日付 2016年1月14日
参加者 アンヌ、サンショ、ペレソッソ、マリンゴ、ミホーク、レジーナ、レン
テーマ 困難を抱えた他者に寄り添う

読んだ本:

『まほろ姫とブッキラ山の大テング 』
なかがわちひろ/作   偕成社   2014.11

版元語録:葉っぱをのせて宙がえり。すると、まほろ姫は思ったものに早がわり。タヌキに育てられたお姫さまが活躍するファンタジー童話。


『動物のおじいさん、動物のおばあさん 』
高岡昌江/著 すがわらけいこ/絵   学研教育出版   2014.09

版元語録:いまや動物園も高齢化社会。おじいさん・おばあさんの動物たちは、どこで生まれ、どんな出来事を乗り越えてきたのでしょう。本人にかわり、毎日世話をしている飼育係さんに語ってもらいました。彼らの歩んできた人生がひと目でわかる「履歴書」も必読です。


『ウソつきとスパイ 』
レベッカ・ステッド/作 樋渡正人/訳   小峰書店   2015.05
LIAR & SPY by Rebecca Stead
版元語録:12歳のジョージは引っこし先のアパートで、同じ年の少年、セイファーと出会う。ちょっぴり風変わりなセイファーは自称スパイ。セイファーに誘われてスパイの見習いになったジョージの任務は、上階にすむ黒ずくめの男・ミスターXの動向をさぐることだった。


『まほろ姫とブッキラ山の大テング』

なかがわちひろ/作
偕成社
2014.11

レジーナ:物語の中に、昔話を織り込みながら、新月という現代の要素も上手に入れていて、日本のファンタジーのおもしろさを味わえる本です。砧やたる丸など、名前もおもしろいし、登場人物が、物語の世界を、自由に生き生きと動き回っていて、小学校中学年の子どもが楽しんで読める本だと思いました。「カチカチ山の刑」なんて、いかにも、単純でそそっかしいタヌキが考えそうなことです。狛犬に乗って滝をのぼったり、天狗の鼻が天井につかえたり、わくわくする描写がいっぱいあって、柏葉幸子さんの初期のファンタジーに通じます。挿絵も、なかがわさんが書いているので、物語の雰囲気によく合っています。目次の下の挿絵、砧の影がタヌキになっているんですね! 男の子もおもしろく読めると思いますが、表紙がピンクで、タイトルにもお姫様が出てくるので、手に取りづらい男の子もいるのでは? クダギヅネの存在感があまりないのが、少し気になりました。あとがきを読むと、続刊がありそうなので、これから活躍するのかもしれませんね。

アンヌ:ファンタジーの作りがゆるい気がしました。聞いたことがあるものを使って作り上げた感があります。昔の冒険ものにあるような、月蝕にうろたえるタヌキとか、最初に見たものを親と思う動物の習性を使ったクダギツネのところとか。今日欠席のルパンさんからも、p.135の子安貝の説明が「イヤホン」だったり、p.136の遠めがねで「テレビの生中継をみる」とあったりして、時代設定のしばりがゆるいというご指摘がありました。きれいだなと思ったのは、赤い皆既月食の中で砧が踊る場面です。ここは、挿絵も魅力的でした。

サンショ:さあっとおもしろく読んだし、子どもにも楽しめると思いましたが、欲を言えばお話の中のリアリティがもう一歩考えられているとよかった。たとえば天狗の鼻は、人に教えるとどんどん急激に低くなることが絵でも表現されていますが、だったら長い修行なんてしなくてもまたちょっと知識を仕入れれば急にまた長くなるんじゃないの、なんて突っ込みを入れたくなりました。あと、どのエピソードもどこかで聞いたような気がするのは年齢対象が低いからしょうがないのかな。

マリンゴ:第1章の登場人物の紹介が見事で、あっという間に惹き込まれてしまいました。まほろと、たぬきの茶々丸、母親の砧の関係って、ちゃんと説明しようと思うと、かなりややこしくページを要する気がします。それを、会話中心に無駄なくさらりと説明しているのがすごいと思いました。テングと出会ってからも、先の読めないのびのびとしたストーリーで、最後まで楽しめました。

