『ブレーメンバス』
柏葉幸子/著
講談社

オビ語録:家族、親子、そして人と人との絆をつむぐ/ミステリアス・ファンタジー!/おとぎ話を最高のスパイスで味付けした11編。

トチ:感想が言いにくいなあ、んー・・・・・・言いにくいときは、まず好きなところと嫌いなところを探すことから始めるんだけど、この本は好きなところがないの。いちばん感じたのはリアリティの無さね。たとえば「桃から生まれた」の主人公の女性は、お店で信玄袋を買って、うちに帰って袋をのぞいたら赤ちゃんがいたというのだけれど、「最初はぺちゃんこで軽かった袋が、途中でだんだん重くなった」とか、「畳の上に置いたとたんに、妙に重くなっていてむくりと動いた」とか、「袋の中をのぞいたら、もわっとしたものがあって、それがだんだん赤ちゃんの形になった」とか、そういうことがなんにも書いてなくて、とつぜん赤ちゃんが出てきたと言われてもねえ。「金色ホーキちゃん」だって、妻が昔ぐうぜん出会った女の子だってことに、つきあって、結婚して、子どもが生まれても気づかないなんて、不自然じゃない?

アカシア:女の子は変わるから、まあ黙ってればわからないにしても、お父さんはそんなに変わらないから、どこかでわかるよねえ。

トチ:この中でいちばん良くできてると思ったのは「ピグマリオン」だけど、なんだか後味の悪い話ねえ。救いが無いというか。「ハメルンのおねえさん」も、若い女性が不倫相手の家に放火して、子どもがふたり死んでしまった事件を思い出してしまって。ねえ、最後の1行の「最後の葉書(註:父親の不倫相手のお姉さんの結婚通知)がなければ、父を軽蔑していた」って、どういう意味?いくら考えても、分からなかった。この本はストーリーの怖さ以上に、作者と意思疎通できない怖さ、薄気味悪さを感じたわ。最後の「ブレーメンバス」では、出てくる女性が老いも若きも、みんな逃げの姿勢。他の話も、結婚を女性の最上の生き方と思っている女の人ばかりでしょう? これって、児童文学なのかなあ。モーパーゴは、しっかりと子どもに向き合って書いているのに、この作者はいったいどこに目を向けて書いているのかしら。

ハマグリ:なんとなく嫌な感じだった理由が、トチさんのお話しで納得できました。これまではこの人の作品は割といいと思っていたけど、同じような作品をちょっと出しすぎかも。うまいのはうまい人なんだから、未熟なものを出さないでほしい。短編って、やっぱりピリッと小気味良くないとだめだと思うの。でもこの作品はどれも、なにこれ、で終わっちゃう。こどもの読者には感情移入できない作品ばかり。例えば「つづら」のように、中年のオバサンの心理で書かれているものが多いから、子どもにはおもしろくないでしょう。大人向きの短編集としては、小気味よさが足りないし、どっちつかずですね。もうちょっと自分の中で完成させてから発表してほしかった。会話や文体はうまい人だからすらすらと読めたけど、作品としてやっぱり完成されてないと思う。細かいところでは、「つづら」の「アイアン」なんていうあだ名も子どもには分かりにくいと思う。「うん、順子さんはやっぱりアイアンだった」って、どういう意味かわからなかった。

むう:ホーキのところで、あらまっ、へえっ、と思ったたけれど、ともかくさらさらと読みました。それで、一番強く感じたのは、これって子ども向けなのかなあということ。なんか、生活にくたびれた寂しい感じの中年女性の話ばかりでしょ。そこがどうもねえ……。「ピグマリオン」だって、設定はメニムみたいでおもしろいと思ったけれど、なんかやたらおどろおどろしいのがいただけない。「ブレーメンバス」の最後の挿絵を見て、この本を象徴してるなあと思いました。全員幽霊みたいで影が薄いんですよね。

アカシア:読んでいくうちに、どんどん腹が立ってきちゃった。「金色ホーキちゃん」は、最初に「ホーキ頭にかためた髪が、ぐったりたれてきていた」と書いてあるから、見た目ホーキには見えないんでしょ。でも、ホーキのイメージをまわりの人が持っていてこそ成立する話。「桃から生まれた」では、信玄袋の中から赤ちゃんを抱き上げるって書いてあるんだけど、つまみあげるくらいのイメージしか読者は持てない。とにかく、疑問や不可解な点やイメージのギャップが多くて、すとんと落ちてこない。この作家って、こんな作品ばかりなの?

