ウンポコ:これは、おもしろかった! 先週、ある受賞式があったんだけどね、そこで作家から売りこみがいっぱいあったの。それで、今週になって持ちこみ原稿がたくさん届いたから、読んでるんだけど、あまりおもしろくないんだな。どうしておもしろくないのか。それは、「コト」は描くけど、「人」は描いてないからなんだと思う。ストーリーを追いすぎてるの。だから人物像が見えてこない。それでは、文学じゃない。いっぽう、この『赤い鳥を追って』は、「人」がよく描けてる。だから魅力的なの。ネイト伯父、ジェシー伯母、自分の心とは裏腹なことをしてしまう主人公ジニー、そしてジニーにアプローチしてくるおかしな若者ジェイク・ブーン。みんな、よく描けているよね。お父さんについては、やや不足ぎみ。もう少し描きこんでほしかった。ちょい役のお店のおばさんなんかもまた、いいんだな。人物像がしっかりしてて、雰囲気がとってもよく出てる。だからこそ、読後しっかりした手応えが残るんだ。ちょっとした会話もうまくて、映画を見てるみたいな気持ちになったよ。「パッパラッパ、パラッパパ」って踊る場面なんて、映像が目にうかぶ。

ウォンバット:えー、そう? 私は「パッパラッパ」と「みんなをあっといわせよう!」が、ピンとこなかった。今日、風邪で休んでるネムリネズミさんにそう訴えたら、Boogie Woogie Bugle Boyの曲を知ってれば、わかると思うよって言われたんだけど。とても調子のいい、楽しい雰囲気の曲だからって。でも「みんなをあっといわせよう!」って、日本語としては、どうも調子がよくなくて、景気づけって感じがしなかったの。これが、もっとぴたっとくる、すてきなセリフだったら、きらっと光る印象的な場面になって、もっとよかったと思うんだけどな。

ウンポコ:たしかに。「パッパラッパ」の場面はいいけど、「みんなをあっといわせよう!」って台詞は、ばちっとはまってるとはいえないね。あ、そうそう、p279で、ジェイクが「まいった!」っていうんだけど、これも、違和感なかった? ニュアンスが、ちょっと違うんじゃないかな。もっとしっくりくる言葉がありそうだぞ。とまあ、いろいろ気になるところはあるけど、全体的には新鮮だったな。舞台設定も魅力的だしね。トレイルとかさ、リアリティもあるし。13歳の子がひとりでテントで過ごすなんて、現実にはちょっと無理っぽいんだけど。いっやー、最近読んだ英文学のなかでは、ダントツの高得点!

モモンガ:前作『めぐりめぐる月』(もきかずこ訳 講談社)もよかったけど、この作品のほうがもっと好き。登場人物は多いんだけど、ぜんぜんこんがらがったりしない。ジニーにとって、この人はどうっていうふうに、一人称で書いてあるから、人物像も人間関係もとってもよくわかる。ただ、オビのキャッチコピーは「自分の存在意味をトレイル復活にかけた少女の葛藤」とうたってるんだけど、「トレイル=自分さがし」というふうにはつながってないと思う。話は少しずれるけど、最近友人がまだ幼い子どもを突然なくすという不幸があって、そのすぐあとにこの本を読んだので、伯父さん伯母さんの、子をなくした親の気持ちが、生々しく迫ってきちゃってね。シャロン・クリーチも、そういう体験をした人が身近にいたかどうかわからないけど・・・。これ、ジニーが、ローズとジェシー伯母の死をどうやって受け入れるか、納得するか、という物語だとも考えることができて、とっても深い話なのよね。だから「自分さがし」とか、そんなことだけをことさらアピールしなくてもいいと思う。それと、ジニーが「何かしなくちゃ」と思っているというのは、わかるんだけど、なぜトレイルを掘るのかっていうのが、いまひとつよくわからなかった。

ウンポコ:そういえば、ネイト伯父が恋人をさがしにいくのって・・・。

オカリナ:そんなはずないと思うなあ。あれほど伯母さんを愛してるんだから、伯父さんは。妄想まで見たりして。そんな男が、別の女に会いにいくはずないじゃない。なのに、まわりが、伯父さんは浮気してるのかもなんて思うのは、不自然。伯父さんのようすを見てれば、そんなことするわけないってわかるはず。人物像がくっきりしてるのに、これはちょっと残念だった。

ウォンバット:私は、伯父さんとお父さんって兄弟のはずなのに、よそよそしいのが気になった。年の離れた兄弟だったのかな。ネイト伯父って、ずいぶん年寄りっぽい感じだし。それに、伯父さんの家のしつらえが、現代とは思えなかったんだけど……。でも、田舎だからこれでいいの?

オカリナ:アメリカも、田舎では普通だよ、こういうの。たしかにずいぶん昔っぽい感じだけど、こんなふうにしてる人、今でもいっぱいいるんじゃない?

