エズラ・ジャック・キーツ & パット・シェール作 さくまゆみこ訳
徳間書店
2000.01
アメリカの絵本。プエルトリコからニューヨークにやってきたばかりの少年ホワニートが、いなくなった犬をさがして、街に出ていきます。ホワニートは英語が話せません。でも、肌の色もまちまちな、様々な子どもたちが手を差し伸べ、犬をさがすのを手伝ってくれます。もともとはスペイン語と英語のバイリンガル絵本でした。キーツがどの部分をどこまで担当したのか、調べたけどわかりませんでした。
(編集:星野博美さん)
アメリカの絵本。プエルトリコからニューヨークにやってきたばかりの少年ホワニートが、いなくなった犬をさがして、街に出ていきます。ホワニートは英語が話せません。でも、肌の色もまちまちな、様々な子どもたちが手を差し伸べ、犬をさがすのを手伝ってくれます。もともとはスペイン語と英語のバイリンガル絵本でした。キーツがどの部分をどこまで担当したのか、調べたけどわかりませんでした。
(編集:星野博美さん)
| 日付 | 2000年1月27日 |
| 参加者 | ウンポコ、愁童、ウォンバット、ひるね、裕、ウーテ、モモンガ |
| テーマ | このごろのよかった本 気になる本 |
読んだ本:
モモンガ:とてもよかったです。共感するところが多かった。低学年でも読めるような体裁についてはいいか悪いか判断がわかれるところだと思うけど、でも「気分の持ちようは、自分が操るしかないんだ」ってことは、子どもも知ったほうがいいと思うなあ。落ちこんだときって、自分がなんとかしなければ、立ち直れないでしょ。自分で嘘の手紙を書くとか、「今日はもうおしまいにして寝ましょう」っていう感覚も、よくわかる。女性の一面
をよく表していると思う。あと、お母さんがたずねてくる場面で、本当はとても悲しい気持ちなのに、泣きついたりしないで、「元気よ」っていうあたりもとても好き。
ウンポコ:ぼくも、好感をもったね。自分の孤独をあてはめながら読むとしたら、小学校高学年くらいから読めるかな。主人公がカメっていうのも、カメの「哲学する動物」というイメージとの重なりぐあいがぴったり。自分で自分に書く手紙というのも新鮮だった。
ウォンバット:私も、今日の4冊の中でこの本がいちばん好き。もう、とってもとってもよかった! 大切な彼プースが死んでしまって、ポシェは悲しくて落ちこんじゃうんだけど、絶望的な気持ちを受け入れて、自分自身でなんとかしていこうとする気持ちがけなげで、胸を打たれました。悲しい設定なんだけど、本人は「いかに悲しいか」ということを訴えているわけじゃないし、文章も淡々としていて冷静だから、おしつけがましさがない。ポシェが書く手紙もとてもいい。はじまりの「大好きなプースへ」というところだけで、もうどーっと涙がでてしまいました。人の心に直接響くのって、案外原始的なことで、しかけとか飾りは必要ないのかもなあと実感しました。それから「頭に石がゴツン!」とか、ユーモアがきいているのもいいと思う。
ウーテ:水をさすようで悪いんですけど、私は好きになれなかった。自分で手紙を書くっていうのはよかったけれど、ファンタジーのレベルが統一されていないのが気になって。擬人化が中途半端なんだもの。2本足で歩いているのに、マロニエでできた葉っぱを日傘にしたりするのは、ヘンじゃない? ふつうの日傘でいいのに。そうかと思えば、パイを焼いたりなんかして、統一されてないのよ。小さなことといえばそうなんだけれど、ひとつ気になりはじめると、もう全体が気にいらなくなっちゃって……。アバウトなんだもの。安っぽく思えてきてしまう。タイトルもよくないと思う。原題
Pochee なんだから、『かめのポシェ』でよかったのにね。
ひるね:こういうアバウトさが「フランス」っていう感じで、私は好き。最後もそうよね。最後にポシェの孫がでてくるんだけど、ということは、プースが死んだあとだれかと再婚したってことでしょ。そういうふうになんの説明もなく、ぱっと時がとんで別
の人と結婚してたことがわかるっていうのも、お国柄という感じ。だって、ほかの国のもの、たとえばバーバラ・クーニーの『ルピナスさん』がもし結婚して、夫が死んでしまったら、そのあと一生ひとりで、亡き夫の小さな写
真を暖炉の上に飾って暮らすと思うのよ。この作品はいわば歌みたいなもの、シャンソンのようなものだと思うのね。だから、こういうのもアリでいいと思う。
愁童:これは「カメ版『女の一生』」だね。生きていればいいこともあるさと、元気が出る本。その孫のことなんかも、あっけらかんとしてるよね。はじめは『葉っぱのフレディ』と同じ路線かと思って先入観があったんだけど、一味ちがってた。文章がよくて、読後感がとてもいい。今、「癒し」って流行っているけれど、ぼくはどうも「癒し」って好きじゃないんだよ。なんだか他人まかせな感じがして。この本も「癒し系」とかいわないほうがいいと思うな。
