『チューリップ・タッチ』
アン・ファイン/著 灰島かり/訳
評論社
2004.11
原題:THE TULIP TOUCH by Anne Fine

オビ語録:生まれつき邪悪な人間なんて、いない!/少女の心の闇を救う手立てはあるか?/英国で熱い議論を巻き起こした問題作、ついに翻訳出版! *ウィットブレッド賞受賞
*ウィットブレッド賞受賞作

げた:こわくなりました。どうしていいかわからなくなりました。というのは、チューリップがこうなったのは、彼女の父親のせいですものね。一方、ナタリーのお父さんは、私は自分自身の立場に置き換えて読んでしまいました。もし、自分がナタリーの父親だったら、どうするんだろうとね。彼のナタリーへの接し方は普通なのかなと思いましたね。いずれにしても、こういう子どもに接したことがないので、突き刺されるようにこわかったです。

紙魚:帯に「邪悪な人間なんて、いない」と書かれているので、最初からそういう人物の物語を読むつもりで読んでしまいました。私には、ナタリーがチューリップにひかれていく過程はつかみにくかったです。ただ、ひたひたとおそろしさがつのっていく書き手の力はすごいです。ただ、年齢の低い人にすすめたいとは思いにくい本です。

みっけ:すごく強烈で、ぐいぐい引き込まれたけれど、どうやら私はチューリップの方に感情移入しちゃったらしく、ナタリーがなんとも嫌で、大人も非力で、なんか嫌な気分が残りました。確かにナタリーはああするしかなかったわけだけれど、それでもあるところからすっと離れていくじゃないですか。突然離れて行かれる方はたまらないよなあって、そう思っちゃった。アン・ファイン自身がぜひ書きたいと思っていたと、訳者後書きにあったし、たしかにそれだけの力のこもったよく書けた作品だけれど、これを子どもに向けて出してどうするの?と思っちゃった。大人が読め!っていう感じですね。ナタリーにこれ以上何かを要求するのも無理だし、ナタリーのお父さんたちがチューリップに気をつかっているのもわかるし、本当に痛々しかったです。

ネズ:この本は、大変な傑作だと私は思っています。作者は本気で書いているし、訳者も本気で訳している。すごいなと思ったのは、麦畑の場面。最初に、黄金色に輝く麦畑の中に、女の子が子猫を抱いて立っているというルノアールの絵のような、美しい光景が出てくる。それが、後半、なぜこの子が、このとき子猫を抱いていたのかということが分かったとたんに、それまで読者の心の中にあった泰西名画のような場面が一気にモノクロの、陰惨な場面に変わるのよね。見事だなあと思いました。それから、ナタリーが、チューリップを敬遠するようになるころから、チューリップがナタリーの中で生きはじめてくるというか、だんだんチューリップのモノローグなのか、ナタリーのなのかわからなくなり、ひとりの人間の中でふたつの人格がせめぎあっているようなサスペンスを感じました。
この本が出たときは、イギリスでも子どもに読ませるべき本かどうかという議論があったと聞きました。よく児童文学は「子どもについて」書いた文学ではなく、「子どものために」書いた文学だって言われるわよね。この「ために」というのは、子どもが読むためにという意味だけど、アン・ファインはこの作品を「子どもが読むために」というより、「子どもの味方になって、子どもを擁護するために」書いたような気もします。何度も読みたくなるような楽しい作品じゃないけれど英国の児童文学の質というか、レベルに圧倒される作品だし、ぜひ大勢のひとに読んでもらいたいと思う。

みっけ:大人に読ませるという感じは、確かにしましたね。

アカシア:私もすごい作品だなと思いました。それに私は、大人だけじゃなく、この作品を必要としている子どもも確実にいると思います。ナタリーのように、悪魔的な魅力をもった者にどうしようもなく惹かれてしまうことって、子どもにもあるじゃないですか。それにチューリップのように、否応なくこうなってしまう子だっている。そして今の時代の親は、特に児童文学に描かれる親はそうですが、あんまり子どもの力にはなれなくなっている。ナタリーの親は普通の良心をもちながらも、チューリップに対しては中途半端な善意を持ってしまいますが、そういうのも自分も含めてよくある大人だと思います。そんななかでナタリーはどうしたらいいかわからなくなるわけですけど、アン・ファインがすごいのは、結論をあたえるのではなく、いっしょに考えていくところ。いっしょに悩んでいるところ。
『新ちゃんがないた』のような本も必要だと思いますが、大きな違いは『新ちゃんがないた』は、正解を作者が用意していて、ちゃんと読めばその正解にたどりつく。逆に言うと、その正解にしかたどりつかない、とも言える。それに比べ、この作品は、もっといろいろなところへ考えが広がっていく。読者の中に考える種として残って、のちのちまたさらに枝を広げていくかもしれない。
作品のリアリティについては、ナタリーがチューリップにひかれていく気持ちや、だんだん重荷になっていく気持ちは、とてもていねいに描かれていると思います。もちろん低年齢の子どもには向かないと思いますが、中学生以上の子どもにはぜひ読んでもらいたいと思います。

サンシャイン:チューリップのような人が、とりついてきて、はなれられなくなるというのは、自分にも経験があります。ホテルの火事の場面もすごいですね。

アカシア:徹底的にリアルよね。

ネズ:ホテルで働いている人たちの描写もリアル。

サンシャイン:チューリップには、ヨーロッパの魔女のイメージも重ねあわされているような気がします。それからチューリップの激しい言葉に、まわりの大人たちが驚くというのも、イギリスの階級的な空気??この言葉はこの階級の人は絶対に人前では言わないとか??が反映しているのでしょうね。翻訳されるとわかりにくくなってしまいますが。

アカシア:最後の一文「チューリップを狂わせたのは、あたしだと。」というのは、原文と照らし合わせてみると、ずいぶん強い感じがしますが、どうなんでしょう。

ネズ:「あたしにも罪がある」くらいじゃ弱いと、訳者が思ったんでしょうね。

アカシア:ハッピーエンドになりようがないわけですけど、現実世界をリアルに描くとこうなるしかないんでしょうね。

(「子どもの本で言いたい放題」2007年11月の記録)