カテゴリー: 子どもの本で言いたい放題

スターリンの鼻が落っこちた

『スターリンの鼻が落っこちた』
ユージン・イェルチン/作・絵 若林千鶴/訳 
岩波書店
2013.02

アカザ:とにかく迫力があって、終わりまで一気に読みました。おもしろかった。ずっとリアルな場面が続くんだけど、最後のほうで主人公が追いつめられて、大変な精神状態になるところでスターリンの鼻の幻影が出てくるでしょう? 一気に全速力で駆けぬけるような作品の終盤でそういう場面を入れるところなど、うまいなあと思いました。最後、どうやって終わらせるのかなと思っていましたが、ウソっぽくなく、それでいてほんの少しだけど胸のなかがあたたかくなる終わり方で、よかったなあと思いました。以前はロシアの児童文学ってたくさん翻訳されていたけれど、今はどうなってるんでしょうね? リュードミラ・ウリツカヤなんかも児童文学を書いているって聞いたけれど。

アカシア:ロシアの児童文学は、今はあまり出てないんでしょうか?

さらら:『愛について』(ワジム・フロロフ著 岩波書店)とか。

アカシア:昔はロシア語の児童文学の翻訳者はたくさんおいででしたけど、今は少ないのかもしれませんね。大人の文学の翻訳者は、亀山郁夫さんとか沼野充義さんとか、おもしろい方が活躍なさってますが。

アカザ:きれいな絵本を見せてもらったことはあるけれど、読み物は読めないので、どうなっているかよくわかりませんね。

さらら:モスクワにいい書店があるんです。翻訳物がたくさん並んでいました。『くつやのねこ』(いまいあやの作 BL出版)もロシア語で出ていました。

アカシア:ロシアには文学の伝統ってずっとありますもんね。

アカザ:ボローニャやフランクフルトの見本市には、ロシアの本は出品されないんでしょうか?

さらら:ロシア語を読める編集者が少ないから、商売にならないかも。

レジーナ:それまでピオネール団に入るために頑張ってきた子どもが、父親の逮捕をきっかけに、価値観が揺らぐ様子を手加減せずに描いています。日本の敗戦にも通じますが、国家に翻弄され、それまで信じてきた理想が根本から崩れる体験です。絵の力にも圧倒されました。

アカシア:グラフィックノベルではないんでしょうけど、絵がたくさん入っていてそれに近いですね。

レジーナ:ニューベリー賞オナーに選ばれたということは、文章で評価されたのですね。アメリカの子どもは、どう読むのでしょう。

:昔、『ビーチャと学校友だち』(ニコライ・ニコラエヴィチ・ノーソフ作)というソ連の児童書がとても好きでした。ピオネール団や共産主義も出てくるのですが、とてものんびりした楽しい雰囲気の本で、そことのギャップをすごく感じました。

アカシア:時代はどうなんでしょう? 『スターリン〜』より前じゃないですか?

:『ビーチャ』は、もっと昔の話だったのかしら。『スターリン〜』の方は、大変な問題意識を持って書かれていますね。児童文学は、ザイチクが列に並ぶ最終場面のあたりから書き始めて、「昔、こんなつらいことがあった」と回想するタイプが多いように思うのですが、この作品は、その「昔」の部分をぐいぐい書いています。これから疑似家族をつくっていくのかもしれませんが、それにしてもしんどい経験ですよね。戦争児童文学やアフリカン・アメリカン児童文学だと、目に見える形で異質とされる人が攻撃されますが、ここででは、誰が誰を裏切るか分からない。怖いです。

げた:タイトルから、もっとユーモアのあるおもしろい話かと思ったけれど、全編怖い話でしたね。少年の信じるものがひと晩で崩れていく話ですよね。少年にとって英雄だったお父さんが、いきなり逮捕されて、スパイにされてしまう。いつも、大人の争い事に子どもが巻き込まれて、悲惨な結末になるのが、あわれでしょうがないです。なんとか、そうじゃない社会であってほしいですね。日本の子どもが読むならば、歴史を勉強してからじゃないとわからないんじゃないかな。中学生くらいじゃないと難しいかな。ホラーに近い挿絵は効果的ですね。

アカシア:確かにそうですね。

げた:読んで、つらい気持ちになりました。

プルメリア:以前読みましたが、今回もう1度読みました。暗いストリーですが、挿絵と手に取った感じと大きさが気に入りました。密告して利益を得る人や人間のあさましさが出ている社会が描かれています。資本主義と共産主義の違いも。にんじんがおいしいのは、ひもじいから? 鼻が欠けて空気が凍るような場面、鼻がしゃべり出す場面の設定には驚きました。挿絵が突飛です。最後に、自分らしく生きることが出てくる。

アカシア:自分らしい決断はしますが、それで生きていけるのかしら?

プルメリア:でも同じような思いの人との出会いは、よかったのでは。

アカシア:共産主義じゃなくて、ここは全体主義のことを言ってるんですね。日本だって、そうなるかもしれないわけです。この作品でも、当時の社会を支配していた恐怖が実感をもってひしひしと伝わってきます。この作品に出てくる人たちは、みんな脅えていて、ぎすぎす生きている。どんな時代にも、そうじゃない人はいたと思うんですが、ここには愉快な人、人間らしい生き方をしている人は出てこない。アメリカで出ているので、スターリン時代の恐怖政治が強調されているのかもしれません。

アカザ:私も、アメリカで出版されたということで、どう読まれるのか少し気にかかりました。だからロシアは……とか、だから共産主義は……というふうに読まれるのではないかと。それよりも、あとがきにあるように、今の日本でこういう本を出版するということに意味があると思いました。

げた:日本の戦前の「隣組」もそうですよね。資本主義でもありうる話ですね。

アカシア:それって、今の世界の構造そのもので、それがわかりやすい形で小規模に行われているんじゃないですか?

:(検索して)『ビーチャ』は1951年なのでスターリンの時代に書かれていました。真実は『ビーチャ』と『スターリン』のあいだくらいにあるのかもしれませんね。

ルパン(遅れて参加):今回読んだ3冊の中では、私はこれが一番おもしろかったです。ただし、funnyではなくinterestingの意味で。マッティは別の意味で子どもたちが生き生きと動いてはいましたが…でも、ママのかわりに寄付しちゃうお茶目なマッティと対照的に、先生の机のなかにスターリンの鼻を入れてしまうのは…。とんでもない先生なのだけど、考えてみたらこの先生もかわいそう。おとなも子どももみんな社会の犠牲者ですよね。こんな時代が本当にあったのだと思うと身震いしたくなります。『ワイルド・スワン』(ユン・チアン著 土屋京子訳 講談社)の児童文学版を読んでいるかのようでした。ただ、それでいて最後まで子どもの目線できちんと書けていると思いました。理屈ではなくストーリー運びの中で両親と引き裂かれた悲しみが描かれています。ところで、アメリカ人のお母さんは結局どうなったのでしょう。

アカシア:お母さんはお父さんが売っちゃったんですよね。子どもを生きのびさせるために。今『ワイルド・スワン』の話が出ましたが、私はあの作品には反共プロパガンダ的なところがあると思っています。

ルパン:子どもたちのひとりひとりに個性がありました。フィクションのなかでリアルに子どもたちが動いている。最後はハッピーエンドではないのですが、ピオネール団は入らない、というザイチクの決意に好感が持てました。ザイチクはこのあと知らない女の人の子になるのでしょうか。この女の人の子どももきっともう帰ってこないのでしょうね。御都合主義ではなく、悲しい結末だけど、このお話には未来があります。たぶんこの女の人と寄り添いながら、ザイチクはこれからも社会に流されず自分の足で生きていくのだろうと思わせる余韻がいいなと思いました。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年4月の記録)


2014年04月 テーマ:少年の信じるもの

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『2014年04月 テーマ:少年の信じるもの』

 

日付 2014年04月24日
参加者 アカザ、アカシア、さらら、レジーナ、慧、げた、プルメリア、ルパン
テーマ 少年の信じるもの

読んだ本:

『林業少年』
堀米薫/著 スカイエマ/挿絵
新日本出版社
2013.02

版元語録:山持ちとして代々続く大沢家の長男・喜樹は、祖父・庄蔵の期待を一身に受けていた。家族から「干物」と陰口をたたかれる庄蔵だが、木材取引の現場では「勝負師」に変身する。百年杉の伐採を見届け、その重量感に圧倒された喜樹は―。山彦と姫神の物語。
『マッティのうそとほんとの物語』
原題:MATTI UND SAMI UND DIE DREI GRÖSSTEN FEHLER DES UNIBERSUMS by Salah Naoura, Leavitt, 2013
ザラー・ナオウラ/著 森川弘子/訳
岩波書店
2013.10

版元語録:マッティは11歳の男の子。夏休みに親友ツーロといっしょに、パパの故郷、フィンランドに行きたくて、おとなをだます計画を立てるが、それがとんでもない事態に発展して……。うそがうそを呼んで引っこみがつかなくなるドタバタ劇を、ぎくしゃくした家族の再生とともにあたたかく描いた、ペーター・ヘルトリング賞受賞作。
『スターリンの鼻が落っこちた』
原題:BREAKING STALIN'S NOSE by Eugene Yelchin, 2011
ユージン・イェルチン/作・絵 若林千鶴/訳 
岩波書店
2013.02

版元語録:秘密警察官の父を逮捕されたサーシャ・ザイチクは叔母の家にも入れてもらえず、囚人面会の長い列に並ぶ。2012年ニューベリー賞受賞作。

(さらに…)

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2014年03月 テーマ:読書感想画の課題図書

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『2014年03月 テーマ:読書感想画の課題図書』

 

日付 2014年03月31日
参加者 慧、ルパン、アカシア、プルメリア、レジーナ
テーマ 読書感想画の課題図書

読んだ本:

『母ちゃんのもと』
福明子/著 ふりやかよこ/挿絵
そうえん社
2013.02

版元語録:ある日、ぼくはその山の頂上で「母ちゃんのもと」というふしぎな粒をもらった。大好きだった死んだ母ちゃんがよみがえる…?
『希望への扉 リロダ』
渡辺有理子/著 小渕もも/挿絵
アリス館
2012.11

版元語録:故郷を追われたマナポがたどりついた、タイの難民キャンプ。なに不自由ないくらしだけど、なにか足りない…やがて図書館員になる中で、民族の誇りと希望をとりもどす。
『嵐にいななく』
原題:AFTER THE FLOOD by L.S. Matthews, 2008
L.S.マシューズ/著 三辺律子/訳
小学館
2013.03

版元語録:ジャックは、引っ越した村で1頭の馬に会う。家畜として飼うために馬と心を通わせ、馬具がつけられるように訓練していく。物語はマイケルの日記をはさみながら進む。

(さらに…)

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母ちゃんのもと

『母ちゃんのもと』
福明子/著 ふりやかよこ/挿絵
そうえん社
2013.02

:何もかもリアリティがなかったです。お父さんが乗り越えていないお母さんの死を、たけるはいとも簡単に乗り越えてしまっています。寂しさはあるけど、その寂しさに奥行きがないというか。こんな5年生は絶対にいないし、けなげすぎるでしょう。遺言を守っているという設定ですけれど、そこにもリアリティがありません。「母ちゃんのもと」という小道具もマンガにありそうですけど、空気が入ってぼよんぼよんしていて、いかにもまがいものですよね。たけるがいろいろ教えてやらないと、本当のお母さんに似たものにならないから、子どもが優位に立たざるを得ません。間違ってます。たけるの喪失を埋めるものにならないから、疑似的な親子関係にもリアリティが生まれないし、最後はあんなふうに消滅してしまいます。八百屋も何を考えているのだか、たけるになぜあんなものをお試しで渡したのかしら。残酷。あらゆる面で、たけるは大人にとって都合のいい子どもになっていて、本当の気持ちはどこ?と思います。

ルパン:なんてかわいそうな話なんだろう、と思いながら読みました。たけるはお母さんが亡くなっても立派にがんばっているのに。たとえ、いつまでもめそめそしている子どもだとしても、わざわざ中途半端に死んだお母さんをよみがえらせたりしたら残酷なだけなのに、ましてやこんなに健気にお父さんの世話までしている子に、いったい何をさせたかったんでしょう。いきなり出てきて「母ちゃんのもと」なんか使わせて感想を言わせようとしているこの八百屋(?)の「おっちゃん」も意味不明です。