裕:感覚的にダメだった。気持ち悪くて。なんだか嘘っぽくて、男のいやらしさがそこここに出ている感じ。ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』を思い出しちゃった。大人になってから子ども時代を回顧して書くという系統のものだから、根本的に違うでしょう、子ども向けのものとは。大人向けのものと子ども向けのものの違いを再確認しました。4つの物語が収められた短編集(「きみ去りしのち」「Too Young 」「センチメンタル・ジャーニー」「煙が目にしみる」)だけど、とくに「Too Young 」は現実的じゃなくて、いかにも男の人が書いたものという感じ。
ウンポコ:「Too Young 」は、たしかにリアリティがないね。看護婦さんの弟がちょろっと出てくるんだけど、それがどこにもつながっていかないから、なんのために登場したのかよくわからない。「きみ去りしのち」も、子どもが描けていない。主人公の男の子は小学校高学年っていう設定だけど、それにしては幼稚すぎるよ。女の子もだけど・・・。この作家、子どもいない人だなと思ったね。今現在を生きている、ナマの子どもを知らないんじゃない? 志水辰夫は、サスペンスもののうまい作家だから、「読ませるなー」と思うところは多々あるんだけどねえ。
愁童:そうだね、うまいと思うけど・・・でも、設定がうまくないんだよ。「きみ去りしのち」は、子どもが語る形式にしたところに無理があると思う。「煙が目にしみる」も、大学生が主人公なんだけど、大学生ってこんなに幼稚なものかなあと疑問を感じた。だって大学生にもなって、こんなに鈍感なわけないんじゃない? それにしても、心のひだをひっくり返してルーペでのぞくような小説は、どうも好みじゃないんだな。
ひるね:なんだかレトロ調よね。文章そのものが、男の子の口調ではないですね。女性の描き方も、外見が美しいとか醜いとか表面的なことばかりで、それもお母さんや看護婦さんなど美しい人は心も美しく描かれているのに対して、主人公に意地悪をする役の紀美子なんて、外見も気の毒なくらい醜く描かれているでしょ。おとぎ話といっしょよね、キレイな人は心もキレイって。「きみ去りしのち」でも、叔母さんがお父さんを奪っていったというのなら、なにか具体的なエピソードが必要でしょう。ただ「この人は、いつも人のものをほしがるんだから」っていうだけでは、納得がいかない。最後の1行にリアリティがないのは、そのせいだと思う。きちんと説明しないで、あいまいに表現することで、終わらせようとしているのよね。説明がなくてもわかる読者にはいいけれど、わからない人には、物語が成立しない。それでもいいっていうスタンス。
ウンポコ:要するに、「女の人は不可解で美しいものだ」ということを書きたがる男の作家ということかな。
ウーテ:私も、物語が上手だってことは認めるわ。上手か下手かといったら上手。でも気にくわないの。この作者「なにさま系」の人なのよ。自分だけが一段高いところにいて、人を判断するタイプの人。「きみ去りしのち」の華やかで美しい3姉妹のからみなんて、よく描けていると思うけど、いかにも「男が描く女」という感じ。だいたい、細部が時代錯誤じゃない? ひとりよがりで不気味だし、へんなセンチメンタリズムがあって、虫が好かない小説でした。
ウォンバット:私も、好きになれませんでした。登場人物がみんな、美しい人を陰からそっとのぞくだけで、何か行動を起こすわけでもなく、美人の傍観者である自分に酔っている。ただ見ているだけでわかったような気になっている自己満足小説。スタンダードナンバーからタイトルをとっているようだけど、内容とタイトルのつながりがわからないし、歌との関係もちっともわからなかった。
ウーテ:これでは、有名な歌の題名をタイトルにもってくる意味ないわよねえ。
(2000年01月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)
ひるね:どうしてこんな残酷な話にしたのかしらねえ。両親が救い主というのは、とてもアメリカ的な感じ。イギリスだったら、こうはいかないでしょう。アメリカ映画とイギリス映画の違いみたいなもので、アメリカものはどこか甘いのよね。スピネッリというのは、家庭的な人なんだなーと思いました。『青い図書カード』と同じく、メッセージが強く伝わるけれど、2度は読みたくない本でした。
ウーテ:私は、積極的に嫌だったの。少し読んで、自分の意志でもう読むのをやめました。だって楽しくない読書に意味があるの?
