月: 2019年5月

JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2018」

おすすめ! 世界の子どもの本 2018

JBBYで毎年出すことになっている「おすすめ! 世界の子どもの本 2018」で取り上げた本をご紹介します。

このブックリストは、日本で紹介された世界各国からの翻訳児童書の中から、専門家グループが討議を重ねて、日本の子どもたちに読んでもらいたいすぐれた作品を選び、それぞれの書誌事項とともに、短い紹介文をつけています。オールカラーでA4変形版22頁の冊子です。

この年度の選書・執筆チームは、神保和子さん(司書)、福本友美子さん(翻訳家・研究者)、代田知子さん(埼玉県三芳町立図書館長)、土居安子さん(大阪国際児童文学振興財団理事)、それに私さくまゆみこ(翻訳家)です。

表紙の絵は、荒井真紀さんです。

すぐれた翻訳児童書の紹介のほかに、この号には、原田勝さんと母袋夏生さんのエッセイや、ジョン・キラカさんの絵入りメッセージなども掲載されています。

JBBY「おすすめ! 世界の子どもの本 2018』本文

 

<絵本>(50音順)

『あおのじかん』イザベル・シムレール/文・絵 石津ちひろ/訳 岩波書店(フランス)
『あさがくるまえに』ジョイス・シドマン/文 ベス・クロムス/絵 さくまゆみこ/訳 岩波書店(アメリカ)
『アームストロング:宙飛ぶネズミの大冒険』トーベン・クールマン/作 金原瑞人/訳 ブロンズ新社(スイス)
『うみべのまちで』ジョアン・シュウォーツ/文 シドニー・スミス/絵 いわじょうよしひと/訳 BL出版(カナダ・アメリカ)
『エンリケタ、えほんをつくる』リニエルス/作 宇野和美/訳 ほるぷ出版(アルゼンチン)
『おなじそらのしたで』ブリッタ・テッケントラップ/作・絵 木坂涼/訳 ひさかたチャイルド(イギリス)
『おばあちゃんとバスにのって』マット・デ・ラ・ペーニャ/作 クリスチャン・ロビンソン/絵 石津ちひろ 鈴木出版(アメリカ)
『ごちそうの木:タンザニアのむかしばなし』ジョン・キラカ/作 さくまゆみこ/訳 西村書店(スイス・タンザニア)
『この本をかくして』マーガレット・ワイルド/文 フレア・ブラックウッド/絵 アーサー・ビナード/訳 岩崎書店(オーストラリア)
『金剛山のトラ:韓国の昔話』クォン ジョンセン/再話 チョン スンガク/絵 かみやにじ/訳 福音館書店(日本・韓国)
『サイモンは、ねこである』ガリア・バーンスタイン/作 なかがわちひろ/訳 あすなろ書房(イギリス)
『詩ってなあに?』ミーシャ・アーチャー/作 石津ちひろ/訳 BL出版(アメリカ)
『すききらい、とんでいけ! もぐもぐマシーン』イローナ・ラメルティンク/文 リュシー・ジョルジェ/絵 野坂悦子/訳 西村書店(オランダ)
『ソーニャのめんどり』フィービー・ウォール/作 なかがわちひろ/訳 くもん出版(カナダ)
『空の王さま』ニコラ・デイビス/文 ローラ・カーリン/絵 さくまゆみこ/訳 BL出版
『ちっちゃいさん』イソール/作 宇野和美/訳 講談社(スペイン)
『ドライバーマイルズ』ジョン・バーニンガム/作 谷川俊太郎/訳 BL出版(イギリス)
『どれがいちばんすき?』ジェイムズ・スティーヴンソン/作 千葉茂樹/訳 岩波書店(アメリカ)
『なかないで、アーサー:てんごくにいったいぬのおはなし』エマ・チチェスター・クラーク/作・絵 こだまともこ/訳 徳間書店(イギリス)
『なずずこのっぺ?』カーソン・エリス/作 アーサー・ビナード/訳 フレーベル館(イギリス)
『人形の家にすんでいたネズミ一家のおはなし』マイケル・ボンド/文 エミリー・サットン/絵 早川敦子/訳 徳間書店(イギリス)
『ねむたいひとたち』M.B.ゴフスタイン/作 谷川俊太郎 あすなろ書房(アメリカ)
『ふしぎな銀の木:スリランカの昔話』シビル・ウェッタシンハ/再話・絵 松岡享子、市川雅子/訳 福音館書店(日本・スリランカ)
『ふたりはバレリーナ』バーバラ・マクリントック/作 福本友美子/訳 ほるぷ出版(アメリカ)
『へんてこたまご』エミリー・グラヴェット/作 福本友美子/訳 フレーベル館(イギリス)
『ぽちっとあかいおともだち』コーリン・アーヴェリス/文 フィオーナ・ウッドコック/絵 福本友美子/訳 少年写真新聞社(イギリス)
『本の子』オリヴァー・ジェファーズ、サム・ウィンストン/作 柴田元幸/訳 ポプラ社(イギリス)
『まめまめくん』デヴィッド・カリ/文 セバスチャン・ムーラン/絵 ふしみみさを/訳 あすなろ書房(カナダ)
『もしきみが月だったら』ローラ・パーディ・サラス/文 ジェイミー・キム/絵 木坂涼/訳 光村教育図書(アメリカ)
『森のおくから:むかし、カナダであったほんとうのはなし』レベッカ・ボンド/作 もりうちすみこ/訳 ゴブリン書房(アメリカ)
『ゆめみるじかんよ こどもたち』ティモシー・ナップマン/文 ヘレン・オクセンバリー/絵 石井睦美/訳 BL出版(イギリス)
『りゅうおうさまのたからもの』イチンノロブ・ガンバートル/文 バーサンスレン・ボロルマー/絵 津田紀子/訳 福音館書店(日本・モンゴル)

