『うそつき』
マロリー・ブラックマン/作 冨永星/訳
ポプラ社
2002.12
原題:TELL ME NO LIES by Malorie Blackman, 1999(イギリス)

<版元語録>学校でも家でも居場所のない少女ジェンマと、重すぎる過去を隠して学校にとけこもうとしている転入生マイク。たがいに好感を持ちながらも、ふとした言動から思わぬ誤解が重なり、思いもよらないいじめがはじまる…。

トチ:おもしろく読みました。ジェンマとマイクが交互に出てくる構成がうまいし、坂道をころげおちていくようなスリリングな展開が楽しめる。ただ、どんな風にまとめるのか、読んでいる最中から気になっていましたが、結末がちょっと苦しい感じがしました。この本でいちばん迫力があって、光っているのは冒頭の部分ね。バドといい、この本といい、子どもの本の翻訳者はいい仕事をしていると思う。

カーコ:最近英米で賞をとるものは、たいがい構成がしっかりしているというか、どこか「おっ」と思わせるような構成の工夫があると常日ごろ感じているのですけど、これも、しっかりとした構成がある作品。2人の主人公が、どんどん追いつめられていく感じがうまく出ていておもしろかったですね。

ケロ:追いつめられていく側や追いつめる側を一方的に書いているものはよくあるけれど、これは両側から、ある一つの言葉がどうして出てきたかまでが書かれていますね。バドと対照的で、マイクっていうのがどういう子なのか、最初はつかみにくかった。お母さんと子どもとの関係が、オーバーラップしながら見えてきます。母親から捨てられたんではないかとか、母親から離れるという体験は今は多いから、読者が自分にひきよせて読めるかな。

:今回のテーマは男の子の気持ちでしたよね。マイクに感情移入して読みました。「ありがたいって思ってるんだろうな」とおじいちゃんに言われるシーンでは、どんなに傷ついたかと思って、読んでいてズキリときました。大人にとってちょっとした誤解でも、子どもにとっては全世界になってしまうんですね。いろんな現象があって、子どもがかかえている問題の重さはなかなかはかれない。カバー袖に「互いに好感を持ちながらも」とあるけど、この子たちはどこでひかれあったのか疑問でした。マイクもジェンマにひかれてたんですか?

ブラックペッパー:私はジェンマにひかれた。たくさんのお母さんの記事をスクラップをするところから、ひかれて。構成が細切れなので、途切れたところでどうなってしまうのかと心配になってしまう。みんなたいへんで、痛々しい。最後、ジェンマがみんなに告白するところは、ちょっと人間が変わりすぎかなと思ったし、マイクのおじいちゃんが最初すごいことを言っていたのに、どの辺からこんないいおじいさんになったのかと疑問に思いました。

ペガサス:マイクの側から書いているからじゃない? マイクの心の動きで、変わって見えてきている。

愁童:老人夫婦はとてもうまく書けていると思う。マイクに対して、きついことを言ったりするおじいさんの後で、おばあさんがマイクをやさしくフォローしたりして、長年連れ添った老夫婦が、ごく自然に書かれているね。

すあま:急いで読んでしまったのですが、お母さんを失った男の子と女の子の話で、それぞれに傷の深さは違います。特に、ジェンマはぼろぼろという感じで始まって、その後お互いに傷つけあうのがなまなましくて、読んでいて辛かったです。最後のハッピーエンドを求めて読んでいくという感じでした。楽しい本ではないから、好き嫌いはあるでしょうね。最後、ジェンマの解決が簡単すぎると思ったけど、傷ついている子どもが、ちょっとしたことで立ち直ることもあるので、安易とも言いきれないですね。二人の両方の立場で書かれているので、場面がぱっぱっと切り替わる感じがよかったです。

:この本は、大人の小説でも扱えるくらいテーマがありますね。大人の本だともっと書き込めるだろうけど、子どもの本だから難しかったんでしょう。大人の本だと、言葉に限定して表現できないことは、メタファーを使って表現する手法を使えますが、子どもの作品だとそれが難しい。作者は、構成が見えて書いているから、途中、加減をしながらほのめかしていく。両方の側から見ていけば読者は受け入れられるけれど、マイクの立場だけで見ていくと、ジェンマにされていることは理不尽。えぐいですよね。不自然なところが出てくる。チャレンジングな作品だけれど、そういうところに疑問が残りますね。

きょん:いじめる側といじめられる側の心理が描かれていて、対話のように交互に入っていく構成がおもしろかった。早く解決を見たくて読み進みました。マイクとジェンマの心のすれ違いが、なんともいえずイライラしました。子どもの心の描写、移り変わりが、しつこいくらい細かく書かれています。ジェンマの心のゆがみは、あまりにひどくて救いようがないし、こんな子っているのかもしれないけど、あまり好きになれませんでした。ジェンマは、マイクを脅迫したある日、「誰のせいでもない自分のせいなんだ」って気づきますが、何が自分のせいなのかがはっきりしてこないのが気になります。また、子どもの気持ちと、ちょっとずれがあると思いました。高学年の子なのに、お母さんの手紙を読んだときお母さんは会いたくないと思っていると考えてしまうところとか。ジェンマとマイクの関係が深みにはまっていく姿は、説得力があって、すごくいやでした。最後、川のほとりで話すとき、「お互いが安全弁になってくれた」というのは、すっきりきませんでした。また、ジェンマは「自分のせい」だから、自分を変えようと行動するけど、最後にあまりにもガラッと積極的に変わりすぎるので、それもどうなんだろう、と・・・。