裕:私は、視点を上手に使っていて、うまいと思いました。作者との距離をうまく操作する巧妙さがある。これもまた、ドイツ的な感じ。『きみ去りしのち』とは対照的なクールさがある。ドロシーをいじめるところなんかも、子どもの意識を上手にひろってるし。子どもの成長の一過程をきちんと描いてると思う。
愁童:いいか悪いか、判断に迷うなあ、この本は。『クレイジー・マギーの伝説』(偕成社)もそうだけど、スピネッリはわざと異様な状況をつくって、主人公自身が越えなくてはいけないハードルを設けるんだよね。頭がいい、うまい作家だと思うけど・・・。でも、脇が甘いところも気になるなあ。救い主が両親っていうとこ、ドロシーとの関係が都合よすぎるところなんかね。少年が大人になるプロセスで、親を疎ましく思っていたのに、ぶつかってみたら案外よくしてくれたなんてことも、あるにはあると思うけどね。
モモンガ:今まで読んだスピネッリの4冊のうちで、私はこの本がいちばん読みやすかった。でもねー、変わった本だと思うけど、子どもにはあえて薦めないな。全体としては、どうも後味が悪くて、すかっとしないの。子ども時代に読める本は限られているんだから、あえてこの本を読まなくてもいいって感じ。だって、5歳のときに読む本、10歳のときに読む本っていうふうに考えたら、そのとき読める本てとっても少ないでしょ。そう思うとねえ・・・。だってあんなにいじめられてたドロシーが、なにごともなかったように主人公を許して仲良くなっちゃうなんて物足りないし、両親に関しても、温かい両親だっていうことはわかるけど、お父さんとの関わり方がどうも納得できないのね。おもちゃの兵隊のエピソードも中途半端でしょ。父と子のふれあいを、もう少しきちっとおさえてほしかった。ハトの飼い方とか、首をかしげるハトのかわいらしいしぐさとか、ククーって鳴く様子なんかは、みんなうれしく読むだろうし、子どもを惹きつけると思うんだけどね。
ウーテ:一昨年の直木賞を受賞した桐野夏生の『OUT』を読んだときに思ったことなんだけど、『OUT』は作品としては、とてもよくできていておもしろいし、バーッと読んだんだけど、後味が悪くて、不毛な感じにもう耐えられなかったのね。それで、ストーリーが上手ということ以外に、こういう本を読む意味があるんだろうかと思っちゃったの。そしたら新聞で、賞の審査委員長が『OUT』を評して「おもしろければいいってもんじゃないと、吐き捨てるように言った」という記事を読んで、我が意を得たり! だったんだけど。だって「書いてドースル、読んでドースル」って感じじゃない? 通過儀礼を描くにしても、なにもこんな異様な状況をつくりださなくても、別の状況でも描けるわけでしょ。
モモンガ:大人のものならいいけど、子どもにあえてこういうものを読ませなくてもいいよね。
ひるね:でも、アメリカには実際にこういう町もあるのかもよ。
一同:(しーん)
ひるね:だって、ほら、作者の住むところの近くで実際このフェスティバルが行われているのかもしれないし、それだったらあんまり抵抗ないのかも。
ウォンバット:小さいときからこのお祭りを見ていたら、たしかに抵抗ないのかも。私はこの本を読みはじめたとき、現代の話じゃないと思ったのね。あまりにも設定が強烈だから、昔の話かと思って。ローラ・インガルス・ワイルダーの「大草原の小さな家」シリーズにでてくる博覧会のような、地域のお楽しみ会なのかなと思って読み進めていったら、現代の話だったからびっくりしました。あと、この本は装丁がカッコイイですね(装丁:坂川事務所)。とても目立つし、黄色と黒が印象的。大人向けの本みたい。内容は、みなさんのおっしゃるとおりなんだけど、『ひねり屋』ってタイトルはいいと思う。
裕: Wringerっていうのは「ひねる人」って意味でしょ。首をひねって鳩を殺す人っていうだけじゃなくて、「ひねくれもの」って意味もあるんじゃない? 彼はこの町では、ひねり屋になりたくない「ひねくれもの」なワケだからさ。
(2000年01月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)
裕:よくできている話だと思いました。ひとつのテーマでつながった連作短編っていう意味では、『不思議を売る男』(偕成社)『種をまく人』(あすなろ書房)と同じ系列よね。この本は、不思議な図書カードがもたらす4つの物語だけど、大人がアクセスできない子どもの内面をうまく表現してる。短編だからこそ描けた世界だと思う。4編(「マングース」「ブレンダ」「ソンスレイ」「エイプリル」)の中でとくによかったのは「マングース」と「ブレンダ」かな。「ブレンダ」はテレビ中毒の女の子の、ちょっと病的なところもコミカルでおもしろいし、本を読みましょうっていうメッセージもわかる。うちの息子にも、ぜひ読ませたい。そういえば、私スピネッリってドイツ人だと思ってた、ずっと。この本読んで初めて知ったけど、アメリカ人だったのね。
ウーテ:名前から考えると、ドイツ系なんじゃないかしら。それと、メッセージ性が強いから、ドイツっぽい感じがしたのかも。
一同:メッセージ性、強いよねー。
愁童:そうだね。メッセージ性は強いけど、おもしろかった。4編の中では「ブレンダ」が、ちょっと残念かな。
ひるね:ところで「図書カード」っていう言葉、ちょっと違わない? あんまりなじみがないよね。「ライブラリーカード」といえば、カッコいいけれど……。原題は The Library Card で「青い」とはいってないんだけど、どうして「青い」とつけたのかな。アメリカでは青いのが一般的とか?
一同:そうかなあ。(といいながら、自分の貸出カードの色を各自チェック。青の人もあり)
裕:本文に「青い」って出てくるからタイトルにも持ってきたんじゃない?
モモンガ:それより「図書カード」っていうと、図書館の貸出カードじゃなくて、本を買うためのプリペイドカードの方を思い出さない?