 

<読み物>(50音順)

『ありづかのフェルダ』オンドジェイ・セコラ/作・絵 関沢明子/訳 福音館書店(チェコ)
『アルバートさんと赤ちゃんアザラシ』ジュディス・カー/作・絵 三原泉/訳 徳間書店(イギリス)
『凍てつく海のむこうに』ルータ・セペティス/作 野沢佳織/訳 岩波書店(アメリカ)
『オオカミを森へ』キャサリン・ランデル/作 原田勝/訳 小峰書店(イギリス)
『カランポーのオオカミ王』ウィリアム・グリル/作 千葉茂樹/訳 岩波書店(イギリス)
『口ひげが世界をすくう?!』ザラ・ミヒャエラ・オルロフスキー/作 ミヒャエル・ローハー/絵 若松宣子/訳 岩波書店(オーストリア)
『紅のトキの空』ジル・ルイス/著 さくまゆみこ/訳 評論社(イギリス)
『こいぬとこねこのおかしな話』ヨゼフ・チャペック/作 木村有子/訳 岩波書店(チェコ)
『さよなら、スパイダーマン』アナベル・ピッチャー/著 中野怜奈/訳 偕成社(イギリス)
『ジョージと秘密のメリッサ』アレックス・ジーノ/作 島村浩子/訳 偕成社(アメリカ)
『世界を7で数えたら』ホリー・ゴールドバーグ・スローン/著 三辺律子/訳 小学館(アメリカ)
『太陽と月の大地』コンチャ・ロペス=ナルバエス/著 宇野和美/訳 福音館書店(スペイン)
『ダーウィンと旅して』ジャクリーン・ケリー/作 斎藤倫子/訳 ほるぷ出版(アメリカ)
『月からきたトウヤーヤ』蕭甘牛/作 君島久子/訳 岩波書店(中国)
『テオのふしぎなクリスマス』キャサリン・ランデル/文 エミリー・サットン/絵 越智典子/訳 ゴブリン書房(イギリス)
『テディが宝石を見つけるまで』パトリシア・マクラクラン/著 こだまともこ/訳 あすなろ書房(アメリカ)
『とびきりすてきなクリスマス』リー・キングマン/作 山内玲子/訳 岩波書店(アメリカ)
『ナンタケットの夜鳥』ジョーン・エイキン/作 こだまともこ/訳 冨山房(イギリス)
『パンツ・プロジェクト』キャット・クラーク/著 三辺律子/訳 あすなろ書房(イギリス)
『ペーパーボーイ』ヴィンス・ウォーター/作 原田勝/訳 岩波書店(アメリカ)
『ぼくたち負け組クラブ』アンドリュー・クレメンツ/著 田中奈津子/訳 講談社(アメリカ)
『ぼくとベルさん:友だちは発明王』フィリップ・ロイ/著 櫛田理絵/訳 PHP研究所(カナダ)
『ぼくはO・C・ダニエル』ウェスリー・キング/作 大西昧/訳 鈴木出版(アメリカ)
『ボノボとともに:密林の闇をこえて』エリオット・シュレーファー/作 ふなとよし子/訳 福音館書店(アメリカ)
『もうひとつのワンダー』R.J.パラシオ/作 中井はるの/訳 ほるぷ出版(アメリカ)
『モルモット・オルガの物語』マイケル・ボンド/作 いたやさとし/絵 おおつかのりこ/訳 PHP研究所(イギリス)
『レイン:雨を抱きしめて』アン・M・マーティン/著 西本かおる/訳 小峰書店(アメリカ)
『わたしがいどんだ戦い 1939年』キンバリー・ブルベイカー・ブラッドリー/作 大作道子/訳 評論社(アメリカ)
『わたしも水着をきてみたい』オーサ・ストルク/作 ヒッテ・スペー/絵 きただいえりこ/訳 さ・え・ら書房(スウェーデン)

 