ミホーク:かわいらしいお話ですね。昔話だけど、会話のやりとりは現代的なスピード感を感じました。「音楽は呪文のようなもの……とてもすてきなおまじない」など、ところどころ素敵なセリフが心に響きました。

ペレソッソ:出たときに読んでるんですが、今回きちんと再読できていません。ごめんなさい。絵は好きで覚えていたんですけど、中身はすっかり忘れてた。ただ、好感はもっていたとは思います。「イヤホン」とか「テレビ中継」というのが出てくるのは、昔話風の世界にそういうのが混ざるのは嫌いではないので、たぶん反感は抱かなかったと思います。

レン:するする読みました。読みはじめるとすぐ、こういう世界がありそうに思えて、物語世界にさっと入っていけるところ、どこも子どもに伝わるように表現されているところがうまいなあと。カステラやチョコリットなどのカタカナ語は、遊び心かなと思って、私は気になりませんでした。ただ、おもしろいことはおもしろいのですが、メタフィクショナルなたくらみをぶっちぎるような意外性を私は感じられず、物足りない感もありました。これは、私が大人だからかもしれませんが。

(「子どもの本で言いたい放題」2016年1月の記録)


『動物のおじいさん、動物のおばあさん』

高岡昌江/著 すがわらけいこ/絵
学研教育出版
2014.09

アンヌ:全体の構造がよくできていると思いました。履歴書があって、本文である飼育員のお話があって、それから、その動物の写真がある。まず写真を持ってくるとイメージができてしまうけれど、履歴書で最初にその動物の生きてきた軌跡が見えるのがよかったと思います。好きな食べ物や、好きなことの項目もあって、例えばカバがプールの底の落ち葉を食べるとあって、動物園のプールではカバはただ泳いでいるだけと思っていたのに意外だったり、サイは角を磨くことが好きなんだなどと分かったりして、おもしろいと思いました。一番初めのシロクマのところで、生まれたのがドイツの動物園とあって、捕まえられたのではないと知りました。今動物園の役割は、動物を保護し繁殖することにあるのだなということが、色々な動物の履歴書を読んでいくうちにわかっていきます。ただ、今日欠席のルパンさんから、サイの出産履歴のところとか、ゾウのところの後継者争いとか、本文で説明されていないことが書かれているのがわかりにくいとのご意見もありました。私は、飼育員さんの「こわい」という気持ちについての説明や、動物が死んだ後に解剖し標本にするのも仕事だという言葉に、動物園で働くことへの思いや人間以外の生き物への尊敬の念を感じることができました。動物園についていろいろ知り、動物とともに生きることについて考えられるようになる本だと思います。

サンショ:この本は、老齢の動物だけを取り上げているのがおもしろいし、しかもラクダのツガルさんが前足だけで歩いていたなどという具体的な記述もあるので興味がわきます。ちょっと気になったのはバシャンの履歴書で、何匹かの子どもについてはどうなったのか記述がなかった点です。ルパンさんが指摘した「ラニー博子との別居を開始」という部分は、別に詳しく書かなくても状況がわかるだけでいいんじゃないか、と私は思いました。おもしろい本でした。

マリンゴ: すばらしい本ですね。小説でも成立したかと思いますが、やはりノンフィクションでよかった。国内最高齢にこだわって、本が出た時点で2頭死んでしまっているというリアルさに、子どもたちは動物の「命」を実感するのではないでしょうか。大人が読むと、老いた生き物の、人間に共通するせつなさを感じますね。子どもも大人も、それぞれの年齢で楽しめるという点でも、とてもいい本です。また、「動物園の動物」であることが大前提で、動物園を全面肯定している点を、面白いと思いました。動物園に閉じ込められた動物たち、というニュアンスで、否定的に描かれることも多いので。

