笹生陽子『バラ色の怪物』
『バラ色の怪物』
笹生陽子/著
講談社
2004.07

版元語録:自分の中の「怪物」がうごめきだす。中二の遠藤は、学校の異端児・吉川と仲良くなるいっぽう、中学生でありながら、ネットオークションでお金を稼いでいる三上のボディーガードをはじめることに…。

ブラックペッパー:とても上手に書けている、と思いました。すっと読めて。でも、上手に書けすぎているという気持ちもあります。遠藤が急に強くなるというのが鮮やかではあるけれど、急すぎた。あと、吉川がよくわからなくて。彼女はなんなんでしょうね? 『スターガール』(ジェリー・スピネッリ著 千葉茂樹訳 理論社)のような、反逆児のような。こんな子いるのかな?

:私は、『ぼくは悪党になりたい』(笹生陽子著 角川書店)の方が、得体の知れない人がいなくて、読みやすかった。この本も、主人公の男の子が家の手伝いをするし、母親に心配かけまいと健気だし。そんな子がネットオークションでカードを売り買いしたり、夜の歓楽街に出掛けたり、本人に自覚の無いままに事件を起こしたり、巻き込まれたりする、中学生くらいの子のこわさが実感としてありましたね。急にあんなに遠藤が強くなるところには、私も違和感をもちました。

むう:私はかなり好きです。『きのう、火星に行った。』(講談社)以来、笹生さんの書き方が好きなのかもしれません。現在の世相をうまくとりこみながら、順調に育ってきたバイオエリートみたいな子がうまく出ている。一歩ずれたところに自分を置いている感じが納得できる。主人公が母親と口ゲンカになるところも、この年代特有の人との接しにくさがよく書けている。暴力におぼれていくところも、私は違和感がなかった。ただ、最後のおっかけっこの場面で、突然劇画調になったのがちょっと。全体としては好きですね。

ハマグリ:文章がうまいと思うし、すらすらっと読める本でした。でもこの主人公のような、一見さめているみたいなんだけど実は結構単純という主人公って、あまりおもしろみがない。こういう子は確かにいるとは思うんだけど、個人的には好みではありません。『楽園のつくりかた』(笹生陽子著 講談社)の主人公の方が好きですね。読んでいるときはすっと読めるけど、作品としてはなんとなく後味が悪い。三上なんかの描き方もそうだし、吉川は、最初の出方が印象的なのに、中途半端。人は見かけによらない、別の面を持っているという程度で終わっているのが、とても物足りなかったですね。

きょん:ずいぶん前に読んだんです。全体としてはすらっと読めるけど、私もあまり好きじゃなかった。なんとなく中途半端な感じがしました。子どもの中に潜む“怪物”はちょっと理解できたし、それが、時としてむくむくと頭をもたげて暴れ出し、心を乗っ取る感じは、よく描けているのだけど、結局、最後には怪物の正体を見つけられたのか、それを追い払うことはできたのか、疑問が残ります。吉川は、よくわからなかったんですよね。やはり最後には、飛び降りたのでしょうか……。吉川が、「ふつーの世界」の住人にこづき回され、嫌われながら、なぜ平然と変人ごっこを続けていたのかよくわからなかったんです。せっかくおもしろいキャラなのに、なんでこうなったのかが漠然としすぎていて。問題提起を投げつけるだけで、本の中で自己完結できなくて、そのまま終わってしまったよう。進学私立校に通うエリート中学生の三上の犯罪も、なんだか中途半端で、それでどうなったんでしょう? YA文学で思春期の子どもたちが読者だと考えると、問題を投げつけるだけでも、共感できるのでしょうか? あえて、そこに生き方とか、指標になるようなものを提示しなくても、いいのでしょうか? 中途半端な書き方が、この中途半端な年代には、いいのかしら?

