『天才ネコモーリスとその仲間たち』
テリー・プラチェット/著 冨永星/訳
あすなろ書房
2004
原題:THE AMAZING MAURICE AND HIS EDUCATED RODENTS by Terry Pratchett, 2001

オビ語録:突然かしこい頭脳を手に入れたネコとネズミの大冒険/イギリス屈指のストーリーテラーがおくる痛快な冒険ファンタジー
*2002年度カーネギー賞受賞

ケロ:この本は、興味をそそられる感じの本だったので、随分前に買ってあったのですが、お話の最初のところで、なかなか入れなくて、じつは置いてしまってたんです。でも、途中から勢いがついて、中盤以降はばあーっと読めました。モーリスのキャラも、ハードボイルドで渋くていいし。世界観が複雑なので、頭の中がごちゃごちゃになってしまいましたが、パロディが色々入っていたり、ストーリーよりもこまかいやりとりが笑えて楽しめる大人向きの作品ですね。モーリスがいう言葉、ネズミがいう言葉で、後でふっと生活の中で思い出しそうな哲学的なひと言にたくさん出会えました。章のはじめに記されている「うさぎのバンシーの冒険」が、最後までかちっとはまらなかったです。

ハマグリ:魔法使いのゴミを食べて急に賢くなったネズミたちが、そこにあった缶に書いてあった言葉から適当に名前をつけてしまうというというのがおもしろい。このユニークな名前の訳は、初出だけ日本語訳にカタカナのルビをつけ、2回目からはカタカナ名を使ってありますよね。工夫されていると思うけど、やはりカタカナでは意味がわからなくなるので、全部は無理かもしれないが、例えば「サーディン」なんかは「イワシ」と日本語に直してもよかったのでは? いろいろな名前のネズミが次々に登場するので、個性と名前が一致してくるまで苦労しました。最初は情景がなかなかすっと思い描けなくて、そのわけを考えてみると、一つの描写の次にくる文章が、必ずしも前の文章の続きではないような書き方をしている。だから『天才コオロギ』のように、順番どおり素直に読んで情景を積み重ねて読むというわけにいかないんですね。独特のぶっとんだ感じがあって、訳文はそれをよく伝えていると思うけど、それに慣れるのに時間がかかった。途中で、この一見脈絡のない描写の連続、瞬時に視点が変わる動きは、アニメやコミックなんだな、と気がつきました。それで映像的に頭に思い浮かべるようにしていくと、だんだんついていけるようになったの。それでもよくわからなかったのは、91ページの最初の描写。ネズミたちの配置や動きがよくわからなかった。また、うさぎのバンシーさんの冒険を章の最初に出すのは、ちょっと凝りすぎかな。本文との関連がよくわからない章もあったし。マリシアがとてもおもしろい子なので、マリシアが出てきてから会話にメリハリがついておもしろくなりましたね。この作品自体が「ハーメルンの笛吹き」を下敷きにしている上、数々のパロディが使われているんだけど、そのおもしろさが、日本の子どもにはわからないのが残念ね。本当はもっとおもしろいことが随所にあるんだろうけれど、仕方ないですね。作者が知的な遊びをこれでもかこれでもかと楽しんでいることはわかるんだけど、読者も一緒に堪能するには、限界があるんでしょうね。

トチ:みなさんがひっかかった最初の場面ですけど、暗い馬車のなかで、御者に後部座席の怪しい話し声が聞こえてくるっていうところ、わたしは大好き。わくわくする始まり方だと思ったわ。一行がたどり着く町も、カフカの世界を思わせる、不条理というか、官僚がはびこっている奇妙な町。ビッグラットの正体も、ああこういうことなのかと、おもしろく読みました。ただ、ネズミが続々と出てくるので、ピーチ以外のネズミがすぐにわからなくなってしまう。登場人物紹介のページとか、しおりのようなものがあったら、もっと読みやすかったと思います。あっさり味の「サンゴロウ」にくらべて、こちらは中身がぎゅっと詰まっているコンビーフ缶みたいで、少しずつかじっていくとすごくおいしい。でも、一般的に日本ではほのぼのとした、のんきなユーモアが好きだという気がするので、こういう風に次から次へとたたみかけるように繰り出してこられると、息苦しくなるかも。たしかに大人は楽しめると思うけれど、文化的なギャップのある日本の子どもたちはどうかしら。本国での読まれ方と、日本での読まれ方が非常に違う種類の本だと思いました。

:この前に、『半島を出よ』(村上龍著 幻冬社刊)を読んでたんです。あれも登場人物がずらっと出てくるし、しかも朝鮮名などは、なかなか覚えられなくて。この本も、ネズミがいっぱい出てきたけど、だいたい見当をつけて読んだので、登場人物は大丈夫でした。モーリスが魅力的で、ネコの本能と戦うところもおかしかったし。ネズミとり器の名前とか、毒の名前とか、笑えるところがたくさんありました。ネズミと戦う場面の緊迫感、次のページにいくと、モーリスとマリシアのしゃれた場面。場面の緩急がおもしろかった。食器棚が倒れるところで、奇跡的に無傷な皿が、ぐるぐる円を描いてグロイユオイユオイユウウイインという音とともに回る、って表現には、目に見えるようで、笑ってしまいました。こんな風に回る皿を実際に見たことがあったし。マリシアが、ピーターラビットの本をよく言わないのは、作者の評価なのかしら。