<ノンフィクション>50音順

『いのちは贈りもの:ホロコーストを生きのびて』フランシーヌ・クリストフ/著 河野万里子/訳 岩崎書店(フランス)
『いろいろいっぱい:ちきゅうのさまざまないきもの』ニコラ・デイビス/文 エミリー・サットン/絵 越智典子/訳 ゴブリン書房(イギリス)
『語られなかったアメリカ史:オリバー・ストーンの告発1.2』オリバー・ストーン、ピーター・カズニック/著 スーザン・キャンベル・バートレッティ/編著 鳥見真生/訳あすなろ書房(アメリカ)
『ゴードン・パークス』キャロル・ボストン・ウェザーフォード/文 ジェイミー・クリストフ/絵 越前敏弥/訳 光村教育図書(アメリカ)
『サリバン先生とヘレン:ふたりの奇跡の4か月』デボラ・ホプキンソン/文 ラウル・コローン/絵 こだまともこ/訳 光村教育図書(アメリカ)
『サルってさいこう!』オーウェン・デイビー/作 越智典子/訳 偕成社(イギリス)
『しくみがまるわかり! 骨のビジュアル図鑑』ベン・モーガン、スティーブ・パーカー/著 太田てるみ/訳 岩崎書店(イギリス)
『すごいね! みんなの通学路』ローズマリー・マカーニー/文 西田佳子/ 訳 西村書店(カナダ)
『正義の声は消えない:反ナチス・白バラ抵抗運動の学生たち』ラッセル・フリードマン/著 渋谷弘子/訳 汐文社(アメリカ)
『庭のマロニエ:アンネ・フランクを見つめた木』ジェフ・ゴッテスフェルド/文 ピーター・マッカーティ/絵 松川真弓/訳 評論社(アメリカ)
『発明家になった女の子 マッティ』エミリー・アーノルド・マッカリー/作 宮坂宏美/訳 光村教育図書(アメリカ)
『走れ!! 機関車』ブライアン・フロッカ/作・絵 日暮雅通/訳 偕成社(アメリカ)
『ファニー:13歳の指揮官』ファニー・ベン=アミ/著 ガリラ・ロンフェデル・アミット/編 伏見操/訳 岩波書店(フランス)
『プーさんとであった日:世界でいちばんゆうめいなクマのほんとうにあったお話』リンジー・マティック/文 ソフィー・ブラッコール/絵 山口文生/訳 評論社(アメリカ)
『マララのまほうのえんぴつ』マララ・ユスフザイ/作 キャラスクエット/絵 木坂涼/訳 ポプラ社(アメリカ)
『みどりの町をつくろう:災害をのりこえて未来をめざす』アラン・ドラモンド/作 まつむらゆりこ/訳 福音館書店(アメリカ)
『耳の聞こえないメジャーリーガー ウィリアム・ホイ』ナンシー・チャーニン/文 ジェズ・ツヤ/絵 斉藤洋/訳 光村教育図書(アメリカ)
『もしも地球がひとつのリンゴだったら』デビッド・J・スミス/文 スティーブ・アダムス/絵 千葉茂樹/訳小峰書店(アメリカ)
『ラマダンのお月さま』ナイマ・B・ロバート/文 シーリーン・アドル/絵 前田君江/訳 解放出版社(イギリス)
『わたしたちのたねまき:たねをめぐるいのちたちのおはなし』キャスリン・O・ガルブレイス/作 ウェンディ・アンダスン・ハルパリン/絵 梨木香歩/訳 のら書店(アメリカ)

 

 

 

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2019年04月 テーマ:子どもの幸せとは

日付 2019年4月16日
参加者 ネズミ、花散里、ハリネズミ、アンヌ、彬夜、西山 、マリンゴ、まめじか、しじみ71個分、(エーデルワイス)
テーマ 子どもの幸せとは

読んだ本:

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キャサリン・アップルゲイト『願いごとの樹』

願いごとの樹

マリンゴ:樹の1人称の物語ということで、非常に興味深く読みました。序盤、1つの章が短くて読みやすいなと思いました。p174、175の白黒反転や、p192、193の全面見開きのイラストなど、レイアウトも工夫されていて、物語の盛り上げに一役買っています。樹が切り倒されるかも、という主軸の話のなかに、ひとりぼっちの女の子の友情の話など、他の要素も入ってきて多層的ですね。気になったのは、p9「クラスの全員が『マイケル』という名前だったら、と想像してごらん」の部分。いくら人間の話をよく聞いて博識とはいっても、樹が1人称で語る比喩としては、自然ではないと思い、そこでちょっと引いてしまいました。あと、メイブの日記帳に何が書かれていたのかが示されていない。それが少し物足りなく思いました。

西山:最初はちょっと読みにくかったです。表紙から得た印象ではYAかと思って読み始めたので、童話的なテイストとのギャップに戸惑ったという感じです。今のアメリカの排他性を憂えている人たちの存在を思うと、切実すぎて切ない感じがしました。でも、しっとりしんみりという空気で覆うのではなくて、ユーモアが覆っていてそれは好きでした。カラスのボンゴの「ムリー」と「カワイー」の使い方や、動物ごとの名前の付け方とか、仕返しが「落とし物」だったり、世界を柔らかくしていてかなり好きです。ただ、まぁ、長さ的に無理とは分かりますが、本のつくりとして、もっと違ってもよかったのではと思ってしまいます。p192、193の見開きの挿絵はじめ、絵の主張も強いし、ずっと文章を刈り込んで、絵をもっとふやして、寓話的なきれいな大判の絵本でもあうだろうなぁなどと。

ネズミ:私はちょっとお話に入りにくかったです。樹が声を出すことで、物語が動くというのになじめませんでした。願いごとの樹、動物が住んでいる樹のイメージが先行して、物語ができたのかなと。人間の心の変化そのものは、あまりつっこんで書かれていないようで、やや物足りませんでした。

まめじか:レッドもコミュニティも、いろんな人、いろんな動物を受けいれ、ときに軋轢が生まれるのを見ながら歴史を重ねてきました。レッドとサマールの想いは、「ここにいたい」という願いに結晶化されていきます。居場所をもとめる切実さが、この物語の底にありますね。アイルランド系のメイブのところにイアリア系の赤ん坊が来て、その子が家庭をもって、というふうに、異なる人たちが家族になって連綿とつづいてきた、命のつながりが描かれているのもいいです。少年が「去レ」という言葉を樹に刻んだのは排外的な風潮からですが、その子のバックグラウンドが少し気になりました。あえて書いていないんでしょうけど。

彬夜:とても好きな作品でした。私は、今回読んだ3冊の中ではこれが一番よかったです。寓話的な作品ってなかなか日本の今の作家は取り組まないようですが、もっとあっていいのかもしれません。この物語の静かで、でもどこか人間くさい(樹なのに)語り口が好きです。からすのボンゴとの会話もいいですね。イスラムの女の子の背景については、もう半歩書いてほしいような気がした一方、そうすると物語の良さを壊してしまうのかも、という思いがあります。日記が出てきた時点で、これが、樹が切られてしまうのを防ぐのかな、という風に予測が立ってしまいました。実は、そこの箇所を読む前に樹に動物たちが集まっている挿絵がちらっと見えてしまって、オウンゴールをしてしまったみたいな気分でした。自責のネタバレですね。ああ、動物たちが助けるのね、と。それから、樹が切られるという方向の物語ってありえたかな、というのもちょっと夢想してみました。