一同:そうだね。
ひるね:とにかくメッセージが強烈よね。意志的なものを感じさせる文学。この本の担当編集者は「ソンスレイ」がイチオシだって。ほろりとさせられますっていってました。「ソンスレイ」には思い出の本が出てくるんだけど、日本ではそういうのってあまりないわね。外国では映画でも、共通の体験として「本」が登場するっていうの、よくあるけど。あと前作『クレイジー・マギーの伝説』『ヒーローなんてぶっとばせ』と比べて翻訳がいちだんとよくなってると思う。とくに男の子の会話が生き生きしてる。
ウォンバット:私は「マングース」と「ブレンダ」がよかったです。とくに「マングース」。図書カードがきっかけで、「知識」というものに目覚めていく様子がとてもいいと思う。こういう目の前がぱあーっとひらけていく感じって現実にあると思うし。最後の場面、取り残されたウィーゼルがかわいそうなんだけど、そういう寂しさもまたいいし、彼は彼でこれを乗り越えて元気でやっていけそうなバイタリティーをもってると思うから。「ブレンダ」もメッセージは強烈だけど、テレビ中毒のコミカルな描写なんかはおもしろかったな。でも、あんまりメッセージばかりが勝っちゃうとつまらなくなっちゃうから、そのあたりのバランスが問題かもしれない。
ウーテ:私は「ソンスレイ」は、何かが欠けているような気がして嫌でした。このごろのヘルトリングもそうなんだけど、苛酷な現実を包む、何かこう温かいものが欠けてると思う。私がヘルトリングから心が離れた理由は、まさにそれなの。以前の彼の描くものには温かさがあったのに、このごろの作品はなんだか寒々として無残な感じなのね。たぶん彼自身に余裕がなくなったからだと思うんだけど。それと同じようなものを「ソンスレイ」にも感じました。いちばんよかったのは「マングース」。終わり方もいいし、少年の心がよく描けていると思う。作者の言いたかったことは「マングース」だけで充分言い切ってるんじゃない? ほかの作品はなくてもいいくらい。
ウンポコ:ぼくも「何かが足りない」っていうのに同感。『クレイジー・マギーの伝説』『ヒーローなんてぶっとばせ』のときにも思ったんだけど、どうも気持ちが愉快にならないんだよね。子どもの内面を描こうとしているのはわかるんだけど、クリアリーなんかとくらべると、スピネッリの作品は「もう1度読みたい」っていう気持ちにならないの。どうも人間性が、ぼくとはすれちがうみたい。理屈じゃない、何かふわっと包みこむものが足りないんだよね。あと、この本は、挿絵がどうも。「物」はいいけど、人物は出さないほうがよかったと思うなあ。表紙もイマイチ。他の本に紛れちゃう表紙だね。前作と比べても同じ作者のものとしての統一感がないから、損だよね。
モモンガ:私もスピネッリって、どうも読みにくいのよね。どんどん進めないの。
裕:叙述的なところと心情とが、パッパッと切り替わるからじゃない?
モモンガ:そうかもしれない。大人っぽい書き方で、これが今のものなのかな、とも思うんだけど。図書カードをひとつの窓口として使ってるという良さはあるけど、4つの物語がばらばらだから、もっと関連性があってもよかったと思う。「ブレンダ」は冷たくて、ナマの子どもじゃない感じ。なんだかあんまりメッセージがわかりすぎるとつまんない。
(2000年01月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)
イギリスの仕掛け絵本。シロクマのポリーがうとうとしていると、鼻にぴしゃっと水がかかります。ポリーは、雪の上の足跡を追って、いたずらっ子をさがしに出かけます。どの見開きにも仕掛けがあって、何よりとっても絵がきれいです。共同出版だととかく印刷や製本が心配ですが、これはとてもていねいに作られていました。
(編集:林千里さん)
アメリカの絵本。2匹の子ネズミ(スニッピーとスナッピー)が毛糸玉で遊んでいると、その玉が転がってしまい、2匹は追いかけていきます。その先には、大冒険が。この絵本は、以前渡辺茂男さんの訳で他の出版社から出ていました。私は編集者として翻訳者である渡辺茂男さんと出会い、渡辺さんに誘われて、ミネソタ大学のカーラン・コレクション(絵本原画のコレクション)や、ガアグの暮らしていた家を見に行ったことがあります。福本友美子さん、広松由希子さん、竹迫祐子さん、白井澄子さん、谷口由美子さんたちと一緒の、とても楽しい旅でした。そんな渡辺さんが訳されたものを新たに訳すことになり、とても緊張しました。既訳を見たら左右されてしまうと思って、敢えてまったく見ないで訳しました。
(装丁:田辺卓さん 編集:山浦真一さん)
ユーモアたっぷりの物語。ある日、目が覚めるとスタンレーは厚さ1.3センチのぺちゃんこになってしまっていました。さあ、どうする? でも、スタンレーはその薄さでなければできないことを次々にやっていくのです。そのあたりが、とても楽しい。昔イギリスにいたとき、下宿先の子どもたち3人に読んであげると、年齢もちがう3人が3人ともげらげら笑いながら大喜びした絵物語。ウンゲラーの絵もとっても味があっておもしろいんです。いくつか出版社に持ち込んだけど断られて、やっとあすなろで出してくれました。でも、もう何度も刷を重ねています。
(編集:山浦真一さん)