きょん:キャラクターの多さと、カタカナ名前で、途中で止まってしまいました。

ブラックペッパー:こういう本はちょっと苦手。いろんなことが同時に起こる、すばやい展開に、頭の回転のかんばしくない私は、ついていくのが大変でした。テリー・プラチェットは、教養あふれる人なんだろうけれど、饒舌で一言多いって感じがして、時々「しずかに」と言いたくなる。ヨーロッパ教養人にとっては常識っていうようなことがベースになっているので、そういうことに疎い日本人にはわかりにくいかも。とってもよくできていて面白い物語だけど、やっぱりハードルは高い……。翻訳は、日本人にも受け入れられやすいようにと、よく工夫されていると思うのだけれど。

小麦:最初、文章が映像化されて頭に入ってくるまでに時間がかかりました。どうしてかって考えたんですけど、日本の昔の物語なんかでは、主人公(語り手)と読者が一緒になって、ほぼリアルタイムで事件や出来事を追っていくという時間の描き方が多いのに対して、この本は、あとから事実関係が明らかにされたり、別のエピソードが突然挿入されたりと、物語中の時間の描き方が変則的なんですね。それに加えて、シーンごとにトーンが変わる。例えば、ネズミ取りにかかって死んだ仲間を前に、死について語ったり、そのネズミを食べちゃうことについて考えたりするシーンがあります。考える能力を手にしたが故の苦悩という感じで、スーパーラットたちが、哲学的なこととか、倫理的なこととかを考える。こちらも「そうよねぇ……」なんて同じトーンで読んでいると、突然コメディタッチのシーンに、ぱっと切り替わったりするんですよね。読んでいる方はあれれっとなっちゃう。物語に寄り添って読むというより、作者に翻弄されているような感じがしました。
文章が映像的という指摘もあったように、本当に最初に映像ありき、というタイプの作品だと思いました。映画のスラップスティックコメディを、文章に落としていったような感じ。今までにあまり読んだことがなかったタイプの作品なので、「こういうのもあるんだなぁー」と思って面白かったです。ただ、『天才ネコモーリスとその仲間たち』という割には、モーリスの存在がやや希薄な感じ。むしろ、ネズミたちの物語という方がしっくりくる感じがしました。

アカシア:今日の課題本の3冊のうち、これを最後に読み始めたんですけど、おしまいまで行き着けませんでした。うまく物語に乗れなかったんですけど、この作品はポストモダンなんでしょうか?

驟雨:私は、これはコミックだと思って読みました。根は生真面目なのを、わざとおちゃらけてみせているような気がしました。

アカシア:翻訳が難しい本ですね。話を頭に入れるまでに時間がかかります。それに、ネズミの名前ですけど、英語圏の子どもならデンジャラスビーンズと言われてもイメージがわくけど、日本の子どもはただ長ったらしい名前だと思うだけでしょう。ちょっとくらい意味は違っても、子どもにわかる名前に変えてしまったほうがよかったのでは? RATHAUS(ドイツ語で市役所)でネズミを駆除している(ここはハメルンの笛吹きから借りてきているんですよね)という設定も、ドイツ語では市町村議会のことを指すRATが英語ではドブネズミを指すってことがわからずに「ネズミの家(ルビ:ラトハウス)気付けネズミ駆除係」と書かれていても面白くない。それに、謎がどうなっているのかよくわからない。細部にはおもしろいところがあるけれど、日本ではついていける読者は少ないと思います。いろいろな下敷きの上に物語が構築されているようなので、その下敷きの知識がないと楽しめない部分が多いのかもしれません。子どもが読むには高尚すぎるんじゃないでしょうか。

トチ:出版社は子ども向けに出したのかしら? 作者は?

驟雨:プラチェットという作家は、出す本、出す本ベストセラーなのに、文学の評論家からは無視されて、ちょっと変な作家という扱いを受けてきたと聞いたことがあります。実際、この本を読んでいても、根は大まじめな人間が、わざとおちゃらけて尻尾をつかませまいとしているような感じがしました。この人のほかの子ども向けの本も読んだことがありますが、ややもすると達者さが空回りしかねないタイプのようですね。その中では、小手先でないというか、達者さが空回りしていないという点で、この本はいいと思いました。カーネギー賞を受賞した理由は、高尚なことを問いかけながらも、笑いをまぶして子どもに楽しめるようにしている点にあったということですが、まったくその通りだと思います。ただちょっと、わからない人はわからなくてもいい、というようなところがありますね。年齢が低い人にはわからなくていい、というのとは違う意味で。なんというか、舞台に登場するのに、スマートに登場せず、わざと転がり出てきて、もうもうと埃を立ててみんなの注意を引く、みたいな感じのところがあって、そのあたりからも、わからない人はそれでいい、みたいな感じを受けました。それと、ひじょうに映像的な書き方をする人だと思いました。ぐっと引いたイメージになるかと思うと、すっと目線が動いたり、今度はクローズアップとか、映画を見ているような気がしました。子ども向きかどうかという点でいうと、やはり子どもに向かって書いているんでしょうね。ネズミとネコを主人公として、意表をつく展開が連続するテンポの速い物語にすることで、哲学的なことがわからなくても楽しめるようにしてある点など、子どものことを意識していると思いました。結末も決して一筋縄のハッピーエンドではありませんが、この本にはそうとう倫理的な側面があって、全体として、著者がこれからを生きていく人たちに伝えたいことがあって書いた、という印象を受けました。

(「子どもの本で言いたい放題」2005年6月の記録)