アンヌ:ファンタジー好きとしては楽しみに読んだのですが、樹に話をさせたところで拍子抜けしてしまいました。ここは樹が語らなくても、子どもたちに日記を読ませても樹の成り立ちを伝えられるので話す必要はないと思います。樹の代弁者としてのカラスのボンゴもいますから、日本の作家なら樹のそよぎや気配で書ききるかもと思いました。フランチェスカが家族の言い伝えを思い出さないのも不自然ですし、日記を読むというのが当日だというのも駆け足な気がします。ただ、双方の家族がこれだけ奇跡的な状況なのにまだ溶け合わないとしているところは、現実も描いているなと思いました。

ハリネズミ:おもしろく読みました。ただ日本の読者を考えると、もう少しわかるように出してくれるとよかったと思いました。たとえば、レッドに彫られた「去レ」という言葉ですが、日本だと「出て行け」くらいの言葉かなあと思ったり、レッドが2軒の家のまん中にあるので、どうして家じゃなく、樹に彫るんだろうとも思いました。原書の読者は、サマールという名前が出て来たとき、イスラムっぽいとわかるのかもしれませんが、「去レ」がサマールの一家に向けられているということが日本の読者にも最初からすっとわかるでしょうか? アマゾンで一部を見ただけですが、原書には、願いごとを書いた布がいっぱい樹に巻き付けられている絵がありましたが、日本語版にはないんですね。どうしてなんでしょう? ヘイトの行為として、卵を樹にぶつけるという場面も出てきます。樹に?と思いました。

まめじか:p52で、サマールの家に生卵を投げていますよ。そのあと樹にぶつけるから、サマールの家族に対してだとわかったのかな。

ハリネズミ:家にぶつけるのはわかりますが、2軒の間に立っている樹にぶつけるでしょうか? いいところは、樹を主人公にしている読み物という点がおもしろいと思いました。樹が人間だけでなく動物にとっても大きな存在だということが伝わってきます。それと、動物と樹のやりとりにユーモアがありますね。絵も助けになっています。p202に「とはいえ。」とありますが、ここは句点でいいんですか?

彬夜:「とはいえ。」といった書き方をしてみたくなる時はあります。が、誤植に思われそうで結局辞めてしまうかもしれません。

花散里:サマールの思いがよく描かれているところがよかったと思いました。この本は樹に語らせているのが大切なことだと思います。とても情感豊かな作品だと思います。こういう作品を子どもに手渡したと思いました。主人公の樹の思い、去年読んだ本の中でも忘れられない1冊です。本の創りがとても良いなと思いました。白抜きの箇所、挿絵も作品のよさを支えていると感じました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

エーデルワイス(メール参加):樹を主人公にして、カラスやリスなど動物たちが登場し、ファンタジーのように思えますが、じつは移民をテーマにもしている奥の深い作品だと思いました。美しい文章だが、全体的に少しわかりにくいのが残念でした。

(2019年04月の「子どもの本で言いたい放題」)

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ファブリツィオ・ガッティ『ぼくたちは幽霊じゃない』

ぼくたちは幽霊じゃない

まめじか:『神隠しの教室』(山本悦子作 童心社)を読んだとき、日本の義務教育は外国籍の子どもにはあてはまらないと知って驚きました。イタリアでは、難民の子どもにも教育が保証されているのですね。警察に見つからないように生活していても、学校に行けば居場所がある。すばらしい教育制度だと思いました。ヴィキは、7歳にしてはちょっと幼く感じました。p181で、共産主義の意味をきかれて「トマトをダメにするもの」と言ったり、p144で、下のほうがせまくなっている黒板に文字を書くと、下にいくほど文字が小さくなるため、文を書くときは必ずそう書くと思っていたり。おとな目線の子ども像というか・・・。

ネズミ:とてもおもしろくて、読み出したらやめられず圧倒されました。聞き分けのない5歳の無邪気なブルニルダと、まだ7歳なのに兄としてがんばるヴィキ。この年ごろの子どもにとって、外国とはこのくらいぼんやりとした認識しかないだろうと自分の体験からも思い、私はとてもリアルに感じました。難民船で海を渡る家族の体験は壮絶ですが、今も危険をおかして海に渡る人々は同じような体験をしているのではないでしょうか。理由はどうあれ、難民として国外に逃れる人たちがどんな気持ちで、どんな目にあっているのか、これを読むと、いくらかでも想像できそうです。読めてよかったです。

西山:このシリーズでこの束で、読むのに時間がかかるかと思っていたのですが、かまえたほど長くなかったですね。紙が厚いのかな。手が止まらなかったからでしょうか。本筋ではありませんが、子どもが質問して、それにちゃんと答える文化というのが一番印象的でした。なんか、このタイミングでそれ聞く?とか、ちょっと黙ってて、とか結構ひやひやというか、イライラというか、読んでる私は思うわけですが、ちゃんと相手をしてるんですね。p223とか、あんなに大変な状況のあとで明日のクリスマスの劇、見にきてくれるのかって、お母さんは丁寧に答えているけれど、私なら無理。日本では、幼い子もものわかりがよく描かれているのか、あるいは、作品以前に社会全体のおとなと子どもの関係のちがいなのか・・・。とにかく、次から次に困難と直面する極限状況にありながら、おとなを質問攻めにする子どもに私はストレスを感じたというのが正直な感想です。もちろん移民や難民の問題を考えるに当たって、学ぶべきところは随所にありました。p79、で「いい人はたくさんいる」止まりでなく「悪いのは法律」と書いているところに信頼を感じましたし、p188の「働きたいなら文句は言うな。非正規だろうが仕事がもらえるだけありがたいと思え。」が、今の日本と重なったり、p243の「問題はおもちゃじゃない」という下りは支援のあり方を厳しく問うていましたし。

