『ウメ子』
阿川佐和子/著
小学館
1999.01

*坪田譲治賞 <版元語録>彼女は変わっている、普通の子とちょっと違う。初めて会った日からそう思っていた。そんなウメ子の強烈な個性に惹かれていく、わたし…。少女のさわやかな友情と冒険をノスタルジックに描く。著者が自らの幼年時代の想いを重ねて綴る、初の小説。

ねねこ:のどかな幼年時代を回顧的に描くってジャンル、あるよねえ。今村葦子の『かがりちゃん』(講談社)とかさ。そういうものをだれに向けて書き、そしてだれに読ませるべきか悩むなあ。これもその一種だと思うけど、後半がおもしろくない。予定調和的で。今年の坪田譲治賞がこの作品かと思うとね……大人と子どもとが共有できる、という選考基準の坪田賞も苦しんでるんだなと思う。

ウォンバット:おもしろい話だけど、大人向けだね。ちょっとうすっぺらで非現実的。だって幼稚園児が、こんな手紙書ける? ひとりで1時間も読書できる?

ひるね:たしかに幼稚園の子どもでは、ありえないわね。手紙や本もそうだけど、なんといっても、意識の持続が小学校3〜4年生のものでしょう、これは。不自然さを感じる。

ウォンバット:そうね。能力は大人のまま回顧して、幼稚園児を演じてるって感じ。物足りなさは否めない。でも阿川佐和子って2世だし、タレントみたいな人かと思ってたんだけど、案外ちゃんとしてるから、見直しちゃった。「ちびまる子ちゃん」みたいなおもしろさがある。きょうだいの関係なんて、とてもよく描けていると思う。手を引っ張ってもらったあとは、お返しに水くんであげたり、背中をさすってあげたり、やさしくしてあげないといけない、とかね。こういうきょうだいの機微ってあるよね。でも、ちょっと変わった転入生であるウメ子が、サーカスの家の子だったって設定は古い。昔「悪いことすると、サーカスに売られちゃうよ」っていわれてた世代の人らしい設定。

ひるね:ノスタルジーを描きたいっていうのは、わかるんだけど。同世代の人のノスタルジーをそそる本なんだろうね。

ねねこ:でも、時代がちょっとよくわからない。テレビはあんまり出てこないでしょ。紙芝居がもう珍しくなってる時代なのに。わざとぼかしてるのかしら。ノスタルジー本はノスタルジー本として、成立する意味はあるのかな?

ひるね:読みたいって人がいて売れるから、いいんじゃないの?

ねねこ:これは、やっぱり阿川佐和子で成立してる本なんだろうね。無名の人がこれを書いても、本にはならないでしょ。

ひるね:まあ、いい気持ちで読めるけど。群ようこの『膝小僧の神様』(新潮社)なんかは、もっとぴりっとしてたわね。『ウメ子』は、書きたいものがあって書いたって感じがしない。「これを書きたいのよ!」ってものが、感じられないのよ。ウメ子のお父さんが家を出た理由なんかも、うそっぽい。大人の体臭が感じられない。

(2000年03月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)