アカシア:やっぱりリアリティがないですよね。たけるがけなげで新たな出発をするのはいいのですが、たとえば、峠から自転車の二人乗りで坂道を下って、おもちゃ屋に突っ込んでショーウィンドーを割るくだりとか、ビニールプールをかぶって雨をよけるくだりは、いかにもマンガ的で、リアリティがない。お母さんが現れたとしても、こんなぼうっとしたつかみどころのないお母さんだったら、かえってたけるは大変になるだけ。それを乗り越えてっていう展開にそもそも無理があると思います。

レジーナ:雨の中、お母さんを守りながら自転車で走る場面をはじめ、切ない雰囲気の作品です。お母さんが割烹着を着ていたり、部屋にちゃぶ台があったり、時代を感じさせる設定が、暗さを助長しているようで……。種から生まれたお母さんのちぐはぐな言動に、ユーモアがあれば、救われたのですが。ショーウインドーは高額のはずなので、それを壊してしまい、どうするのかと思っていたら、ガラス工場に勤めているお父さんが弁償します。ご都合主義な展開です。登場人物も、もっと作り込む必要があります。無力で健気な子ども像が強調されているのも気になりますし、ロックミュージシャンのような八百屋さんの描写も平面的で、リアリティが感じられませんでした。

プルメリア(遅れて参加):学級(小学校5年生)の子どもたちに紹介しましたが、読んだ子どもたちからはおすすめの本という声は残念ながら出ませんでした。お話がオーバーに構成されているように見えました。たとえば、お母さんと一緒に自転車に乗ってみかん畑に倒れたとき、帽子がみかんの木のてっぺんに引っかかったり、お母さんがゴロゴロと転がって木にぶつかりみかんがぽこぽこおちてきた場面。疑問に思った場面は「スニーカーの先がアスファルトのつくたびに火花が散るのが見えた」。見えるのかな? また「初めてお父さんが料理をする」とありますが、今まではどうしていたのかな? よく似た作品には『お母さん 取扱説明書』(キム・ソンジン作 キム・ジュンソク絵 吉原育子訳 金の星社)がありますが、登場人物はそっちのほうが少なくまとまっていたように思えます。みなさんの意見はどうでしたか?

アカシア:『母ちゃんのもと』については、たけるが、せっかくけなげに前向きに生きているのに、中途半端にお母さん人形みたいな物をちらつかされ、しかも、自分のせいで消えてしまう。子どもにしたら、とても耐えられないような踏んだり蹴ったりのシチュエーションじゃないかと思うという声がさっきは多かったのです。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年3月の記録)


希望への扉 リロダ

『希望への扉 リロダ』
渡辺有理子/著 小渕もも/挿絵
アリス館
2012.11

ルパン:私は、これはなかなか良いと思いました。先に読んだ『かあちゃんのもと』を評価できなかったからかもしれませんが。よくまとまっているし。ただ、最近こういうのが多いな、とは思いましたが。

アカシア:こういうのって?

ルパン:難民の話とか、途上国が舞台の物語です。私はここ3年ほどシャンティの訳語シール貼りをしていたので、親近感をもって読みました。途上国で新たに本を作って出版するのはとても大変なことだと思うので、現地の言葉のシールを上から貼って手渡すのはいいアイデアだと思っています。私がシールを貼った本はこういうところに行って読まれているのだな、と思うとうれしくなりました。お話のなかでよかった場面は、高床式の図書館を作っているときに、中で読み聞かせの練習をしていたら、床の下に子どもたちがたくさん入って聞いていた、というところです。

:現実には、こういう活動にはうまくいかないことも悪いこともあると思うんですけれど、よくできた部分を取り出した報告パンフレットのようでした。日本のNGOのおかげというのが前面に出ているところも。難民の話かと思ったら図書館の話になるんですよね。カレン族とミャンマー族の相克の背景など、もっと深めてほしかったな。難民を描くという点では浅いのではないでしょうか。あと、リロダというのもはじめ何のことだか分からなくて。

ルパン:タイトルにもそうありますし、図書館のことでは。

:(本を見て確認)読みすごしていました。たしかに、ちゃんと「図書館」とありますね。
アカシア:私は内容も記述も教科書的だな、と思いました。書いてあることは悪くないんだけど、表現にもクリシェが多いし、作者自身が難民ではないので今ひとつ迫ってこないのが残念でした。ミャンマーのシャンティはライブラリアンの研修をちゃんとするんだな、とか、人数をかぞえるのに小石を一つずつ箱に入れてもらうのはいいな、とか、そういう発見があったのはよかった点です。貧しい中でも家族が助け合って暮らしている様子も伝わってきました。それからカレン語の訳を、日本や欧米の絵本に貼るのも悪くはないと思いますが、本当はそこの土地の子どもたちが自分が主人公、という気持ちになれる本が必要なのだと思います。その意味では、カレン族の昔話を紙芝居にして、難民キャンプで暮らす絵の好きなおじさんが絵を描いてくれる、というのは、とてもいいと思いました。こういった試みが広がっていくのが理想だと思います。挿絵では、p39の絵だと川幅がそれほどないように思えるので、政府軍のサーチライトをかわすのはこれでは無理なのではないか、と思いました。

ルパン:学校の先生が書いたクラスづくりのおはなしとかに、こういう感じの本ありますよね。

アカシア:うまくいった部分だけを取り上げて書いたものは、ノンフィクションにもたくさんあります。

:成功体験でまとまっているのが多いですね。

ルパン:ただの紹介や説明だと聞いてもらえないけど、物語にしたら読んでもらえるからストーリーにまとめるんでしょうね。

アカシア:最初は木に登って図書館の中をのぞいていた男の子パディゲが、図書館の中に入れて文字も少し教わり、お母さんから認められて小学校に通えるようになる。そしてマナポが働いていた図書館が洪水で流されてしまったとき、このパディゲの家族は、自分たちが別の場所に立ち退くからそこに図書館を建ててほしいと言い出す。この展開は、とてもきれいですが、実際は、そんなにうまくいかない場合がほとんどじゃないかな。学校に行かせない親は、西欧風の価値観に毒されると思ったり、早くから手に職をつけてほしいとか思っている場合が多いでしょうし、そうした考えを変えていくのにはかなりの時間がかかるように思います。

ルパン:あまりわくわく感がないのは、最初から「これを書こう」という枠組みを決めて書いているからじゃないですか。登場人物が自然にいきいきと動き出す、という感じはないですよね。でも、図書館を見たことがない子どもたち、初めておはなしを聞いたときのうれしさ、本が読めるよろこび、というものがすなおに伝わってきて、好感がもてました。成功体験だけをまとめているのかもしれませんが、『かあちゃんのもと』のご都合主義にくらべたらはるかに読後感がいいです。

アカシア:難民キャンプには募金が集まるので図書館がいくつもつくれる。でも、逆に地方の村には図書館がない。この作者は、図書館は絶対的にいいものだという価値観が最初にあって書いているようですけど、ボランティアって本当は安易にするべきものじゃなくて、深く考えてするものだと思うんです。文字の文化も安易に導入すると、声の文化を圧迫して消滅させてしまう結果になる。まあ、この本は小学生向きなので、そう詳しくは書けないでしょうけど、作者がどこまで深く考えているのか、は大事だと思います。

:その言葉を話す人たちに家族を殺されているのに、心理的な抵抗はないのかしら。いつかカレン語で、という願いはありますが、現状への葛藤はあまりないみたい。

レジーナ:石で入館者を数えたり、高床式の建物の床下でおはなしを聞いたりする場面からは、その土地ならではの素朴な温もりを感じました。厳しい環境で生きる子どもが、読書の喜びを知っていく姿に、子どもに本を手渡していく活動は、時代や場所を越えて続いているのだと感じました。第二次世界大戦後、瓦礫の中でミュンヘン国際児童図書館を始めたイェラ・レップマンを思い出しました。それにしても、湿気が大敵の図書館を、川のそばに作ってしまうのには驚きました。難民が一番多い地域は、アジアだと書かれていましたが、これまで知りませんでした。

プルメリア(遅れて参加):この本を読んだ5年生の女子は、『難民って大変なんだな。図書館はどこにでもあると思っていたから、図書館がないところがあることを初めて知りました。』との感想でした。絵もあって、とくに女子にはとっつきやすそうでした。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年3月の記録)


嵐にいななく

『嵐にいななく』
L.S.マシューズ/著 三辺律子/訳
小学館
2013.03

ルパン:まだp170までしか読んでないのですが、今のところ3冊の中で一番いいと思っています。ただ、p120のマックスの言葉の意味がよくわかりませんでした。

アカシア:両親が、ジャックのことを理解していないということでは。

ルパン:あと、ジャックが読み書きできないということを、マックスはいつ知ったのでしょう。

アカシア:p81では?

:最後は本当に衝撃ですよね。おもしろい。これまで読んできた前提がひっくりかえされます。時代もよくわからなくて、ずいぶん昔のようでいながら、先端のエネルギー問題がでてきたりして、予想が何度もくつがえされます。背後にあるのは無機質な世界なんです。でも、そこに、人間同士のあたたかい関係や、読み書きとか、有機的なものが立ち上がってきます。それは成功していると思います。馬を自由に飼うことはできないその状況は無機的ですけれど、馬のお世話をするときの脈動とか、馬という動物じたいの躍動感とか、もっといえば、馬の前にシカが殺されたときの赤い血の広がりとか、そういうあたたかさが有機的なものとして浮かび上がってきていると思いました。もちろん、その先に、マイケルとの交流がありますね。いろいろな意味で実験作ですね。

プルメリア:以前読んだとき、いい本だなって思いましたが、今回 読んでみたところ感想画を描く5・6年生の高学年には読み取りにくい作品だなと思いました。読み書きができない内向的な少年が、馬と出会って変わっていく。飼うのが大変な状況の中で馬と心を通わすことで安心感を得る。ペット的な小動物でない馬の設定がおもしろい。残念なことは、学力的に高くないと読みきれない作品だと思います。

アカシア:最初の出だしはとてもドラマティックで、ぐっと引きつけられました。でも、4章ではとつぜん18か月後のちがう話になります。そこで、まずえっ? と思って、私の中の読むリズムが崩れてしまいました。それと、時代がいつなのかがよくわかりません。出版社の言葉には近未来とありましたが、エネルギーを無駄遣いしないという枠はわかっても、どうして新時代の自動車ではなく馬が使われているのか、省エネ機械ではなく人力ですべてが行われているのか、どうして学校制度が形骸化してしまったのか、などはよくわかりません。ベースになる時代設定をヒント程度にでも書いといてもらわないと、読む方は落ち着かない気持ちになります。これ、特に近未来にする必要がなかったんじゃないかな? もちろん動物と人間の愛情などよく書けていますし、いい描写もあるのですが、イギリスのアマゾンを見ると、もうキンドル版しか出ていませんね。不安定な舞台設定がネックになったのではないでしょうか? マイケルが実はおじいさんだったことが最後の最後でわかるのですが、それも意表をつくおもしろさというより、あざといと思ってしまいました。そんな小細工しないほうが、伝わるものが大きいのではないでしょうか? それから、翻訳はいい文章なのですが、わかりにくいところがありました。

レジーナ:原文は、どうだったのでしょうね。英語は、言葉づかいが、日本語ほど年齢によって変わらないはずですが、日本語の翻訳者は、老人なら老人らしく、子どもなら子どもらしく、台詞を訳します。マイケルの口調が少年のように訳されている分、原文より日本語訳の方が、最後の驚きは大きいのかもしれません。読者の知らない事実を最後に明かす手法は、シャロン・クリーチの『めぐりめぐる月』(もきかずこ訳 講談社)を思い出しました。『めぐりめぐる月』は、少し凝り過ぎだと思いましたが、今回の作品はちょっとだまされたように感じてしまいました。筋はおもしろく、読者を引っ張っていく力があり、大人の作品だったらよいと思いますし、また仕掛けをしておき、最後にあっと驚かせる作品を好む子どももいます。しかし、児童文学である以上、「だまされた」と読者に感じさせないようにしなければいけないのではないでしょうか。作品に寄り添って読むことができていたら、そう感じなかったかもしれません。エネルギー不足の近未来という舞台設定、馬との心の交流、字が読めないというハンディ――さまざまな要素が、もう少し絡み合っていたら、よかったのでしょう。最後の方に、嵐の後、家に閉じ込められた人を救う場面があります。洪水で家を失い、別の土地で新しい生活を始めた少年が、そこで出会った人や動物の力を借りて、今度は他者を助ける側になるのですね。レースのように見えたり、エメラルド色をしていたり、鮮やかでみずみずしい野菜の描写、身体を自由に動かせないマイケルが、鍬によりかかる人を見て、「疲れる」という感覚を思い出す場面は印象的でした。今すぐマイケルの日記を読みたいジャックが、日記を「今にもはじけそうになっている花のつぼみのよう」だと表現しているのも、美しいたとえですね。いじめっ子のフレッドやジムは、痛みを抱えた人間として描かれていて、人物造形に厚みがあります。洪水の時の不気味な静けさはよく伝わってきましたが、においもするはずなので、そこを描けばもっとリアルに感じられたでしょう。ハミやオモガイといった言葉にはなじみがないので、p217の図に助けられました。図が冒頭にあれば、なおよかったです。