愁童:最初は3冊のなかでいちばん面白いかなと思ったんだけど、『きのう、火星に行った。』のほうが面白かった。中学生あたりに読ませるという意識が過剰なんじゃないかという気がしました。吉川の奇矯な行動を出してきて、読者の関心をパッと引きつける冒頭の書き出しなんかうまいなって思ったんだけど、その後、ほとんど吉川が書き込まれてこないのが残念です。最後の方で、青いつなぎを着た男を裏と定義し、それに吉川を重ねて遠藤が納得するシーンには違和感が残りました。だって、青いつなぎの男は、読者からは裏には見えない。外見のハンデにもめげずに、倉庫で普通に仕事をしている設定になっていて、むしろあっぱれなぐらい表なんじゃないですか。吉川を、こんな風に説明するんじゃなくて、ストーリー展開の中で上手く書き込んでくれれば、遠藤との交流を通じて作品の奥行きが出てきただろうに、惜しいなって思いました。

ブラックペッパー:吉川がああなったのは、塾に一緒に行っていた子たちから仲間はずれにされたのが原因なんですよね。

愁童:でも、その描写はないわけで。

ブラックペッパー:そこがずっと謎だったのが、あとから明かされて「真相解明!」っていうつくりなんですよね。

愁童:文章で書くならば、グレーゾーンも書かないと、立体感が出てこないじゃないですか。

ブラックペッパー:私は、吉川が、派手なことをしたいのに温室によく来てるということがピンとこなかったですね。お花に詳しかったり。

むう:吉川やつなぎの男の人っていうのは、多数派と少数派の対比なのかな。マジョリティーとマイノリティーみたいな。

愁童:それは裏とはちがうんじゃない。青いつなぎの男は少数派かもしれないけど、裏じゃないと思う。

アカシア:中学生ってすごく難しい年齢ですよね。社会からは疎外されたところにいて、でもあれこれ思い悩むし感受性も強い。だから常識の物差しでは量ることができない吉川みたいな女の子だって出てくるのはわかるんです。ただ最初の出だしを読んだときは純粋エンターテイメントのドタバタなのかな、と思ったんだけど、読んでいったらそうでもなくて、どっちつかずになっていた。私も『ぼくらのサイテーの夏』(講談社)や『きのう、火星に行った。』のほうが、心理の揺れがきちんと描かれていて作品としての質は上じゃないかと思いました。
今日は出席できないトチさんから、メモを預かっているので、みなさんにもお伝えします。

トチ(メモ):三上くんの正体がなんなのか知りたくて、最後まで読みました。途中から「光クラブ」にヒントを得ているんだなと分かりましたが、歳のせいでしょうね(リアルタイムで知っているわけではありません。念のため)当時より今のほうがずっとこういう事件(というか犯罪)が起こりそうな時代ですし、題材の選びかたがなかなか鋭いし、おもしろいと思いました。というわけで、三上くんがらみのストーリーは、おもしろかったし、遠藤の気持ちもきめこまかく、よく描かれていると思いました。ウサギのような宇崎くんもおもしろい。
でも、三上くんのストーリーと、吉川や、頭にけがをした青いつなぎの若者の話がどうからんでいるのか、わかりませんでした。よっぽどオツムが悪いのでしょうか? 一見バラ色の怪物のような吉川や、けがのせいで通行人に気味悪く思われている男の人のほうが怪物ではなく、三上くんのような優等生のほうが怪物だといいたいのでしょうか?でも、それじゃあまりにも単純すぎて……どなたか教えてください。
青いつなぎの若者の話は、分からないを通りこして、憤りすらおぼえました。94ページの「『魔界じゃ姿が醜いやつほど強いってことなんすかね』……遠藤はふとつぶやいた。青いつなぎの若者のことをぼんやりと思い出しながら。この世のものとは思えないほど醜く、そして強い者」とか、86ページあたりの若者をことさら英雄視した吉川の言葉とか……「もはや存在そのものがリアルの域を超えているね」なんて言われたい人間がいるんでしょうか?