アメリカの絵本。男の子がいちはやく雪が降っているのを見つけますが、大人は大したことがないと取り合いません。でも、そのうち町はいちめんの雪景色に。マザーグースやハンプティダンプティも飛び出してきます。シュルヴィッツの絵本論を読んでいたので、翻訳したいと思った一冊です。子どもにアピールする楽しいところと、大人にアピールするスパイス入りのところが重層的に存在して、含蓄のある絵本。雪国の友だちが、「ほんとにこうなのよねえ」と言ってくれてます。
(装丁:辻村益朗さん 編集:山浦真一さん)
*日本絵本賞翻訳絵本賞受賞
*SLA「よい絵本」選定
メキシコ系アメリカ人の詩人が初めて書いたYA文学で、メキシコからの移民チカーノの少年の息づかいが伝わってきます。父親は飲んだくれのうえに暴力をふるう。兄や姉はいつもトラブルに巻きこまれる。一家はいつも貧困と差別と暴力にさらされているけれど、その家族を見る著者の目には、ぬくもりも感じられます。アメリカ人やスペイン語の得意な方に聞いてもわからないチカーノ特有の表現がたくさん出てくるので、作者に何度もe-mailで問い合わせたりして、翻訳には苦労しました。
(表紙絵:木村タカヒロさん 装丁:鈴木成一さん 編集:神田侑子さん、長田道子さん、沼田敦子さん)
*全米図書賞受賞、産経児童出版文化賞受賞
アメリカのフィクション。アフリカ系のマリーの父親は大学で教えていて、いい家に住んでいます。でも母親は家を出て世界各地を回って自分探しをしています。そんなマリーの学校に転校生のレーナがやってきました。白人のレーナの母親はガンで亡くなり、父親はいわゆる「プアホワイト」。このあたり、従来のアフリカ系の作家が書いた作品とは設定が逆転しています。マリーとレーナは肌の色が違うのを乗り越えて友だちになります。でも、レーナには秘密がありました。父親から性的虐待を受けていたのです・・・。
作者のウッドソンはアフリカ系アメリカ人の女性で、私、この人の大ファンです。表現はとてもリリカルなのに、きちんと社会問題(この作品は、人種問題、児童虐待など)を扱っているんです。父と娘二組の物語でもあります。ぜひ読んでください。沢田さんの表紙絵がまたいいですね。
(絵:沢田としきさん 装丁:高橋雅之さん 編集:平井拓さん)
*ジェーン・アダムズ児童図書賞銀賞受賞
*コレッタ・スコット・キング賞銀賞受賞
これは、もともとイギリスで1982年に出版された作品で、日本語訳は以前別の出版社で出ていましたが、今回翻訳をし直してあらたに出版することになりました。出版当時から、漫画のコマ割りの手法を使ってシリアスな問題を描いた、絵本の常識をくつがえす作品として、大きな評判を呼んだ作品です。それから15年以上たった今、ソ連は崩壊し、米ソ2大国が国際政治を大きく左右していた時代は去って、世界の情勢はもっと複雑になってきているように思えます。しかし、最近のインドやパキスタンの核実験で明らかになったように、核兵器をパワーゲームの切り札とみなす風潮はまだまだ盛んです。そういう意味では、核戦争の脅威は去ったわけではありません。まだ、核は使用しなくても、ジムやヒルダのようなふつうの人たちが犠牲になる戦争は、世界各地で多発しています。レイモンド・ブリッグズがこの絵本で描こうとした状況は、表向きの形は変わっても、今でも存在しているのです。この絵本が、親子いっしょに、もう一度核の問題、そして戦争の問題を考えるきっかけになってくれれば幸いです。
(編集:山浦真一さん)
イギリスの仕掛け絵本。小さなカヤネズミのモーリーは、新しいおうちにしようとあっちこっちを探しますが、いいと思ったところには、みんなほかの生き物がすんでいます。どの見開きにも仕掛けがあって、何よりとっても絵がきれいです。共同出版だととかく印刷や製本が心配ですが、これはとてもていねいに作られていました。
(編集:林千里さん)
イギリスの仕掛け絵本。元気なこうさぎのビリーが、ちょうちょをさがして、あっちこっちをさがしまわります。どの見開きにも仕掛けがあって、何よりとっても絵がきれいです。共同出版だととかく印刷や製本が心配ですが、これはとてもていねいに作られていました。
(編集:林千里さん)
アメリカのフィクション。真珠湾奇襲のときハワイに暮らしていた日系ハワイ人の少年トミカズとその一家の物語。日米関係が緊迫してくると、移民してきた父親と、日本から呼び寄せた祖父は、収容所に入れられてしまいます。自分はアメリカ人だと思っていたトミカズも、それまで遊んでいた友だちと遊べなくなります。日常生活が一変して、悩みながらも成長していく少年を描いています。
著者ソールズベリーの父親は、第二次大戦の日本軍との戦いで戦死しているのですが、それでもこういう物語が書けるのですね。表紙絵を描いているのが横山隆一さんのお嬢さんなので、トミカズ少年はどこかフクちゃんに似ています。
(表紙絵:横山ふさ子さん 装丁:森枝雄司さん 編集:米田佳代子さん)
*スコット・オデール賞受賞
ノンフィクション文学。アンネ・フランクの同級生で親友だったハンナ・ホスラーが、ナチス占領下でのつらい体験や、アンネの思い出などを語っています。著者はハンナの回想を聞き書きしています。隠れ家にいたアンネはナチスに見つかって逮捕されたため「アンネの日記」は途中で終わっていますが、ハンナは、ホロコーストを奇跡的に生きのびてイスラエルに暮らし、子どもや孫にも恵まれました。アンネのケースが特殊ではなかったことがよくわかります。
(装丁:森枝雄司さん 編集:中田雄一さん)
*産経児童出版文化賞大賞受賞、厚生省中央児童福祉審議会特別推薦
