『ピトゥスの動物園』
サバスティア・スリバス/著 宇野和美/訳 スギヤマカナヨ/絵
あすなろ書房
2006.12
原題:EL ZOO D'EN PITUS by SABASTIA SORRIBAS, 1966

オビ語録:病気になったピトゥスを救うために5人のなかまが考えたのは、一日だけの移動動物園!

ミッケ:これは、『アル・カポネによろしく』より対象年齢が低いんですよね。動物園を作る?と大人なら目が点になるようなことを大まじめに考えて、トラを借りてくるなんて言い出して、どうなることかと思っていたら、子どものトラを借りられることになったりで、えっ?というようなことがそれなりに現実になって、でもそれほどはちゃめちゃでもなくというところが、楽しかったです。とくに遠足にいったときのあれこれは、よく書けていたと思います。フクロウがそう簡単に捕まるかな? とは思ったけれど、でも、マネリトゥスがジャーンという感じで出てきて、みんなとあれこれやって、夕方バスで帰るみんなを見送り、もうこれでこの子の出番は終わったのかと思っていたら、最後でまた動物園に見に来るというのがよかった。本の作りも、全体に対象年齢がはっきりしていていいと思いました。

げた:子どもたちが、仲間のためにいっしょになって動物園をつくろうとしている姿に感動した。なかなか最近こういう、子どもたちが生き生きと活躍する本がないので、うちの図書館のブックリストに載せました。絵もかわいいじゃないですか。いかにもいい子ばっかりっていう感じがするんだけど、こういう子が活躍してほしいという気持ちもあって、おすすめの本にしました。きっと子どもたちがこんな風に生き生きするためには、しっかり見守っている、大人の存在が必要なのだろうなと思いました。

うさこ:病気の友だちのために子どもたちみんなで力を合わせて…と明るくて生き生きしていていいお話なのだけれど、作者は生活童話を書きながら、自分のユートピアの中にいる子どもたちを書いてしまったのかな、というのが感想でした。最もあれっ、と思ったところは、動物をつかまえてくるところはとてもていねいに書かれているのだけれど、その後、食べ物や排泄など世話をする、管理することは書かれていない。生き物を扱うときはその世話が最もたいへん。ここらあたりをあいまいにしているのが読んでいて消化不良でした。また、お金を扱う入場券のこととか、前日のパレードが絵のようにすっとできてしまうとか、物語を支える細部に疑問を持ち、とても残念でした。夏休みで宿題もせず、毎日毎日外出して怒られないのかなとも考えてしまった。

ポン:1966年の作品ですからね。

宇野:少なくとも、塾とかないし。

うさこ:かわいくていい絵なんだけど多く入れすぎて、読み手の想像力を奪ってしまっているし、ここぞというときの挿絵のインパクトが薄れてしまうようにも思いました。

ケロ:こういうタイプの本って、日本にはないですよね。新鮮な感じがしました。ただ、大人たちは出てこないけど、それなりに大がかりなことが動いている。バスが何台も出て動物をつかまえに行くとか。あれ、近所でやっていたんじゃなかったの? って思っていたら、きっと大人達がちゃんとからんでいたのね、って思ったりして。そのへんのピントが合わせづらかったです。

宇野:バスが8台というのはオーバーですよね。ただ多いってことを示したかっただけでしょう。

ケロ:現実ではなかなかないようなお話なんだけれど、中に書かれているエピソードが、子どもたちがみんなで何かやろうとしたときに、実際にありそうなことなので、とてもおっもしろく読みました。いいな、と思ったエピソードは、小さい子が、最初みんな掃除班に入れられてしまって泣いてしまうのを、もう一度割り振り直すところ。時代はちがっても共感できると思いました。ただ、友だちのために動物園をやろう、という話のわりに、ピトゥスは小道具的にしか使われていないですね。そこはちょっと残念。

アカシア:文学って、光と影の両方を伝えるものだと思うけど、これは、影の部分はなくて、光の部分だけを楽しく書いているんですね。小さい子向けだから、それでもいいと思うんですけど。だから、動物たちをつかまえるところは工夫が具体的に書かれてるんですけど、その後のめんどうな部分、影の部分は書かれていない。つかまえた動物の世話をするのも、お父さんお母さん。いいのかな、とちょっと思いました。チョウチョウを開園1週間前につかまえて小さな箱に入れておいてだいじょうぶなのかな、とか、死んじゃったらどうするのかな、とか、野鳥もつかまえてるけど禁止されてないのかな、とか、いろいろと考えてしまいました。それから、中高生のお兄さんは大工で、お姉さんは裁縫だなんて、ジェンダー的には古いですね。最初の子どものチームにも、女の子はひとりだけだし。おもしろかったけど、気になるところもありました。訳は、ていねいで、わかりやすくて、いいですね。

