『ぼくらは世界一の名コンビ!〜ダニィと父さんの物語』
ロアルド・ダール/作 小野章/訳
評論社 
1978.06
原題:DANNY〜THE CHAMPION OF THE WORLD by Roald Dahl, 1975(イギリス)

<版元語録>ダニィの父さんは、楽しいことをつぎつぎと考えだす、世界一すてきな父さんだ。ところがある夜、ダニィが目をさますと父さんがいない…?なんと父さんは、遠くの森で夜中にこっそりキジを密猟していたのだ…。

ねむりねずみ:ダールはあまりちゃんと読んでないのですが、イギリスの子ども向け映画『魔女がいっぱい』や『チョコレート工場の秘密』を見たとき、ぞわぞわっとしたのを覚えてます。大人向けのものを読んだときは、なんて意地悪な人だと思ったり。英国では、映画をテレビ放映するときに、小さい子には見せない方がいいマークがついている。最後にネズミに化けた魔女をスリッパでたたき殺すのが残酷だっていうんですね。それに比べると、『ぼくらは世界一の名コンビ!』は、やりすぎ!という感じがあまりない。でも、ダールが子どもに好評なのは、悪い奴は徹底的にやっつけるという極端なところが子どもの波長に合っているからじゃないかと思います。よってたかって金持ちを徹底的に馬鹿にするあたりも、何もそこまでという感じだけど、それが魅力でもあるんですね。このお父さんは、すごく男っぽくて、男であることを意識しているし、それがいい形であらわれています。もっともそうな顔をしておいて、途中からほら話に離陸するあたり、やるなあと思って読んでました。すごくインパクトがありましたよ。以前、イギリスで目にした、お父さんと息子が歩いている風景と重なって、ここでもいわば男の趣味を次世代の男に伝える様子が描かれているわけだけど、日本ではそのあたりどうなっているんでしょうね。でも、ダールって不気味ですね。

トチ:私はダールは大好き。『あなたに似た人』(ロアルド・ダール作 田村 隆一訳 早川書房)などの大人の小説にある毒みたいなものが子どもの作品にも入っているけど、その毒って現実じゃないかと思うんですね。人生の真実みたいなもの。それが子どもの本にも入っているから、奥行きが生まれる。『お父さんのラッパばなし』では、イメージだけで終わっている話が多いと思うんだけど、これは物語性もあるし、それぞれのキャラクターがよく書けてる。E.M. フォスターは、現実の人間とつきあうより、はっきりとした人間像が描ける小説を書くのが好きだったんですって。人間像を描くのが小説だとすると、人間が書けてないのはなんなんでしょうね? この作品は、牧師さんの奥さんのような脇役にいたるまで、よく書けてるわよね。

紙魚:一気に読むほどおもしろかったです。この物語の感触って、どこかで経験したことがあるなあと感じたんですが、小さい頃に、祖父が勝手に作って語ってくれた物語の感じなんですね。つきはなしたところがなくて、肉の温かさがつきまとうというのかな。たとえば、祖父は布団に入ると、「おいで」ってやさしく呼ぶんですが、布団に入ったとたんに怖い話が始まる。ヘビが寄ってきたり、トラがやってきたり。話に合わせて、布団の中がもぞもぞ動くもんだから、本当にトラがいるのかとものすごく恐かったです。母親が語るような、柔らかい、甘い、優しいものは、そこにはないんですけど。それが男の人しか持てないおもしろさだとしたら悔しいくらい。『ぼくらは世界一の名コンビ』のなかで、いちばんどきどきしたのは、真夜中にダニィがお父さんを助けに行くところ。「気持ちが高ぶるのは死ぬほど怖い思いをするとき」って本文のとおり、その恐怖心がちゃんと伝わってくる。しかも、このお父さんの根底にあるのは、お父さんだけの物差し。世間でどうかということではなく、お父さんだけの価値基準がきちんとダニィに伝えられていく。最初は、このお父さん、道徳的でいい人なんだろうなあと思って読みだしたら、いきなり密猟。でも、密猟は、常識的にはいけないことでも、お父さんにとっては正しいこと。その物差しをちゃんと持ちながら生活していく。ダニィも、それを受け継いでいく。周りの子のお父さんにも、それぞれの物差しがあるんだろうと思うと、お父さんの存在って愛らしく感じられるなあ。

ウェンディ:私も、こんなお父さんがいたらいいなと思いましたね。お父さんはすごいんだとなぜ思うのかが最初わからなかったけど、いずれは父をこえていくんだなと最後は納得していました。一般的に密猟は正しいことではないけど、偽善的なところがない。嘘っぽいところがないのが、きちんと子どもに伝わっていくんでしょう。キジを百何羽隠せるわけもなく、どう決着をつけるのか不安だったけど、乳母車に隠してたとわかったとき、はっとしました。

オカリナ:ダールって、いろんなイマジネーションを変幻自在に扱える人なのよね。しかも、いつもブラックが入ってくる。移民の子だったし、寄宿学校でもいじめられたし、そんな屈折した思いがあったからこそ、物事を裏から見る視線を獲得したんでしょうね。でも、あまりにもイマジネーションが豊かだから、時に悪のりして暴走するんだけど、この作品はうまくまとまってますね。夜、自動車を運転していくところとか、干しぶどうをつめるところとか、キジがぽとんぽとんと落ちるところとか、ひとつひとつのイメージもいい。地主のこらしめ方はすごいけど、じめっとはしてない。そうそう、ダールの傑作といわれる『チョコレート工場の秘密』は、アフリカからピグミーをつかまえてきて工場で働かせたというところが人種差別だと大問題になって、原書では本人が直してるんだけど、日本語版(評論社)はまだ直ってませんね。どうしてだろ? 直してほしいな。