アカシア:近未来にするなら、現在の社会からどう変わってこういう社会になっているのか、そのあたりを少なくとも作者は考えて書いてほしいと思います。そうでないと、子どもだましになってしまう。

ルパン:携帯電話が出てくるまでは、昔の話だと思って読んでいました。近未来という設定だというのは気がつきませんでした。ぜんぶ読まないとだめなんですね。
ラストを聞いたら、先ほどのp120のところも納得がいきます。

アカシア:ジャックの一人称部分は明朝体、マイケルの日記はゴチック体で印刷されているんですが、訳注は両方ともゴチック体なので、明朝部分の注がやけに目立ちます。それから、「動物をペットとして飼えなくなった時代」とありますが、p124に犬は出てきますね。これは、猟犬なのでしょうか? だったら猟犬と訳したほうがよかったかも。

:資源が足りないから、ペットを飼えないのでしょうか。洪水で鶏小屋が流れてくるけれど。

一同:ニワトリは食用なのでは。

アカシア:太陽エネルギーを蓄電できれば、いろいろな問題は解消されるはずなんだけど、この作品では時代が元に戻ってしまっていますね。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年3月の記録)


もう一度家族になる日まで

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『もう一度家族になる日まで』

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『もう一度家族になる日まで』

の読書会記録

スザンヌ・ラフルーア著
永瀬比奈訳 
徳間書店  2011

ルパン:最初は、主人公の女の子が好きじゃありませんでした。自分のことで
いっぱいいっぱいで、まわりの人まで思いやる余裕がないし、あんまり「いい子」じゃないですよね。でも、途中からぐいぐい引き込まれて、この年齢でこんな目に遭ったら、こう感じるのが当たり前だ、って思うようになりました。最後はすっかり感情移入して、電車の中で読みながら悲しくなって号泣しちゃいました。いちばんぐっと来たのが、お母さんと会えたときに、初めていう言葉。お母さんに、「私より妹のほうがかわいかったの?」って言うシーンです。死んだ妹をなつかしんでいたけれど、私がいるのに、妹が死んだことがそんなにつらかったの、と。そのひとことで、もう泣けて泣けて。

レジーナ:ずっと気になっていた作品です。読むまでは、経済的に困難な家庭でネグレクトを受けた少女の話かと思っていましたが、そうではないのですね。亡くなった妹のために買っておいていたプレゼントを、誕生日の日に写真のそばにそっと置いたり、お母さんが見つかったことを知らせに学校に来たときに、可愛がっている金魚を車に乗せて連れてきたり、押しつけがましくなく、主人公の気持ちに寄り添うことのできるおばあちゃんが心に残りました。感謝祭の前に、主人公が、家族の思い出のスイートポテトを作りたいと言い出した
時も、失敗したらどれだけ傷つくかを考えたら、私だったら一緒に作ると思います。その子を信じて委ねるのはなかなかできないことなので、子どもを根底から信じようとするおばあちゃんの強い姿勢を感じました。親友の妹が病院に運ばれたとき、それまで悲しみの殻に閉じこもっていた主人公がはじめて、友だちのことを思いやる描写も、心に響きました。誕生日の日に、年の数より一本多くろうそくを灯す習慣について、あとがきで触れてありましたが、物語の中では詳しく述べられていなかったので、その点に関してはもう少し説明がほしかったです。

みっけ:これは原書が出た頃に買って一度読みました。不思議な感触の本だなぁ、静かな本だなぁと思いました。今回訳を読もうと思ったのですが、冒頭で日本語にひっかかって、その後もかなり気になる箇所が多く、結局原書を読み直しました。初めのうちはこの子に感情移入できなくて、嫌な子だと思った、という感想がありましたが、まさにそう思わせるくらい丹念にこの子の心
の動きを掬っているのがすごいと思いました。主人公の見たもの、感じたものをごく細かいところまで丁寧に掬っているんだけれど、ただ拾うだけでなく、ポイントをしっかり押さえているから、主人公が細かく揺らぎながら喪失感や何かに向き合っていくのがリアルに伝わってくる。その実感が感じられるから、ベタになってしまわずに、読んでいて、この子に静かに寄り添っているような感じがするんだと思います。それと、最後のところでお母さんが、一緒に住める気がするから家に帰ってきたら、と言い出したときに、この子が返事をペンディングするところがいいなぁと思いました。それがこの本の大きな魅力だと思う。この子がすぐに一緒に住む、と言わなかったことで、おばあちゃんや隣の女の子と過ごした時間、そこで培った関係をこの子がどれだけ大事にしているかがよくわかる。
いわば、お母さんとは別の時間や関係がどれほど大切なものだったかが浮かび上がってくるわけです。それがなくて、この子がほいほいと家に帰ったら、あのおばあちゃんや隣の子との時間はなんだったの?という話になる。それと、おばあちゃんやブリジットなどのこの子を取り巻く人たちの接し方がすばらしいと思いました。大前提はとんでもなく深刻な状況なんだけれど、この本に描かれている時間の中では、別にドラマチックですごく大きな出来事が起きるわけではない。
その意味ではかなり地味な本なのに、丹念に細かく日常を積み上げていってこういう作品を作れるのは、すばらしい才能だと思いました。

ルパン:タイトルが残念ですよね。センスが感じられない。

みっけ:訳は全体にベタな感じですね。それと、原著がかなり綿密に言葉を選び、情景のイメージを作っているのに、訳が粗いのが残念。細かいことを積み上げていくタイプの作品だけに、それが大きく響いてしまう。でも、作品としてはとても好きです。

カイナ:この題名を見て読むと、お母さんと娘がもう一度一緒に住むようになるんだろうな、と予想して読んでいったら、そうならなかったので意外でした。パターソンの『ガラスの家族』(キャサリン・パターソン著 偕成社)を思い浮かべました。ちょっと違うけど母親に捨てられた娘。お母さんがヒッピーで、里親の愛を受ける。あっちに行くか、こっちに行くか迷うという話。

ハリネズミ:『ガラスの家族』は、ギリーがお母さんと会ったときに、それまでずっと抱いていた幻想が壊れるんですね。パターソンは、お母さんがカバンを間にはさんでギリーを抱きしめた、と書いて、そこをうまく表現しています。

カイナ:ちょっと批判になりますが、マーカスという男の子が出てきます。「ぼくのせいでお父さんが消えちゃった」という子。その子が、あとどうなったかが書かれていなかったような。それから、変な話なんだけど、家庭に問題があって最後に主人公が立ち上がってきた話というテーマは多いですね。またその話か、と思ってしまいました。自分の中では正直食傷ぎみ。そんなこと言うと怒られるかな。

ハリネズミ:日本の状況からすると遠い感じがしますけど、欧米には、親が離婚・再婚を繰り返す家庭も多いので、そういう立場にいる子どもへの応援歌も必要なんですね。だから作品もいろいろと書かれていますが、みんな同じじゃなくて、それぞれ特徴がありますよ。

みっけ:この子は最後のやりとりで、決してお母さんを拒否していない。そしてこの本は、お母さんを拒否していないということがきちんと伝わるように書いてある。それでもこの子は揺れていて、お母さんがいないところで紡いできた時間のことを考えると今すぐは無理、というわけだけれど、こういう選択肢はなかなか子どもには考えにくい。どうしても二者択一になりがちだから。でもこういう選択肢があるということを示して、それでいいんだよ、というのは、現実にもみくちゃにされている子どもたちへのひとつの応援歌だと思います。

ajian:すごく気持ちを丁寧に書いてあって、それで読むのが大変でした。感情移入してしまって……。こういうことは、なかなか簡単に癒されたり、解決したりすることではないと思うんですよね。お母さんのところに
戻らないっていう選択肢を物語として示してあるのは、すごくいいと思いました。子どもには回復力があると思いたいけれど、この子ーーまあ小説の登場人物なんですがーーはむしろ、これからなんだろうなと思います。トラウマっていうのは、自分ではすっかり平気だと思っていても、何かの拍子に思い出したりするんです。いつか変わる、普通に戻れると思っているとダメで、むしろ変わらないし忘れられないんだってことを受け入れてかないとキツいと思うんですよね。ここまでひどいことが起きなくても、子どもは結構大変なことを抱えているもので……。個人的にも最近いろいろあって、ついそのことを重ねつつ読んでしまいまし
た。

プルメリア:重たいテーマなのに、私は読みやすかったです。主人公のそばにいつもいるおばあさん、隣に住む少女や家族、そして出会う人たちがとてもあたたかくていいなと思いました。お母さんに対しての思いが、周りの人達と関わることによって、だんだん冷静に見られるようになって、よかったなと思いました。食事の場面
がたくさんありました。食事の場面が出てくるとあたたかい感じがするなと思いました。

ハリネズミ:最後のところでオーブリーはこう書いています。
「ママがもういちど、家族になりたいって思ってるのはわかるよ。わたしも同じ気持ち。だけど、ここにいる家族を置いていく気には、今はまだなれません」。
この「ここにいる家族」の中には、おばあちゃんだけじゃなくて、ブリジットやブリジットの家族や、マーカスや、エイミー先生も入ってると思うんです。英米の児童文学を見ると、「家族というのは血のつながりより、一緒に紡ぐ時間の積み重ねのほうが大事なんだ」という思いが強い。イギリスのジャクリーン・ウィ
ルソンの作品なんかも、それが前提になっている。それと、私はこの作品を読んで、アメリカのジャクリーン・ウッドソンの『レーナ』(ジャクリーン・ウッド
ソン著 理論社)を思い出しました。あの作品でも、主人公マリーのお母さんが夫と子どもを置いて家を出てしまうし、マリーはそのお母さんに宛先のない手紙を出し続けています。

みっけ:この子とスクール・カウンセラーとの関係は、決してメ
インではないんだけれど、それでもきちんと書いてあって、たとえば、最初はずいぶん突っぱっていて、M&Mをどうぞと言われて、「いえ、けっこうです」みたいに断る。ところが四回目に会ったときには、思わずまたM&Mをどうぞって言われるのかな、と入れ物のほうを見ちゃう。そしてカウンセラーにどうぞと言われると、膝の上に入れ物ごと置いて食べ始める。しかもその日の面談が終わるときには、なんと入れ物を戻すのを忘れて、カウンセラーに「M&Mは(持って行っちゃわないで)置いていってね」と言われる。この展開ひとつで、この子がカウンセラーに対して次第に心を開いていっているのがわかるし、最後の「置いていってね」のところには独特のユーモアがある。作者の目線にユーモアがあるからこそ、深刻な状況で揺れる心に寄り添っていても、こちらがあまり息苦しくならない。そこがいいですね。

ハリネズミ:ちょっとしたところの描写がうまいですよね。

ルパン:これを20代の人が書いたというのもすごい。若いのにすごい筆力だと思います。

(2012年12月の言いたい放題/
http://members.jcom.home.ne.jp/baobab-star/index.html)


おいでフレック、ぼくのところに

『おいでフレック、ぼくのところに』
エヴァ・イボットソン/作 三辺律子/訳 
偕成社
2013.09

ヨメナ:とても、おもしろく読みました。長いことファンタジーを書いてきたイボットソンが最後に書いた作品だということですが、ずっとこういう物語を書きたかったんだろうなと思いました。ちょっと古い感じがしたし、小学生が読むとしたら長いのではとも思いましたが、読書力のある子どもだったら、物語のおもしろさにひきこまれて一気に読んでしまうでしょうね。犬の大好きな子もね。ただ、登場人物が多くて途中で分からなくなってしまったので、最初に紹介をつけておいてほしかった。お父さんとお母さんは、これほどマンガチックに書かなければいけないのかな?

