『人食い〜クラウス・コルドン短編集』
クラウス・コルドン/作 松沢あさか/訳 いよりあきこ/絵
さ・え・ら書房
2002.01
原題:DER MENSCHENFRESSER by Klaus Kordon, 1997(ドイツ)

<版元語録>ドイツ児童文学の旗手コルドンの短編集。戦争の傷痕を背負う片腕の男と少年の束の間のふれあいを描いた表題作など、いずれも「愛のための小さな勇気」をテーマにした12編を収録。

アカシア:短いのも長いのも、書きこんだのもそうでないのも、いろんな話があるわね。子どもの人生の場面を切りとっていくという意味では、鋭い短編集。個別に言うと、「クラゲ」で、マヌエルがいじめられていて、インゴがそばからみていて悩むんだけど、最後ちょっと臭い台詞を言って仲良くなるところは、紋切り型のような気がしたな。「一輪車のピエロ」は、とってもよくできた、好きな話でしたね。最後の「クラスのできごと」は、「ひとのことは<みにくいアヒルの子>なんていうけどさ、子どものうちはみんなアヒルかもね」という言葉が、どういうニュアンスかわかりにくかった。訳は、全体として今の子どもの会話風にしたほうが面白くなったように思います。

紙魚:装丁からして、ちょっと入りにくい本でした。タイトルも、センセーショナルな『人食い』なんていうものだし。こうして読む機会がなければ、なかなか手にとらない本です。読んでみれと、どの話も暗い影がありながら、ふーむと心をゆらされる部分があったりして、なかなかよかったです。ただ、本のつくりが、こうも突き放した感じなので、もったいないと思いました。作家と読者がもっと近づく装丁だとよかったのに。タイトル、ハシラの入り方なんかも、かなり気になりました。

ペガサス:短編集としては好きな本。全体として共通カラーがあって、まとまった印象をうける。主人公の子どもたちが、親をなくしていたり、障害のある妹をかかえていたり、貧しかったり、彼らの日常は胸を痛めるのだけど、別の方向から光があたって、ささやかな幸せがもたらされるというのが描かれている。希望がもてるといったことを描いているのがよくて、それが全体のトーンにつながっているのかなと思った。

アカシア:ただ、ピアスとはちがって、コルドンは、かなりつきはなしていると思うのよね。ピアスの短篇では、人間と人間の関係があったかく描かれているんだけど、「人食い」に登場する人間たちはどこかさみしいし、喪失感を訴えてくるような印象。

ペガサス:コルドンは、あったかいというよりは、別の方向から光があたるという感じ。児童文学のありきたりな子ども像というのではなく、あるところでは大人よりさめている。「飛んでみたいか?」なんて、お父さんのうえをいっちゃってるじゃない。大人より大人びているよね。「窓をあけて」も、今までよくあるパターンは、受け入れられなくて反発するというのがあるんだけど、あの子は、自分でのりこえて窓をあけたわけじゃない。

アカシア:アン・ファインなんかには、そういう子がよく出てくる。大人より一段上に立って状況を判断できるような子どもがね。今の社会って、大人が子どもっぽくなるのに比べて、子どもは早くから大人になることを強いられてるのかも。子どもは受難の時代だね。

カーコ:好きな作品じゃないんだけど、問題を投げかけてくれるタイプの作品だなと思いました。さまざまな切りとり方で、いろんな人生を見せてくれる。出てくる家族も、移民であったり孤児であったり、両親と子どもというような古典的な家族像にはあてはまらなくて、どこか社会から疎外されがちな人々が描かれていて。それぞれの短編の終わり方も、希望を持たせるような終わり方と救いのないものが半々。
ひとつ気づかされたのは名前のむずかしさ。ドイツ語の名前はなじみがないから、男か女かわからないまま途中まで読んで混乱してしまうことがあった。訳すときに、男の子か女の子かを最初にさりげなく示唆するようなことが必要かも。それに、ここに出てくる名前の中には、ドイツ人の読者が読めばパッとドイツ人じゃないなとか、ギリシャ系だなとかわかるのかもしれないけど、日本人にはわからないものも多い。そういう見えない意味や文化っていうのは、どうやって出せばいいんでしょうね。
訳のことをいえば、10歳の子が「父が」って言うのは違和感をおぼえました。全体として子どもが大人びている印象だった。それと文体についてですけど、現在形が続くのは意図的なのかな。原文で、過去のことを現在形で書いてあるからなのかもしれませんけど、この本では少しひっかかりました。

アカシア:原文が現在形で書かれているとすれば、そこには作者の意図があるんだろうから、やっぱりできるだけ現在形で訳したほうがいいんじゃないかな。

ももたろう:そもそも装丁から手に取りたくない感じ。子どもは、この『人食い』ってタイトルで読みたくなるのかな。きっと子どもが持つタイトルからの本への期待と、書かれているものは違ってしまうと思う。内容的には、子どもの不安定な気持ちの状態が細かく書かれている感じで、いろんな意味でばらばらっとした感触。イメージがつかみにくいですね。まるでモザイクみたいな印象でした。それに私たちの生活と匂いが違う。私は最初からとまどいがあった、これを子どもが読んだら、どこから入っていくのか読み込めないうちに終わってしまうのでは。表面的ではなくて内面的な子どもの姿が描かれていて、胸につんとくるようだった。そうそう、前から思ってたんですけど、短編って訳す時は訳者はどんな感じなんですか。

アカシア:短いから簡単ってわけじゃなくて、長編以上にちゃんと理解していないと訳せないんじゃない? 表面的に読んだだけじゃだめだしね。それから『人食い』っていう書名は、原書どおりなんだろうけど、ドイツ語ではもっとイメージがはっきりしてる言葉なんじゃないのかな。日本で「人さらい」って言えば、一定のイメージがあるみたいに。

ももたろう:そういえば、短編は出版社に売り込むのが、難しいですよね。

アカシア:でも今は朝の十分間読書なんかに使うのに便利だからって、需要があるんじゃない?

ペガサス:さ・え・ら書房といえば、『ミイラになったブタ』っていうとてもいいノンフィクションがあるけど、内容的には本当におもしろいのに装丁が硬い。さ・え・らは、装丁で損してる本が多いね。

ももたろう:装丁は大事ですよね。だいたいそこが最初の決め手だし。さ・え・らの「やさしい科学の本」のシリ−ズ、『カルメヤキはなぜふくらむ』の本とかは、おもしろかったんですけど……。やはり、さ・え・らは見た目が硬い本が多いですよね。

ペガサス:もうちょっと中学生が手にとるような装丁にすればよいのにね。

(2002年06月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)