アサギ:アメリカって、都市と田舎のギャップが大きいから。ドイツやイタリアは、小さな都市国家が集まって、ひとつの国になったから、どんなに田舎に行ってもちゃんと「街」として、機能していたという歴史があるのね。だから、人口5000人くらいの、日本の感覚でいったら「村」って感じのところでも、誇りをもって「市」っていうのよ。その点、アメリカは、ちょっと違う。アメリカの田舎だったら、今でもこんな感じのところ、たくさんあると思うわ。映画でも、田舎を舞台にしてる作品には、こういう暮らし、出てくるでしょ。

ウォンバット:たしかに。

モモンガ:最初の場面、伯母さんの台所にかざってある壁かけが出てくるんだけど、私ははじめ、なんのことだかよくわからなかったの。「オーブンの上にかけられてる」って、火にかけられてるっていう意味かと思っちゃったのよ。しばらくしてから、ようやく「あっ、これはサンプラーか」と、気づいたんだけどね。

アサギ:なあに、サンプラーって?

オカリナ:刺繍の練習をするためのお手本のこと。ABCとか、お花の絵なんかが多いのよね。クロスステッチの練習とかさ。これは、絵と格言みたいなのがいっしょになったパターンね。私は、たまたますぐサンプラーだと思っちゃったから、引っかからなかったけど。

ウンポコ:そう? ぼくは、わからなかったなあ。じつは、それで挫折しそうになったの。でも、ちょっと辛抱したら、おもしろくなったからね。そんなに苦労せずに、最初のハードルは越えられた。

オカリナ:私が気になった、というか不自然だと思ったのは、次の3点なの。(1)ウンポコさんも言ってた、ジェイクの「まいった!」発言(いまいちしっくりこず)。(2)ネイト伯父の浮気疑惑(前出)。(3)ジェイクが、あれほど愛情を表現してるのに、まだ疑うジニー。

モモンガ:ジニーって、かわいくない子なのよね。

オカリナ:うん。ねじくれてる。

モモンガ:意固地なヤな子。それまで、さんざん痛い目にあってるからね。私は、ジニーのそういうところは理解できた。「おとなしい」っていうより、自分をもちすぎてて、理解してくれなくてもいいわって感じ。複雑だけど、ありがちよね。でも、このあとがきは、ちょっとこじつけじゃない? ジニーのおかれている状況は、今の日本の子どもたちにも通じるものがあるっていうところ。「めぐまれた環境ではあるけれども、さまざまなものが飽和状態に達していて、何をいおうと何をしようと、すでにだれかが口にし、やってしまったことばかり」といわれてもねぇ……。イマイチ無理がある。あと「トレイルは、ジニーが自分の存在を確かめるための手段」っていうのも……。

オカリナ:自分だけの何かが必要っていうことは、わかるけどね。

ウンポコ:訳も、ちょっと乱暴なところがあるよね。でも、それだけじゃないのかな。原書自体、もう少し整理したほうがよかったかも。

オカリナ:ネイト伯父の浮気疑惑のあたり、原文はどうなってるんだろう? あそこが、どうもひっかかるのよね。おさまりが、悪いんだな。ジグソーパズルのピースが、ぴたっとはまりきってない。

ウンポコ:あきっぽいぼくが、最後まで読めたのは、トレイルの魅力だと思うな。舞台セットがすてきだからね。

モモンガ:「道」って、なにか象徴的な意味があるんじゃないの?

オカリナ:『空へつづく神話』(富安陽子著 偕成社)も、こんなふうにやってくれればよかったのにね。重層的な感じがなかったからね、あの作品は。

モモンガ:この作品は、小道具が活きてるわね。ひきだしとか、エプロンとか。

オカリナ:どきっとしちゃうよね。イメージがうかびあがってきて。メダルもね。

ウンポコ:うん、うまいよね。

モモンガ:ほんと。

ウンポコ:シャロン・クリーチは、これから注目の人だね。ストーリーテラーとして、なかなかスゴイぞ!

モモンガ:ぜんぜん退屈しないものね。1章が短いし。うまく緩急つけてる。

アサギ:それにしても、一人称小説って年々増えてるわね。全世界的に。「わたし」or「ぼく」が語る物語の増加率って、ものすごいパーセンテージだと思うわ。

すあま:世界的に、みんなジコチューの傾向にあるのかな。

ウンポコ:一人称のほうが、気持ちを主人公に重ねやすいんじゃない?

アサギ:技法としては、一人称のほうが楽よね。だって、自分の視界の範囲、今、主人公が見えてる範囲内で描写すればいいわけだから。

オカリナ:うーん。でも、一人称の小説は、わき役の人物像をうかびがらせるのが、むずかしいんじゃない? テクニックが必要だと思うなあ。

モモンガ:たしかにこの作品も、会話よりも、ジニーの言葉で書いてある地の文のほうが印象に残るわね。

オカリナ:どうかな。でも、それって翻訳の問題かもよ。日本の小説だって、そういうとこは、むずかしいと思うわ。訳といえば、「ネイト伯父」「ジェシー伯母」っていういい方、古くさくない? ちょっと気になったんだけど。

モモンガ:あ、私も感じた! それ。

アサギ:昔だったら、「○○伯父」「○○伯母」っていうの、よくあったけどね。

ウンポコ:でもさ、ジニーはおマセさんだよね。日本の13歳より、2〜3歳は年上の感じ。

アサギ:精神年齢がちがうからね。日本の子どもとは。

ウンポコ:「いつキスされてもいいように、くちびるをしめらせた」なんてとこを読むと、ドキッとしちゃうよ。

オカリナ:それってさ 、日本の子どもと比べてじゃなくて、ウンポコさんの若かったころとは違うってだけじゃないの?

(2000年11月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)