『マイがいた夏』
マッツ・ヴォール/著 菱木晃子/訳
徳間書店
2004.05
原題:MAJ DARLIN by Mats Wahl, 1988

版元語録:長い髪が美しい少女マイが転校してきて以来,ぼくと幼なじみのハッセとのあつい友情にひびが入りはじめる。そして夏の終わりに…。

アカシア:舞台となっている時代の、この年齢の男の子が、とてもうまく書けてますよね。ハッセがわざと危険な位置でダイナマイト爆破を見る冒頭の場面、プレスリーのレコードを聞きながら子どもたちが踊る場面、犬に吠えられそうになりながらイチゴを盗む場面、おばあさんがロープを渡そうとする場面など、一つ一つのエピソードが生き生きとしていて、リアルに浮かびあがってきました。訳もとても読みやすい。ただ設定からして、大人が少年時代を回想して書いているということなので、客観的にこの年齢の少年を分析する文章が随所に出てきます。それに、たとえば5ページの「片手で女の子の髪をつかもうとしながら、もう片方の手で地面の深い穴をさぐっている12、3歳の少年たち。どこにでもいる少年たち。彼らは、どちらの手がつかもうとしているものにも気づかないふりをし、無邪気に生きているように見える。だが本当は夜明けがくるたびに、自分の中にひそむあこがれを感じ、子ども時代の終わりのにおいをかぎつけている」などという文章には、ノスタルジーも感じます。そういう部分は、同年齢の子どもが読んだら、どうなんでしょうね?

ハマグリ:たしかに、突然30年経った今の自分の見方が出てきますね。子どもの気持ちに沿って読んでいける物語だけに、そこは物語世界から引き戻されてしまう感じはあったけど、とても描写が生き生きとしていて、おもしろく読めました。語り手の少年は、ちょっとおとなし目で、それに対して親友は魅力的でハチャメチャで、という設定は、少年たちの出てくる物語にはよくあると思いました。『スタンド・バイ・ミー』(スティーブン・キング著)のゴーディーとクリスもそうだし。脇役の人物描写も上手で、特にママがうまく書けていると思う。シチュエーションを目に見えるように書ける人で、冒頭の爆発を見物するところの黄色いジープの描写が、今度は黄色い蝶に転換していくあたり、うまいし、マイが手首に結んでくれた水色のリボンの色も印象的に使っています。結末は悲しいのだけれど、二人のやることはいつもどことなくユーモラスなので、楽しく読めました。子どもの世界をとてもよく知っている人だと思いました。

ケロ:単館上映の映画館で上映される映画を見ているような感じで読みました。今回のテーマが、「何かが始まって何かが終わるという、ひと夏の物語」なので、どの本も、どういう結末になるのかに引っ張られるような気持ちで読み進めました。特にこの話は、結末をにおわせる部分が多いので、非常に気になりながら読みました。でも、それだけでなく、結末までの一つ一つのエピソードの重ね方が上手で,確実に厚みになっているという気がします。主人公の劣等感や悲しみ、恋心など……。たとえば、父親が牝牛に絞め殺されてしまったということを主人公が知るところなどは、悲しいのに、ユーモラスで切ないですね。ただ、「13歳の男の子ってこうだったよね」というように、昔の自分を達観して、さらに今の読者に「そういうもんだよね」と同意を求めているように感じるところがあります。読者が大人ならまだしも、まさしく13歳くらいだったら、素直に読めるもんなのかしら?と、私も思ってしまいました。

トチ:たしかに子どもの読者にとっては遠い昔の、遠い国の物語なので、ついていけるかなあとは思いますが、ひとつの文学作品としてみると大変な傑作だと思いました。なによりも登場人物のひとりひとりを、多面的な人間としてしっかり書いてある。貧しくて、心身の発達がおくれているトッケンという男の子にしても、ただの可哀想な子どもではなく、なかなかしたたかな面も書かれていておもしろいと思いました。物語の導入部は、まるで映画を見ているように、小さな島のいろいろなできごとを語っていますが、しだいに読者の不安をそそる3つの爆弾がそのなかに埋め込まれていく。1)ダイナマイト 2)マイの心臓が悪いこと 3)主人公がそのマイに水泳を教えてやると言い出すこと。それが最後には雪崩のように悲劇に結びつく展開になっていく。悲劇が起きてからの説明を、それまでの書き方と違う主人公と警官の対話にしたあたりも、とてもうまい書き方だと感心しました。一つ一つの情景描写もすばらしく、特に教室で主人公の前の席にすわったマイの髪の毛が主人公の机にさっと広がり、通り雨のようにまたさっと消えていくという描写が、情景だけでなくそのときのかすかな音まで聞こえるようで印象に残りました。菱木さんの翻訳も、いつもながら美しくて見事な訳文だと感心しました。