レジーナ:イボットソンは、ひねりのきいたユーモアや大人の社会に対する痛烈な皮肉が、ロアルド・ダールに通じる作家ですね。『幽霊派遣会社』(三辺律子訳 偕成社)は入りこめませんでしたが、『ガンプ : 魔法の島への扉』(三辺律子訳 偕成社)はおもしろかったです。あまり奇想天外な設定より、日常にファンタジーの要素を持ちこみ、その中で起こるどたばた騒ぎを描くのがうまい作家です。今回の作品はファンタジーではないけど、犬からの視点が入っている点では、リアリズムでもなく……犬も人間もよく描けていますね。翻訳に関して、p252に、結婚によいイメージのないハルが、「結婚しなくても問題ない」と考える箇所があります。「結婚しなくてもかまわない」の方が、子どもには分かりやすいのではないでしょうか。気になったのは、正義感の強いケリーの妹が犬を逃がす場面です。ルームAの犬だけ逃がすのですが、ほかの部屋の犬はそのままでいいのでしょうか。

:とてもおもしろく読みました。旅の終わりに犬が1匹ずつ落ち着くべきところを見つけていく収束感があってよかったです。子どもは田舎で育つべきだという昔ながらの考え方が強調されていて、湖水地方に救われたポターのことも思い出しました。カントリーサイドへの憧れがありますよね。出てきた場所の中では、現代のオアシスのような温かい修道院がよかったです。気になったのは、犬も人も多いこと。時々混乱しました。あと、p215に「ケヴィン・ドークスは親切な男でした」と書いてあるけれど、実際は悪い人です。こういう皮肉は子どもの本には不要かなと思いました。戯画的な両親像は、一応つじつまが合っていて、これ以上書きこむとあまりに複雑になるのではないかと思います。お母さんも、最後の買い物のところで一応自己反省できていてよかったなと。

アカシア:ハルとフレックの関係は生き生きと書かれていて、とてもいいですね。後半に登場する人たちも、短い文章でその人らしさを浮かび上がらせているのもうまい。何より犬にも人間にもそれぞれ個性があり、協力し合って冒険するのが楽しい。ファンタジーではないのですが、かといってリアリティに徹しているかと言えば、そうでもない。だって子ども2人で、セントバーナードを含めて5匹の犬を連れて旅していたらかなり目立つので、すぐ見つかると思うし、両親もリアルというよりは戯画化されています。それに私も、ピッパがルームAにいる犬だけを放すのは不自然だと思いました。両方の間にある、希望や夢がつまった物語といったらいいのかな。さっき、ダールみたいという話がありましたが、ダールだったら、この母親はこてんぱんにやられてるでしょうね。この母親がほとんど変わらないことや、父親も一見行いを改めるようですが、結局はお金をケイリーに寄付してハッピーエンドになるところは、イギリスの旧来的なストーリー。中産階級以上の作家が中産階級以上の子どもに楽しいお話を書いていた、という意味でね。そこが、古い感じにつながっているのでしょうね。あと、細かいことですが、訳者の方はイギリスに行ったことがないのでしょうか? トッテンハムという言葉がたくさん出てきますが、これはトッテナム。サッカーでも有名なので、サッカーファンの子どももよく知っていると思います。トットナムという表記もありますが、トッテンハムではない。

:最後はお金で解決するところは、私もひっかかりました。

プルメリア:おもしろく、読み進めることができました。自分勝手な考え方がよく出ていました。長い作品ですが動物たち1匹1匹の性格がわかりやすくまたストーリの展開がおもしろかったです。犬を飼っていない作品を読んだクラス(小学5年生)の男子が「犬と一緒に生活している気持ちになったよ。」と感想を言っていました。

レン:おもしろく読みました。最後、犬を飼えてよかったね、と主人公の気持ちによりそって読めて、書き方がうまいと思いました。犬のほうは犬のほうで、ブレーメンの音楽隊みたい。人物の心理描写が細かいわけではなく、全体としては文学というよりはエンタメかな。本のおもしろさが伝わる本でした。

アカシア:読者対象はどれくらいなんでしょう? プルメリアさんとレンさんがおいでになる前に、犬も人もいっぱい出てくるので、全体を把握するのが小学生だと難しいのではないか、という声もあったのですが。

プルメリア:高学年だったら読める子は読むと思います。

アカシア:それと、最後の文章「生涯、一人の主人とともにいられれば、犬は、犬らしく自由に生きられるのです」というのは、どういう意味なんでしょう? レンタルペットショップではまずいというのはわかるんですが。

レジーナ:ここに登場する犬たちは、みんな新たな居場所を見つけて幸せになるのに。

アカシア:そういえば、この本の原題はOne Dog and His Boyで犬が主体なんですね。だから最後の文章だとニュアンスが逆ですよね。この原題と最後の文章が対になっているんでしょうか?

:本当だ。原題どおりにするなら『おいでハル、ぼくのところに』ですね。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年2月の記録)


ゾウと旅した戦争の冬

『ゾウと旅した戦争の冬』
マイケル・モーパーゴ/作 杉田七重/訳 
徳間書店
2013

:戦争の時代を扱ったいい作品はたくさんあるけれど、ゾウとは意外でした。こんなこともあったかもしれないと思わせることに成功しています。介護施設での思い出話という枠がしっかりしていて、その中でペーターとの出会いの話があるので納得できます。ただ、軍国主義のおじさん夫婦よりリベラルな両親の方が正しかったことも、戦争の結末も、後世の私たちにあらかじめ分かっているところからスタートしているずるさはあります。この作品の問題だけではないですが。

レジーナ:ゾウと旅をする設定に、ジリアン・クロスの『象と二人の大脱走』(中村妙子訳 評論社)を思い出しました。リジーが恋に落ちる敵兵は、カナダ人です。カナダは、民族的にはアメリカに近いけれど、ドイツ人にとっては、爆撃してきたイギリスやアメリカに比べると、敵対心が少なかったのでしょうか。また彼は、母親がスイス人で、ドイツ語も話せます。心を通わせる上で、同じ言葉が話せるというのは、大きいのでしょうね。舞台はドイツですが、英国側から描かれた作品なので、いい人はみんな、ドイツ人でも反ナチなんですよね。リジーの家族もそうですし、助けてくれる伯爵夫人の夫も、ナチに抵抗して、軍のクーデターを起こした人物です。翻訳で、10ページに「うれしそうにさわぐ」とありますが、「はしゃぐ」の方が自然ではないでしょうか。またp84に「喪に服す」とありますが、至る所で泣き叫んでいる声が聞こえている状況なので、世界中がうめき声を上げているかのように感じられたということでしょうか。p60の「ヴンダバー」は、ドイツ語です。英語とドイツ語はつづりが似ているので、英語圏の子どもにはこのままでいいのかもしれませんが、名前なのか、何のことなのか、日本の読者は分からないでしょうから、ふりがなが必要では。

:ムティはいい味を出しているのに、あくまで「お母さん」なので残念。ゾウには名前があるのに。

ヨメナ:戦争と動物……どちらもモーパーゴの得意なテーマですね。ゾウは、だれにでも愛されている動物ですし、うまいテーマを選んだなと思いました。介護施設に入っているおばあさんと女の子の話から戦争中の物語に入っていくわけですが、とても自然で、いま生きているお年寄りもこういう経験をしていたのだと子どもたちにあらためて感じさせる上手な持っていきかただなと思いました。大人が本当に伝えたいことを、上から目線でも押しつけがましくもなく、かといって懐古的でもなく物語っていける優れた作家のひとりだと、あらためて思いました。『モーツァルトはおことわり』(さくまゆみこ訳 岩崎書店)や『発電所のねむる町』(杉田七重訳 あかね書房)もよかったし。

アカシア:今、ノンフィクションの一般書ですが、『象にささやく男』(ローレンス・アンソニー著 中嶋寛訳 築地書館)というのを読んでいるんですけど、そこに登場するリアルなゾウと比較すると、4歳のゾウの鼻だけ持って一緒に長旅をするというのは、ほんとうはあり得ないんじゃないかと思います。ただし、それ以前の暮らしの様子がとてもていねいにリアルに書かれているので、あり得るかもしれないと思わせる。この作品には、とてもリアルな部分と、話としてうまくできている部分の両方が出てきますね。たとえばリベラルな考えを持っていたリジーのお母さんが英国軍の兵士に会ったとたん、憎しみをむき出しにする部分はリアルですが、カーリの命を救ってもらったことで変わるという部分は、出来過ぎかと。構成はとてもじょうずにできています。ほかの作品でもモーパーゴは枠をうまく使いますが、この作品でも、老人ホームにいるリジーが語るという外枠がとても効果的ですね。
それから、リアリティに関して気づいたんですけど、最後に見せてもらうリジーのアルバムにはマレーネの写真は一枚だけしかないんですね。でも、前のほうではリジーの写真はたくさんあるけど、のばしてくる鼻がじゃまでちゃんとは写っていないと言っています。ということは、リジーの話全体がファンタジーだとも考えられるという仕掛けになっているんじゃないかしら。そう考えるとすごいですね。

:戦争のほかに、老人と子どもという児童文学独特のテーマも入っていますね。

プルメリア:さらりと読んだので、私はそれほどおもしろいとは思いませんでしたが、クラスの子どもたち(小学校5年生)に紹介したところ読み終えた女子は、「お母さんがマレーネを守るとすることに対してリジーが持つ嫉妬の気持ちが共感でき、戦争が昔あったことは知っているがどんな様子だったかはまったく知らなかったのでこの作品からドレスデンへの空爆のことがよくわかりました。おばあちゃんはユーモアのセンスがあるおばあちゃんみたいな気がしました。」と感想を言っていました。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年2月の記録)


狛犬の佐助〜迷子の巻

『狛犬の佐助〜迷子の巻』
伊藤 遊/作 岡本 順/絵 
ポプラ社
2013

プルメリア:文も絵もよかったです。身近だけど、神秘的な狛犬。6歳まで聞こえるのも、モモがいなくなるという設定もおもしろいです。また、命令調の親方と佐助のかけあいもよかったです。佐助が、戻れなくなるのもハラハラして子ども達は先をはやく読みたくなると思います。作品に登場してくる男の子が幼稚園なので、もう少し上だとよかったかな。でも、幼稚園児だけど、人間関係がぐちゃぐちゃしているので感情移入できるのでは。続きがあるような気がしますので、次作はどういうふうに展開されるのか楽しみです。

:おもしろく読みました。近所の神社の隣にも幼稚園があるので、とてもリアルに読みました。翔太って、大人から見たいい子ではなく、一人占めもするし、悪態もつくし、いるいる、こういう子って思いました。犬をめぐるやりとりはよくできていたし、生まれた子犬を引き取って丸く収まるところはさすが。佐助が戻れなくなるところでは、スリルもありました。あれ、プライドの象徴である玉を捨てると自由になれるんですね。

ヨメナ:安心して読める作品でした。江戸時代に作られた狛犬を主人公にしたところがおもしろかったし、子どもたちも日ごろ見慣れている神社の一角に、昔からの時の流れが続いているのをあらためて感じて、奥深い読後感を持つのではと思いました。続編でこれから語られていくのでしょうが、佐助の生きていた時代がどうだったのか、どんな出来事が佐助の身の回りに起こっていたのか、もっと知りたいと思いました。

:佐助の時代からここまで150年もあるから、続編はいろいろに展開できますね。

レン:ずいぶん難しいテーマを選んだなって思いました。狛犬自体が、子どもにとってそんな身近な存在ではないから。でも、親方と弟子のやりとりは、言葉遣いもおもしろくて、日本の作家ならではの力量を感じました。数えの7歳というのもいいなあと。だけど、耕平が、自分の犬がいなくなったいきさつを、ここまで説明的に狛犬に話しかけて話すというのは不自然に感じました。しっぽのかけらに乗り移ったところで、もう帰ってこられないと思ったら、親方が連れて帰ってくるというのは、びっくりでした。子弟の愛情が感じられていいけれど、やや強引かなと。