マリンゴ:非常に読み応えのある本で、よかったです。移民の旅の物語は、ずっと大変なことが起きて結末近くで少しほっとする、というような展開が多いかと思います。でもこの物語は、いいことがあって、悪いことがあって、というコントラストが強くて、それぞれの場面がより印象的になった気がします。海のシーンは、非常にリアルで怖かったですね。弱者が犠牲になりますけど、その弱者というのが“ひとりぼっちでいる人間”であるのは、衝撃的でした。ミラノに着いて、都会的な美しい風景に癒されて、でもバラックに着くとそこは大変な場所で、とこれもまたコントラストが強いんですね。ラストが若干、尻切れトンボ感がありましたけれど、実在の子の体験をもとにしているから、そこはやむを得ないのかなと思いました。

ハリネズミ:読んでよかったとは思いましたが、お父さんは、イタリアで最底辺の暮らしをしていて、なんの保障も得られていないのに、どうして家族を呼び寄せようとするのか、読者にはわかりにくいんじゃないでしょうか? 戦争や飢餓だとなるほどと思うんでしょうが、この本では「共産主義だったから」としか出てきません。アルバニアで農業をしていれば現金収入は少なくてもずっと人間的な暮らしができるのに、と普通は思うんじゃないでしょうか。国を出る理由がよくわからないままだと、物語に入り込めないように思います。イタリアの子どもなら、アルバニアからたくさん人が入ってきたのを知っているのかもしれませんが、日本の子どもはわからないので。イタリアの学校の先生は、すばらしいですね。不法移民だとわかっていても「学校にいるあいだは心配いりません。イタリア人の子どもも外国人の子どもも、分けへだてなく受け入れるのが、私たち教育者の役目ですから」(p222)なんて言える先生、すてきです。本としては出だしのつかみが弱いように思いました。作文のテーマが、ヴィキだけじゃなく、何を書けばいいのかだれもわかりませんよね。最後のヴィキのメッセージは、ヨーロッパではなくても「正義」と「法律」は一致しないだろうと思います。日本の読者向けと考えると、あと一工夫あるとよかったと思いました。

彬夜ここは「ヨーロッパでは」じゃなくて、「ヨーロッパでも」だとよかったのに。

アンヌ:海を渡る場面の過酷さに、何度本を閉じたかわかりません。非常に迫力に富んだ描写で、しかもその状況が少年の目を通して描かれているのがつらかった。無事たどりついた時に親切なイタリア人に手助けしてもらえますが、その後も過酷な生活状況やお金を巻き上げる警官や悪徳不動産屋の姿など、なかなか読むのにつらい場面が続きます。そのなかでまるで『クオレ』(エドモンド・デ・アミーチス著 偕成社文庫)のような幸福な学校生活にほっとしました。でも、保育園では冷酷なお役所仕事で移民を受けいれません。同じ国の中に残酷さと優しさが同居しているのを感じました。これを読んだ後、日本の人々にも、人に優しくできる誇りというものを感じてほしいと思いました。

彬夜:ノンフィクションっぽい作品だなと思いました。冒頭部分の位置づけは、どうなんでしょう。主人公が中学2年生になってます。ボートで海を越えるシーンの緊迫感がすごいのに、冒頭のシーンのために、ああ、無事に渡れたのね、と思ってしまいます。それでも、あのシーンは読むのがつらかったです。トラウマにならないかも心配でした。ただ、子どもが幼く感じられました。妹はまだしも、主人公の少年は、ああいう緊迫した状況だったら、もう少し聞きわけがいいのではないかと感じてしまいました。学校に行ってからのシーンでは、これでいじめに遭ったりしたらいやだなと思ったのですが、そうならなくてよかったです。彼らはいわば経済難民のようで、これは少しわかりにくいので、もっと説明があってもいいのかもしれません。ラストはちょっと駆け足で、はしょられた感がありました。その後、どんなことがあったのか、なぜ、お母さんだけがうまく仕事が得られたのか、もっと知りたかったです。警察の扱いはひどいですが、日本人には腹を立てる資格はないかもしれませんね。受け入れ政策も貧弱だし、入国管理局の問題点も指摘されている。それを下支えしているのは私たち自身の無関心なので。

花散里:私は今回選書係だったのですが、海外の作品ですぐに思いついたのがこの作品でした。難民もひとりひとりが個人であるということを、『風がはこんだ物語』(ジル・ルイス作 さくまゆみこ訳 あすなろ書房)と重なるように読みました。人形がなくなったり、海をわたっていくボートのところは、読んでいてもとても辛かったですが、とてもよく描かれていると思いました。
父親が呼びよせたときの思いや、お金を搾取される状況。それでも海をわたりたいと思う一家。日本にも外国籍の子どもたちが増えている今、実話をもとにしているという、こういう作品を読んでほしいと思います。難民・移民の話がひとつの作品として読めたのはよかったと思いました。

