紙魚:釘付けになったのは、写真です。どの写真も一枚一枚、非常に興味深かった。こういう物語って、私は細部が知りたくなります。だから、本文はちょっとあっさりしすぎているように感じました。食べ物がないといっても、どんな食べ物を食べていたか、味付けはどんな感じだったのかとか、どんな服を何枚着て、どんな状態になっていったかとか……。すでに回想録となってしまっているので、そういう細かいところが出てこないところ、それから最初の方に航路の図が出ていて、読み終わる前にどうなるかわかってしまうところが、ちょっと残念でした。でも、おもしろかった。写真を撮りつづけて、それをきちんと所持し保管していたことだけでも、本当にすごいと思います。

アカシア:私は、おもしろく読みました。漂流そのものよりも、失敗しつづけて家族を省みず、それでも探検がやめられないという、影の部分ももあるシャクルトンの人物像がおもしろかった。千葉さんの訳も読みやすかった。この時期、評論社からもエンデュアランス号についての本が出たわよね。どうしてそんなにシャクルトンが出てきたの?

ブラックペッパー:シャクルトンの映画が来たからだと思いますよ。

ペガサス:子ども向きの冒険物語で薦められるものは何かと考えた時、『ロビンソン・クルーソー』などの古典的冒険ものか、そうでなければ今はファンタジーになってしまうのよね。でもファンタジーの冒険と、現実の冒険とはちがう。だからといって、昔の冒険小説って、つまるところ強者が弱者を征服する話でしょ。そういうものを今の子どもたちにそのまま薦めていいものか、という思いがある。そうなると、今、子どもたちに現実の冒険として手渡せるのは、ノンフィクションなのかな、と思う。この本には本当にすごい冒険があって、魅力的な人物にも出会える。子どもが読めるこういうノンフィクションがもっと出てもいいと思う。

:去年の夏に息子が読書感想文を書かなくちゃいけないとき、親としてお薦めの本を選んだんだけど、その中にこれも入れておいたの。結局、息子は「教科書みたいでつまんないから」と言って読まなかったのね。どういうものがアピールしたかというと、チベットを旅する高僧の話(井上靖だったと思う)なのね。ヒューマンドキュメントなんですよ。いわゆる、ノンフィクションのドキュメントと歴史小説はどうちがうんだろう。たとえばサトクリフは、英雄のそばにいる人がどう生きたかを書いてるし、『ジョコンダ夫人の肖像』(E・L・カニグズバーグ作 松永ふみ子訳 岩波書店)のベアトリーチェなんかも面白いですよね。ノンフィクションであっても、物語性のあるなしに面白さの鍵があるのかなと思いました。

アカシア:歴史小説はフィクションよね。でも、この本はノンフィクション。ノンフィクションは事実しか書けないから、それなりの重みもあるのでは? 本当にこんなことがあったのだ、というのはやっぱり強いわよね。

カーコ:そうそう。沢木耕太郎が、ノンフィクションには実際に起こらなかったことはつけ加えられないって、どこかで書いていましたよね。

:塩野七生とかは、フィクションだものね。

アカシア:これが教科書的と思われたのは、レイアウトのせいじゃないかしら。ちょっと見では古くさい硬い感じがするけど、読んでみると最初の印象よりは、ずっとおもしろかった。

すあま:私はエンデュアランス号について知らなかったんですけど、食料に困ったりすることもなく、波がきても、奇跡的に助かって、と事実が淡々と述べられているので、そのまま淡々と読んでしまった。全員が生還するのはすごいことだし、実際に困っているんだけれど困った感じがあまり伝わってこない。そして、シャクルトン以外の人たちの見分けがつかなかった。もうちょっとエピソードで、ひっぱってほしかった。へたにイラストを入れないで写真だけにしたのはよかったと思います。冒頭、「南極大陸は」というよりは、「アーネスト・シャクルトンは」というように人物の紹介から始まっていれば、入りやすいかもしれない。

アカシア:私は淡々としているとは思わなかった。アウトドアが好きなせいもあるかもしれないけど、けっこうドラマティックだと思って読んだな。

すあま:自分が死んでも記録を残そうとしたのはすごいですよね。もうちょっと読みたいと思うところが、さらっと終わっているので、物足りなく感じたのかもしれない。ノンフィクションが好きという子には、いいよね。うまく紹介すれば、ちゃんと読まれる本だと思います。

ブラックペッパー:作為の反対側にあるんですよね。私はそれがいいと思いました。

ペガサス:ノンフィクションの場合は、自分の経験とか、これまでに読んできた本で、読者の受け取り方がちがうのよね。

ブラックペッパー:私は「人間って!」と思ったんですよね。シャクルトンのリーダーとしての人柄がいいと思ったんです。隊員がこの人についていけば助かるんだと信じていた、そこがいい。シャクルトンは、食べ物がなくなったときに隠していた食べ物をふるまうとか、たいへんなところは自分が引き受けるぞという精神にあふれていて、そこを読んでほしいんですよね。お話としては、はらはらどきどきを求める人には、だめだったかもしれないけど。

カーコ:おもしろかったです。我慢ができない読者なので、最後どうなるんだろうって、読み始めてすぐ、後のほうの写真などを見ちゃったんですけど。文章は、作者がわざとおさえて書いているという印象を受けました。びっくりさせるような書き方をしていない。ゲーム的なすばやい展開に慣れた人には、あっさりしているかもしれませんね。人生の不思議さ、自然と人間の不思議さを感じさせられました。嵐が突然やむところなんか、フィクションだったら、逆にリアリティがないって言われてしまうでしょう? でも、本当にあったこと。歴史の表舞台には出てこないけれど、すごい人がいるんですね。写真がすごくよかった。1914年から1916年でしょ、明治の終わりですよね。28人もの野郎どもが、こんなに長い間、閉鎖的な状況でサバイバルするなんて、すごいですよね。

ブラックペッパー:そうですよ。それなのに、お楽しみとかしながら、過ごしていくんですよね。

カーコ:時系列的な図がどこかに入っていても、よかったのかな。そのほうが、一年半という時が流れていたすごさが、もっと感じられたかも。人間ってこういうこともできるんだなって。

紙魚:楽器をとりに帰るところ、いいですよね。こんな極限の状態でも、人間って音楽を聞くんだって、じわりときました。

すあま:この本、ビジネスマンに売ってもいいんじゃない。雑誌『プレジデント』なんか読んでる人のために「家族に顧みられないあなたへ」とかの帯つけて。

ペガサス:「リーダーになるための条件」とか「この春部長になったあなたへ」とかね。失敗を極度に恐れる傾向があるから、失敗するということを言わずに「負け組を勝ち組にかえる」とか。そういう言葉に弱いんだから。

(2003年04月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)