アカシア:大人である耕平が、心の中にあることの一部始終を毎日狛犬に話すというのは、不自然といえば不自然ですよね。それと、耕平がせっかくモモを探し当てたのに、本当にモモかどうか確信が持てないというところですが、いくら成長して毛の色や長さが変わっていても、犬好きの人はわかるんじゃないかな。外見じゃなくてちょっとした仕草とか癖とか本人にしかわからない意思疎通の仕方とかあるし、と思いました。でも、そういうことをさておいても、佐助と親方の会話がおもしろいので、楽しくどんどん読めます。それに、挿絵がいいですね。「狛犬に似ているかわいい犬」というのは描くのが難しいと思うんですけど、p26の絵はそれをうまく表していてすごい! 普通は動かない狛犬が動くかもしれないと思わせる絵になっているのもうまいし、p170の絵もおもしろい。そうそう、狛犬の会話で親方が「びびっている」という言葉を使っている(p98)のには、ちょっと違和感がありました。

レジーナ:ちょっと生意気なショウタをはじめ、人も狛犬もいきいきと描かれています。動かない狛犬を中心に、次々と人が登場するので、舞台のようです。また、親方の佐助に対する気持ちも伝わってきて、人を育てるというのは、こういうことなんだな、と思いました。決して出来がよかったり、見込みがあったり、大成しそうだから、目をかけるのでなくて、出来が悪くても、ひたむきさに打たれることがあるんですよね。人の命は有限で、その中で何を残せるかを考えたとき、弟子の未来にかけ、希望を託す。そうやって次の世代に伝えていくんだな、と思いました。また、狛犬は動けないので、ハンカチを使って、ショウタと耕平を会わせますが、小道具のハンカチの使い方がうまいと感じました。お金のない耕平がタクシーに乗る場面には、モモに会いたい気持ちがよく表れていますね。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年2月の記録)


2014年02月 テーマ:人の心を解きほぐしていく動物たち

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『2014年02月 テーマ:人の心を解きほぐしていく動物たち』

 

日付 2014年02月20日
参加者 ヨメナ、レジーナ、慧、アカシア、レン、プルメリア
テーマ 人の心を解きほぐしていく動物たち

読んだ本:

『おいでフレック、ぼくのところに』
原題:ONE DOG AND HIS BOY by Eva Ibbotson, 2011
エヴァ・イボットソン/作 三辺律子/訳 
偕成社
2013.09

版元語録:長い間犬との暮らしを夢見ていたハルと犬のフレックは一目でひかれあう。しかし、フレックがレンタル犬だと知った時…イボットソンの遺作。
『ゾウと旅した戦争の冬』
原題:AN ELEPHANT IN THE GARDEN by Michael Morpurgo, 2011
マイケル・モーパーゴ/作 杉田七重/訳 
徳間書店
2013

版元語録:リジーの母は動物園の飼育係で、夜は自宅の庭に子象のマレーネを連れてきていた。犬におびえて逃げ出した子象を、母子3人で探しに出た直後に空爆が始まる。
『狛犬の佐助〜迷子の巻』
伊藤 遊/作 岡本 順/絵 
ポプラ社
2013

版元語録:明野神社の狛犬には石工の魂が宿っていた。狛犬の「あ」には親方、「うん」には弟子の佐助の魂が。150年前の石工の魂を宿した狛犬達と現代の人々が織りなすファンタジー。

(さらに…)

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マルセロ・イン・ザ・リアル・ワールド

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『マルセロ・イン・ザ・リアル・ワールド』

Photo
『マルセロ・イン・ザ・リアル・ワールド』

の読書会記録
フランシスコ・X・ストーク著 
千葉茂樹訳 
岩波書店 2013


クプクプ:おもしろかったです。マルセロは、特別な学校に行っているけど、お
父さんの会社で働くんですよね。アスペルガーだからなのか、自分なりの言葉で、自分の頭で考えて、リアルな世界に迫ろうとする。そこに読者も引き込まれて、
いっしょにリアルな世界ってなんなのか、見つけていくんです。彼はお父さんの不正を発見してしまうけれど、会社がつぶれるわけじゃない。マルセロの大きな
の魅力は、自分なりの言葉を積み上げて、一から世界を理解し、世界を創っていくところ。彼をサポートするジャスミンも魅力的な女の子ですね。ふたりとも音楽
が大好きで、いつしか惹かれあっていく。ジャスミンの父親のエイモスは、息子のジェイムズが馬にけり殺されてしまったのに、その馬を自分で飼い続ける選
択をしています。そんな価値観も、物語に奥行きを与えているみたい。死んだ息子といっしょに、その馬と生きる時間を受けとめていくんですよね。何が正しくて、何が間違っているのか。リアルな世界は複雑だけれど、マルセロは自分の耳に「正しい音が聞こえる」こことを大切にしていく。好感の持てる作品でした。

レジーナ:発達障碍を持つマルセロは、人の感情や人生には、善悪、嫉妬、本音と建前など、秩序立てることのできないものがあるのだと知っていきます。ジャスミンがマルセロに、訴訟問題にどう関わるか、自分で決めなければならないと話す場面がありますが、生きることが喪失の連続なのは、誰しも同じなんですよね。マルセロは、イステルとの出会いの中で、苦しみばかりの人
生をどう生きていけばいいのかという問題にぶつかり、人生に挑もうとします。どんな人にとっても、人生というのは、多かれ少なかれ生きづらいものです。この作品の魅力は、発達障碍の少年の目を通して描きながらも、すべての子どものための普遍的な成長物語になっている点だと思います。宗教に強い関心を抱くマ
ルセロは、聖書を暗記し、何度も心の中で思い返し、自分のものにしようとし、人間の矛盾を受け入れようとします。ピアノが弾けないことを、「ぼくの心のなかの配線は、ピアノを弾くのに必要なだけの電流に耐えられなかった」と言ったり、その場で思いついたことを「即興で演奏」と表現する独特の言葉づかいをしたりもします。マルセロ自身も、また彼の目に映る世界も、読者を惹きつける力があります。151ページで、マルセロは、自分の感情を非常に論理的に分析していますが、アスペルガー症候群の人は、これほど段階を追って考えるものなのでしょうか。また160ページに「ウェンデルはどうやって、ぼくの心のなかを知ったのだろ
う?」とありますが、アスペルガーの人は、人の感情を読み取るのが困難なだけで、感情というものが存在することはマルセロも知っているはずなので、この台詞は不自然ではないでしょうか。

アカシア:本当にリアルな世界とはなんなのか、ということを考えさせられました。実業界にいるお父さんがリアルだと思っている世界は、実はリアルではないのかもしれないと思ったんです。そして著者もそう言いたいのではないかな、
と。逆にこの作品では、マルセロの視点から見た周囲の世界がとてもリアルに書かれています。著者が障碍者の施設で働いたことがあり、自閉症の甥をもつこともあって、つくった話ではなく、登場人物にリアリティのある作品になっていると思いました。もちろん、こうなるといいな、という理想も書かれてはいると思いますけど。読者もマルセロに寄り添って物語の世界を歩いていくことができるし、ちょっと臭い台詞も、マルセロが言っていればそう思わないで素直に受け取れる。
発達障碍をもった人を主人公にした本だと『夜中に犬に起こった奇妙な事件』(マーク・ハッドン著 早川書房)がおもしろかったし、目を開かれた気持ちになったんですけど、この本はまた趣が違って別のおもしろさがあります。本文では「リアルな世界」となっていますが、書名は「リアル・ワールド」なんですね。一つ気になったのは、マルセロは定期的に脳をス
キャンされてますけど、どういう方法でなんでしょうか? 普通のCTスキャンだと健康に害がありますよね?


ajian
:第3章での父との会話。マルセロの父親は息子のためを思って、法律事務所で働くようにいうわけですが、マルセロにはそれが通じず、かえってストレスに思う。このすれちがう感じは、すごくよくわかる気がして、この辺りからぐっと引きこまれましたね。ラビとの会話は、最初原書で読んだときはちょっと難しくて、読むのに苦労したのですけど、翻訳で読んでみてかなりクリアになって、よかったです。

(2013年9月の言いたい放題)

鉄のしぶきがはねる

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『鉄のしぶきがはねる』

Photo 『鉄のしぶきがはねる』
の読書会記録

まはら三桃著
講談社 2011




プルメリア:表紙もよく、軽くて良い感触でしたが、読み始めたら金属音が気になってなかなか読み進められませんでした。知らない職種なので仕事内容がわかりにくく理解が進みませんでした。わからないなりに読んでいって、中頃になってようやく自分なりの解釈で読めるようになってきました。工業学校の様子もわかり、登場人物もひとりひとりのキャラがわかってきて家族の思いやりも伝わり、最後はコンクールへ向けての熱意も伝わって来て、応援したい気持ちになりました。高校生のときめきもよくわかるし、工業系の話って今までなかったと思うのでお薦めしたいです。これが工業系のお話の第一作になっていくのかなと思いました。

トム:「鉄のしぶきがはねる」というタイトルは、象徴的なのかなと思っていました。ページを開く前、私は板金のこともなにもわからないので、飛沫が跳ねるということからもっと文学的なイメージを広げていたのかもしれません。先入観でタイトルに勝手な思い込みを重ねました。考えてみれば赤く燃える鉄鋼炉で鉄が湯のように滾っている映像を見たことを思い出します。内容は工業高校での学びがかなりリアルに語られて、鉄が水のように跳ねる事実からも工業世界の一端をみる気持ちがします。若い人がもくもくと何かを作ることに没頭する姿はすがすがしく感じました。それぞれの葛藤や背景はありますが。

アカシア:工業系でも、旋盤は地味だからかあまり児童文学にはとりあげられませんよね。

プルメリア:ロボットや飛行機だったら目立つけど。

トム:技術は一代限りでないこともさりげなく語られています。
それから、貧しいなかでノートを盗んでしまう若者もでてきます。人間の弱さ、弱さを生んでしまうものは何なのか、読者の若い人たちはどう感じているでしょうか。時代の背景とか、そのことが他者の人生を狂わせ自分も生涯苦しみを抱えて生きることになる・・・と、若者も大人も一緒に想像力ひろげて考えられたらと思いますが。
かなり重いテーマが挟まっていると思いました。

アカシア:ところで、ゲームセンターって今もあるんですか?

プルメリア:ありますよ。

トム:登場人物のなかでは、大人たちがかなりステレオタイプに描かれているように感じました。若者たちはそれぞれいい味。亀井君、吉田君もそれぞれに色々な出来事を超えて自分の道を歩きだす様子がさわやかに描かれています。どこかで会えるような気がする若者たちです。原口くんは、卒業後インドに旅立つという意外な展開で、少し唐突な気がしました。日本の技術とアジア・イ
ンドの状況などもう少し具体的に、例えば原口君を突き動かした出来事など描かれていたら、彼の情熱がリアルに伝わって原口君に自分を重ねる人がでるかも・・・。最後に「待ってろ」なんて、何だかカッコよく古風なことを言うのは、突如物語のテーマのハンドルが別のルートに向かってきられたような気もしましたが。

ルパン:説明調の文章が多くて、私は読むのが大変でした。レアな世界を紹介したい、という作者の意図が透けて見える感じが鼻についたし…。バイトとか旋盤とか、工業用語がたくさん出てくるのですが絵で浮かんでこないから、その分お話に入り込めませんでした。そういうものを文章で表現するのが目的だったとは思うのですが。ふつうに手に取っただけだったら、たぶん途中で放り出したと思います。今日の会の課題だったのでがまんして読み続けたら、そのうち最後のほうでおもしろくなってきました。もっとストーリー中心で描けばよかったんだと思います。工業高校の女の子って、とても魅力的な設定だし。旋盤作りの説明がこんなに前に出ずに、物語の背景として自然に組み込まれていたらなあ、と思いました。全体的にはやはり工業高校の世界のレポートを読まされている感がぬぐえませんでした。最後に原口君とふたりでインドのかたちを作るジョークを交わすシーンなんかはすごくいいですね。こういうところばっかりだったらよかったな。

レジーナ
聞きなれない言葉が多く、はじめは少し入りづらかったです。「ものづくり」という、人と少し違うことに魅せられた少女が、おばあちゃんや、人に裏切られても、それでもまた信じようとする原口など、温かな家族・友人の中で成長していく話は、まはらさんらしいですね。「ものづくりは楽しいから、なくなることはない」と原口に言われた心(しん)が、自転車のグリップを握った瞬間、鉄を切った時の感触を思い出す場面では、手の感覚で、はっと何かに気づく様子がよく伝わってきました。コツコツ努力
し、硬い鉄の中から形を取り出すというのは、どこか人生にも重なるようです。主人公は、ものづくりとパソコンをよく比べていますが、この部分は必要だった
のでしょうか。比較が作品の中で効果的に使われているようにも感じられなかったので……。

ajian:11ページの「コンピューター制御」というのは、
具体的にはプログラミングのことなのでしょうか。それがどういう状態をさすのかが、今ひとつわからなくて。「コンピューターをやっている」という表現も出てきますが、具体的でないのが、ちょっと気になってしまいました。コンピューターといっても、できること、やれることは千差万別なので、たんに「コンピュー
ターをやる」という表現は、ちょっと大雑把かなと思います。パソコンが好きな子どもが読むと「あれ?」っと思ってしまうかも。