:1年半ぶりにこの会に参加したので、カルチャーショックがあったのかもしれないけれど、これは「上質なエンターテイメント」。可もなく不可もなく、これだけで本になっちゃうわけ? ピトゥスはどうなっちゃっているわけ? この経験はこの子どもたちにどう生きているわけ? 子どもは読むでしょうし、売れるでしょうが、それだけでいいの? ただ、力というのはあって、元気をもらえる。へたに深いところにふれていない。別れがないし、後腐れもない。日常生活とはちがうけれど、日常生活のエッセンスを入れた上手なバランス。『くまのプーさん』を思い出しました。現実世界に触れず、あの世界だけを上手にとどめて成功している。40年前の作品と聞いて納得しました。

ねず:子どもの目で、夢中になって読みました。とってもおもしろかった! 最初はグループ作りのおもしろさ、次は動物狩りのおもしろさ。作者もおもしろがって書いているので、ついついピトゥスのことを忘れちゃうのよね。それで、ときどき思い出したように、すまなそうにピトゥスのことが出てくる。たしかに童心主義というか、大人が見る子ども像という感じもしなくはないけど、このくらいの年齢の読者には、それでいいと思う。洞窟の場面など、どきどきさせるエピソードも盛りこんであるし、サービスいっぱい。子どもたちが読んだら、きっとわくわくするんじゃないかしら。訳も、それぞれのキャラクターにふさわしい口調で台詞を言わせているし、とても工夫されていて、いい訳だと思いました。

:そういう意味で、「上質のエンターテイメント」なんですよね。

アカシア:こういう楽しさって、日本の作家だとどうしてもリアリティが問題になるから、結局翻訳物で子どもに手渡すってことになるのかもしれませんね。

ミッケ:著者は小学校の先生だったそうですが、子どもたちのグループ分けの話だとか、細かいところに、なるほど先生としての経験が生きているなあ、と感じさせるところがありますね。

紙魚:この物語って、たくさん登場人物が出てきますよね。でも、あまりごちゃごちゃしないのは、それなりに性格がわかりやすく書き分けられているのと、スギヤマさんの絵にも助けられるからだと思います。もしもこれが一人称で書かれていたりしたら、子どもの目って近視眼的だから、ここまでいろいろな子がいることを書けなかったと思います。お話もとっても気に入りましたが、スギヤマさんの仕事ぶりになにしろ脱帽しました。先ほど、挿絵が多すぎるのではという意見もありましたが、私はこの絵の質と量がとてもいいと思いました。読み物といっても、文章と絵の関わりがかなり密接なんですね。本づくりの過程に興味がわきました。確かに、大人が子どもを見ているというのはあると思います。でも、年齢の低い人たちの場合には、そのことが安心感につながる場合もあると思います。

ポン:タネットはなんて立派なんだろうとか、私は子どもの心で読みました。ちょっとしたところに胸きゅん。握手しなおすところとか、いいですよね。光と影というようなことは、全然考えもしなかった。筆箱を供出した子が17人もいたっていうのは、びっくりしたけど。ちょっと軽率なやつがいたりするのも楽しい。宇野さんの訳はやさしくて、この作品の雰囲気をよく伝えてると思う。私が好きなのは、やっぱりこういう世界なのかも。

宇野:みなさんのおっしゃるとおりだと思います。10年以上前に本屋さんで、この本だけ20何刷かになっていたのを見て手にとったんです。原作がカタルーニャ語なんですが、スペイン語版の翻訳は悪いと人に言われ、カタルーニャ語で訳したいと思いました。スペインは内戦後、スペイン語以外の言語の本は出すことができない時代があって、この本はカタルーニャ語が解禁になってすぐに刊行された、記念すべきカタルーニャ児童読物なんです。実は、いろいろな日本の出版社に要約を見せて何度もボツになり、しまいに全訳して持ち込んでようやく採用された作品です。原書を読んだときは、原書の絵もいいなと思ったのですが、スギヤマさんの絵を見たらだんぜんこちらがよくて感激しました。大人が子どもを見て書いているという感じは、確かに全編にありますね。でも、原書にたくさんあった「子どもたちは〜」という主語は、できるだけ子どもの視点で読めるように気をつけて訳しました。

(「子どもの本で言いたい放題」2007年4月の記録)