トチ:とても面白かった。最後まですらすら読めたし、なによりいかにも今どきの子どもらしい、生きのいい会話がうまいなあと思いました。森絵都の『カラフル』(理論社)とか、朝日新聞に浅田次郎が連載していた『椿山課長の七日間』(朝日新聞社刊)のような、ユーモラスな幽霊ものですよね。でも、後半になって親による虐待とかいじめなどが出てきたところで、良くある問題をそれほど掘り下げないで取りいれて、お手軽にまとめたなあ、と少し残念でした。最後に作者紹介を見たら、なんとまだ18歳か19歳なのね。さすがに子どもたちの会話はうまいわけだと納得しました。でも、それだったらなおのこと、同世代にしか分からない心の動きなどを、もっと書いてほしかった。この作品はこれでエンターテインメントとして完成しているのでしょうけど、これくらい軽やかで読みやすい文章を書ける人なので、これからもっともっといろいろな面を見せてほしい。どんなものを書いてくれるかと、わくわくしてます。

カーコ:書き出しがとても面白くて、この二人がどう近づいていくのか、ぐっと引っ張られて読んでしまいました。佐藤さんが学校の内外でキャラクターを使い分けるところとか、優柔不断な主人公が悩むところは面白かったから、二人の変化やクラスメートの男の子との話でまとめたほうがよかったのでは? 最後に虐待がからんでくるのは不自然。同年代だからか、話し言葉がうまい。崩れすぎず、ちょうどいい書き言葉になっていて感心しました。

ハマグリ:「ぼくは佐藤さんが怖い」という出だしの一行がとてもうまい。最初がすごく面白くて、ぐっとひきつけられた。はきはきしない性格で、押しの強い有無をいわせぬ子を苦手とする主人公の気持ちがとてもよく書かれていると思った。言葉遣いも地の文もこのような性格の一人の男の子の感覚を細かく表現できている。若いのに才能のある作家が出てきたと思う。それにユーモラスなところがあっていい。幽霊の安土さんは今日はいない、だって九州に行っているからなんて、おかしい。幽霊ならどこにいたって出るときは出るのに。ところどころ笑える部分があって、このところこんなに笑った話はなく、楽しかった。でも私もカーコさんと同じく、佐藤さんが実は虐待されているというところにきて、なんだそっちへ行くか、と思ってちょっとがっかりだった。それと小学生時代にいじめられていた清水を克服するために会いに行く場面で、清水が実は自分もいじめられていたとやたらべらべらしゃべるところが嫌だった。清水はもっと清水であれよ!と思った。これじゃあ主人公がちゃんと乗り越えられないじゃないか! この世代の感じ方を言葉で表現するのはうまいけれど、一つの物語としてのまとめ方はこの人のこれからの課題じゃないかと思う。

トチ:ストーリーがないっていうこと?

ハマグリ:部分部分が面白いから最後まで読めたけれど、構成がいまいちだし、ストーリーとしてのまとまりをつける点ではこれからじゃないかと思う。

アカシア:文章が面白いと思ったし、私は幽霊の扱い方は『カラフル』よりも面白いし『ウィッシュリスト』(オーエン・コルファー著 理論社)よりは、はるかに面白かった。一番引っかかったのは、高校生の男の子の描き方。私の息子が高校生だった頃、こんなだったかなあ、と思って。主人公は、手を握ることもできなくて、佐藤さんをどんなふうに助けてあげられるのか、と聖人君子みたいなことばかり考えている。ひこ・田中の『ごめん』(偕成社)とはずいぶん違う世界。女性の作家だから、やっぱり男の子は捉えにくいのかな、と思ってしまった。まあ佐伯くんのような子もいなくはないんだろうけど、中学生という設定にしたほうが自然なんだろうと思いました。物足りなかったのは、虐待の部分と並んで、香水事件の終わり方。p97で、田川さんが急に、お父さんの浮気の話をぺらぺらしゃべる。それまでそう仲良くなかったクラスメートに? とここは、不自然。それから、p30の「安土さんは……空気椅子してるんだろうな」というとこ、私はよくわからなかったんだけど。だってベンチはそこにあって、安土さんはちゃんとすわってるんでしょ?

みんな:幽霊は、ちゃんとすわれないのよ。だから、やっぱりすわってる格好をしてるってことよ。

すあま:私は、主人公たちが高校生だと思わずに、中学生だと思って読んじゃった。それは挿絵のせいかとも思ったが、登場人物の内面の描き方からもそう感じられた。あとがきを読んだら、作者が中学生のときに書いていたことがわかったので、そのせいかもしれませんね。88pに「聖子泣き」(嘘泣きのこと)という表現が出てくるけど、これ、かなり古い表現なので、この本の時代設定や作者の年齢が気になってしまった。でも作者は若いし、現代の話だったのでびっくりした。

トチ:「どざえもん」っていう言葉だって江戸時代以来伝わってるんだから、「聖子泣き」も生き延びるかも。

すあま:こりゃあいいぞ!という感じで読み進んだんだけど、佐藤さんの虐待にからむ話の展開でがくっときてしまった。それから、もっといろんな幽霊が出てくるのかと思ったのに、ストーリーは結局普通の学園ものになってしまった。
幽霊を背中にしょってる女の子と幽霊が見える男の子という設定がユニークだったのに、あまり幽霊である意味がなくなって相談相手のお兄さんになってしまったのも残念な気がした。

むう:なかなかおもしろく読みました。でも、最後のところがだめだったな。虐待とかいじめとか、おいおいまたか!という感じ。うじうじした主人公がほんの少し変わって、恋が実って、それでいいじゃないかと思う。肝試しのところまでは楽しく読めて、156ページの「だって佐藤さんは地球と同じくらいすごい勢いでまわっていて、その佐藤さんを離したらぼくはあっという間に振り落とされてしまうだろうから」という文章が出てきたときは、これで決まりだ!よし、よし!という感じだったのに、次をめくったら「スタバの前で転んで笑おう」が出てきたので、なんだこれは?と思った。最後の一章はよけいだと思う。いじめの連鎖だとか虐待を扱うならもっとちゃんとしてほしい。いかにもステロタイプでがっかり。幽霊の安土さんがとりついたままではまずいというので、安土さんを昇天させるために作った章なのかもしれないけれど、安土さんがとりついたままで終わってもよかったんじゃないかと思う。社会性がなくて小粒だといわれたとしても、そのほうが作品としてはいい印象が残ると思った。それと、全体に中学生の物語という感じで読んでたので、高校生の話だといわれると、ちょっと幼い感じがしました。

トチ:この作家も一応取り上げているというだけで、いじめや虐待を掘り下げているわけではないでしょ。そういう意味でみると、日本の作家は全体に社会性がないですね。社会から隔離されたところで生存しているみたいです。これでいいのかなという感じがしました。

(「子どもの本で言いたい放題」2005年2月の記録)