クプクプ:私はバランスよく書けた本だなと思いました。読後感がよくて、それはたぶん、ジェンダーを越えて道を究めていく話だからでしょうか。もちろん、女は得だな、という偏見を持つ先生も出てきますが…。恋愛だけで終わらない、
気持ちのよさがある話だなって、素直に思いました。「心出し」とか知らない言葉がいっぱい出てくるし、言葉は専門的で独特だけれど、日本語の豊かな世界に出会えました。主人公の鉄を削って形を求める姿が、作家さんが対象を描写するために文体を求め、削っていく様子と呼応していておもしろかった。

ajian:同じ話のくりかえしですみません。39ページの
「コンピューターに戻れるだろう」も、ちょっと引っかかってしまいました。彼女が「コンピューター」で何をやりたいのか/やっているのか、が今ひとつ伝わってこないです。プログラミングならプログラミングで、何かを学び、身につけるということは、本来世界の捉え方から変わってくるようなことだと思います。欲をいうなら、既に「コンピューターをやっている」彼女が、旋盤に出会うことで、さらにどう変わるのか、それが書かれているともっとよかった。それがなくて、たんに「手作り」の対比として「コンピューター」を置いているだけなら、ちょっと浅い気も。

アカシア:私は理科系ではないせいか、コンピュータ技術を学びたいと思い、手仕事を古くさいと思っていた主人公の心が、機械ではできないものがあると気づいていく過程がうまく描かれているな、と思いました。工業高校の旋盤技術という、地味であまり注目されないところに焦点をあて、そうした技術をとても魅力的に描き出しているのもすてきです。そういう描写が説明的だとは、私は思いませんでした。触覚とか視覚とか、作ったものが浮かび上がるような表現をしようと
しています。私自身にはまったく未知の分野ですが、すごいものができていくのがわかります。音とか、金属音もリアルに感じられたし、臨場感もありました。私は都会で生まれ育っ
て、まわりに工業関係の施設もなかったので、工業高校は勉強には向かない子が行く学校なんじゃないかって誤解してました。この作品を読んで、工業高校の
魅力がよくわかりました。心と原口の将来を暗示するようなストーリー展開はありきたりになりがちですけど、心も原口も旋盤に魅入られているという側面があるので、ただのありきたりにはなってない。絵や説明はあえて入れずに、勝負しているのもすがすがしいです。わからない部分があっても十分魅力が伝わってきますもの。北九州弁で会話が進んでいくのもおもしろかったな。

(2013年9月の言いたい放題)


3人のパパとぼくたちの夏

『3人のパパとぼくたちの夏』
井上林子/著 宮尾和孝/挿絵
講談社
2013.07

コーネリア:こういう男の子いるだろうなって、楽しく読みましたけど、マンガチックな構成で、読み飛ばしてしまって、心に残らなかった。小学生くらいの男の子だとが読みやすいのかもしれません。

レジーナ:タイトルを初めて聞いたときは、ゲイのカップルの物語かと思いました。「やっと日本の児童文学でも、そうしたテーマを扱うようになったか!」と思ったのに、ふたを開けてみたら、シングルファザー同士で暮らしている設定でした。小学6年生が、おぼれている子どもを助けるのは、そう簡単にはできないので、リアリティーが感じられませんでした。また、家出していることに気がつかず、主人公の持っているパンを見て、「朝食を持参しているなんて、用意がいい」と言ったり、「ぐるぐる」という呼び名を本名だと思ったり、夜パパがあまりにもとんでいて浮世離れしているので、ファンタジーの世界に迷いこんだように感じました。主人公は、自ら状況を変えようとはしていない。いわば逃避ですね。リアルな設定なのに、異質な空間が唐突に現れ、主人公はそこに逃げこみ、しばらくの間、現実とは別の時間を過ごす。しかし児童文学では、家出や旅を通じて、それまでと異なる自分になって帰ってくることが大切なのではないでしょうか。たとえば、E・L・カニングズバーグの『クローディアの秘密』(松永ふみ子/訳 岩波書店)では、家出をした主人公は、自分だけの秘密を持って、家に戻ります。でもこの物語では、主人公の中のなにかが決定的に変わったり、成長したりはしない。挿絵の宮尾和孝さんは、ジェラルディン・マコックランの『ティムール国のゾウ使い』(こだまともこ/訳 小学館)や中村航文の『恋するスイッチ』(実業之日本社)の表紙も描いていらっしゃる、今人気のイラストレーターですね。

さらら:ストーリーラインは単純で、言葉も台詞のやりとりで続いていく。映画みたいで、ラノベに似ていますね。目で見える情景が続いていて読みやすいけれど、軽い。家事をやらないお父さんに対する、子どもからの反撃というのは、私が好きなテーマですけど、文体についていけなかった。ちょっと文章のつくり方が粗いのかなあ……。

夏子:状況の設定が秀逸だと思いました。父子家庭の集合体っていうのは、母子家庭の集合体と比べると、今ひとつリアリティーがないでしょ? だから、理想化できるのでは? ほら、ひまわり畑の真ん中にあるという「夢の家」にいるのがオッサンなわけだから、イメージが新鮮になるじゃない。とはいえ「ひまわりの家」のポイントは、朝パパの超楽天的な個性ですよね。「テキトー、ずぼら、いいかげん。でも超ハッピー」で、これはまあ、パターンかな。この個性を、夜パパが讃仰していて、それで共同体ができあがっている。めぐる君も影響を受けて、やがて「うちのお父さんのようなテキトーなやり方もありかも」と受け入れるようになる。よくあると言えばよくある展開ですが、私は楽しく読みました。女の子はペアの天使というキャラですよね。ジャラジャラとアクセサリーをつけているのは、フラワーチルドレンというか、ヒッピー風。深読みすると、お母さんがいないという欠落を、なんとかして埋めたい衝動があるとか? ただイラストが、髪型やらリボンやら正確でなくて、残念です。こういうふうに、登場人物をパターンやキャラで描くところが、ラノベとかマンガっぽいんでしょうね。でも主人公は家出をすることで前に進んだからこそ、「他者を受け入れる」という課題を成し遂げたわけで、なかなか良い本だと思います。

たんぽぽ:どうかなって、思ったのですが、読んでみたらおもしろかったです。3年生ぐらいから高学年まで、よく読んでいます。家出という設定も好きで、主人公の気持ちが自分たちと重なるようです。最後に父親がわかってくれたというのも嬉しいようです。これも食べ物を囲むシーンが度々出てきますがあたたかい気持ちにさせてくれます。

ジラフ:私もうまく乗れなかったくちで。やっぱり、ゲイのカップルかなあ、と思いました(笑)。シチュエーションがちょっと“おとぎ話”みたいで、吉本ばななの『キッチン』(福武書店、角川書店)を思い出しました。『キッチン』は性転換したお父さん(というかお母さん)でしたが、日常の中で、そういうおとぎ話的な場所を持つことでやっていける、生きていかれるということはあるなあ、と思いました。

アカザ:ノリが良くて、最初からすらすら読めました。キラキラした女の子たちが出てきたところで「あれ、これはファンタジーなのかな? ふたりともこの世ならぬ存在で、キングズリーの『水の子』(阿部知二/訳 岩波書店ほか)みたいな展開になっていくのかな?」と思いましたが、そうはならず最後までリアルな作品なんですね。でも、なんだかリアルではない……。登場人物の書き方が記号的で、あまり体温が感じられないからなのか。たしかに主人公も主人公のパパも、家出事件の前と後では心境も変化しているし、成長もしているだろうし、ある意味、児童文学のお手本ともいうべき書き方をしているんだけど……最後まで嫌な感じはしないですらすら読めるんだけど……なにか薄っぺらいというか、心にずしんと訴えかけてくるようなものがなかった。これは、無いものねだりなのでしょうか?

夏子:すらすら読める、というのもポイントだけれど、それだけでいいと思ったわけではなくて、家出という問題解決の方法を、私は評価したいです。

たんぽぽ:4年生ぐらいで読めない子がおもしろいなーって、他の本にも広がるきっかけになれば良いなと思います。

ジラフ:作者のプロフィールを見ると、梅花女子大の児童文学科を卒業して、日本児童教育専門学校の夜間コースで勉強していたそうなので、ひょっとしたら、いい子どもの本の書き方のお作法みたいなものが、知らず識らずのうちに身についてしまっているのかも、とふっと思いました。

カボス:お父さんへの不満ですけど、子どもから見れば大きいんでしょうね。大人から見れば些細なことでも、そう簡単に許すことはできないから。女の子二人が溺れたのを助ける場面は、ちょっとご都合主義的だと私も思いました。私は朝パパのキャラが好きだったんですけど、いつも飛ばしているはずの親父ギャグが途中から出なくなるので、残念でした。なかなかおもしろいシチュエーションで、父子家庭が助け合って暮らすというのは現実にはあまりないでしょうけど、こういう作品が出ると現実でもアリかなと思えてきて、そこがいいですね。

コーネリア:家出とか、お料理ものとか、子どもが喜びそうなものがちりばめられていて、読む間は子どもも楽しめるのですけれど、印象に残らなかったんですよね。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年1月の記録)


負けないパティシエガール

『負けないパティシエガール』
ジョーン・バウアー/著 灰島かり/訳
小学館
2013

さらら:外に飛び出していくことで、だれも認めてくれない自分の才能を発見するという設定が、子どものころから大好きなんです。しかも、お菓子作り、という要素が、食いしん坊の私にはたまらない。主人公が得意なのはカップケーキを焼くことだったり、プレスリー好きのハック(ママの元恋人)が登場したりと、なにもかもとてもアメリカ的な背景で、私もアメリカの女の子になった気分で読みました。下宿先のレスターが、釣りをたとえに、人生ってこんなもんじゃないかと、いいことを言うんですよね。そういうのが非常にうまくからみあっている。いろんな意味で楽しませてもらった一冊でした。

プルメリア:読みやすい。チャリーナさんとの関わりを通じて、言葉を習得していく過程がとってもわかりやすかったです。話せても言葉を理解することは難しいんだなって改めて思いました。子ども(小学校5年生女子)から感想を聞くと「ハックはいやな人」「チャリーナから読むのを教えてもらうかわりに、チャリーナにお料理を教えてあげるのがおもしろかった」「チャリーナが賞状をあげるところに感動した」でした。読書が好きな女子は2時間ぐらいで読み終えていました。

レジーナ:バウアーの『靴を売るシンデレラ』(灰島かり/訳 小学館)の主人公は16歳でしたが、この本では6年生です。しかしその年齢の子どもが経験するには、非常に辛い状況です。シャワーを浴びながら泣いている母親の声を聞く場面など……。ケーキという、人生に喜びを与えるもので、家庭の暴力やディスレクシアなどの問題に立ち向かうというテーマが、とても明確に打ち出されています。チャリーナ夫人からもらった小切手を、自分のために使うのではなく、罪を犯した家族を支える場「手をつなぐ人の家」のために使うのも、好感がもてました。誇り高く、過去の栄光にしがみついている有名人のチャリーナは、E・L・カニングズバーグの『ムーン・レディの記憶』(金原瑞人/訳 岩波書店)を思い出させます。周囲の雑音に惑わされるのではなく、心の中の静けさや平安を守り、自分を大切にするよう語るレスターやチャリーナをはじめ、信念を貫くパーシーや、けちなウェイン店長、プレスリーに憧れ、自分に酔っているハックなど、味のある個性的な人物が登場するので、あまり盛りこみすぎず、人物を減らし、何人かに焦点を当てて、深く描いてもよかったのかもしれませんね。

たんぽぽ:おもしろかったです。6年生が、感動したといっています。お菓子というのも、まず惹かれるようです。チャリーナが登場する場面も、ドキドキしました。母親が、いつも自分を、認めてくれているのがいいです。私自身もそういう子どもに、やさしく、気長にせっしたいと、思いました。

ジラフ:アメリカのアクチュアリティが、すごくよく出ていると思いました。アメリカではいま、カップケーキがとっても流行っているし、イラク戦争でお父さんが亡くなっているとか、DVの問題とか、大人と子ども、それぞれの矜持が描かれているところとか。人生に対してつねにポジティブなアメリカを感じました。それと、食べ物が大きな力になっているところも魅力的でした。以前、研究生活からドロップアウトしてしまった友人が、パンを焼くことでまた生きる元気を取り戻したことがあって、食べ物や料理の持つ力をあらためて感じました。裏表紙にレシピが載っているのもいいですね。この作品についてではないですが、「前向きに生きのびる」というのはしんどい場合もあって、逆に、内向きに閉じることで生きのびられる時もあるかも、ということを、一方で考えました。

アカザ:同じ作者の『靴を売るシンデレラ』も良かったけれど、この作品もすばらしかった。主人公と母親のところにDV男のハックがいつ現れるかと、読んでいるあいだじゅうハラハラさせられて、最後まで一気に読んでしまいました。ディスレクシアの主人公の口惜しさや悲しさも胸に迫るものがあったし、それをカップケーキ作りにかける夢と才能で乗り越えていくというところも良かった。登場人物の描き方が、大人も子どももくっきりしていて、読んでいるあいだはもちろん、読んだ後もしっかりと心に残っています。主人公の身の回りだけではなく、刑務所のある田舎町の様子や出来事も描いているところに社会的な広がりを感じさせますが、良くも悪くもとてもアメリカ的。カニグズバーグに似ているなと思ったのですが、カニグズバーグの作品のほうが、もっともっと世界が広いのでは?

