『わたしは生きていける』
メグ・ローゾフ/作 小原亜美/訳
理論社
2005.04
原題:HOW I LIVE NOW by Meg Rosoff, 2004

オビ語録:世界を涙で包み込んだ愛と癒しの物語/ガーディアン賞・プリンツ賞受賞の超話題作!/すべての想いが花になるために/これはひとつの奇跡 愛と恐怖と希望と救いについての稀なる物語
*ガーディアン賞・プリンツ賞受賞

ミッケ:この本を読んで、思ったことが二つあります。一つ目は、原作がうまいなあ、ということ。戦争の書き方が斬新で、感心しました。過去の戦争を書くというのはよくあるけれど、それでは戦争を知らない子どもにとっては、フーンで終わってしまうようなところもあり、かといって未来の戦争というふうにすると、今度はSFめいてしまって、やっぱり読者から遠くなる。ところがこれは、時代背景などが細かく書かれていないために、逆に読者にすればリアルに感じられる。携帯電話やなにかが出てくるところを見ると、昔の話ではない、でも、今とそんなに変わっているふうでもないから、ごく近い未来か、それともすぐそばの今なのかもしれない。そういう形で、戦争を経験したことのない人に戦争を追体験させるという手法が見事だと思いました。また、戦争を、攻撃する側としてでもなく、攻撃される側としてでもなく書いているのも、すごいと思う。戦争の持っている残酷さだとか、戦争に影響を受け、振り回されていく様子がかなり身近に感じられるように描かれている。そういう意味でとても新鮮でした。
もう一つ思ったことは、翻訳がひどい。もう、途中で読めなくなりそうでした。たまたま原書を持っていたので、原書を見てみたところ、とても今風な女の子の語り、という感じで書かれているんだけれど、翻訳のほうは、NYで物質的には不自由ない暮らしをしていても精神的には飢えている子、という像がきちんと結べていなくて、読んでいてとても疲れる。トーンがひどく不統一な感じで、色々なところでひっかかりました。冒頭から引っかかりっぱなしで、「時代遅れのの女王様か、死人みたいに」というところも、一瞬、どういうこと?と思うし、「それまで」っていつまで?「はじめっから、」っていつから?「あの戦争」って第二次大戦のこと? みたいに、疑問だらけになっちゃいました。今時の女の子の省略のきいた語り口は、そのまま日本語にしたんじゃあ伝わらない。かなり言葉を補っていかないとまずかったんじゃないかな。とにかく読むのがたいへんで、原書の持っている力が、うまく伝わってこなかった。

ケロ:この物語は、現代の延長線上にある戦争に巻き込まれてしまった女の子の話だな、ということがわかった中盤以降は、引きこまれるように読んで、印象的な物語だなと思いました。このような設定で書かれた本は、日本にはないと思うし、とてもリアルですごい試みだと感心しました。ただ、最初にこの設定に入るまでは、結構とまどったんです。というのは、携帯電話などから現代だとは感じていたものの、主人公が引き取られた先がイギリスの田舎で、子どもたちが動物などの世話をしている古めかしい家なので、あれれと思ってしまった。いくら田舎でも、こんな暮らしがあるんだろうかと、読み返してしまった。すると前の方に「あの戦争」という言葉があったんですけど、それがどの戦争を指すのかもはっきりしなくて、とまどいました。主人公とパイパーがさまようシーンは、読者にとってわかりやすく、その中で主人公が食欲を含めて「生きる」ことに前向きになっていく様子が、自然に書かれていたと思います。

エーデルワイス:9.11のテロの後、それがもとで戦争になったという設定は、趣向が新しくてとてもおもしろいと思います。ただ、世界がどのように戦争状態になったのかという全体像は、はっきり描かれてはいませんね。主人公たちは田舎にいて、戦闘に直接的にはかかわらない。遠くで戦争が行われているという、のんびりした感じです。ちょっと離れているところで情報がないと、こうなるのかなと思いました。わからなかったのは、最後のところで、父親から電話があって、具合の悪くなった主人公が帰っていくくだり。主人公はニューヨークという都会で辛い思いをしていて、イギリスの田舎に移動した後で戦争にあって再生するという話なわけで、最後はすっきりしなかった。

ミッケ:この本は、戦争を書いているんだけれど、あまりドンパチやっているところとか、陣取り合戦とかは出てこない。どうやら占領されちゃったらしいよ、というようなとても曖昧な戦争で、ほぼ日常と変わらない感じが続いているみたいにも見えるのに、それがどこかで突然沸点に達して虐殺が起こったりする。そういうふうに書いてあります。これは、ある意味で戦争の怖さの本質のような気がします。そういう意味でとてもうまい。それと、主人公の恋人のエドモンドが心を閉ざしてしまうきっかけになる虐殺のシーンでも、虐殺後の様子は、主人公とパイパーが顔見知りを捜してていねいに見ていくということで、かなり詳しく出てくる。そして、エドモンドが心を閉ざしてしまったという結果としての現実も書かれている。でも、エドモンドが虐殺を目撃したというシーンそのものは出てこない。そうやってそのシーンの強烈さを読者に推し量らせている。そういう省略の仕方がこの作者は非常にうまい。そういう箇所が随所にあって、感心しました。

げた(メール参加):家庭環境になじめない女の子が、外国のいとこたちとの出会い、新しい感情が芽生え成長していくと言う話ではじまりました。それが、突然、近未来SF小説のような展開になり、戦争にまきこまれていくという、意外なストーリー展開に引き込まれました。

アカシア:翻訳をもう少しきちんとしてほしいな。たとえば、P6の「さがしてさがして、みんなは立ち去っていくのに…」。さがしてさがしての主語は「私」ですが、読点の後の主語は「みんな」だから、すとんと胸に落ちない。どういう意味かなあと頭をひねる箇所もたくさんありました。p17の「ほら、あたしはまた結論に飛びつこうとしている」は、何を指して言ってるんでしょうか? 同じページの「これという理由は思いつかなかったけど、自分は何世紀も前から、ずっと、この家の住人だったような気がした。そんなこと、かなわない夢だったのかもしれないけど」も、ぴんときません。こういう話し言葉口調は、訳すのがむずかしいでしょうけど、ニュアンスが伝わるようにもっと工夫してほしいな。それと、くだけた口調で話してるかと思うと、P31には「あたしには選択の余地はなかった」、P73には「もしくは……もとより……」なんていう硬い表現や古くさい表現が出てくる。これでは主人公の像が結べないですね。焦点が合わない感じで。P50の「血がつながった家族はもとより、」も、この文章がどこにつながるのか不明です。他にも、もどかしい箇所がいっぱいあって、私は読むのがつらかったです。編集者の人も何をしているのでしょうか? せっかくの作品がこれではかわいそうです。

(「子どもの本で言いたい放題」2006年12月の記録)