カーコ:今回選書するときに、中学生が主人公になっているものを選ぼうとしたんです。今の中学生にどんな本が届いているのかが、少しでも浮かび上がればいいと思って。笹生さんは、中学生によく読まれている作家だし、話題にもなっていたのでこの本を入れました。でも、これは読後感がよくありませんでした。衝動を抑えられない感じがうまく出ているので、中学生が読んだら、ほかにもこういう子がいるのかと思うかもしれないけれど、もっと明るいものを見せてほしい。また、保護者の立場で読むと、おそろしいですよね。親の知らないところで、子どもがこんなことをしているなんて。東京都では昨年条例が出て、中学生の夜間外出は禁止になり、違反すると親は罰金を払わなければならなくなっています。だから、現在の東京都ではこの物語の設定はリアルじゃないですね。

紙魚:笹生さんのほかの作品にもいえることですが、冒頭の吉川の登場のしかたや、それぞれのキャラクター、物語の設定にきれ味があって、すっと鮮やかな印象が残ります。キャラクターのデフォルメがうまいので、多少、心情描写がうすくても、どんどん読み進めていけちゃう。ただ、その鮮やかさが切れ切れとしていて、なかなか一筋のものにつながっていかない。だから、読んでいるときはおもしろく感じられるのだけれど、吉川とか、つなぎの男とか、この物語にどう機能していたのかがつかみにくい。

すあま:同じ時期に出版された『サンネンイチゴ』(笹生陽子著 理論社)を読んだところなのですが、どちらも中学生のとんがった女の子が出てくるので、いっそのこと同じ子のちがう話(シリーズもの)でもいいような気がしました(他の参加者から「出版社がちがうから無理」という声あり)。読んでいる間はおもしろかったんだけど、読み終わってみるとそうでもなかった。吉川さんは、疎外されたのが原因で変わった行動をする子になったように描 かれていますけど、もともとの性格なのか、実はとても気持ちが弱いんだけど時々爆発するのか、わかりませんでした。見た目と行動の奇抜さだけでは、キャラクターとして弱いので、もう少ししっかり描いてほしかったな。青いつなぎの人との関わりも、ハンカチ拾うだけで終わっているのが物足りませんでした。

アカシア:私は、ハンカチ落とすなよ、と思っちゃった。月並みすぎるじゃないですか。

むう:吉川っていうのは、おそらく主人公が変化するための触媒なんでしょうね。だから、それほど主人公との関係が濃くならなくてもいい。ほどほどの関係で推移するんだけれど、それでいてまったく軽い存在ではないわけで、主人公はちょこちょこと刺激を受けていて、それがあるからこそ三上君との世界で自分の今まで知らなかったところを発見する、という流れなんじゃないかな。さらに、吉川にとっては、つなぎの男の人が触媒みたいな存在だったんじゃないかな。つなぎの男の人との深い交わりがあったからではなく、自分の抱えている問題があって、そこに男の人を外側から見ていて自分なりに受けた刺激が加わってはじめて今の吉川が生まれたと、そういう構造なんじゃないかな。だから、吉川やつなぎの男の人はあまりいろいろと書き込まれていなくて謎が多いままなんじゃないかな。つなぎの男の人の扱いにはかなり問題ありだと思うけど。

愁童:確かに触媒って言われるとわかりやすいね。でも、吉川が触媒で、青いつなぎの男が吉川の触媒っていうのは、すごく分かりにくい。吉川が触媒なら、吉川をもっと書き込んでほしかったな。

すあま:吉川は、あこがれの人を遠藤に見せたかったんですよね。

愁童:隔靴掻痒という感じがするよね。本当の触媒としての共感が生まれない。

ブラックペッパー:うー、でも、吉川は自分を見せないようにしている子だからね。

愁童:読者は、吉川への魅力に引きずられて読んでいる部分があるのに、最後は、表・裏みたいな簡単な図式で終わってしまうのは残念だったな。

(「子どもの本で言いたい放題」2005年3月の記録)