ミホーク:「天才!志村どうぶつ園」を本で読んでいるようで、おもしろかったです。飼育員さんが、動物がいかに自然に死ねるか、というところを追求しているのが、興味深かった。ペットじゃないので、死んだら悲しいだけじゃなくて、解剖したりデータを残したりする。飼育員と動物の絶妙な距離感。どの飼育員さんも共通して動物に畏敬の念を持っているのが印象的でした。物語より図鑑好きの子どもは楽しめそう。

ペレソッソ:今回読んだ本の中では一番おもしろかったです。介護や子育てをしている人の読書会のテキストにしたらおもしろいんじゃないかななどと思いながら読みました。例えば、檻に入ってくれないクロサイでしたっけ? それを待つエピソードなど、自分の思いどおりに行かない他者としての老人とか、子どもとかとつき合うときの忘れてはいけない基本を教えてくれている気がして。こわいというのを忘れないということが、異口同音に出てきていましたが、それも、どんなに仲良くなっても、他者は他者ということを忘れてはいけないということだと思いました。
 履歴書の部分は、おもしろく読んだのですが、もしかしたら、少し「お話」っぽくなって、愛玩っぽくなっているかもしれない。履歴書を読んで、ほほえましいと感じた感覚は、本文で受けとった、敬意を持って、他者であることを肝に銘じてつき合うべき動物というイメージとはちょっと違うベクトルかもしれない。あと、まったく余談ですが、わたしは、わりと動物園は好きな方で外国へ行くと、その国の動物園にはなるべく行ってます。もう27年も前ですが、リマの動物園では、ゾウに芸をさせてましたよ。ボリビアのラパスの市内に動物園があったときは、ライオンとか猛獣はいなくて、そのえさになるはずだったヤギしかいなかったり・・・。サバンナの動物が標高4000近いところで馴化できずに死んじゃったとか聞いてますけど、正確なところは調べてません。動物園は、その国の親子の様子を観察出来たりして、おもしろいですよね。全然関係ない話でごめんなさい。
(追記:介護や子育てをしている人、つまり大人におもしろそうということを述べましたが、例えば認知症になってしまったおじいちゃんおばあちゃんと同居して戸惑う子どもたちにとって、老人問題は他人事では無いので、子ども読者にとっても、視野を広げてくれたり気を楽にしてくれたりする本だと思います。年を取っていずれ死んでいくという生をどううけとめるかという大問題とも向き合わせてくれる本だと思います。
 あと一つ言い忘れ。「交尾」があっけらかんと連呼され、写真まで出ていたので、なんだかおもしろかったです。フィクションではここまで言うかな?とか、学校での「性教育」はどの程度受けている子がこれを読むのかなとか・・・・・)

レン:感じよく作られている本だなと思って、おもしろく読みました。どこかゆったり感じるのはなぜかなと思っていたのですが、みなさんのご意見を聞いて、飼育員さんと動物の関係が人間の親子の関係とは違って、相手に対する敬意に基づいているからかなと思いました。自分のもののように支配したり、コントロールしたりしようとしない。あくまでも他者なんですね。92ページの「ぼくは、ハナが勝手に生きていてくれるときが、一番うれしいんです。」というサイのハナさんの飼育員さんの言葉が心に残りました。

サンショ:それでも、動物園の中で暮らすのと、自然の中で野生のままでいるのは全然違いますよね。だから、そこは違うと思って読まないと間違えるかも。サイのハナさんのところでも、ケニアで捕獲されたので、動物園で生まれた2代目、3代目とは違うことがはっきり書いてあります。人間とほかの動物が違うだけじゃなくて、飼われているのと野生のとではまた大きく違うんですね。私も、今日の3冊の中ではこれがいちばんおもしろかったです。普通の動物園の本と違って、お年寄りの動物を対象にするという視点もよかった。