カボス:最初からずっと緊迫感や謎があって、それに引っ張られながらどんどん読めました。おもしろかった。コンプレックスが拭えなくてさんざん苦労したフォスターの複雑な心理が、うまく読者にも伝わるように書けていますね。またSNSやメールではなくて、人間と人間が実際に出会ってお互いに変わっていくというのが、とてもいいですよね。出てくるケーキはどれもおいしそうなのですが、日本の家庭ではもうあまり使わなくなった着色料などが平気で出てくるのは、アメリカ的ということなのでしょうか? p250でレスターがフォスターの父親をほめているところにも、弱さを克服することがすばらしいことなのだというアメリカ的な価値観が出ているように思いました。戦場で勇気をもつということがどういう意味をもつのか、そのこと自体の是非については疑ってもいない。丸木俊さんが近所の子どもたちに「戦争が始まったら、勇気なんか出さなくていいから、とにかく逃げなさい」と言っていたことを思い出しました。

コーネリア:この作品は、物語がものすごく都合よく進んでいくのですが、それが許せるおもしろさがあると思います。文中に、ジョン・バウアー格言が矢継ぎ早に、次から次へと出てきます。私もこの言葉にぐっと惹かれましたが、子どもだったら、大人よりもストレートに入ってくるのではないでしょうか。勇気づけられる作品。

夏子:主人公が12歳にしては大人ですよね。小学生向けの本なのか、ヤングアダルトなのか、ちょっととまどうところがありました。この作家は『靴を売るシンデレラ』にしても『希望(ホープ)のいる町』(金原瑞人・中田香/訳 作品社)にしても、いつも大きな問題を抱えた主人公を描きますよね。今回も、ディスレクシアや、お母さんのつきあっていた男性のDVやら、問題が山盛り。ちょっと教訓っぽいところがあるけど、主人公が自分はどうしたら幸せになれるか、一生懸命考えて、手探りしながら生きていくところがいいですよね。この本では子どもも大人も、奥行きのある人間としてしっかり描かれている。印象的な女優のチャリーナさんが、こちらもディスレクシアとちょっと都合のいいところはあるけれど、それが許せるのは陰影と味わいのある人物だからなんでしょうね。ちょっとカニグズバーグを思い出しました。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年1月の記録)


2014年01月 テーマ:新しい町での出会い

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『2014年01月 テーマ:新しい町での出会い』
日付 2014年1月16日
参加者 アカザ、コーネリア、さらら、ジラフ、タンポポ、夏子、カボス、プルメ
リア、レジーナ
テーマ 新しい町での出会い

読んだ本:

『3人のパパとぼくたちの夏』
井上林子/著 宮尾和孝/挿絵
講談社
2013.07

版元語録:まるで主婦のような小6男子、めぐるの夏休みの家出を描く。シングルファーザーの家庭が3組も登場する、ユニークな新作童話。
『ただいま!マラング村〜タンザニアの男の子のお話』
原題:TUSO. EINE WAHRE GESCHICHTE AUS AFRIKA by Hanna Schott, 2009
ハンナ・ショット/作 齊籐木綿子/挿絵 佐々木田鶴子/訳
徳間書店
2013

版元語録:路上で暮らすことになったタンザニアの男の子が、再び故郷を訪ねるまでを描く。実話に基づいた、アフリカの「今」を知る貴重な1冊。
『負けないパティシエガール』
原題:CLOSE TO FAMOUS by Joan Bauer, 1996
ジョーン・バウアー/著 灰島かり/訳
小学館
2013

版元語録:主人公フォスターは、毎日必ずケーキを焼くことにしている。なぜって、そうすれば、いつでもどこでもおいしいものが食べられるから。そう、フォスターは、カップケーキ作りの天才なのだ。ある日、ママと二人で家を出て、新しい人生を送ることになる。フォスターを待ち受けているのは…? カップケーキのようにあまくはないサクセスストーリー。

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レンタルロボット

『レンタルロボット』
滝井幸代/著
学習研究社
2011.09

アカザ:とってもおもしろく、すらすら読めました。健太とツトムの気持ちも良く書けていると思いました。子どもたちも、楽しめることと思います。でも、なんだか悲しいお話ですね。ロボットって、結局人間のために作られたものだし、『鉄腕アトム』にも「人間のために犠牲になってもいい」というようなところがありますね。けれども、読者は(子どもだけでなく、わたしも)健太だけでなくツトムにも感情移入して読んでしまうから、なんだかツトムはかわいそう、これでいいのかな?という感じが残ります。それから、お母さんが赤ちゃんの写真を隠したところが、ちょっと分かりにくいですね。たまたま弟が見てしまったので仕方なく、ということらしいのですが、弟のほうには丁寧に説明して、お兄ちゃんには内緒にしておくというところが、なんだか納得いきません。

アカシア:私はp67からのその写真のくだりで、ずいぶんとご都合主義的な話だなと思って、それ行以降楽しく読めませんでした。

アカザ:p69で弟が「ぼく、たまたま見つけちゃっただけなんだ……」って、言ってます。

アカシア:たまたま見つけちゃったにしても、ですよ。最初は設定がおもしろいな、と思ってたんですけどね。それに、ツトムのことをだんだん本当の弟のように思っているのに、しょっちゅう「お店に返すぞ」って脅すのもなんだかいやでした。最後に、お店に返しちゃったツトムのかわりに本物の赤ちゃんが生まれるっていう持って行き方も後味が悪い。しかも最後の最後にツトムに「おにいちゃん、だいすき!」なんて言わせているのも、気分が悪かったです。ペットを手に入れても都合が悪いと返しちゃう人と同じみたいで。

レン:おもしろそうなタイトルだし、ところどころに入っている絵もかわいらしくて、子どもが手にとりたくなりそうな本だと思いましたが、最後のところは物語世界の論理が破綻してるかなと思いました。ツトムを返したあと、みんなの記憶は消されてしまうのに、健太だけは覚えているというのは変じゃないかと。だから、手紙をうけとって涙を流すというのは、いいのかなあと思いました。もうだれのことかわからなくて、だけどどこか懐かしい気もする、というようなことならわかるんですけど。

プルメリア:(遅れて登場)弟ロボットを買うことから始まるストリーで、私はおもしろかったです。クラスの子どもたち(小学5年生)に「弟がほしい人いますか?」と問いかけこの作品の紹介をしたところ、読んでみたいという子どもがたくさんいました。作品を読んだ後の感想が楽しみです。

ルパン:この本は、いただいたときに一気読みした時は「よくできたお話でいいなあ」と思ったんです。こういう話って、最後はぜんぶ夢だったなんて夢落ちにしてしまう傾向があるのに対して、これは一貫してロボットを借りたことは事実だったことになっていますよね。そこが気に入ってました。弟がほしくてレンタルロボットを借りてくるけれど、ほんとうに弟ができたらやきもちをやいたりする、っていう小学生の男の子の心の動きはよく書けていると思いました。

アカシア:レンさんが言われて私も気づいたんですが、たしかにお話の世界に破綻がありますよね。だれも、その点に気づかなかったのかな? 挿絵はとてもいいけどね。

アカザ:SFが好きな子どもたちは、こういう矛盾したところをすぐ見つけますよね。賞の審査員も気づかなかったんですかね?

(「子どもの本で言いたい放題」2013年12月の記録)


ぼくの嘘

『ぼくの嘘』
藤野恵美/著
講談社
2012

アカザ:これを読んだのは、ちょうど特定秘密保護法が参議院を通るかどうかという時だったので、「こんなことを書いている場合かよ!」と、腹が立ちました。誤解のないように言っておきますが、べつに児童文学作家全員が社会派の作家になれって言っているわけではないのです。登場人物の周囲1マイルくらいのことしか書いてなくたっていいし、もちろん恋や友情の話だっていい。別に戦争や原発の話を書けっていってるわけじゃない。でも、大人の作家が子どもに向けて書いているんだから、もう少しなにかがあっていいんじゃないの? たしかに、登場人物の語り口は「いまどき」だし、読者もすらすらと、それなりに面白く読めると思うけど、3:11以降、大人の文学の世界が確実に変わってきていると思うのに、子どもの本の作家がこれでいいのかなあ? 家庭に多少の問題は抱えているとはいえ、女の子も男の子も大金持ちで(服に20万円も使うなんて!)、お父さんは医者で、お母さんも美人で頭が良くって……リカちゃん人形か! いちばんびっくりしたのは、最後の1行です。大人になってからのふたりのこと、なんで書きたかったんでしょうね?

アカシア:会話のやりとりはなかなかおもしろいと思ったし、オタクの男の子が「更新」とか「ストレスゲージ」なんていくコンピュータ用語で心理描写をしているのもおもしろかったんです。ただ、登場人物やシチュエーションが、あまりにもステレオタイプですよね。絶世の美女のレスビアン、オタクのさえない男の子、金銭で解決しようとする父親、表向き完璧主義者の打算的な母親、親友のカノジョが好きになるとか不倫とかもね。それに、大人が書けてないですね。と言うことは、人間が書けていないので、リアリティが稀薄で薄っぺらくなってしまいました。p247には、「生身の人間に慣れてしまったら、情報量の少ないアニメ絵に不自然を感じてしまうのだ」とありますが、この作品自体がアニメ的だな、と思ってしまいました。社会的な視野の広がりがないのも残念です。

レン:私には20歳前後の子どもがいますが、高校生から大学生くらいの若者の空気感はとてもよく出ていると思いました。だけど、それ以上のものは感じられませんでした。私は本というのは、「漫画やゲームや映画のようにおもしろい」ではダメだと思うんです。文学でしかできないおもしろさがないと、がんばって文字を読む意味がない。要するに、読者に何を投げかけたかったのか疑問です。私はむしろ、役割とかキャラの呪縛から読者を解き放ってくれるような物語を読みたいな。

アカザ:すばらしい作品って、登場人物が作者の思ってもみなかったような動きかたをし始める。この作品は、最後まで作者の掌の上にあるって感じ。

プルメリア:読み始めてからすぐ、男の子が屋上で友だちの彼女のカーデガンを抱きしめる場面がうーんって感じ。内容がぐちゃぐちゃしていて、もういいよと思ってしまいました。表紙はインパクトがなくて、あまり好きな絵ではなかったです。

ルパン:ハッピーエンドにしては後味が悪かったです。とくに最後が・・・いきなり30代半ばになっていて、それで唐突に結ばれるわけですけど、その間10年以上も何もないまま経っているわけだし。この展開にはびっくりでした。しかも、この主人公、彼女が不幸になって落ち込むタイミングをずっとねらって待ってたみたいで、ちょっとコワい。高校生の言葉づかいとかはよく描けていると思いましたし、私はけっこうおもしろいと思いながら読んでいたんですが、そもそもこれは児童文学なんでしょうか。子どもや若い人が読むことを思うと、登場人物にはもうちょっと別の成長のしかたを見せてもらいたい気がしました。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年12月の記録)


ジョン万次郎〜海を渡ったサムライ魂

『ジョン万次郎〜海を渡ったサムライ魂』
マーギー・プロイス/著 金原瑞人/訳
集英社
2012.06

アカザ:これはもう、話自体がおもしろいから、一気に最後まで読みました。小さいころから、たぶん井伏鱒二の本や、その他の伝記やいろいろ読んできて、知っていることばかりと思っていましたが、アメリカの作家から見た事実というのは新鮮で、興味深かったです。ジョン万次郎が描いた絵や、その他の絵や写真がたくさん入っているところもよかった。作者がちょこっと笑わせようとしているのかなと思うところがあったけど、翻訳はとても生真面目に訳してありますね。

アカシア:捕鯨の様子や、香料を取りに行くときのきつい匂いとか、海の様子なんかは、臨場感もあっておもしろく書けていると思いました。ストーリーもおもしろかった。ただ、ないものねだりですが、万次郎は土佐弁で話していたんでしょうけど、翻訳だから標準語になっている。標準語だとどうしても教科書的になって、やっぱりリアリティとか趣が何割かは抜けてしまうように思います。絵の中にも万次郎が書いた日本語の文字が出てきますが、どこでおぼえたんでしょう? 日本語の読み書きはどこで勉強したのかな? そのあたりを知りたいな。日本に帰ってきたから、おぼえたんですよね?

