。韓国の大気汚染がひどいことは本書を通して知りました。聞きおぼえのある食べものが多く登場しますが、キムパグはキンパのほうが一般的かもしれません。「目がふっと震える」(p135)はすてきな表現と思った一方で、「バスが無表情」(p195)という表現には引っかかりました。「アナジュセヨ」(ハグしてください)の勘違いのくだりについては、最初に出てきたところで詳しく書いてくれたらわかりやすかったです。まじめ虫という表現は、『82年生まれ、キム・ジオン』のママ虫を思いだして韓国特有の表現なのかなと思いました。

さららん:登場人物たちがみんな食べることに執着しているのがおもしろく、私もそこにバイタリティを感じます。特に主人公は、仲良しグループに気を使い続け、次第にハブられていきますが、これだけ食べることが好きなら、この子はきっと負けない!と感じられ、そのおかげで読み進めることができました。友だち同士言葉で激しく言い合い、傷つけあうところも描かれ、陰湿な場面もありますが、主人公は自分の意志で、仲良しグループのトークルームを抜けることを選びます。クラシック好きなことも隠していたけれど、自分が選んだものを肯定し、表に出していける環境をだんだんに作っていきます。このぐらいタフで楽観的でありたいと願う読者は、韓国はもちろん、日本にもたくさんいるかもしれない。また江南からの転校生は優秀だという妬みや、うどん屋でクラシックをかけるのはヘンだ、といったものの見方に、日本よりさらに階級化された社会を感じました。

アンヌ:最初はいじめの話だと、いやいや読みだしたのですが、おいしそうな食べ物が次々と出てくるので、読んでいて楽しくなってきました。つらい思いをしている主人公の話で、どうもおなかも弱いらしいので、まさかこんなにおいしそうな話になるとはと意外でした。作者がこんな風に食べる場面がたくさん出しているのは、子供の生命力を読者に感じさせるためではないかと思います。それにしても、中学生や高校生の頃って、本当に嫌になるほどおなかがすいていたなと思い出します。私は食べ物で本を読み解く主義なので、試しに数えてみたら食べ物が出てくる場面は28場面。食べ物は全部で60品目以上ありました。そのうちダブっているものや中華街の食べ物や日本でも手に入る食べ物を抜いたら、24品目が韓国固有の食べ物でした。まずいとされるのはハンバーグ屋のハンバーグと飲み物だけというのもおもしろいところです。また、先ほどご指摘があったように、同じページ内に注がついていて、どういう食べ物かすぐわかるのも魅力でした。作者と翻訳者の、韓国を紹介したいという気持ちが感じられるところです。今、日本の若い人が夢中の韓国コスメの話も楽しく、こんなに若い時からお化粧品を買うんだなとか、p194のコスメ屋さんに4人で行く場面で、お父さんにも乳液をプレゼントするんだとか、韓国では父母の日というのがあるんだとかいうことを知りました。知らない生活習慣や韓国のおいしそうなものが出てきて、外国文学を読む楽しさを堪能しました。ダヒョンがこんなにつらい生活の中でも自分を見失わなかったのは、やはりブログという形で一度言葉にして心の中のものを外に出して、自分の好きなもの、自分を形作っているものを見つめていたからだろうと思います。課題をこなすために集まったグループのうち、3人が将来は記者になりたいと言っていて、作者は言葉が好きな人間を応援しているとも感じました。ダヒョンもウンユも言葉を知っている子だなと思います。p190のウンユの言葉で始まる木と風のたとえは実に詩的で、さらに、ダヒョンのブログの中でそのとらえ方が変わっていくところも、ダヒョンの成長が感じられていいなあと思いました。それぞれつらい別れを知っているからこその言葉だと思いました。私はいじめっ子にもいじめるわけがあるという擁護はあまり好きではありません。作者はアラムがウンユにまとわりついてうまくいかなかったことや、つらい境遇にあることを最後の方に記しています。だからといって関係をどうにかするということではなく、アラムが困っているのを察したダヒョンがポーチを机の上に置いて、そのことを相手がどう思ってもいいと立ち去るところは、実に爽快感があってよい終わり方だと思いました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

エーデルワイス(メール参加):女の子特有のグループでのいじめの問題は韓国も日本も同じようです。ほとどの子が塾に行っていることや、音楽、映画、恋心も。コスメの浸透にはちょっと驚き、韓国の美味しそうな食べ物がでてくるのは楽ししかったです。ページ内に小さく注釈があるのはいいですね。「大気汚染注意報」も驚き。マスクを付けて登校とは。最初に登場人物の名前の一覧があるのは助かりました。韓国の名前に馴染みがなく、途中で誰か分からなくなり時々確かめながら読みました。ボス的な女の子のアラムが実は寂しい家庭環境にあることを知った主人公のダヒョンが、アラムの席に整理用品をそっと置くラストは爽やかです。コミュニティ新聞つくりグループの4人中3人が将来は物を書く人になりたいというのは作者の投影でしょうか。

