『オオカミ族の少年』 (クロニクル千古の闇1)

ミシェル・ペイヴァー/著 さくまゆみこ/訳
評論社
2005.06
原題:CHRONICLES OF ANCIENT DARKNESS 1.WOLF BROTHER by Michelle Paver 2004

版元語録:最初に地上をおおった闇は、巨大なクマの姿を借りていた。少年トラクと子オオカミのウルフ、悪霊に立ち向かえるのは彼らだけ…。

紙魚:『魔空の森』はどこに向かって読んでいけばいいのか、てんでわからない物語だったのですが、この『オオカミ族の少年』は、どこからはじまりどこへ向かうのかということをしっかりと明示してくれるので、とっても読みやすかったです。見返しの地図もおおいに頼りになり、道筋の線をたどりながら、自分が今どの地点にいるかということを把握できました。だからこそ、少年やウルフが成長していく様も実感できたんですね。シンプルな構成ですが、シンプルな分、余計なことに気を散らせずに、自分が想像する世界観がどんどん重層的になっていく。1巻を読んだだけでは、謎がぜんぜん解明されないので、続きが読みたくなります。欲をいえば、紀元前4000年の世界って全く知らないので、もっともっと細かく知りたかった。あとがきを読むと、作者の方はきちんと調べて思い描きながら書いていらっしゃるようなので、その部分ももう少し読みたかったです。あと、匂いの描写がきわだっていましたね。

愁童:今回の3冊のなかでいちばん面白かった。あとの2冊があまりピンとこなかったので、これを読んで救われましたね。作家の思いが行間にあふれている。登場人物たちの人間関係もきっちりと分かりやすく語られていて説得力があると思った。森を書いても、森そのものの湿気とか寒さとか、情景が読み手の中に自由に拡がって行く力があるね。書かれている文章の何倍も読み手の想像力を刺激してイメージを膨らませてくれる楽しさがある。

アカシア:章の最後がどれも、「その先どうなるの?」と気をもませる所で終わるんですね。まだ1巻目なので、疑問はいろいろあって、それがこの先少しずつ解決されるかと思うと楽しみです。人物も、簡潔ながらふくらみのある描写になっていて、アイテムとプロットだけで引っ張っていくネオファンタジーとはひと味違うと思いました。

愁童:父親の「後ろを見るように」という教えを、時折思い出すところなんかもうまい。その時代を生きているトラクに、しっかりしたリアリティを感じさせる効果があるね。

アカシア:オオカミの視点から見て書いている部分は、色がないところなんかも面白いですね。

うさこ:12歳のトラクが父を亡くし、ウルフと後からレンが加わり、知恵と勇気をふりしぼってつき進む姿は、さあ、これからどんな試練が待ち受けていて、どう乗り切っていくのかと、わくわくしながら、引き込まれるように読みました。読み進めていくと、迫力あるリアリティと臨場感にあふれる物語で、実際は6000年前のこの土地や民族、文化を全く知らなくても、まるでそこにいていっしょに冒険しているような感覚にとらわれました。最後の一行まで何がおこるかわからないといった物語のよい緊張感と迫力で、話のなかに没頭してしまいました。

アカシア:読んでいて、「またここでひっくりかえすのか!」という意外性がありましたね。

うさこ:構成は案外シンプルだけど、ディテールがしっかり書き込まれていて、そこが物語をしっかり支え、生き生きとしたリアリティをもってストーリーを展開させています。しかも、ディテールが書き込まれすぎると、全体の流れが悪くなったり読み疲れたりするものですが、それが全く感じられませんでした。
この時代の衣(着ているもの、着方、服や靴の作り方)・食(食料、調理方法、食べ方)・住〈火のおこし方、ねぐらの確保)・祈り・信仰・魂のとらえ方・墓・大自然の一部としての生きのびかた・他のものとの共存やルールなど、いろいろ興味深い点が多かったです。しかも既刊の本にないステレオタイプな表現が一つもなかった。そして、そういう匂いとか皮膚感覚とかがずいぶんリアルだと思い、本や資料の上だけの考察ではないなあと思ってこの原作者のことを調べたら、原作者は実際、東フィンランドからラップランドまで300マイル馬に乗って渡り、原始生活の体験をしている。どおりで、やけに土臭いと感じました。p218レンがオオライチョウをとってきて、調理して食べているシーンは実際食べたいとは思わなかったけど、実においしそうなにおいがしてきました。訳者は実際原始生活体験などはしていないと思うけど、それをほんとにここまで表現できるのはすごいなあと思いました。