イギリスの絵本。サンタは夏には何をしているのかな? 以前ほかの出版社で出ていて絶版になっていたのを、山浦さんが探し出してきて出し直すことになりました。以前のは少し訳も違っていたので、全く新たに訳し直しました。『さむがりやのサンタ』の続編です。原著では、このサンタさんはイギリスの労働者階級の言葉を話しているんですよ。サンタがフランスに出かけたり、そりをキャンピングカーに改造したり、プールサイドでのんびりしたり・・・大人が読んでも楽しめます。
(編集:山浦真一さん)
アメリカの絵本。『ちびくろさんぼ』に違和感を持っていたアフリカ系作家のジュリアス・レスターとアフリカ系画家のジェリー・ピンクニーが作った絵本です。お話のおもしろさはそのままに、アフリカ系の子どもたちが誇りを持てるように考えられています。ピンクニーも、そのような点を意識して絵を描いています。
南アフリカで行われていたアパルトヘイトの実態を15歳の少女の目を通して描いています。暮らしていた土地から不毛の地へ強制移住を命じられた村の人々の反応、抗議に立ち上がった子どもたちへの仕打ち……。南アフリカで生まれ育ち、学生時代にアパルトヘイトに抗議して亡命を余儀なくされた著者だけに、描写はリアルです。
アパルトヘイトの中で人々がどのように思い、行動し始めるようになったのか、その揺れる心持ちを知ることができる物語です。歴史的事実の裏には、必ず無名の多くの人の思いがあふれているのだということわかってきます。原書は古い(1989年)のですが、後書きでそれ以降の南アフリカの状況を補足しました。
著者のビヴァリー・ナイドゥーさんとは、南アフリカのケープタウンで「子どもの本の世界大会」があったとき、お目にかかってお話をすることができました。
(編集:家井雪子さん 挿絵:伏原納知子さん)
イギリスで暮らす少年クリスは、父親の仕事の都合で突然アフリカのタンザニアへ行くことになります。ところが目的地に向かう途中、軽飛行機が墜落して、パイロットと父親は重傷を負ってしまいます。軽傷ですんだ少年はひとりで助けを呼びに行こうとするのですが、そこは様々な野生動物が暮らすサバンナ。飛行機という現代文明を象徴するものが失われたことで大自然の中に放り出された少年は、年老いたライオンと出会います。死期を迎えて群れを去った老ライオンと、生きようとするクリスが、ふしぎなことに魂を通わせるようすが描かれています。
著者のキャンベルは、野生の動物と人間のかかわりをテーマに書いている作家です。翻訳は、原文では名詞につく形容詞がたくさんあるので、それをどう訳すかという点で苦労しました。
(編集:米田佳代子さん 装丁:鈴木裕美さん)
アルファベットについてのフランスの絵本。「おおきな A、あしを ひらいて たっている」「ちいさな a、まあるい まどが あいてるよ」というふうに、AaからZzまでを紹介しています。
数についてのフランスの絵本。0から10までの数字を紹介し、日常のくらしの中で、それぞれの数を楽しんでいきます。
アフリカ南部のナミビアに暮らす先住民サン人(昔はブッシュマンと呼ばれていた)の少女ビーが主人公です。サンの人たちはいつも自然と調和して暮らし、空の星の歌も、木のささやきも、小鳥の歌も聴き取ってきました。
著者のレスリー・ビークは、私も南アフリカのケープタウンでお目にかかり、親しくお話をさせていただきましたが、サンの人たちの文化を伝えるためのサポートをしていて、そのような物語もたくさん書いています。この作品は、カラハリ砂漠を舞台にした、死と愛と再生の物語です。主人公のビーは、一度は苦しい体験にうちのめされて自殺しようとしますが、やがてそれを乗り越えて生きていきます。ほかにも故郷を失った祖父、深い悲しみを抱える母、新しい未来を夢見るクー、貧しい白人の農場主や精神を病むその妻など、さまざまな人間模様を浮かび上がらせています。
サンの人たちの言葉の発音については、京都大学アフリカ地域研究センターの当時の所長田中二郎先生にご教示いただきました。
(編集:松木近司さん)
*産経児童出版文化賞推薦
「ママ・アフリカ」と呼ばれたミリアム・マケバは、「パタ・パタ」などの歌で有名ですが、とても数奇な運命をたどった女性です。南アフリカで生まれましたが、アパルトヘイト政権のもとで31年間も国外追放になり、イギリス、アメリカ、ギニアと拠点を移しながら、歌手として活躍しました。マンデラが大統領になるとようやく南アフリカに戻って、その後も世界を回って歌声を聞かせてきました。
しかし彼女は歌手だっただけではなく、人権活動家としても国連でスピーチをしたし、何より波瀾万丈の人生を送った人でした。
私はマケバの来日コンサートにも行きましたし、CDはすべて持っていて、それを順番に聞きながらこの本を訳しました。
(編集:松本徹さん 装丁:桂川潤さん 写真・編集協力:吉田ルイ子さん)
環境について考えるイギリスのノンフィクション絵本。著者は動物園や大英博物館に勤務したあと、BBCで科学番組の制作をしていた人です。世界のあちこちで生きている人間が、環境破壊や環境汚染のせいで、危機に瀕していることを伝えています。私たちに今何ができるか、という情報も入っています。
環境について考えるイギリスのノンフィクション絵本。著者は動物園や大英博物館に勤務したあと、BBCで科学番組の制作をしていた人です。環境破壊、環境汚染などで絶滅してしまう生物やについて述べたあと、それを食い止めようとする試みも紹介しています。
