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ゾウと旅した戦争の冬

『ゾウと旅した戦争の冬』
マイケル・モーパーゴ/著 杉田七重/訳
徳間書店
2013.12

『ゾウと旅した戦争の冬』をおすすめします。

本書の構造は二重になっています。老人介護施設にいるリジーというおばあさんが、昔のことを思い出して語る話を、「わたし」とその息子のカールが聞く、という外枠の物語がまずあります。そして、その枠の中で、リジーの若き日と今を結ぶ物語が展開していきます。

枠の中の物語は、書名からもわかるように戦争ものではありますが、ほかの戦争ものと違う本書の特徴は、子どものゾウが出てくるところ。このゾウが、悲惨さや息苦しさをうまく中和させる役割を果たしています。

作者はイギリス人ですが、舞台はドイツ。ドレスデンで暮らしていた母親と子ども二人の家族が、大空襲を受けて、動物園から預かっていた子ゾウといっしょに避難しなくてはいけなくなります。とりあえず親戚の家に身を寄せようとしますが、そこで出会ったのは、なんと敵である英国空軍のカナダ人兵士。この兵士ペーター(ピーター)は、父親がスイス人でドイツ語も話せるのですが、氷の池に落ちたリジーの弟の命を救ったことから、この家族やゾウといっしょに避難の旅を続けることになります。

著者のモーパーゴは、社会的な問題をリアルに取り上げながら、人間の心理をとてもうまく描くことのできる作家です。でも本書には、ありそうだけど「出来過ぎ」と思えなくもない設定がいくつか登場します。大体ゾウにこんな旅ができるのでしょうか? でもね、二度目に読んでみて、モーパーゴの物語づくりのうまさに、私はうなってしまいました。

このお話ってもしかすると……と思う読者もいると、著者は最初から考えていたのだと思います。うまくできています。危険、恋、裏切り、再会……極上のストーリーテリングです。

(「トーハン週報」Monthly YA 2014年4月14日号掲載)


ぞうのまあくん

アロナ・フランケル『ぞうのまあくん』さくまゆみこ訳
『ぞうのまあくん』 (まあくんのバイバイあかちゃんシリーズ4)

アロナ・フランケル絵・文 さくまゆみこ訳
アリス館
1984.04

イスラエルの絵本。下の子が生まれたときの上の子の葛藤をテーマにした絵本です。ゾウの一家が登場します。赤ちゃんは自分では何もできないので、お父さんもお母さんも赤ちゃんの世話で大忙し。まだ小さいお兄ちゃんのまあくんは、ちっともおもしろくないので、赤ちゃん返りをしたり、文句を言ったりします。最後はお父さんとお母さんが、まあくんの気持ちもわかってくれるので、ホッと安心できます。


ゾウの王パパ・テンボ

エリック・キャンベル『ゾウの王パパ・テンボ』さくまゆみこ訳
『ゾウの王パパ・テンボ』
エリック・キャンベル著 さくまゆみこ訳
徳間書店
2000.06

イギリスで出たフィクション。舞台は東アフリカのタンザニア。儲けと復讐のために象牙狩りをする男と、パパ・テンボとよばれる大きなゾウの戦い。キャンベルの前作『ライオンと歩いた少年』と同じように、この作品でも人間の子ども(この本では少女アリソン)と野性の獣(この本ではゾウ)が心を通わせあう瞬間が描かれています。スリルとサスペンスがいっぱいの迫力ある物語です。
(挿絵:有明睦五朗さん 編集:米田佳代子さん)


象にささやく男

ローレンス・アンソニー『象にささやく男』
『象にささやく男』
ローレンス・アンソニー&グレアム・スペンス/著 中嶋寛/訳
築地書館
2014. 2

『象にささやく男』をおすすめします。

これは厳密に言うと、児童書ではありません。一般書です。ルビもありません。でも、高校生くらいからなら、ずんずん引き込まれて、とてもおもしろく読めるノンフィクションです。

舞台は南アフリカの私立野生動物保護区トゥラ・トゥラ。別の保護区から脱走をくりかえし、処分されそうになっていたゾウの群れを著者がひきとることから物語が始まります。でも、このゾウたちは群れのリーダーと子どもを撃ち殺されて人間不信の固まりになっています。だから当然一筋縄ではいかないのですね。でも、時には命がけで、著者はこのゾウたちの信頼を勝ち取ろうと努力します。

この著者は、こんなふうに考える人です。「そもそも群れを引き取ったとき、ゾウはそのまま薮(ブッシュ=荒野)に放つつもりだった。彼らとつながりを持とうなどとは考えていなかったのである。私は、すべての野生動物はそうあるべきだと思う。すなわち、野生ということである。脱走劇や再定住の苦しみ、兄弟の処分などといった事情で、私はしぶしぶ介入せざるを得なくなったまでである。家長のナナに人間を少なくとも一人信用してもらって、人間全体に対する恨みを少しでも和らげてほしかったのである。それが実現し、彼女にも群れがもういじめられないことが分かった。これで、私の使命は終わったのだ。人間と接触しすぎると原野で必要とされる彼らの野生が損なわれることを、私は強く意識していた。」

著者の創意工夫と忍耐強さのおかげで、ゾウたちはトゥラ・トゥラが安心できる場所だということを理解し、徐々に穏やかさを取り戻していきます。そしてゾウはゾウ、人間は人間としてくらせるようになるのですが、著者とゾウの間にある強い結びつきはずっと消えなかったようで、不思議なことに著者が外国へ行って帰ってくる日には、ゾウたちがちゃんとわかっていていつも門のところで出迎えたそうです。赤ちゃんが生まれれば必ず見せにきたし、著者が亡くなった日も、ゾウの群れが家まで弔いにやってきたそうです。

ゾウだけではなく、密猟者、山火事、ライオン、サイ、水牛なども登場し、ハラハラ、ドキドキのとてもおもしろい本に仕上がっています。エンタメでもありながら考えさせられる種をちゃんともっている、そんな一冊です。

この著者はとても正義感の強い人らしく、2003年にはイラク戦争の開戦直後のバグダッドに行って、飢え死にしそうになっていた動物たちを救うという活動もしています。とくにアフリカの自然がどんどん破壊されていくことを憂い、野生生物が自由に生きられる場所をつくろうとしていました。亡くなられたのが本当に残念です。

翻訳者は、英語とフランス語のすばらしい同時通訳者、中嶋さんです。