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『自分にあてた手紙』
フローランス・セイヴォス/作 クロード・ポンティ/絵 末松氷海子/訳
偕成社
1999-1
原題:Pochee (フランス)

モモンガ:とてもよかったです。共感するところが多かった。低学年でも読めるような体裁についてはいいか悪いか判断がわかれるところだと思うけど、でも「気分の持ちようは、自分が操るしかないんだ」ってことは、子どもも知ったほうがいいと思うなあ。落ちこんだときって、自分がなんとかしなければ、立ち直れないでしょ。自分で嘘の手紙を書くとか、「今日はもうおしまいにして寝ましょう」っていう感覚も、よくわかる。女性の一面
をよく表していると思う。あと、お母さんがたずねてくる場面で、本当はとても悲しい気持ちなのに、泣きついたりしないで、「元気よ」っていうあたりもとても好き。

ウンポコ:ぼくも、好感をもったね。自分の孤独をあてはめながら読むとしたら、小学校高学年くらいから読めるかな。主人公がカメっていうのも、カメの「哲学する動物」というイメージとの重なりぐあいがぴったり。自分で自分に書く手紙というのも新鮮だった。

ウォンバット:私も、今日の4冊の中でこの本がいちばん好き。もう、とってもとってもよかった! 大切な彼プースが死んでしまって、ポシェは悲しくて落ちこんじゃうんだけど、絶望的な気持ちを受け入れて、自分自身でなんとかしていこうとする気持ちがけなげで、胸を打たれました。悲しい設定なんだけど、本人は「いかに悲しいか」ということを訴えているわけじゃないし、文章も淡々としていて冷静だから、おしつけがましさがない。ポシェが書く手紙もとてもいい。はじまりの「大好きなプースへ」というところだけで、もうどーっと涙がでてしまいました。人の心に直接響くのって、案外原始的なことで、しかけとか飾りは必要ないのかもなあと実感しました。それから「頭に石がゴツン!」とか、ユーモアがきいているのもいいと思う。

ウーテ:水をさすようで悪いんですけど、私は好きになれなかった。自分で手紙を書くっていうのはよかったけれど、ファンタジーのレベルが統一されていないのが気になって。擬人化が中途半端なんだもの。2本足で歩いているのに、マロニエでできた葉っぱを日傘にしたりするのは、ヘンじゃない? ふつうの日傘でいいのに。そうかと思えば、パイを焼いたりなんかして、統一されてないのよ。小さなことといえばそうなんだけれど、ひとつ気になりはじめると、もう全体が気にいらなくなっちゃって……。アバウトなんだもの。安っぽく思えてきてしまう。タイトルもよくないと思う。原題
Pochee なんだから、『かめのポシェ』でよかったのにね。

ひるね:こういうアバウトさが「フランス」っていう感じで、私は好き。最後もそうよね。最後にポシェの孫がでてくるんだけど、ということは、プースが死んだあとだれかと再婚したってことでしょ。そういうふうになんの説明もなく、ぱっと時がとんで別
の人と結婚してたことがわかるっていうのも、お国柄という感じ。だって、ほかの国のもの、たとえばバーバラ・クーニーの『ルピナスさん』がもし結婚して、夫が死んでしまったら、そのあと一生ひとりで、亡き夫の小さな写
真を暖炉の上に飾って暮らすと思うのよ。この作品はいわば歌みたいなもの、シャンソンのようなものだと思うのね。だから、こういうのもアリでいいと思う。

愁童:これは「カメ版『女の一生』」だね。生きていればいいこともあるさと、元気が出る本。その孫のことなんかも、あっけらかんとしてるよね。はじめは『葉っぱのフレディ』と同じ路線かと思って先入観があったんだけど、一味ちがってた。文章がよくて、読後感がとてもいい。今、「癒し」って流行っているけれど、ぼくはどうも「癒し」って好きじゃないんだよ。なんだか他人まかせな感じがして。この本も「癒し系」とかいわないほうがいいと思うな。