『逃れの森の魔女』
ドナ・ジョー・ナポリ/著 金原瑞人・久慈美貴/訳
青山出版社
2000.02
原題:THE MAGIC CIRCLE by Donna Jo Napoli, 1993(アメリカ)

<版元語録>なぜ魔女は、暗い森の中にお菓子の家を建て、いともたやすく、グレーテルに殺されてしまったのか。お菓子の家に隠された、美しくも哀しい秘密。グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」の魔女を主人公に、その生涯を描いた悲劇。

愁童:発言すべきこと、すぐには出てこないな。パロディでこういうのをつくるっていうのは、おもしろいかと思うけど、いまひとつ、のりきれなかったんだよね。

H:ぼくも、パロディのおもしろさっていうのはわかるんだけど、とくにそれを追いかけたくはなかったっていうかさぁ・・・。

ウォンバット:私も好きな感じではなかったな。なんかこう、ひたひたと迫りくる恐ろしさは強烈に感じたけど。

モモンガ:私はおもしろかった。パロディを抜きにしても、すっごくおもしろかった。ひとりの人間の中に、邪悪な心と崇高な心が日々せめぎあっているという状況を、とてもうまく描いている。最初に善き行いをするんだけど、それでうぬぼれちゃいけなかったのよね。崇高なものが邪悪に変わっていく過程を克明に描いていて、スリルがあった。描写にリアリティがあるでしょ。

愁童:そうそう、それだ! ぼくもモモンガさんと同じことを感じたんだよ。この作品は魔女と人間を切り離さず、両者をつなぐものをちゃんと踏まえたうえで魔女を描いている。そこにリアリティがあるところが、日本人作家の描く魔女との大きな違いだと思う。つねづね思ってることなんだけど、どうも日本の作家が描く魔女って、そういうことが抜け落ちちゃってるような気がするんだ。なぜ彼女が魔女にならなくてはいけなかったのか、どうしてあんなことをしてしまったのか・・・。この作品は、彼女の心が変化していく過程に、リアリティがある。人間と魔女がまったくの別ものというのではなくて、両者をつなぐ根っこの部分を、きちんとおさえてるんだよね。

モモンガ:たとえば、グレーテルが料理をするシーンの鍋つかみのエピソードなんて、まさに女性の作家ならではのリアリティ。あと、文体もおもしろいわね。短い文の積み重ねのような文体。もしかして原文は、詩みたいな感じなのかな。

ウーテ:どうなのかしら。原文を読んでないからわからないけど・・・。でもこれ、散文は散文よね。

モモンガ:だけど、いわゆるふつうの文体とは、ちょっと違うでしょ。短い文で、たたみかけてくるような感じ。

:アンジェラ・カーターの『血染めの部屋』(富士川義之訳 筑摩書房)とか、マーガレット・アトウッドの『青ひげの卵』(小川芳範訳 筑摩書房)なんかもそうなんだけど、パロディって、もとの物語をフェミニズムで解体すると、よくわかるの。みんな法則的にぴったりあてはまる。AERAのムック「童話学がわかる」にも書いたけど、母性がネガティブなものに変えられていたって、歴史があるでしょ。産婆とか魔女とかね。この作品は地味だけど、母性の二面性がよく描けてると思う。子どもを慈しむ気持ちと、子どもを食べちゃうっていう面と。魔女は、グレーテルのかわいらしさに、このまま家族のように暮らしていきたいと思う反面、習性として、子どもたちを食べたいっていう欲求も、どうしようもない。そういう魔女の心のゆらぎが、とてもうまく描けてる。

ひるね:パロディとしてはうまくいってるし、よくできた作品。でも、予想された書き方ではあるのよね。私は、一読者として、この世界に入ってはいけなかった。ゲーム世代のファンタジーだからかな。今までのファンタジーは、現実の世界と空想の世界をつなぐ扉が、作家の工夫の見せどころで、空想の世界への入口をどうやって開くか、というのが問題だったでしょ。そして、そこがファンタジーの大きな魅力のひとつだったと思うのね。でも、ゲームは入口なんてなくて、キーを押すだけで、即その世界にワープしちゃってて、お約束のように悪魔とか、怪物が出てくるでしょ。旧世代に属する私には、どうもなじめない。アメリカは、こういうパロディが多いわよね。パロディのおもしろさって、読者にかかってると思うの。もとのお話が、どのくらい読者の血となり、肉となってるかというのが、おもしろさのポイントだから。翻訳本として出版するのは、キツイ面があるわね。

:おもしろくてさらっと読めたんだけど、愁童さんの裏返しパターンで、物語世界に入っていけなかった。うまくできてはいるんだけど……。世界観、自然観がはっきりしてるから、苦手。ひるねさんのいうように、日本でYAとして出版するにはキツイね。

ウーテ:ドイツでも、パロディってフェミニズム的傾向があるのよ。カール=ハインツ・マレの『
<子供>の発見〜グリム・メルヘンの世界』、『 <おとな>の発見〜続グリム・メルヘンの世界』(ともに小川真一訳みすず書房)も、フェミニズム的解釈解釈で、印象に残ってる。女の人の生命力のすごさっていうのかしら。子どもがふたりいる四人家族に、食べものがないって危機がおとずれたとき、母はどうするか? 両親が死んで、子どもだけが残されたら、子どもは生きていけないでしょ。でも、大人ふたりだったら、生きていけるからって、子どもを捨てるの。残酷なようだけど、それって理屈から言ったらちゃんと理にかなってるのよね。

(2000年07月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)