愁童:少年と子オオカミのウルフは、親を亡くしたという同じ設定で書かれているけど、きちんと書き分けられているのに感心した。ウルフの感情を擬人化して書いていても、読み手には、いつもオオカミとして感じさせるだけの配慮がされていてうまいなと思った。

アカシア:トラクは、最初子オオカミを食べようとしますよね。そのあたりもリアル。

愁童:そうそう。あの時代なら、食べても当然。

アカシア:子どものオオカミって、大人のオオカミが一度食べて吐き出したたものを食べて育つらしいんですよ。この本では、トラクはたまたま熱があって吐いたんだけど、それをウルフが食べることによって関係が成立していく。そういうところも、ちゃんと書かれているんですね。

うさこ:ちゃんと生態をおさえて書いているところなどは、ウルフをまったく擬人化せず、オオカミとして扱っているってことですよね。

愁童:だから最後、トラクとウルフが助け合っていくというのも、説得力がある。今風のペットと飼い主の関係じゃなくてね。

うさこ:物質的な世界だけをすべてととらえていない。氷河を生き物としてとらえていたりもするし。

アカシア:アニミズム的なとらえ方をしている描写があちこちに出てきますよね。

うさこ:今は、人間が中心で、そこに実在するものだけが世界を構成するすべてとなりがちだけど、この時代、死んですぐの死体に触れちゃいけないとか、死(体)へのルールというか、魂のとらえ方一つとっても、ものすごく多面的にとらえて書いている。この時代に生きた人間は、自分を「ヒト」と自覚していたのかな? 動物や他の生物、鉱物のなかの一つ、くらいに思っていたのかな?

アカシア:human beingとはいえないのかもしれませんね。ほかのものとは少しちがう存在というくらいなのかしら。

愁童:古代人のところまできちっと戻って、その生態を描き出そうとする、作者の意欲と努力みたいな熱気がすごく伝わってくるよね。当時のトラク達の氏族がオオカミとつながって生きていたということに何の違和感も感じさせない世界を見事に描き出して居ると思った。

紙魚:現代が舞台だと自我の問題が軸になる小説が多いですが、やはり古代だからか、自我の問題が影をひそめ、生き抜くということが色濃く出てることに新鮮さを覚えましたね。

トチ:一気に読んでしまいました。原初の森の魅力が存分に描けているところが、ほかのファンタジーと一味違うところ。動植物の名前がたくさん出てきますが、私も読みながら、どんな色でどんな形のものか分かったらもっと楽しめるのにと悔しくなりました。少年、少女、オオカミがいっしょになって冒険するという話なので、男の子も女の子も、そして私のような動物好きの大人も楽しめる、それからさっき言ったように植物が好きな人も……というわけで、ベストセラーになった理由もよく分かります。まんなかへんで出てくる、鳩の腐った死体をすすっている、気のふれた男……あまりにも迫力があるので夢に出てきました! こういうものを読んでいる時いちばんハラハラするのが、主人公が死にはしないかということですが、その点シリーズものは、どんなことがあっても死ぬはずがないと安心して読めるので助かりました。去っていったウルフが、きっと続刊で群れのリーダーとしてあらわれ、トラクを危機一髪のところで救うのでしょうね。続編が楽しみです。

(「子どもの本で言いたい放題」2005年11月の記録)