『ただ、見つめていた』
ジェイムズ・ハウ/作 野沢佳織/訳
徳間書店
2017.07
原題:THE WATCHER by James Howe, 1997

<版元語録>あるリゾート地の浜辺で、階段にすわっている少女がいた。少女が見つめているのは、仲のよい家族連れで、幼い妹の相手をしている14,5歳の兄。もう一人は、金髪のライフガードの青年。ふたりは。少女の視線に気づいてはいたが、それぞれの悩みに気をとられ、少女にかかわろうとはしない。けれどもある日、少女の家庭の事情を知ることになり…? 離婚、死んだ兄の影、虐待という問題に苦しむ若者たちの心理を繊細かつミステリアスに描くYA文学。

しじみ71個分:とても沈鬱なストーリーだという印象です。でも、作者がからみ合わない視線をテーマにして書いたのはとてもおもしろいと思いました。全くからみ合わないで互いに見ているだけの存在の3人の視線で描かれていて、からみ合わないがゆえに互いにさまざまな妄想を抱いたりするわけだけれども、それが父親から虐待されている女の子の精神が追い詰められ、幸せそうに見えた男の子の家に思わず入って物を取ってしまい、その取られた物が見つかるところから急激にぐぐっと、からまなかった視線の三角形が急に縮まっていき、その3つの視線がぶつかり、集まった点になった地点が、女の子が父親に殺されそうになるぎりぎり寸前のところで助けに入るという構造になっていて、それはとてもスリリングでおもしろいと思いました。でも、家族から虐待されている女の子が、現実逃避で空想の物語をつくるところで、テンポがクッと変わってしまうので、そこはちょっと読んでいてつまずくところがありました。ミステリーっぽいしかけはどうなるのか、興味をひかれました。いろいろなところで、伏線が効いています。また、最後のクライマックスで、父親に殺されかけているところで、幽体離脱みたいに苦しい思いをしている自分を客観視するというシーンは、リアリティがあると思いました。虐待を受けている自分を客観視することで、今苦しめられているのは自分じゃないと思おうとして、切り抜けようとするところは非常に切実ですね。主な登場人物は、女の子を除いて、それぞれアイデンティティの獲得とか、家族の問題とか、あれこれ困難を抱えていて、そのどこがどのようにその後からんでくるのか、わかりませんでしたが、そこが最後につながったのがとてもおもしろいと思いました。

アンヌ:この本はどうとらえていいかわかりませんでした。それぞれが語っていくところが、まるで映画の予告編を見せられ続けている感じで、最後にマーガレットの父親が出てきて、ああ、そういうわけだったのという感じでした。

ルパン:ところどころに別の物語がはさまっているのが、読みにくかったです。最後まで行ってからもう一度読み返してみれば、マーガレットの空想物語のところだけ活字がちがう、ということがわかるのですが、初めのほうにクリスの想像物語もぽん、と入れられているので、何がなんだかわからなくなります。しかも、活字がちがう挿入物語部分も、それがマーガレットの空想だということは伏せられているのですから、ますます混乱を招きます。最後のほうまでわけがわからないまま読み続け、これは最初から読み直さないとだめだ、と思ったあたりで、突然衝撃のシーンと種明かしがあって、ようやくなるほど、と合点がいったのですが・・・果たして子どもはこれを最後まで読めるのかな、と、はなはだ疑問に思います。ラストでどんでんがえし、みたいなものを狙ったのでしょうが、狙いすぎて流れがぎくしゃくしています。子どもでなくても、中高生でも理解しにくいストーリーだと思います。苦境にいる若者の内面世界を描きたかったのかもしれませんが、私の文庫で薦めたいとは思いませんでした。

オオバコ:マーガレットが盗みに入るところから、やっと物語が動いてきますね。そこからは、とてもおもしろくて一気に読みましたが、それまでがおもしろくない。特に、章の初めにあるおとぎばなし風の物語がわけがわからなくて、つまらなくて、途中で飛ばして読みました。読み終わったあとで読めば、なんのことかわかるけれど・・・。大人の私でもそうだから、子どもの読者は肝心の事件までたどりつけるかどうか。心より頭で書いた物語という気がしました。

コアラ:最後が思いがけない展開でした。ミステリアスで不思議な雰囲気だと思いながら読み進めましたが、マーガレットが他人の家に忍び込んだところで、気持ち悪くなって・・・。見つめていた段階から一線を越えてしまったという気がしました。最後はマーガレットにとっても解決になったし、クリスにとっても人助けができたので、とらわれていたものから解放されたし、エヴァンも、妹が悪い夢を見ていてオペラが流れていた家がここだとわかって解決とも言える。ラストで一応3人それぞれの解決になったと思いました。

レジーナ:同じ作者の『なぞのうさぎバニキュラ』(久慈美貴訳 福武書店)は子ども時代の愛読書で、何度も読みました。p119で、母親は、父親との不和について語ろうとしません。アメリカだったら、エヴァンくらいの年齢の子には説明すると思うのですが。

ピラカンサ:そこは、自分たちもはっきりわかっていないからでは?