環境について考えるイギリスのノンフィクション絵本。著者は動物園や大英博物館に勤務したあと、BBCで科学番組の制作をしていた人です。土はどんなふうにつくられているのか、ダムの害、農薬や化学肥料の害、土地の砂漠化を防ぐ方法などについて述べられています。巻末に用語解説がついています。
環境について考えるイギリスのノンフィクション絵本。著者は動物園や大英博物館に勤務したあと、BBCで科学番組の制作をしていた人です。水道の水はどんなふうにできているのか、水はどんなふうに循環しているのか、なぜ水が汚染されてしまうのか、海が汚染されてしまうのか、魚の乱獲の問題、水をじょうずに使うためにはどうすればいいのか、私たちには何ができるのか、などを伝えています。
環境について考えるイギリスのノンフィクション絵本。著者は動物園や大英博物館に勤務したあと、BBCで科学番組の制作をしていた人です。森林の構造、木のいのち、木はどんなふうに役立っているのか、破壊される熱帯林、森林を破壊するとどうなるのか、森林を守るためにはどうすればいいのか、私たちにできること、などを伝えています。
イギリスの環境について考えるノンフィクション絵本。著者は動物園や大英博物館に勤務したあと、BBCで科学番組の制作をしていた人です。空気とは何か、大気汚染はいるから始まったのか、排気ガスによる汚染、地球温暖化について、破壊されるオゾン層、酸性雨、原発の危険性、大気汚染をはかる方法などについて伝えています。
この巻には、「花むこ失踪事件」「ボスコム谷の謎」「窓から消えた顔」「技師の親指」が入っています。
そして、前の巻と同じく東山あかねさんのすばらしい解説がついています。
イギリスのモンティ・パイソンのメンバーで、作家・脚本家としても活躍したテリー・ジョーンズが、娘のサリーのために書いた童話集。二巻目のこの本には、「のどじまんのちょうちょう」「ガラスの戸だな」「心配しょうのケイティー」「木切れの都」「ピーターのかがみ」「ゆうかんなモリー」「風のゆうれい」「世界の海を泳いだ魚」「ティム・オレーリー」「おばけの木」「たばこ入れの悪魔」「世界一の金持ちになった男」「金のかぎ」「リー・ポーのワイン」「1000本の歯をもつ怪獣」「悪魔にたましいを売った博士」の16のお話が入っています。ジョーンズはオックスフォード大学で中世文学に親しんでいたので、そんな雰囲気も持った、そしてちょっとスパイスがきいた物語になっています。
この中の「風のゆうれい」は大阪書籍の国語の教科書にも掲載されていました。
(編集:檀上聖子さん)
イギリスのコメディ・グループ「モンティ・パイソン」で有名なテリー・ジョーンズが、娘のサリーのために書いた物語集。「麦わら人形」「ぼけた王さま」「ふしぎなケーキの馬」「夜の飛行士」「3つの水玉」「ジャックのひと足」「骸骨船」「海のとら」「大きな鼻」「魔女とにじ色のねこ」「なぜ鳥は朝うたうか」「むらさき色のくだものがなる島」「遠いお城」「どこにもない国にいった船」の、ファンタジーと寓話がまじりあったような14のお話が入っています。
フォアマンの挿絵がすてきなんです。
(編集:檀上聖子さん)
ロンドン大学で教えていたヤン・クナッパートさんをお訪ねしたとき、まだ本になっていないブックレット状態のこの本を見せていただき、翻訳させてもらうことにしました。クナッパートさんは、アフリカ各地の神話・伝説をご自分で収集して、本や事典を出しておられる学者です。
モロッコはイスラム教の国なので、イスラム文化にも触れたおもしろいお話が集めてあります。「丘の上のおばけやしき」「ふしぎなさかな」「愛のカフタン」「ひみつのとびら」「妖精にそだてられたむすめ」「ファディルとハットゥーシャ」「かしこいむすめと砂漠の王さま」「すなおなおよめさん」「アッラーのなさること」が入っています。
(編集:家井雪子さん)
編集者の方に「シャーロック・ホームズは好きですか?」ときかれて、「ええ」と答えたら、訳すことになりました。
「消えた銀星号」「地獄船グロリア・スコット号の最期」「地底の王冠」「幻のスパイを終え」の4つのお話が入っていて、解説を日本シャーロック・ホームズ・クラブ主宰者である東山あかねさんが書いてくださっています。今見ると、とてもとてもオーソドックスな表紙絵ですね。
南部アフリカの先住民のサンやコーサの人たちの昔話や神話をもとにした動物物語。「小さなカワウソの冒険」「ブアブンの花が散る」「絵かきになったノウサギ」「ジャッカルの春」「ずんぐりイモムシの夢」「サボテンどろぼうはだれだ?」「雨の牡牛」が入っています。訳すとき難しかったのは、動物や植物の和名です。南部アフリカ固有の英語から割り出すのに、文章を翻訳してから丸一年くらいかかりました。最後は著者に特徴やわかるものはラテン名も教えていただきました。当時は電子メールがなかったので、お手紙でやりとりしていました。画像検索も当時はできなかったので、著者に写真を送っていただきました。後書きでポーランドさんは、こう述べています。「この本にのっているお話は、楽しんでもらうことを第一の目的として書きました。けれどもこの本は、サンやコーサなど〈古い人たち〉への賛辞でもあります。かれらの知恵や世界観は、はかりしれないほどわたしをゆたかにしてくれました。かれらのつたえてきたものの中にある、よろこびや魔法のいくつかを、読んでくださるかたたちと分かちあうことができれば幸いです」。2004年には福音館文庫の1冊としてよみがえりました。
