『走れ UMI』
篠原勝之/著
講談社
2008.1

版元語録:父さんがくれたマウンテンバイクの「UMI」に乗って、ミカン山から生まれ育った鯨の町へーー。それは、僕が大人になるために、自分に課した「宿題」だった。 *第58回小学館児童出版文化賞受賞
*第58回小学館児童出版文化賞受賞

プルメリア:子どもが持ちやすい、手に取りやすいサイズの本。マウンテンバイクが大好きな少年が、離婚したお母さんの実家に行き、夏休みに自転車屋を営んでいるお父さんの家に戻ってくる。少年の葛藤が描かれている成長物語かなと思いました。お父さんと少年が、足の悪い犬を船に乗せて海にタイをとりにいく場面は大変ていねいにかかれていると思いました。両親が離婚をした家庭に育った子どもには、少年の生き方に共感する部分があるのではないのかな。お父さんのもとに戻ってきた少年に接する大人たちに、あたたかさを感じました。

カワセミ:決して悪い感じではないんですが、全体にいじましい感じがして、読んでいてあまり楽しくなかったですね。主人公も出てくる大人たちも、みなそれぞれの境遇で一生懸命に生きている姿がよく描かれているけれど、現状維持に精一杯で、正直に生きていてもなかなか殻をやぶれない、先へ進まないもどかしさがありました。「旅をする少年少女」というのが今回のテーマだったけれど、元の家に戻るだけだし、主人公があんまりジャンプしないし、お話も同じところにとどまっているので、物足りなかった。せっかく自転車なのだから、もっと爽快でも良かったと思います。

ぷう:すごくいやな感じがするわけではなく、わりと感じよく読めたのは事実です。ただ、ゲージツカのクマさんの作品だというのがまず頭にあったので、その印象が強くて。アングラの小劇場系の男性で、幼少期には、昔街角にあった黒い木製のゴミ箱にひとりで入って、板の隙間から見える外の世界を飽かず眺めていた、というようなエピソードがこちらの知識としてあるものだから、どうしてもそういう人が作った作品という感じで読んでしまいました。一言で言えば、一昔前の不器用な男の子のひと夏の物語で、そういうものとしては、なるほどなあ、と思って読めました。いいなあと思ったのは、大人が少年を主人公に書いたものにありがちなノスタルジーになっていないところ。子どもの成長が著者にとっての現在形として書かれているところかな。嘘がないなあと思った。それと、作者がかなりの釣り好きなので、海の怖さや獲物を釣り上げる快感といったものがよく書かれていると思いました。とにかく、男の世界、という感じで、正直だし嫌だとは思わなかったけれど、全体に世界としては古い。今の子にどう受け取られるのかなあ、というのは疑問として残りました。

セシ:私はおもしろく読みました。閉塞感のある田舎町で、出ていくわけにいかずに、淡々と生きていく父親、祖父というのがよく書けていると思いました。もう少し年長の子が主人公になった日本の作品は、大人の影がとても薄いけれど、これはまだ主人公が6年生で、大人のもとにいるしかない年齢だからか、大人の存在感がありました。意味のよくわからない、なぞなぞのような話をするジイチャンというのもいいですね。自転車修理や、タイを釣りにいったときにウロコがはりつくところとか、細部がきちんと書かれているので信頼できる感じがしました。ただ、タコヤキ屋のミサキちゃんのお父さんがコロをはねたと謝りにくるというのは、作り話っぽくなるので、なくてもよかったのではないかな。

バリケン:私も、気流しで坊主頭のあの人が、こういうものを書くんだなあと、まず、その点がおもしろかったです。文章も達者で、するすると違和感なく読めました。ただ、男の人は念入りに生き生きと書けていると思いますが、お母さんとか、みさきちゃんといった女の人の書き方が、イージー。みさきちゃんが登場する場面も、どっかで前に何度も読んだような……。作者は北海道出身ということなので、子ども時代の思い出をそのまま書いたわけではないと思いますが、思い出がベースにはなっているんでしょうね。時代背景のようなものがどこにも出てこないけれど、その時代につながるなにかがあれば、もっと奥深い作品になったのではと思いました。釣りの場面など、知らないことが出てくるのでおもしろかったけど。

ハリネズミ:これは、朽木祥さんの『風の靴』と争って、小学館児童出版文化賞を取った作品なんですね。よかったのは、細部の描写。たとえば、P63「茶の間の黒光りした太い柱。大きな古時計が、偉そうに一秒一秒、大げさな音を響かせている。時報を打つ前のわずかな時間、グズッとジイチャンが洟をかんでる音に聞こえた。ゼンマイがほどける音らしい」とか、釣りの場面など、観察が行き届いていて臨場感が出ています。洋が自転車で鯨の浜へ行くことを、単なる逃げではなく自分への『宿題』としているところも、いいですね。だけど、女の人や女の子の書き方には、物足りなさを感じました。お母さんは、なんで急に別居するんでしょう? 子どもの視点で進むのでくだくだ書く必要はないけど、なんか一言で背景をうかがわせるような言葉でもあれば、と思いましたね。みさきちゃんのイメージも、よくあるタイプ。うーん、悪くないけど、大傑作とは思いませんでした。コロにたこ焼きを食べさせるところは、どうなんでしょう? 犬にはイカやタコを食べさせるなって、よく言いますけどね。

げた:わりにシンプルな感じで、ストーリーはまあおもしろく読めました。気になったのは、お母さんのことがよくわからないところ。なんで、急に具合が悪くなったのか、お父さんとの関係もよくわからない。もう少し、お母さんについて書いてくれるとすっきりするのになあと、私も思いました。このお父さんの自転車屋さんもそうだと思うんだけど、町の自転車屋ってきっと経営が厳しいんだろうなと。だから、別居することになっちゃったんじゃないかなあなんて思いました。主人公の友だちのことも、ていねいに書かれていないんじゃないかな。みかん山の子どもたちが、いじめっ子なだけで終わっていて、一人一人があんまりわからない。みさきちゃんも、こういうのにはよく出てきそうなポニーテールできりっとした感じの女の子で、ステレオタイプというか、ありがちな設定だな。ただ、お父さんが漁で足をなくしたということについては、私の漁師の友だちが、魚を採っている時に腕をリールにはさまれて大怪我をしたという事故を体験しているので、現実感のある、身につまされる話だなと思いました。

カワセミ:186ページの、「液晶画面に点滅するちっぽけな一粒が、どこまでも広がる真っ暗な海に漂う、僕と父さんとコロに見えた」というところが、意味がよくわからなかった。操舵室からとびだしているのに、どうして液晶が出てくるのかな?

ぷう:魚群を探知するレーダーのことじゃないかしらん。179ページの5行目に出てきますけど。

カワセミ:「見えた」だと、その場で見ているみたいじゃない? 「思えた」だったらまだわかるけど。

ハリネズミ:あと、ちょっと盛り込みすぎの感も。お父さんは片足を失って、犬は下半身部髄。お母さんはウツで家を出て行き、僕はいじめられる。釣りもあれば、お祭りもある。船に乗れば遭難しかかる。いっぱいありすぎて、心理描写がうすくなっちゃったのかな。ドラマチックではあるんですけどね。

(「子どもの本で言いたい放題」2009年12月の記録)