月: 2013年11月

2013年11月 テーマ:生きることの意味

日付 2013年11月29日
参加者 シア、ハリネズミ、プルメリア、ルパン、レジーナ
テーマ 生きることの意味

読んだ本:

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あん

ハリネズミ:今日の3冊の中では、これがダントツにおもしろかったです。登場人物もそれぞれにちゃんと立っているし、物語世界もリアル。ハンセン病で全生園に入れられた吉井さんが「聞く」ということができるのは、千太郎にとってはとても重要な意味を持っていたのですが、吉井さんの死後、親友だった森山さんが「トクちゃん、いちいち大袈裟なんです」とか、「トクちゃん、気に入った人が現れると、あれをやってしまうの。小豆の言葉を聞きなさいとか。月がささやいてくれたとか」と言って、美化されたイメージをひっくり返してしまう。そこもすごい。この本はルビもほとんどないから、児童書じゃなくて一般書として出されたのかもしれませんね。でも、中学生くらいから読んでもらいたい本です。とくに、何をしたいのかわからないでいる子どもたちに。

シア(遅れて登場):私は今回の選書担当係だったのですが、とにかく『あん』を読んでほしくて、それでテーマを設定して本選びをしてみました。テーマと、ちょうど読書感想画の課題図書だったので、おもしろくないかもしれないけど『オフカウント』も選びました。『あん』も感想画の課題図書だったんです。『あん』がとてもいい本なので、読み比べるとおもしろいかなと。『オフカウント』は主人公が中学生なんですが、描写がそうは見えなくて。ジャグリングとか部活の内容などで高校生くらいに見えますね。ちぐはぐな印象です。作者が結構お年なのかなと思うくらい学校生活にリアリティがなくて、学校生活を覚えていないのか、取材していないのか、何を見て書いたのかわかりません。これでどんな絵を描けと言うんでしょうね。選ばれた理由が謎ですが、出版のタイミングでしょうか。おもしろいとは言えなかったです。
 『だれにも言えない約束』は、メインとなるドイツ兵がなかなか出てこなくて。真ん中を過ぎてやって出てくるというのに驚きました。敵であるはずのドイツ兵との触れ合いがメインだったんじゃないの、と。それから、登場人物の言葉がキツいです。海外児童文学では結構あるんですが、こういう言葉のやり取りはどうなのかなと思います。戦争ものの話ですが、ミートパイを落としてしまう場面が一番のショックだったくらいです。そんなにおもしろくなかったですね。
 『あん』は本当にいいお話で、皆さんに是非読んでほしい一冊でした。なのに、皆さんが借りようとした図書館が貸出中ばかりで読めていないというのはとても残念です。ハンセン病についての作品で、今ではなかなか知られることのない病気なので、こういう風に子どもたちが触れられる機会が出来るのはいいことだと思います。ハンセン病の吉井さんとの出会いからの流れがとてもよくて、「時給200円でいい」とかびっくりするようなことを言うんですが、世話を頼まれたカナリアはあっさり手放してしまったりとか、行動が読めません。吉井さんは「見えないものを聞く」とよく言っていて、自然の声が自分には聞こえると言っているんですが、後で結局聞こえてなんかいないことがわかるんです。でも、分かった上でのやり取りというのもいいと思います。甘い世界だけじゃないのが見えるというのが、子どもには特にいいなと。以前新聞で読んだことがあったんですが、作者のドリアン助川さんはハンセン病の施設を訪れたことがあって、いつか本にしたいと思っていたそうです。そして本になったのがこの『あん』です。是非読んでいただきたいですね。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年11月の記録)


だれにも言えない約束

レジーナ:善意で面倒を見てくれるネリーさんへの態度もひどいですし、「お母さんが、お父さんの病院に連れて行ってくれないのは、お昼代をなくしたことを怒っているからだ」と考えたり、主人公が、あまりにも幼く、身勝手なので、魅力が感じられません。敵の国の兵士と仲良くなるというのが、単なるめずらしい体験で終わってしまっていて、そこから伝わってくるものがないんですね。主人公が教えてもらうのも、なぜ数学なのでしょうか。苦手だったというだけでは、物語の要素として弱い。たとえば、マークース・ズーサックの『本泥棒』(入江真佐子/訳 早川書房)には、字が読めず、言葉を持たなかった少女が、防空壕の中で本を朗読する場面があり、人はどれほど言葉に救われるのかが、心を打つ作品になっています。