(編集:松本徹さん 装丁:加藤光太郎さん 巻末の動物の絵:木村しゅうじさん)
*産経児童出版文化賞
イスラエルの絵本。下の子が生まれたときの上の子の葛藤をテーマにした絵本です。ゾウの一家が登場します。赤ちゃんは自分では何もできないので、お父さんもお母さんも赤ちゃんの世話で大忙し。まだ小さいお兄ちゃんのまあくんは、ちっともおもしろくないので、赤ちゃん返りをしたり、文句を言ったりします。最後はお父さんとお母さんが、まあくんの気持ちもわかってくれるので、ホッと安心できます。
生と死をテーマにした絵本です。死んだ小鳥を見つけた男の子が、お母さんと一緒にそっとバラの木の下に埋めます。するとある日、バラの花の間から小さな声が聞こえてきたので、のぞいてみると、小鳥の巣があってその中に三羽の赤ちゃんが・・・
食べ物をテーマにした絵本です。好き嫌いしないでなんでも食べようね、いろいろなものを食べると、それが体の栄養になってどんどん大きくなれるからね、と語りかけています。
イスラエルの絵本。幼い子どもの眠りがテーマです。「まあくんは、どこで ねむるの? いぬごやの なかかな?」「いいえ、いぬごやの なかで ねむるのは、いぬさん」と、なんとなくユーモラスな言葉が続きます。おもしろいのは、まあくんは夢のカードを持っていて、見たい夢のカードを枕の下に入れておくというところ。悪い夢を見そうなときは、悪い夢を見ないための魔法のカードも持っているのです。
イスラエルの絵本。シリーズの中では、これだけまだ現役です。おむつにバイバイすることがテーマです。まあくんはある日、お母さんからプレゼントをもらいました。箱をあけてみると、そこには、おまるが入っていました。日本のおまるとはちょっと違う形ですが、トイレトレーニングはどこも同じようですね。ちゃんとおまるにウンチができたときの、まあくんの喜びが伝わってきます。
アメリカの絵本。大きな雲が空をおおって、三日間もお日さまが見えなくなってしまいます。さあ、たいへん。ひよこたちは、お日さまをさがして旅に出ることにしました。
イギリスの絵本。市川里美さんの絵がとっても楽しいクリスマス絵本です。最初にクリスマスとはどういうものか、という由来のお話があり、続いて、イギリス、アメリカ、ドイツ、オランダ、ポーランド、チェコ、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、ソ連、フランス、イタリア、ギリシア、メキシコ、インド、日本、オーストラリアでは、どんなふうにクリスマスのお祝いが行われているかを紹介しています。「きよしこのよる」「ひいらぎかざろう」などのクリスマスキャロルや、クリスマス飾りやショウガクッキーなどの作り方も載っています。
この絵本は、よんどころない事情があって、ひとりで編集と翻訳をおこないました。これ以降、やっぱりひとり二役はしないほうがいいと考え、どちらかに徹することにしています。
(編集:作間由美子)
子どものためのお料理の本。卵、肉、ソーセージ、じゃがいもとスパゲッティ、トースト、サラダ、お菓子に別れていて、楽しい絵がついています。どれも作ってみましたが、おいしかったですよ。
私はラダの絵が大好きです。ゆかいなラダの絵を使って、動物たちの物語が展開する絵物語です。
西アフリカのギニアでマリンケ人として生まれ育った作家が、少年時代を誇りをこめてふりかえった自伝的小説。鍛冶屋のお父さんの仕事、ワニのトーテムに守られたお母さんの不思議な力、太鼓のひびき、成人になるための儀式、村の日常生活、グリオのパフォーマンスについてなど、おもしろくて興味深い記述にあふれています。(カット:エム・ナマエさん 編集:家井雪子さん)
アフリカ各地に伝わる昔話から、不思議なおはなしを自分で選んで訳しました。「恩を忘れたおばあさん」「魔法のぼうしとさいふと杖」「山と川はどうしてできたか」「ヘビのお嫁さん」「力もちイコロ」「動物をこわがらせた赤ん坊」「カワムチと小さなしゃれこうべ」「ワニおばさんの約束」「あかつきの王女の物語」「村をそっくりのみこんだディキシ」「ニシキヘビと猟師」「悪魔をだましたふたご」が入っています。
この本がきっかけで、私は冨山房に入社し編集部で働くようになりました。つまり入って最初に編集したのがこの本だったのです。
ドイツの実用的な絵本。アボカド、ラディッシュ、ミニトマト、ハーブ、パイナップル、桃などおいしいものや、お誕生日の木など記念になるもの、そして四つ葉のクローバーなどプレゼントにできるものを、鉢植えや地植えで楽しむための実用的な絵本です。食べた後の残りの部分で楽しもうというページもあります。
ドイツの絵本。私は1975年の夏にミュンヘンでヤノッシュに会って、インタビューしたことがあります。そのとき、この絵本を知って訳そうと思いました。
熊使いのザンパーノおじさんは、恐ろしい熊にさまざまな芸当をさせて、自分の方が強いところをみんなに見せていました。ところがある日ハエがぶんぶん飛んできて、熊は手をぐるぐる振り回し、熊をつないでいた綱を持っていたおじさんは宙にういてしまいます。そのまま綱が切れて、おじさんは・・・人間社会を批判的に見ていたヤノッシュらしい絵本です。
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