西山:さっき、おとなと子どもの関係の違いかもと言いましたけれど、普段おとな向けの作品を書いている作家が書いているから、登場する子どもが子どもっぽすぎるのか、とも疑っています。一般の小説家が書いた子ども向け作品では、妙に子どもが子どもっぽく書かれていると感じることがちょくちょくあって。ああ、でも子どもだけでもないかなぁ。あんなに町へ出るのが危険だと言っているのに、お母さんの教会に行きたがりようが呑気すぎるように感じたし。(そこもイライラしたポイントです。笑)おばけが出るぞという軽口に、お父さんには、妻子がどんな困難をこえてきたのかがわかっていないのだなと、体験の断絶の残酷さを感じました。そうでなければ、単にデリカシーがなさ過ぎですけど。

彬夜:船が着いた場所で助けてくれた人たちのことなども、もっと知りたかったです。

ハリネズミ:組織なのか、個人なのか、この本ではわかりませんね。

彬夜:幼稚園と学校の管轄の違いなどは、興味深かったです。

花散里:難民、ひとりひとりが個人であり、それぞれの思いがあると思います。すべてを手放して難民となった辛さ、父親はどういう思いで家族を呼び寄せたのか、日本の子どもたちにも知ってほしいと思いました。

しじみ71個分:今のヨーロッパの情勢をよく映す作品だなぁと思いました。私は、この主人公のヴィキや妹のブルニルダの幼さは、ときどき危機を招くのでハラハラさせられましたが、アルバニアでの暮らしが素朴なものであったことを想像させられて、素直に読みました。一番いいなと思ったのが、イタリアの学校の先生たちです。教育は子どもたちにとっての権利であり、難民であろうがなかろうが、教育を等しく受けさせるのだ、という強い意志が感じられ、感動しました。保育園の園長は反対に官僚的で意外でしたが。また、特に心に残ったのは、学校の初日、クラスの子どもたちが一所懸命に歓迎のために歌を歌ってくれたり、ハグや握手をしてくれたりしたのに、言葉が分からなくて、逆に孤独と不安でヴィキが泣いてしまったところでした。その心細さ、切なさはリアルに胸に迫りました。異国に暮らすことの難しさ、心細さを子どもの視点でとてもよく描いていると思います。言葉に慣れるのがおとなよりも早い、というのも後で分かりますが。密航の船上の恐怖や、不法滞在ゆえのひどい暮らし、警察に見つからないように幽霊のように忍んで暮らす日々、ミラノには居られなくなって郊外に引っ越すなど、厳しい現実がこれでもかと突きつけられ、問題提起のまま終わった感じもしますが、実話に基づくがゆえに簡単に解決の見つからないことなんだと思わされます。このこと自体がとてもリアルだと思いました。

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エーデルワイス(メール参加):7歳のヴィキの目線で話が進むので、苛酷な密入国の場面にハラハラしました。5歳のブルニルダがあまりにも無邪気で、やりきれなさが何倍にもなります。「幽霊」や「おばけ」という表現は、子どもにとってはとても怖いと思います。イタリアでは学校はすべての人に開かれているんですね。

(2019年04月の「子どもの本で言いたい放題」)

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安田夏菜『むこう岸』

むこう岸

彬夜:再読です。直球勝負の意欲作だなと思います。このテーマをとりあげたことに共感するし、いい作品だとも思いました。ただ、再読すると、ちょっと気になることも出てきて。いちばん悩んだのは、むこう岸とは? ということなんです。和真と樹希、この2人は対比ではなく、同じ側にいるように感じました。だから、むこう岸は誰にとっての何なのかなと。それから後半、生活保護の解説書めいた感なきにしもあらず、かなとも。もちろん、それあっての物語なので、中学生が読むのにはいいのかもしれませんが。それに「居場所」というのは今、まさに求められる居場所なのですが、まるで樹希たちのためだけに存在するようにしか思えなくて。ここの場の奥行きが見えない、というか。ほかに客がいるの? マスター、生活大丈夫? とちょっと心配になりました。あとは、放火してしまう人ですが、人としてのいやな部分をひとりで背負わされているようで、ちょっとかわいそうでした。いい人と悪い人がやや類型的というか、人が仕分けされてしまっているような印象もありました。人物でおもしろいと思ったのは和真の母親です。父親に対しては、和真の側に立ってかばおうとする、その直後に、生活保護の子とつきあっていないと知って安心する。「総論賛成各論反対」的なリアル感がよかったです。ふつう気がつくでしょ、というツッコミはともかく、梅酒の誤飲でふたりを出会わせるのもおもしろかったです。

アンヌ:私も同じく直球勝負の作品だと感じました。生活保護法の条文を詩のように感じる少年を描いてくれたことに感動しました。政治家が率先して生活保護受給者を非難するような情けない時代に、働いて社会保障費や税金を払うことの意義を知って欲しいと思っているので、うれしい作品です。最初はアベル君以外の人物の描き方が単純な気がしたのですが、再読したときに構造の巧さに舌を巻きました。