アカシア:ちょっと前に読んだので、細かいことを忘れてしまっているのですが、翻訳は会話のところが特に、いきいきしていていいなと思いました。でも、作品の中で作者の視点がずれるんじゃないかな。おじいちゃんが嫌みを言って、その後いいおじいちゃんに変わるように取れるというところも、このおじいちゃんが最初にどうしてこんな言い方をしたのか、作者はきちんと考えているのかどうか気になります。考えているのなら、ちゃんと書いておいたほうが読者も納得します。山場の、マイクがジェンマにそそのかされて盗みを犯すところも、ジェンマは自分の心の内を探っているだけで、マイクに対してはどう思ったのかきちんと描かれていません。母親が祖父にあてた手紙をマイクが読んでしまったところも、手紙そのものは誤解される余地なく愛情あふれるものとして書いているのに、読んだマイクの方は「会いたくないんだから、ぼくを責めてるんだ」と思ってしまう。母親の手紙がどちらにもとれるようなものであれば、マイクの誤解もわかりますが、そうでないので読者はとまどうでしょうね。ジェンマとマイクの関係も、ひかれあうというなら、もう少し読者に納得できるようにそこも書き込んでほしいと思いました。

ペガサス:構成がすごい。ちょっとずつちょっとずつしかわからないから、どんどん先を読みたくなります。ただ、2人がとことんすれ違って、とことん傷つけあうところはひじょうにうまく書けているのに比べて、回復していくところが弱いかも。だから、これほどまで痛めつけられたマイクが、最後にジェンマとここまで急に好意的に話ができるというのはどうかと思っちゃう。話なんてしたくもないだろうと思うのに。またp165で、ジェンマがガラスに映る自分の顔を見て、急に、こうなったのは自分のせいだと気づくところは唐突に感じました。書名の『うそつき』というのは、ジェンマがマイクに言っていることなんでしょうか? 途中でわからなくなりました。ジェンマが、クラスの子の前でマイクをかばうために勇気をもって発言しますが、自分がゆすっていたことは言わなかったし、本当のことを言っていないのですっきりしません。ジェンマもうそつきなわけだから、書名の意味は両方のこと?

愁童:父親もうそをつき、母親もうそをつき、みんながうそをついている中で四苦八苦し、結果として自分たちもうそをつかざるを得ないところへ追い込まれる子ども達の真実を書きたくて『うそつき』という題名になったのでは? ジェンマとマイクを交互に書いているから、女性はマイクに肩入れし、男性はジェンマに肩入れする傾向があるかな?

複数:男性だからどっち、女性だからどっちとは言えないのでは。

アカシア:終わり方はどう?

愁童:何も解決はしていないよね。でもそれでいいんだと思う。

ペガサス:どちらかに肩入れするというより、どちらも読んでいくところにおもしろさがある。

ウェンディ:マイクが、父親を殺したのは自分だということを隠している(したがって読者にも明かされない)とわかった時点で、マイクの気持ちや言動をふりかえると、しっくりしません。それに、ラストで2人があそこまであっけなく考え方や行動を改められる点も、みなさんがおっしゃるように、できすぎのようにも思います。けれど、ふとしたすれ違いが積もり積もって、思いもよらない事態に発展してしまったり、逆に、ひょんなことがきっかけでわだかまりが解けたりとなんていうことは、現実には意外とあるのかもしれませんね。それにしても、結末を知ってから読み返しても、2人がどんどんすれ違っていってしまうあたり、もどかしくてたまらなかったんです。でも、いろいろ粗削りのところはあるけれど、一人一人の心の動きみたいなものをここまで丁寧にリアルに書けていて、書ける作家だなあ、価値のある作品だなあと思いました。

ねむりねずみ:特に中学ではいじめは日常茶飯事で、学校では一番の問題なんだけど、いじめを扱うのは非常に難しくて、児童文学でいじめを正面から扱って成功しているものにはほとんどお目にかかったことがありません。いじめの本質をついていなかったり、単なる舞台背景になっていることが多くて。実際のいじめでは、半分は自分自身の思いこみから子どもが勝手に追いつめられ、極端な行動に走ることで状況が突然悪化するというケースが多いわけだけど、この作品はそのあたりがよく描けていると思いました。いじめる側からといじめられる側からの二つの視線が平行して進んでいくことで、両者のすれ違いがはっきり見えるのは、着想の勝利だと思います。結末も、実は何も解決していないというところがリアルじゃないですか。ひょっとしたら、ジェンマは自分の行動を変えようとがんばりすぎて破綻するのかもしれないけど、ジェンマが何とかしようと思ったという一点が救いになって、読後感が暗くならずにすんでいます。細かく見ていくといろいろと不自然なところもありますが、正面からいじめを取り上げつつ、暗いままで終わらせず、リアリティを保っているところは評価できるんじゃないかな。

(2003年05月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)