レジーナ:この両親がどういう状況にあるのか、最後まで明かされないので、しっくりこないのかも。p28で、クリスは「願ってもしょうがない」とつぶやくのですが、台詞として唐突ですし、十代の子はこういう言い方をしないのではないでしょうか。p13の「けだもの」も、虐待している親を指しているので、「けもの」ではなく「けだもの」としたのでしょうが、はじめて読む人にはそれがわかりません。選ぶ言葉がうまくはまっていないように感じました。

西山:またこの形か、と私は思いました。視点人物を変えながら、謎を明かしていく。日本の創作だけじゃないんですね。この形の利点もおもしろさもあることはわかりますが、視点人物の年齢も違うとき、どの年齢の読者に寄り添って読んでほしいのかわからない。7,8歳のコーリーの不安、そこから生まれる虚言。14歳のエヴァン。18歳のクリス。それぞれにおもしろいところはあります。例えば、p52の真ん中あたりで、シェーンのひざを見て、「何度もサーフボードから落ちたりしたんだろうな・・・そう思うと、自分のことがひどく恥ずかしくなった」なんていう思春期の自意識にははっとさせられます。マーガレットの物語の隠喩がわかると、呪いをかけられた人形というのが母親なのもおもしろいと思いました。でも、全体としては満足の読書にはなりませんでしたね。

マリンゴ:抒情的ですけれど、わかりづらさに途中までイラッとする内容でした。3冊のなかでは最後に読んだのですが、正直苦手ですね。前に一度読みかけていて、途中で挫折してやめたこと、中盤になってようやく気づきました。ただ、伝わってきたテーマ自体はいいなぁ、と。「ただ見つめているだけ」でも、人間関係は知らないうちに生まれている。見つめられている側が気づいていたり、第三者が見守っていたり。自分はひとりぼっちだと思っていてもひとりきりじゃない。しかも、そこから一歩踏み出せば、さらに周りの人間とつながれる。そんなメッセージが伝わってきたように思いました。ただ、だからといって感動はできなかったんですけど(笑)

ピラカンサ:私がいいなと思ったのは、人間は見た目と内実が違うというところをさまざまな人間を通して描いているところです。幸せそうに見える家族とか、なんの不足もないように見える若者だって、いろいろな葛藤を抱えているということがわかってきます。ただ、視点が3つあり、しかもマーガレットが書いている物語と、クリスが思い描く昔話風の物語まで出てくるので、物語の構造が複雑で、子どもの読者は戸惑うのではないかと私も思います。p134あたりの描写も、なぜそんなことをしているのか最後まで読まないとわからないので、ストーカーみたいで不気味です。マーガレットが書く物語も最後まで読むとなるほどと思いますが、そこがわからないとあまりおもしろくありません。主人公の3人は、おたがいに見ているだけで親しいわけではないのに、マーガレットが虐待されているのを窓からのぞいたエヴァンがクリスを呼んできて一緒に助ける。そこは、物語のリアリティとしてどうなんでしょう? また、この父親ならマーガレットへの虐待は長く続いていたのかと思いますが、町のだれもそれには気づいていないというのも、どうなんでしょう? 物語世界のリアリティがもう少しあるといいな、と思いました。

エーデルワイス(メール参加):衝撃のラストでした。クリスとエヴァンとマーガレットの3人の様子が坦々と綴られていて、確かに3人はそれぞれ悩みがありそう。最後にこうくるか!という感じでした。本筋の間に出てくる架空の物語は、マーガレットが父親に秘密にしていたノートに書いていたものだったことも分かりました。マーガレットは無言で助けを求めていたのが、その無言ゆえにクリスとエヴァンに伝わったのでしょうか。マーガレットは救われましたが、クリスとエヴァンその後はどうなったのでしょうか。彼らの心も救われたのでしょうか。マーガレットの母親は自分夫が娘を虐待することを止めることができない。ただ音楽を鳴らし部屋に閉じこもるだけ。それがとてもやりきれない。母親も被害者と言えるのだけれど、本当にやりきれない。娘を救うことができないことが。原作は20年前に書かれているのですね。これも映画になりそうと、思いました。

(2018年2月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)