ブラックペッパー:今月のテーマは「ひと夏の思い出」ということで、選ばれた本3冊のうち2冊が書名に「〜の夏」と、夏がついていますね。書名としては、いちばんキマりやすい季節なんですね。春夏秋冬のなかで、本でも映画でもタイトルの登場回数ナンバーワンなのではないかしら。そして、みんな、はかない恋をしちゃったりするのよね。これも夏という季節のなせるワザか……? と、まあそんなことはいいんですけど、私はこの本、とっても好きでした。最初、手にとったとき、400ページもあってけっこうなボリュームだわと、ちょっと敬遠したい気持ちだったのですが、私の好きなスウェーデン、それもゴットランド島が舞台だとわかって、急に興味がわいてきて、ぐんぐん読み進みました。もー、なんという乙女ゴコロあふれる、愛らしい少年たち! 初恋のとまどいといいますか、心の揺れが細やかに、とってもよく描かれてると思います。いいですねえ。大好き。ひとつ不満をあげるとすれば、マイが死んでしまったこと。死なないでほしかった……。マイがいなくなるってことは、書名からも見えるから最初からわかっていたとはいえ、〈死〉ではなくて転校してしまうとか、仲良しではなくなって遠い存在になるとか、そういうのがよかった。だって最後が〈死〉だと、おさまりはいいけど衝撃が大きすぎる。それまでの繊細さが薄らいでしまう感じ。

アカシア:乙女ゴコロって、繊細っていうこと? ある時期のことを切り取った形で書くとすると、「死」を出して区切りをつける設定になるのかも。

ケロ:髪を切ったところを読んだとき、一瞬、マイは死ぬのではなく、「憧れのマイ」という対象が消え、恋が終わるのかなと思いました。髪を切るという行為は、マイが今までの自分でない、新しい自分に脱皮したいという思いのあらわれですよね。このあたりから、マイが2人の男の子とは、違う道を行ってしまうのかしらなんて思ってしまった。

アカシア:男の子たちは、マイが髪の毛を切ったのを見て実はがっかりするのだけど、わざと知らない気づかなかったふりをする。その辺のやさしさも、うまく描けてますね。

むう:正統派文学だなと思いました。厚さがあるだけでなく、読み応えのある本でした。スウェーデン人の知人がいてそのイメージが重なるからかもしれないけれど、作者の目線がとても誠実でていねい。先日、読書週間にあわせて重松清さんのインタビューが新聞に出ているのを見たんです。重松清さんは、「若い人たちが本を読むというのは、その本の中に、読者自身にもよくわからない自分の気持ちを体現する人物や出来事があって、本を読むことでそういう自分の内面が見えてきたりわかってきたりするという意味があるのだろう。あるいは本を読むことによって、自分とは違う人生を体験できたりもするのだろう。それは大事なことだと思う」といったことを述べてたと思います。これはそういう、思春期現在進行形の人が同世代の人間の行動を見て共感するタイプの本とは違うような気がしました。どちらかというと大人の回想文学で、ノスタルジックだし、同世代の若者には理解できないような細かい分析まで入っている。その意味で、大人が読む本なのかなと思いました。古いフランス映画に、やはり2人の男の子と1人の女の子が出てくる「さすらいの青春」(アラン・フルニエ原作)という青春映画の名作があったけれど、それに似た感じですね。きらきらした青春映画。チェンバーズもこの世代を主人公にして描いていて、誠実さという点ではヴォールと似ているけれど、あちらは主人公と同世代の読者にもっと直接的にがりがりと迫ってくる点が対照的だと思いました。

ハマグリ:子どもは、大人の観点で書いているところは読み飛ばすんじゃないかしら。ストーリーがおもしろいので、子どもの読者でも引っ張っていけると思います。やっぱり中学生くらいが読むんでしょうね。

むう:この時期の男の子の危うさや、初々しさがよく書けているのには感心しました。とにかく他人の目が気になって、自信がなくて、妙に突っ張って。大人の目から見れば些細なことに右往左往しているあの時期がみごとに描写されていて、読み終わったとき、「初々しい」っていうのはこういうことだったんだなあ!と思わされました。

(「子どもの本で言いたい放題」2004年10月の記録)