しじみ71個分(メール参加):中学生女子の「あるある」な物語で、自分が中学生のときのことを思い出しました。中学生のあたりは、まだ自我の確立なんて全然できていないし、自分が何者かもまったく分からない時期で、自分の周りの小さな世界に所属したくても、どうしてか世界と自分とが、食い違ってしまう、自分は周りと何か違う、息苦しいと気づき始める頃なのだろうと思います。誰でもこんなことあるよね、と思わせてくれる物語で、チェリーシュリンプに象徴される、自分らしさを大事にすることの気づきを得て終わってくれたので、読み終わってスカッとしました。中学生女子の間の同調圧力の理屈の無さ、未熟さ、想像力の欠如から、なぜか自然に誰かを無視したり、仲間外れにする仕組みがリアルに描かれていると思います。理由が分からないけど、友だちが嫌っているから私も嫌いと思い込むとか、空気を読んだつもりで悪口を言ってしまうとか、なんて馬鹿馬鹿しいことかと思いますが、結構、大人でもあるなと居心地の悪さも感じさせてくれました。また、韓国の中学生のコスメ事情など、関心事も細かく描かれて、とても興味深かったです。また、とてもおもしろいなと思ったのは、結構、ウジウジした内容なのに、主人公のキャラクターのおかげか、物語が湿っぽくなく、カラッとドライな印象のあることでした。日本の物語だともう少しじめっと湿っぽくなるかもしれません。そのドライさは、主人公の思考や受け止めに表れる芯の強さや朗らかさから来るのかなと思ったのですが、書き方の客観性かもしれないですし、そこに作者の気持ちや意図ががあるようにも思いました。

鏡文字(メール参加):登場人物紹介で、ある程度の筋が見えた感じで、どう物語を決着させるかという興味で読み進めました。ラストのシーンはなかなかいいのではないかと思いました。韓国でも今時の中学生はいろいろ大変なんだな、とも。学校生活など、日本の子どもにとってもさほど違和感がないように感じました。その分、あまり新味もなかったかも。ベトナム戦争のことなどがチラッと出てきて、やや唐突な印象。本筋にからまないことで出てくるのはいいのですが、あとほんの少しだけ踏み込んでいいような気がしました。p216で母親が語る「生きていれば、疎遠になったり、思いもよらない時期にまた会ったりするの。人間関係なんて、みんなそういうものじゃないかしら」という言葉は、子どもがどう受け止めるかはともかく、大人としては多いに納得です。翻訳物は、書かれた背景など、訳者のあとがきを読むのが好きなので、それがないのが残念でした。

(2021年05月の「子どもの本で言いたい放題」より)

Comment

2020年01月 テーマ:近いか? 遠いか? KOREA

日付 2020年01月17日
参加者 ネズミ、ハル、ルパン、アンヌ、コアラ、西山、カピバラ、さららん、木の葉、サークルK、マリンゴ、まめじか、(エーデルワイス、サンザシ)
テーマ 近いか? 遠いか? KOREA

読んだ本:

李慶子『バイバイ。』表紙
『バイバイ。 』
李慶子/著 下田昌克/絵   アートン   2002.11

<版元語録>スナちゃんは虫歯だらけの歯を見せた。「スナちゃん、明仙て、ええ名前なんやで。知ってた?」「知ってたょ」からっとした声だ…。在日朝鮮人少女のゆれる心を描いたハートフルストーリー。


リ・ソンジュ『ソンジュの見た星』表紙
『ソンジュの見た星〜路上で生きぬいた少年 』
リ・ソンジュ&スーザン・マクレランド/著 野沢佳織/訳   徳間書店   2019.05
EVERY FALLING STAR by Sungju Lee and Susan McClelland, 2016
<版元語録>1997年に平壌をはなれ、飢饉の起こった北朝鮮の社会のなか、路上で生きぬいた少年の記録。米国で話題になったノンフィクション。 11歳のとき、ソンジュはすべてを失った。軍の指揮官になる夢、学校の教育、家、そして両親…。きびしい飢饉のなか、ソンジュは年の近い6人の仲間と力を合わせ、市場で食べ物を盗み、ほかの浮浪児と縄張り争いをしながら、路上で生きていくことになった。仲間とのあいだには、しだいに強いきずなが生まれ…。


ソン・ウォンピョン『アーモンド』表紙
『アーモンド 』
ソン・ウォンピョン/著 矢島暁子/訳   祥伝社   2019.07
아몬드 by 손원평 , 2017
<版元語録>扁桃体(アーモンド)が人より小さく、怒りや恐怖を感じることができない16歳の高校生、ユンジェ。そんな彼は、15歳の誕生日に、目の前で祖母と母が通り魔に襲われたときも、ただ黙ってその光景を見つめているだけだった。母は、感情がわからない息子に「喜」「怒」「哀」「楽」「愛」「悪」「欲」を丸暗記させることで、なんとか“普通の子”に見えるようにと訓練してきた。だが、母は事件によって植物状態になり、ユンジェは、ひとりぼっちになってしまう。そんなとき現れたのが、もう一人の“怪物”、ゴニだった。激しい感情を持つその少年との出会いは、ユンジェの人生を大きく変えていく――。怪物と呼ばれた少年が愛によって変わるまで。

(さらに…)

Read MoreComment