レジーナ:ゴリラのドンが、重い扉を軽々と開けてしまうエピソードは、動物の圧倒的な力の強さを感じさせます。けれど、どの動物も、できないことが少しずつ増えていき、死を迎えるまで、飼育員の人たちは世話をします。ラクダのツガルさんは、注目されるのが好きで、年をとり疲れやすくなっても、プロ根性でお客さんにサービスしますが、初めから人間と信頼関係を築けたのではなく、動物園に来る前は、世話をしてもらえないまま、観光牧場に放置されていたそうです。サイのハナは、野生で生きていた時に、ハンターに捕まり、体を深く傷つけられました。それぞれの動物に歴史があり、人間と動物の関係性も考えさせられます。質素で少なめの食事の方が、ハナの健康にいいと書いてありましたが、先日、新聞で、粗食の方が、サルの毛艶がよくなるという記事を読みました。

サンショ:昔は自分の家でもいろんな動物を飼っている人がいましたね。中野の駅の近くにはトラを飼ってる人がいたし。先日は、都会でカイマンという種類のワニを飼っていた人に会いました。飼うのは研究に必要なのかもしれませんが、できたら自然の中で暮らしているのがいい。そのほうが動物も美しいように思います。私はずっと動物園というものに疑問を持ってきましたが、だれもが自然の中の動物を見られるわけではないので、異種の動物の存在感を子どもが知ったり、絶滅しそうな動物の保存を図ったりするには動物園も必要かもしれないと、今は考えるようになりました。ただ、捕獲はもうしなくなっているのでしょうね。それはいいことだと思います。それと、なるべくもともとの生態系の中で生きられるように工夫されるようになったのもいいと思っています。

(「子どもの本で言いたい放題」2016年1月の記録)


『ウソつきとスパイ』

レベッカ・ステッド/作 樋渡正人/訳
小峰書店
2015.05

ペレソッソ:もとの言葉を、どう翻訳したのか、数字を織り込んだ暗号のような文とか、手が込んでいるなと思いました。今回のテーマ(選書のテーマは「困難を抱えた他者に寄り添う」)との関連はどういうことなのだろう?とそれが気になりました。

レジーナ:選書係ふたりで、まず読みたい本を挙げ、それから共通のテーマを探しました。『動物のおじいさん、動物のおばあさん』では、人間が、年をとった動物の世話をし、『まほろ姫とブッキラ山の大テング』では、主人公が、孤独な天狗を助けます。また『ウソツキとスパイ』では、母親が病気で倒れたとき、主人公は、その事実を受け入れられず、母親に会いに病院に行くことができません。どの話も、人や動物を助ける場面があったり、あるいは、大切な人が困難な状況に置かれたとき、どう向き合うか、主人公が試されたりするので、「困難を抱えた他者に寄り添う」というテーマに決めました。

ペレソッソ:冒頭はおもしろいと思ったんです。味覚のこと――そんなにはっきりと分けられるものではないということが、もっと全編を通して生かされていたら良かったのに・・・・・・。

ミホーク:日本語版の装丁は素敵だと思います。最後のどんでん返しは、そうだったんだ!とは思ったけど、引っ張った割にはインパクトが弱いといわれれば、そうかなぁ……。言葉遊び、暗号の部分は、原書ではどうなっているのか、気になります。セイファーの家族がヒッピー的で魅力があると思いました。「ウソか遊びか」の境界線はすごくあいまい。ここまで引っ張って「遊びだ」っていわれても、私ならその子に対する信頼がなくなっちゃう気がします。

マリンゴ: タイトルと装丁から、大活劇、こだわりのミステリーなのかと勝手に想像しすぎちゃいました。そのせいか、中盤まで同じことの繰り返しで、冗長な気がしました。ディテールの描き方がうまいので、読み進めることは苦ではないのですが、少し長すぎてダレた気が。もう少しストーリー的に、ミスリードするとか、読者サービスがほしかったかな。登場人物のなかではセイファーが魅力的で、主人公含めみんなが少しずつ扉を開けていくのがよかったと思いました。