ハリネズミ:すごくよくできた小説だなと思いました。生活保護家庭の樹希は母親に対し「もっと根性だしたらどうだ」と思っていますが、和真のお父さんは和真に対して同じように思っているという構造もおもしろい。さっき彬夜さんは「同じ岸にいるんじゃないか」とおっしゃったのですが、最初はやっぱり別の岸にいるんだと思います。樹希は最初、和真のことを「ものすごくお腹がすいている横で、美味しそうなパンをまずそうに食べているようなやつら」の一人だと見ている。和真も樹希を見て、小学校で自分をいじめた子どもたちのことを思い出し、「生活レベルの低い人たちが苦手だ。怖いし、嫌悪感がある」(p63)と言っているし、樹希に「金持ちのおぼっちゃま」だと言われて嫌な気持ちでいる。それが最初の状況じゃないでしょうか。そのあと、元の同級生の桜田という能天気な人に会って、「きみ(樹希)にとってのぼくは、ぼくにとっての桜田くんなのかもしれない」(p92)「哀れんでいるものは、自分の放つ匂いに気づかない。哀れまれているものだけが、その匂いに気づくのだ」(p93)と感じるようになる。最初は向こう岸にいた子どもたちが、だんだんに近づいていく様子がとてもよく描かれていると思いました。
もう一人のアベル君は、ナイジェリア人の父親の暴力がトラウマになっている存在だと思いますが、こういう存在の出し方もうまいなあと思いました。ナイジェリア人の父親も、ただ暴力をふるっているのではなく、どうしようもない状況におかれて、そうなったというところまで書いています。その結果、アベル君の方は言葉が出なくなり筆談しかできずに、自分はバカだと思っています。和真はそこで、アベル君にも進学校で落ちこぼれた自分を重ねていく。実体験をしたからこその気づきを書いているのも、うまいです。生活保護のところは、必要不可欠な部分だけを書いているように私は思いました。できるところをやっていこうという意欲は書かれているので、それ以上書く必要はないと私は思いました。結局、ほかの人とちゃんと関わりをもてたときだけ、人間は変わっていけるということなんですね。西ヨーロッパだと、必要最低限のお金は生活保護で得て、弱者のためにボランタリーな仕事する人がいますが、日本では生活保護はまだ白い眼で見られているのですね。「カフェ・居場所」のマスターみたいな人はいるので、私はリアリティがないとは思いませんでした。和真の父親やおばあさんはステレオタイプかもしれませんが、やっぱり日本にはこういう人いると思います。

マリンゴ:非常によかったです。テンポがよくて章が終わるたびに、次がどうなるのかと、引き込まれました。こういう物語って、ひとりのキャラが強くて、もうひとりが弱い、というのがよくあるパターンかと思うのですが、本作ではふたりとも強いんですよね。それがとても魅力的です。私自身は、進学校で苦労した経験があったので、和真のほうに自分を重ねてしまう部分がありました。読んでいて思い出したのは、数年前にネット上で物議をかもした生活保護の家庭。ひと月の携帯電話の料金が1万円を超えていて、それはいかがなものか、と批判されたんですよね。でも、既に携帯がないと生活できない時代になっていたし、自分だけでなくキッズ携帯なども必要となると・・・やむを得ないし、「これ、いらないんじゃない」と他人が簡単に言っていいことでもない。私がそんなことを思い出したように、この本をきっかけに生活保護について考えることができるのではないかと思います。

西山:ペンクラブ子どもの本委員会で困難を抱えた子どもたち向けた本を企画中なのですが、その企画の中で学んでいることがこの本の中にあれもこれも詰まっていると思いました。ふたりが互いの理解を進めていく過程が丁寧に積み上げられているという指摘も、ふたりともおなじ岸にいるのではないかという指摘も、どちらにも共感します。結局、和真と樹希たちが同じ岸にいるという指摘を、若干の不満として敢えて指摘するなら、1カ所だけひっかかったところがあります。p66で和真が自分とアベルくんを重ねるところ。「きみは、バカではありません」と和真が思わず発したこの一言はとても重要なわけですが、そんなに重ねられるものだろうか、同じ立場なのに、越えきれない骨の髄まで刷り込まれた差別意識こそがとっさに出てしまうのではないのか、と思ってしまったのです。そんなにすぐにアベルくんの側に立てるのかと。でも、ここで飛躍して、こういうペースで進んでいかないと物語の中での展開は書いていけないと思うので、これはこれでありと思いはします。

ハリネズミ:ここはアベル君を頭で理解するのではなく、自分も進学校の先生や親にバカだと思われたり言われたりする実体験を持ったからこそ言えた言葉なんじゃないですか。

西山:重なる構図は分かるのです。でもこんなに端的にそれを自覚して言葉にできるのか。和真は価値観の彼岸にはいないと思ったんです。育ってくる中でしみついてきた差別意識というものはものすごく根深くて、そう簡単には行かないんじゃないかなと私は思います。それはさておき、生活保護のことを調べるのは、この作品の価値のひとつだと思います。うまく書き込まれている。現実と重ねると、生活保護について調べたいと訪れた中学生に「生活保護手帳」を出してくるって、カウンターの人のチョイスおかしいですよね。でも、p170の「この本のわかりにくさに、怒りすらわいてきた」という一文は大事だと思うから、まぁ、これを出してくるために仕方なかったのかな。子ども学科で、ある先生から「障がいのある人にとってわかりにくさは暴力ですから」と言われてはっとしたことを思いだしたんです。制度自体の至らなさを、お勉強的に生な情報の羅列にすることなく、自然に物語にとけこませて、でもしっかり指摘している。新人作家を比べて言うのは酷ですが、『15歳、ぬけがら』(栗沢まり著 講談社)では、生な情報がつめこまれた印象がどうしても残ってしまったので、やはり、こっちはうまい。生活保護をうけている側を「けなげ」で捉えずタフさで描いたところも好きです。細かいところですが、p177で、「しがない下っ端の、助教だけどね」って、安田さん、いろんなことに気をくばって(笑)。すみずみまで異議申し立てが詰まっていて、すごい作品が書かれたと思います。

