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アラン・グラッツ『明日をさがす旅』(さくまゆみこ訳 福音館書店)表紙

明日をさがす旅〜故郷を追われた子どもたち

この本の主人公は3人。ヨーゼフと、イサベルと、マフムード。ドイツのベルリンに住んでいたユダヤ系のヨーゼフは、ナチの迫害を受けて、1939年にハンブルク港からキューバ行きのセントルイス号に乗り込む。キューバのハバナ郊外に住んでいたイサベルは、政権に反抗する父親が逮捕されそうになり、1994年にボートでアメリカを目指す。シリアのアレッポに住んでいたマフムードは、2015年に空爆で家が破壊され、難民を受け入れてくれるはずのヨーロッパに向かう。

時代も場所も異なる3人の難民の子どもたちの物語ですが、やがて彼らの運命の糸が思いがけなくも結びついていきます。私たちの想像を超えた危険や迫害にさらされ、恐怖に脅えながらも、子どもたちは、明日への希望を失わず、居場所をさがし、成長していきます。歴史的事実を踏まえたフィクションです。

時間・空間が交錯するのですが、グラッツのストーリーテラーとしての腕がすばらしい。読ませます。

(編集:水越里香さん 装画:平澤朋子さん 装丁:森枝雄司さん)

 

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<紹介記事>

・「朝日新聞」(子どもの本棚)2019年12月28日掲載

今、地球上にはふるさとを追われ命の危険も覚悟で国外へ移り住まなくてはならない人たちが大勢いる。この物語には、そういう状況にありながらも希望を失わずに生きていく子どもたちの姿が描かれている。ナチスの迫害からのがれるユダヤ人の少年。カストロ政権下のキューバからアメリカに向かう少女。内戦中のシリアからヨーロッパを目指す少年。同時進行でつづられる三つの物語が最後のほうでつながるところが圧巻である。難民問題を考えるきっかけにしたい1冊。(アラン・グラッツ作、さくまゆみこ訳、福音館書店、税抜き2200円、小学校高学年から)【ちいさいおうち書店店長 越高一夫さん】

 

日本にも続く「難民の道」

(ふくふく本棚:福音館書店)

安田菜津紀さんエッセイ「難民』

 

 

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ジャッキー・フレンチ『ヒットラーのむすめ』新装版 さくまゆみこ訳

ヒットラーのむすめ(新装版)

オーストラリアのフィクション。ある雨の日スクールバスを待っているときに、アンナは「ヒットラーには娘がいて……」というお話を始めます。マークは、アンナの作り話だと思いながらも、だんだんその話に引き込まれ、「もし自分のお父さんがヒットラーみたいに悪い人だったら……」「みんなが正しいと思っていることなのに、自分は間違っていると思ったら……」などと、いろいろと考え始めます。物語としてとてもうまくできています。現代の子どもが、戦争について考えるきっかけになるのではないかと思います。
(装丁:鈴木みのりさん 編集:今西大さん)

*オーストラリア児童図書賞・最優秀賞
*産経児童出版文化賞JR賞(準大賞)

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<新装版へのあとがき>

この本の著者ジャッキー・フレンチは14歳のころ、ドイツ語の宿題を手伝ってくれた人から少年時代の話を聞きました。その人は、ナチス支配下のドイツで育ったのですが、家族も教師も周囲の人もみんなヒットラーの信奉者だったので、自分も一切疑いを持たず、障害を持った人やユダヤ人やロマ人や同性愛者、そしてヒットラーの方針に反対する人々は、根絶やしにしなくてはいけないと思い込んでいたそうです。そしてその人は強制収容所の守衛になったものの、戦争が終わると戦犯として非難され、密出国してオーストラリアに渡ってきたとのことでした。「周囲が正気を失っているとき、子どもや若者はどうやったら正しいことと間違っていることの区別がつけられる?」と、その人は語っていたと言います。

作者のフレンチは、長い間そのことは忘れていました。でもある日家族で「キャバレー」の舞台を見に行った時、息子さんが、ウェイター役が美声で歌う「明日は我がもの」に共感し、その後にそのウェイターや周囲の人々がナチスの制服を着ているのに気づいてショックを受け、「自分もあの時代に生きていたら、ナチスに加わっていたかもしれない」とつぶやいたのだそうです。息子さんは当時14歳。それで、フレンチは自分が14歳のときに聞いた話を思い出し、この本を書かなくてはと思ったのでした。

本書がすばらしいのは、子どもが自分と世界の出来事を関連させて考えたり想像したりしていくところだと思います。今、戦争を子どもに伝えるのは、そう簡単ではありません。体験者の多くがもうあの世へ行ってしまって直接的な出来事として聞く機会は少なくなりました。それに、暗い物語は敬遠され、軽いものがもてはやされる時代です。そんななか、子どもへの伝え方を工夫して書かれたこの物語が、今の日本でも多くの人々に読み継がれているところに、わたしは一筋の光が見えているような気がしています。

さくまゆみこ

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マイケル・モーパーゴ『モーツァルトはおことわり』さくまゆみこ訳

モーツァルトはおことわり

イギリスの物語。語り手は新米ジャーナリストのレスリー。世界一有名な天才バイオリニストのパオロ・レヴィにインタビューをすることになり、緊張のあまり上司から話題にするなと言われていたことをたずねてしまいます。レヴィはなぜモーツァルトを演奏しないのか? それには深いわけがあったのです。読んで行くにつれ、ナチスの強制収容所にとらわれていた音楽家たちの悲劇とその後の物語が、浮かび上がってきます。
フォアマンの絵は、青を基調にしたヴェニスの風景と、収容所を描く暗い色調とが対照的です。
マイケル・モーパーゴは、あとがきでこんなふうに語っています。

(前略)オーケストラの前をならんで歩かされた者たちの多くはガス室へと送られました。そこでしょっちゅう演奏されたのが、モーツァルトでした。
そんなつらくて苦しい状況で演奏させられた音楽家たちは、どんな気持ちでいたのでしょう? 中には、私のようにモーツァルトが大好きな人たちもいたはずです。その人たちは、その後の人生では何を考えながらモーツァルトを演奏したのでしょうか? この物語は、そんな想像から生まれてきました。もうひとつ、きっかけになったのは、ある晩ヴェニスで目にした小さな男の子のすがたです。アカデミア橋のたもとにある広場にいたその男の子は、パジャマすがたで三輪車にまたがり、辻音楽師の演奏に聞き入っていました。たしかにすばらしい演奏だと私も思いましたが、その子も、身動きひとつせずにうっとりと聞き入っていたのです。

(装丁:岡本デザイン事務所 編集:板谷ひさ子さん)

*SLA夏休みの本(緑陰図書)選定