久保田香里/著 飯野和好/画
くもん出版
2008.01
版元語録:天平9年、平城京の夏を駆け抜けた少年がいた。疫病におかされた都で、ひとり生きる少年・千広。母を亡くし、父の不在をうらみ、かわきかけた心をひと夏の出会いが変えていく…。
ウグイス:最近読んだ日本の創作の中では、これはとてもおもしろかったんですね。お母さんが死んじゃって、お父さんも帰ってくるかどうかわからないという辛い状況の中で、石を売ったり、お札を書いて売ったりなど、子どもなりの知恵をつかってひとりで生きていこうとする主人公に共感を持ちました。むせかえるような夏の空気感みたいなのも伝わって、細かい描写が上手に書けていると思う。子どもの気持ちがよく出ているし、登場人物もそれぞれよく書き分けられていると思います。最後は希望を持って終わるような書き方で、続編が出るのかな、という感じをもちました。
ハリネズミ:私もおもしろかった。千広と宿奈の淡い恋心みたいなのもあるし、安都とか伊真さんとかステレオタイプ的ではあるけど、いろいろなキャラクターを書き分けて物語を進めていくのもいいな、と。ただ、この本だけで終わるんなら、ちょっと物足りない。学問の世界とストリートの世界の間で揺れ動く千広はどう決着をつけるんだろう、とか、お父さんは帰ってくるのかな、とか、宿奈との恋はどうなるのかな、と先が知りたくなりますね。続きを出してほしいな。
クモッチ:天平9年、738年という時代のものを読むおもしろさが一つと、そういう時代を描きながら、主人公のお父さんに対する気持ちがとてもよくわかるように書かれていたのがおもしろかったです。これは、万葉集成立よりも前の時代のことなんですね。風土記が、天皇の命令で各地で編纂されている頃なので、風土記の文献から、イメージを広げていけたんだろうなと思いました。新しい知識を得たいという欲求から、家族をかえりみることなく唐にとどまってしまう父。その父に対して、とても納得ができない千広が、だんだんに父の気持ちを理解していく過程がよく描かれていると思いました。惜しいのは、宿奈とのことがいま一つわからなかったことです。氷石というタイトルもテーマがよく見えなかった。でも、とてもおもしろく、続きが読みたいと思いました。
ジーナ:さあっと楽しんで読めたんですけど、私はやや物足りなかったです。おもしろい部分もあるのだけれど、たとえば千広と宿奈や伊真さんが、なぜそれほどつながったか、そういう部分の具体的な描写が少ないように思いました。いじめられているところにちょうど伊真さんが出てきたり、しばらく出てこなかった宿奈がいきなり病気であらわれたりするところで、都合がよすぎる感じがしてしまって。
フェリシア:この本は、すごく前に読んだので、読み返さなきゃと思ったんですけどその時間が取れませんでした。前に読んだときは、さあっとおもしろく読んだんですけど、2か月、3か月たつと印象が薄くなってしまいました。それでも、ひとつ印象的だったのは、少年のお父さんに対する気持ちの変化です。最初は、帰ってこない父に対する怒りだったんですよね。しかし、苦しい生活の中で、札に文字を書いて売ったり、医薬院の看板の文字を見たりするとき、否定していたお父さんの影響を自分の中に発見していく。そして、次第に、お父さんに対する気持ちが怒りから尊敬に変わっていくところがとてもよく伝わってきてよかったです。「氷石」っていうタイトルはとても魅力的で、女の子にプレゼントするなど、何か起こるのかなと期待したのですが、特にこれといって印象的なことはなく、氷石というアイテムが生きてきていない気がします。もう少し少年の気持ちの象徴的なものとして描けていたらよかったように思います。
ウグイス:読者を知らない時代に連れていってくれるっていうのが、この本の魅力だけど、それを取り去ると少し弱いところがあるのかもね。場面場面は主人公によりそってうまく書けているし、この時代の雰囲気は印象に残ると思う。ここまで書けるんだから、これからもっと書いてほしいですよね。
(「子どもの本で言いたい放題」2008年8月の記録)