サンショ:私も最初のスパイのところが引っ張りすぎだと思いました。子どもはスパイが好きだと言っても、ほかにおもしろいスパイ本はいっぱいあります。テーマは「困難を抱えた〜」だけど、この本の場合、セイファーが困難を抱えた子ってこと? 私はセイファーの状態が今ひとつつかめなかったんですよね。他者と話ができるんだから引きこもりってわけでもないし、ちょっとしたわだかまりで行かないことにしていたのなら、「困難」というほどのこともないと思って。翻訳も、ニュアンスがつかみにくいところがいくつかありました。たとえばp98の「行儀の悪いやつがいるよな!」ですけど、日本だと大人に子どもがこうは言わない。P264の「ほら、きた!」、p265の「もうそっとしておいてだいじょうぶ」という看護師さんの言葉も、ちょっとニュアンス違うんじゃないかな。すすっと入ってこないので、よけい読みにくかったかもしれません。クラスで存在の薄い子たちが団結するところは、『びりっかすの神様』(岡田淳 偕成社)のほうがずっとうまく表現できてるように思いました。

アンヌ:私は楽しくて何度も繰り返して読みました。1回目は、題名に引きずられて、スパイもののような謎解きの気持ちで読んでいったのですが、謎が解けてから主人公が絶望の淵に沈んでいく感じが独特の味わいでした。ひたすら受け身でものごとを曖昧なままにしている主人公の姿勢が不思議だったけれど、実は、親の病気という恐怖から目をそらすために上っ面だけの日常生活を必死にこなそうとしていたということがわかって、せつない気持ちになりました。読み直してみると、外食場面の多さに、日常生活が壊れていることに気づいてもよかったのにと我ながら思いました。父親といじめについて本当に語り合えるのが、初めて自分の家で食事をとる場面というところとか、食卓の情景をうまく使って書いていると思いました。そして、事実を受け入れた後に、セイファーの本当の姿を知って、少し手助けできるようになる。読者もちょっと騙されるところがおもしろい本だと思えました。

レジーナ:数年前、イタリアの翻訳者の人に、PDF版をもらい、おもしろく読みました。孤独な主人公が、風変わりな少年と友だちになり、スパイごっこをする内に、友だちの嘘に気づく、という流れは『魔女ジェニファとわたし』(E. L. カニングズバーグ 松永ふみ子訳 岩波書店)を思い出させます。実際、「カニングズバーグに影響を受けた」と、著者も言っていました。母親が不在の理由を、最後に明かす手法は『めぐりめぐる月』(シャロン・クリーチ もきかずこ訳 偕成社)に似ています。『めぐりめぐる月』では、私は「だまされた」と感じてしまい、やはり児童文学は、そう感じさせてはいけないように思いましたが。母親が倒れたという事実を認められず、病気の姿を見るのがこわくて、どうしても病院に行けないという気持ちは、よく伝わってきました。「ひとつひとつの出来事は辛く、理解できなかったとしても、スーラの絵のように、離れて見ると、その意味が見えてくる」というメッセージには、好感が持てました。決して甘いだけではなく、苦かったり、渋かったり、さまざまな経験を経て、ジョージは、最後は勇気をもって、自分の問題と向き合い、人生を丸ごと味わう喜びを知っていきます。先ほど、ペレソッソさんもおっしゃっていましたが、味覚障がいとストーリーがうまく絡み合っていれば、もっとおもしろい作品になったのかもしれません。スパイごっこも、楽しい要素ではあるのですが、中学生にしては、幼すぎるような……。登場人物の言葉づかいは、ところどころ気になりました。p112に「気を悪くしないで」「相手にしない」とありますが、十代の男の子が、こういう言葉を使うでしょうか? p146の「よっぽどキャンディが好きなんだね」は、前の文章とつながっていないのでは……。

レン:私はかなり苦手でした。出だしの「まちがいだらけの人間の舌の図がある。」というところから、つまずいてしまいました。まちがいだらけの人間って、なんだろうって。だからか、あとも素直な気持ちで物語にのっていけませんでした。名前の最後にsがついていることでからかわれることも実感として伝わってきにくかったですし、母親が不在で父親だけだからといって、何もいつも外食しなくてもいいのにとか。スーラの絵のエピソードはなるほどと思いましたが。

ペレソッソ:私、父親は心の病かと思ってました。お母さんは実はもう存在しないんじゃないかと思ったり、もっとヘビーな内容を想像してました。

(「子どもの本で言いたい放題」2016年1月の記録)