ハリネズミ:主人公のエレンは、とても12歳とは思えませんね。自分のことばかり考えて他者に目がいってないし、あまりにも考えなしなので、5歳か6歳にしか思えません。もしかしたら、翻訳の口調が軽くてきついからそう思えてしまうのかもしれませんが。それにエレンは、親の留守に世話をしてくれるネリーさんを「ネリーばあさん」と呼んでいやがるわけですが、エレンのお母さんまで「ネリーばあさん」(p56)と手紙に書いている。お母さんの立場からすると、「ネリーさん」か、せいぜい「ネリーおばあさん」でしょう。これも翻訳のミスなのでしょうか? p58の「窓の外は霧だらけ」も、表現としてどうなんでしょう? p176の「エレン、おまえ……なにか知ってるんじゃないか?」も、この状況でウサギが見つかったときに言う台詞としてはありえない。また、原作のほうにも、問題がありそうです。カールは、絶対に捕虜にはならないと決意しているのに、ナチスの軍服をずっと着たままでいるのは解せません。ストーリーにしても生まれてきた物語というより無理に作った感じです。エレンがもう少し魅力的に描かれてるとよかったのですが、現状では子どもの読者が、表面的な出来事として読むならいざ知らず、感情移入して読むのは難しい。子どもと国家の戦争というテーマだったら、ソーニャ・ハートネットの『銀のロバ』(ソーニャ・ハートネット/著 野沢香織/訳 主婦の友社)、ベティ・グリーンの『ドイツ兵の夏』(内藤理恵子/訳 偕成社)(両方とも絶版ですが)なんかのほうが人間理解という点でずっと深いし、ストーリーもおもしろい。

ルパン:やっぱり主人公に魅力がなさすぎますよね。自分勝手だし。親身に世話をしてくれるネリ—ばあさんにあまりにも失礼。でもまあ、『オフカウント』よりは読めました。とりあえず「ドイツ兵はいつ出てくるんだろう」くらいは気になりましたので。ずいぶんあとまで出てこないので心配にはなりましたが。挿絵はいいですね。エレンの顔がかわいいし。これでだいぶ助けられているんじゃないかな。

プルメリア:戦争当時の状況がわかりやすく描けていると思います。エレンがカールを助ける場面はどきどきしますが、作られた物語だなって思いました。エレンがどきどきしながら見つけたものが、お父さんのコートじゃなくてウサギだった場面は驚きました。5〜6年生だと戦争中でも相手国の人を思いやる心情がわかると思います。表紙や挿絵がよかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年11月の記録)


オフカウント

ルパン:残念ながらあまりおもしろくなかったです。章割りのたびに名前が出てくるんですが、別に必要ないですよね。ほとんど峰口リョウガなんですから。いろいろな人の視点で書きたいならまだしも、どうしてこんな書き方するのかなあ。次の章もまた「峰口リョウガ」だからひとり飛ばしたのかと思って前を見たり。そしたらまた次の章も「峰口リョウガ」。その次も。何のためにわざわざ名前を出すのかわからなくて混乱しました。

ハリネズミ:朝井リョウの『桐島、部活やめるってよ』(集英社)も、同じような構成でしたよね?

ルパン:あれは、いろんな視点で書かれてたから。こっちは、まずバスケ部をやめた理由がよくわからないし、戻りたいのかもよくわからない。最初に「何かしたい」と思うきっかけがフットサルのおじさんを見かけたことだったから、それをやりたいという話になるのかと思ったら、そうでもない。ダンスとかジャグリングとか色々出てくるのだけど、感情移入できないし、次はどうなるのかな、というわくわく感がまったくなくて。ダンスシーンも、躍動が目に浮かぶような、リズムがわいて出るような感じがしない。ともかくおもしろくなかったです。

レジーナ:ウィンドミルをはじめ、ダンスのステップの描写が説明的なのですが、イメージできませんでした。牧野の性格が、「おっちょこちょいで、でも頼りになる」というのは、矛盾しているのではないでしょうか。ぽっちゃりしているタモちゃんがダンスをする様子を、「ウーパールーパー」と表現しているのは、思わず笑ってしまいました。会話はリアルで、部活をやめ、うちこむものがない中学生が、何かのきっかけで変わるという、ドキュメンタリー番組にありそうな題材ですが、なぜダンスなのか、ダンスを通して彼らの何が変わったのかが伝わってこないんですよね。ダンスの歴史に触れていますが、主人公に、親や学校への反発があるわけでもありません。ヒップホップは、黒人の人たちの抵抗や自己表現の形なので、そうした芯のようなものを日本人が理解するのは非常に難しいでしょうし、この作品の登場人物を含め、ただかっこいいからという理由で真似る若者が多いのでしょうね。

ルパン:タイトルの『オフカウント』も意味がないですよね。何か対極になる「オン」があって、それに対して「オフ」ならわかるんですけど。「オフカウント」の意味が書いてあったけど、それが何かの伏線になっているとも思えず。オフカウントって、打楽器奏者は「後打ち」とか「裏」とか言うんですが、これで何を言いたかったのかテーマがよくわかりませんでした。

ハリネズミ:会話も、中学生がこんな言い方するのかな、と思うところが随所にありました。小学生かな、と思うようなところも。それに、物語の芯がよく見えません。あと、目線が内にばかり向いていて、外に向かいませんよね。

プルメリア:淡々と読める作品かな。読んでいてもあまりめりはりを感じなく、唯一おばけやしきを作るところはおもしろかったです。だれが主人公かわかりにくくて、読みにくかったです。今風の作品と思いますが、深みはなかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年11月の記録)