:私もまんまとのせられて読んでしまった。物語性があるし、善悪がはっきりしている。ここに書かれていることは、男から男へ伝える男の文化だなあと思った。今の日本のお父さんはどうなのかな。すっかり男の子になって読んでしまった。とくに後半は、はらはらどきどきだった。おかしいけど最初私はお父さんがこっそり家を出ていくのは、密猟とは思いつかなくて、てっきり誰かほかに家族がいるのかと思ってしまった。清く正しく貧しいながらも楽しく暮らしていたのに、いきなり密猟。悪いことをやるとき、危険とか死と向き合ったときに興奮する感じは、究極の感情。だんだんお父さんがドジをふんだりして、その場にいるような臨場感も感じられました。キジが落ちてくるところは、どすんという音が聞こえるかと思うくらい、入りこんでしまった。ストーリーとしても、快く終わってよかった。村の人たちも皆お父さん側で、悪い人もいなくて、快感がありました。客観的にみると、大人たちが、生っぽく人間らしく描かれてますね。子どもはお父さんを絶対視してる。もしこういうお父さんじゃなかったら、どうなのかなと考えて今のことを思うと、それでもお父さんに対しては、親を自慢したいゆるぎない気持ちはあるのでしょうね、子どもには。私の場合、中学校になる前くらいは、親を絶対と思っていたけど、それ以降はいやなところも見えてきた。先日、映画『千と千尋の神隠し』をみて、両親がいやな存在に描かれてたのが気になったんです。お母さんはキャリア風、お父さんは体操のセンセイ風。それが豚になってしまう。なんでこんなふうに変に描くのかな? 現代の親の象徴としているんだろうけど、千尋はそれでも両親のところに戻ろうと考えている。子どもは、どんな親でも、戻りたい。せつないですね。

チョイ:父親って、子どもにもわかりやすい、目に見える技術があると、それだけで尊敬されて得ですね。凧を作ったり、気球を上げたりもそうだけど、人生を楽しむ術を知っているってことが、息子にとっては、とても魅力なのではないでしょうか。それと、父親なりの価値がはっきりしてるってことも、大切。エンジンを組み立てることを学校より優先させたり、このお父さんは、息子に尊敬されたり好かれたりする要素をちゃんと目に見える形で持ってて、幸せですね。それに対して、人生を遊ぶ術を知らない学校の先生なんかは、割と冷たく描かれています。この物語は 全体に幸福感がただよっていて、ディテールで、きちんとその幸福感が表現されていると思います。馬車の家とか、ナイフとフォークの本数とか、つつましい幸せが細部にあります。父と息子の至福の生活ですね。

ウォンバット:私は、小さい頃1度読んだと思うんですが、あんまりいい印象ではありませんで・・・。タイトルが好きじゃなかったんです。「ぼくら」と「名コンビ」って言葉にまずカチンときちゃって。ヤな言葉だなあと思ったのね、どっちも。今も、いいタイトルとは思えない。それでたしか読んでたはずなのに、どんな話だったかよくおぼえてなかったんだけど、今回最初の方だけぱらっと読んで、キジとりの仕掛けのところで、あー、あの話!と思い出した。全体としてはちょっと斜に構えて読んでたんだけど、こういうところはすっごく楽しんだ記憶がよみがえってきた。

すあま:ダールと瀬田さんを同時に読んで、瀬田さんのほうは、ほら話というよりお父さんが実際に旅をしてきたという感じ。最初はほら話だと期待したので、なんだか物足りない。ダールのほうは、干しぶどうの作業だって実際はできないだろうに、リアリティがある。p11に親子の写真がのっていたりするから、もうすっかり信じちゃう。とんでもない話になっていくのだけど、本当だと思わせて、荒唐無稽になっていくからおもしろい。たしかに、タイトルはやっぱりよくないな。ダニィが主人公になってるところがいいのに。お父さんが仲間とキジとりに行く話で、子どもがその側にいるだけだったらつまらないもんね。

オイラ:うーん、ダールおじさん、やってくれるね。ここまで大人をワルがきに書いたものもないんじゃない? お父さんの悪いこと悪いこと! なのに、子どもは品行方正だよねえ。この本、9刷にしかなってないのにびっくり。やっぱり、タイトルが悪いからかねえ。イギリスは階級社会だから、上の階級をやっつけるのは痛快なんだろうね。それから、自分自身をふりかえって、もう1度親父をやりたいと思った。いたずら心を、子どもといっぱい共有したいと思ったな。ぼくの子どもが小さかった頃、お米をお酒につけてふやかして、鳥に食べさせるのやったことあるんだけど、またやってみようという気になった。いたずら心を刺激されたね。子どももそうだけど、これから子どもをつくるお父さんにも読ませたいと思った。いやね、今回「物語るお父さん」をテーマに決めたとき、なかなか日本の作品でいいものが思いあたらなくて、これはもしかしたら、日本のお父さん自体の問題なのかもしれないなんて話になったんだよ。冗談で、日本のお父さんを代表してごめんなさいと言ったんだけど・・・。ぼくは大好きな作品でした。

チョイ:父親の物語って、日本でも、小さな小品はあるんだけど・・・。だめなお父さんはいっぱい登場しますよね。蒸発したり浮気したり。

オカリナ:ローラ・インガルス・ワイルダーの大草原シリーズのお父さんは、いい意味でも悪い意味でも「家長」だったわけだけど、時代が下って今書かれているのは、ほとんどがだめなお父さんよね。

オイラ:角田光代さんの『キッドナップ・ツアー』(理論社)の、だめなお父さんはおかしかったね。

:重松清なんかは、今のお父さん像をちゃんと描いているんじゃないかな。

(2001年11月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)