ネズミ:意欲作だと思いました。とてもおもしろくて一気に読みました。体は大きくなっても、それぞれの環境によって知っていることも限られ、制約の中で生きている中学生が、周囲との思いがけないかかわりによって世界を広げていくようすに説得力を感じました。いろんなおとなが出てくる物語って、日本の作品では珍しいのでは。頼りない担当ケースワーカーもそうですが、この人はこういう人と、決めつけてしまわないを描き方がいいなあと思いました。生活保護についてていねいに描かれ、個人の努力が足りないせいではないとよくわかります。テーマ性があるけれど、和真と樹希がどうなるか知りたくて、読まずにいられない、物語としての力のある作品だと思いました。

まめじか:すごくよかった。和真も樹希も、相手は自分とは違う側、むこう岸にいると思っているけど、その境界は曖昧なものなんですよね。若いうちは特に、この人はこうだと決めつけて壁をつくってしまうことがあります。でも、お店でアベルが暴れたときに「斎藤のおばさん」が助けてくれたり、エマがおじさんを紹介してくれたり、実は思っていたのとは違う人だったことって、現実にもけっこうありますし。樹希がけなげでなく、かといって敵意まるだしのひねくれた子というわけでもなく、その人物造形もうまい。p135「アベルくんは、泳げない魚で、飛べない鳥なんだろうか? ・・・嵐が吹き荒れる中、物陰でじいっとしているうちに、泳ぎ方も飛び方も忘れてしまったとしたら?」とか、p119「そんな時間があるおかげで、あたしは少しだけ楽に呼吸ができている」とか、心に残る文章もありました。

しじみ71個分:同じように困難な生活を送る子どもを描いた『15歳、ぬけがら』とどう違うのだろうと思い出しながら読んだのですが、登場人物の魅力や、心情の描き込み方の違い? そうなると、作家としての経験や筆力の違いなのかなと思ったりしました。生活保護に関する難解な説明については、和真が学んだ内容として紛れ込ませて、うまいこと読ませるなと思いました。それから、「うまいなぁ」と思ったのはp162~163で、和真の母親が、父親に叱られる和真をかばい、高圧的な夫に対する自分の想いを見せたところで、母親は和真の気持ちに共鳴するのかと一瞬、読者に思わせておきながら、直後に生活保護世帯についてあからさまな差別意識をのぞかせ、和真を失望させるところは二重三重に展開があってあっと思わされました。その効果で、和真のおとなへの失望、おとなの嫌らしさとともに、子どもである自分も含めた差別意識の根深さ難しさがよく伝わるなと思って感心しました。いろんなおとなたちとの対比で、子どもたちの抱える困難や苦しさが分かりやすく描かれていると思います。家庭内での抑圧と自己肯定感の喪失、虐待、貧困とか、さまざまな形で子どもたちが抱える困難を分かりやすく伝えていると感じました。
『むこう岸』というタイトルもとてもいいと思いました。何が向こう岸なのか、って考えさせられます。最初はこの世とあの世の岸のことかと思って、幽霊話か何かと思ったのですが心の問題でしたね。1本の線のような境界を越えて、むこう岸を知ろうとするか、しないか、ということが共生する世界には大事なのかなと思って、よいタイトルだなぁと思いました。「対岸の火事」という言葉もありますが、他人ごとと思って見ないふりをするかしないか、と考えるところが大事かなと。そういう意味で、和真がアベルに勉強を教え、生活保護について調べることを通して学びの喜びに気づく成長や、樹希の進学への希望などはこれからの可能性が最後に見えて、読後も気持ちよかったです。

まめじか:樹希は最後、看護師になる夢をもちます。「むこう岸」は人間関係だけじゃなく、それまで手に届かないと思っていたもののことも含んでいるのでは。いろんなことを考えさせるタイトルですよね。

花散里:昨年読んだ日本の児童文学の中で特に印象に残った作品でした。どうして12月にこういうよい作品が出るのかと思って読みました。一年のまとめをもう書いてしまったのに、と。タイトルもよいし、表紙の絵もとても作品の内容を表していると思いました。和真は名門中学で成績が低迷し、公立中への転校を余儀なくされますが、樹希が母親と幼い妹と生活保護を受けながら暮らしていることを知り、勉強の中だけで生きていた自分自身を見つめ直していく様子がよく描かれていると思います。カフェでふたりはつながりますが、子どもの居場所って大切だと思いましたし、マスターの存在がとてもいいなと思いました。世の中に、親とは違う存在があることが大切だと思いました。
生活保護を受けていたら看護士になれないと思っていたのが、なれることがわかり、勉強していくようになっていくところなど、子どもが読んで共感できるところがあるのではないかと思いました。作者の安田さんは、図書館員にはこういう人がいるのかと、見ているのかと思いましたが、ひとりひとりの人物をよく書いているなと感じました。作品を読んで、無料塾とか子ども食堂とかにも希望があると思いました。

ハリネズミ:p90に「ピアノがべらぼうにうまくて」とありますが、べらぼう、って、今の子どもも使うんでしょうか?

アンヌ:他にもいくつかp111の「なかなか窮屈です」のように子どもらしくない言い方があるので、p128で「山之内くんのしゃべり方って、おじさんぽくて、おもしろーい」とエマが言うように、個性として使わせているんじゃないでしょうか。

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エーデルワイス(メール参加):表紙が暗すぎて、読むのを敬遠したくなりました。しかし、和真と樹希の境遇が、時にはユーモアを交えながらリアルに伝わり、希望を持って終わっていたので、読後感がよかったです。学びたいと思う気持ちが伝わってきます。生活保護についてもよくわかりました。

(2019年04月の「子どもの本で言いたい放題」)

 

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