ハマグリ:柏葉さんの作品は『ミラクル・ファミリー』(講談社)のほうがいいと思うよ。

アカシア:ハメルンは、49ページで終わってると思って、いい作品だねえと思ってたら、次のページに続いてたうえに、ハガキが来たらどうして父への軽蔑がなくなるのかわからない。「オオカミ少年」は何度も同じ嘘をつく少年というのが定義で、一回嘘を言っただけでオオカミ少年とは言わないでしょ。「つづら」は、「アイアンをよべ」「かなづちはやめてください」の部分がリアリティのない寒いオヤジギャグでしらける。「十三支」の最後の意味、分かった人いる? あああ、今年はほめるという誓いを立てたのに、こんな作品出してこられると、守れないじゃないですか! 力を持っている作者だったら、編集ももっとしっかりしろい!と言いたい。

すあま:それぞれの話の中に意味不明なところがあって、短編なのにいちいち確認しながら読まなくちゃいけなかった。昔話をうまく使うというのは悪くないんだけど、使い方がいいかげんだから、そこに引っかかってしまう。「金色ホーキ」の土台になってる3匹の熊の話は、よそからきた女の子が家の中をめちゃめちゃにして去るのに、これは助けてくれる話だし。もう「十三支」のあたりまでくると、意味を深く考えるのをやめてましたね。「シンデレラ坂」も、坂の下にコンビニがあるのに、なんでわざわざ坂を駆け上るの?

トチ:ええっ? そうなの? 坂の上にコンビニがあるのかと思ってた。

すあま:元ネタにしている物語との接点がないから、よくわからないんですよね。元ネタのキーポイントが落ちにつながるということもないし。ただ出てくるだけという扱いだから、読んでいると混乱する。

:読みながらどうしてこんなに気が滅入るのかなって思ったら、出てくる女性がみんな好きになれない。考え方もしゃべり方も、みんな嫌いなのね。 今日の課題図書でなかったら途中で止めていたと思う。「オオカミ少年」の終わり方など、安っぽい世界に引き戻されたみたいでイライラして、もう本を放り投げてやろうかと思ったくらい。これは子どもの本なの? 若い女性向けの本にもなっていないよ。標題になっている「ブレーメンバス」なんてもう脱力。もう3人とも2度と帰ってくるな!って叫びたい気分。女の人たちに、みごとに共感できなかったなあ。

愁童:期待して読んだけど、誰に向かってこのお話を書いたのかがわからない。大人向けにしては短編としての切れがないし、子ども対象というには大人の心境みたいな物が主体になってるし。印象に残る作品はありませんでした。「すとんと納得」という短編の醍醐味が希薄。

ハマグリ:表紙とか、本の作りは子ども向きなのにね。

愁童:これが児童書だとすると、日本の児童図書の衰退の象徴のような気がする。この作品には、ハートが感じられないんだよね。

カーコ:中学校の司書がこの本を中3の教室で読んだら、借りていった子がいたって言っていたので読んでみたんです。違和感をおぼえたけど、大きな出版社から出ているものだし、知名度のある書き手だし、みなさんならどう読むのかなあという気持ちで選んだんですけど……。中学生がこの本を読んで、次に本を読もうとは思うかどうか。中学生の読書の入り口にするのなら、もっと別の本があるのではないかと思いました。

(「子どもの本で言いたい放題」2004年3月の記録)