レン:えらく英雄的でポジティブな人物像ですね。物語全体の流れがよくて、一気に読めました。ただ、外国人の視点で書かれているところを、もう少していねいに訳してくれたらと思った部分や、よく意味がわからない部分がちょこちょことありました。たとえば、77ページの後ろから7行目「戸が開くときのきしみや、閉まるときのやわらかな音の心地よいこと」は、引き戸だと思うんですね。これだと、西洋式の扉と同じように読めそうです。また、78ページで、船長が本を読んで聞かせてくれるところで、万次郎が「きっと詩だろうと思った」とありますが、この時代の漁師の子が「詩」という語を使うのか、疑問でした。300ページの「カエデ」は「モミジ」? 263ページの最後に、写真がぼやけているのを、「まるで、さっさと出かけていくところのようだった」と、たとえているのも、意味がわかりませんでした。180ページの「隕石が落ちたことがありますか?」というのも、この時代の日本育ちの少年がこんなことを言うかなと違和感を感じました。こういう部分は、どこまで翻訳や編集で調整するのか、難しいところですね。

ルパン:私はストーリー的にはとてもおもしろかったです。確かにちょこちょこと気になるところがあることはありましたが。実在の人なので、どこまでが事実なのかなあと思いながら、最後までぐいぐい引っ張られるように読んでしまいました。ただ、日本に帰ってきたときや帰ってからの生涯がほとんど書かれていなかったのが残念でした。日本人のアイデンティティを持っていながらいきなり別世界のようなアメリカで暮らし、今度はアメリカの教育を受けて日本に帰ってくるという激動の人生ですから、帰国してからのbefore-afterももう少し読みたかったです。あとがきの「歴史的な背景について」という最後のところに。女の子が万次郎にもらった花かごをずっと持っていたエピソードがありましたが、こういうことが本編に書かれていたらもっとよかったな。万次郎は二度と日本の土を踏めないかも、母親にも会えないかも、と思っていたでしょうから、帰国したときの驚きや感動がもっと書けていたら、と思いました。

アカシア:この人はその場その時を一所懸命に生きているから、そういう人って帰国しても特段の感動は逆にないのかもしれませんね。

ルパン:ついに日本に帰れる、とわかったときにはどんな気持ちだったんだろうと思うんです。眠れないほどいろんな思いがあっただろうと思うのですが・・・その辺は日本人が書いたら違ってくるかもしれません。あと、これも後書きですが、デイヴィス船長がアメリカの良心を代表するような人だったことが万次郎にとっての幸運だったと書かれていますが、本当に恵まれていたのだとつくづく思います。この善良な船長はほんとうによく書けていますよね。そこはさすがにアメリカ人作家だと思いました。

プルメリア:表紙がすごくいいなと思いました。挿絵もよかったし、地図がのっていたので作品を読みながら参照することができました。文章も読みやすかったです。助けられた船では食事として最初にお米が出て最後にパンが出てくる配慮、船の中でもらった食べ物を箱やポケットにいれて家族のためにとっておく場面などリアリティがありました。中学生でも読めますね。

ルパン:サブタイトルの「サムライ魂」というのは、ひっかかりますけどね。もともと漁師なんだし、そんなものなかったんじゃないか、って。そこはやはりアメリカ人の「日本人=サムライ」っていう固定観念のたまものかな。タイトルにそうあるから、万次郎がアメリカで生きていくなかで日本人としての心情や誇りを捨てきれないシーンがたくさん出てくるのかと思ったのですが、ほとんどなかったですね。お話としてはなくてもいいんですが。ともかく、この『海を渡ったサムライ魂』というサブタイトルには違和感があります。話の内容と合ってない。

アカザ:「サムライ」というところは、わたしもひっかかりましたね。だいたい、ジョン万次郎は、侍に憧れてはいたけれど、武士道の教育は受けてなかったし。アメリカで教育を受けて、自由や平等ということを教わってからは、侍になるのは、それほどの夢ではなくなってきたのでは? アメリカの人たちにとっては、サムライは日本人以上に憧れの的なのかもしれないし、ジョン万次郎がその夢をかなえた、初志貫徹したというのは、いかにもアメリカ人好みの話ではあるけれど・・・。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年12月の記録)


2013年12月 テーマ:特別な体験を通しての自分の発見

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『2013年12月 テーマ:特別な体験を通しての自分の発見』
日付 2013年12月19日
参加者 アカザ、アカシア、レン、ルパン、プルメリア
テーマ 特別な体験を通しての自分の発見

読んだ本:

『レンタルロボット』
滝井幸代/著
学習研究社
2011.09

学校の帰り道、「ロボットかします」という店を見つけた健太は、自分のこづかいで弟ロボットを手に入れた。願いがかなって楽しい日々が続いたが、兄として我慢しなければならないことも出てきて、けんかすることも。第19回小川未明文学賞大賞受賞作品。
『ぼくの嘘』
藤野恵美/著
講談社
2012

版元語録:オタク男子の笹川勇太は密かに親友の彼女に恋している。ある日、彼女が置き忘れていったカーディガンを見つけて届けてあげようと手にとるが、つい、そのカーディガンを抱きしめてしまったところを、誰かに写メに撮られてしまう。ケータイを手にそこに立っていたのは、クラスのリーダー格の世慣れた美少女、結城あおいだった。
『ジョン万次郎〜海を渡ったサムライ魂』
原題:HEART OF A SAMURAI by Margi Preus, 2010
マーギー・プロイス/著 金原瑞人/訳
集英社
2012.06

版元語録:1800年代。アメリカ東部に暮らした初めての日本人、ジョン万次郎(中浜万次郎)。言葉も習慣も異なる地で、いじめや差別にくじけることなく、強く生き抜いていった秘訣は何だったのだろう?アメリカに残された記録や資料をもとに、日本が誇るバイリンガル、ジョン万次郎の青春時代を鮮やかに描いた物語。2011年ニューベリー賞オナー受賞。

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オフカウント

『オフカウント』
筑井千枝子/著 浅妻健司/挿絵
新日本出版社
2013.03

ルパン:残念ながらあまりおもしろくなかったです。章割りのたびに名前が出てくるんですが、別に必要ないですよね。ほとんど峰口リョウガなんですから。いろいろな人の視点で書きたいならまだしも、どうしてこんな書き方するのかなあ。次の章もまた「峰口リョウガ」だからひとり飛ばしたのかと思って前を見たり。そしたらまた次の章も「峰口リョウガ」。その次も。何のためにわざわざ名前を出すのかわからなくて混乱しました。

ハリネズミ:朝井リョウの『桐島、部活やめるってよ』(集英社)も、同じような構成でしたよね?

ルパン:あれは、いろんな視点で書かれてたから。こっちは、まずバスケ部をやめた理由がよくわからないし、戻りたいのかもよくわからない。最初に「何かしたい」と思うきっかけがフットサルのおじさんを見かけたことだったから、それをやりたいという話になるのかと思ったら、そうでもない。ダンスとかジャグリングとか色々出てくるのだけど、感情移入できないし、次はどうなるのかな、というわくわく感がまったくなくて。ダンスシーンも、躍動が目に浮かぶような、リズムがわいて出るような感じがしない。ともかくおもしろくなかったです。

レジーナ:ウィンドミルをはじめ、ダンスのステップの描写が説明的なのですが、イメージできませんでした。牧野の性格が、「おっちょこちょいで、でも頼りになる」というのは、矛盾しているのではないでしょうか。ぽっちゃりしているタモちゃんがダンスをする様子を、「ウーパールーパー」と表現しているのは、思わず笑ってしまいました。会話はリアルで、部活をやめ、うちこむものがない中学生が、何かのきっかけで変わるという、ドキュメンタリー番組にありそうな題材ですが、なぜダンスなのか、ダンスを通して彼らの何が変わったのかが伝わってこないんですよね。ダンスの歴史に触れていますが、主人公に、親や学校への反発があるわけでもありません。ヒップホップは、黒人の人たちの抵抗や自己表現の形なので、そうした芯のようなものを日本人が理解するのは非常に難しいでしょうし、この作品の登場人物を含め、ただかっこいいからという理由で真似る若者が多いのでしょうね。

ルパン:タイトルの『オフカウント』も意味がないですよね。何か対極になる「オン」があって、それに対して「オフ」ならわかるんですけど。「オフカウント」の意味が書いてあったけど、それが何かの伏線になっているとも思えず。オフカウントって、打楽器奏者は「後打ち」とか「裏」とか言うんですが、これで何を言いたかったのかテーマがよくわかりませんでした。

ハリネズミ:会話も、中学生がこんな言い方するのかな、と思うところが随所にありました。小学生かな、と思うようなところも。それに、物語の芯がよく見えません。あと、目線が内にばかり向いていて、外に向かいませんよね。

プルメリア:淡々と読める作品かな。読んでいてもあまりめりはりを感じなく、唯一おばけやしきを作るところはおもしろかったです。だれが主人公かわかりにくくて、読みにくかったです。今風の作品と思いますが、深みはなかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年11月の記録)


だれにも言えない約束

『だれにも言えない約束』
ジーン・ブッカー/著 岡本さゆり/訳
文研出版
2013.03

レジーナ:善意で面倒を見てくれるネリーさんへの態度もひどいですし、「お母さんが、お父さんの病院に連れて行ってくれないのは、お昼代をなくしたことを怒っているからだ」と考えたり、主人公が、あまりにも幼く、身勝手なので、魅力が感じられません。敵の国の兵士と仲良くなるというのが、単なるめずらしい体験で終わってしまっていて、そこから伝わってくるものがないんですね。主人公が教えてもらうのも、なぜ数学なのでしょうか。苦手だったというだけでは、物語の要素として弱い。たとえば、マークース・ズーサックの『本泥棒』(入江真佐子/訳 早川書房)には、字が読めず、言葉を持たなかった少女が、防空壕の中で本を朗読する場面があり、人はどれほど言葉に救われるのかが、心を打つ作品になっています。

ハリネズミ:主人公のエレンは、とても12歳とは思えませんね。自分のことばかり考えて他者に目がいってないし、あまりにも考えなしなので、5歳か6歳にしか思えません。もしかしたら、翻訳の口調が軽くてきついからそう思えてしまうのかもしれませんが。それにエレンは、親の留守に世話をしてくれるネリーさんを「ネリーばあさん」と呼んでいやがるわけですが、エレンのお母さんまで「ネリーばあさん」(p56)と手紙に書いている。お母さんの立場からすると、「ネリーさん」か、せいぜい「ネリーおばあさん」でしょう。これも翻訳のミスなのでしょうか? p58の「窓の外は霧だらけ」も、表現としてどうなんでしょう? p176の「エレン、おまえ……なにか知ってるんじゃないか?」も、この状況でウサギが見つかったときに言う台詞としてはありえない。また、原作のほうにも、問題がありそうです。カールは、絶対に捕虜にはならないと決意しているのに、ナチスの軍服をずっと着たままでいるのは解せません。ストーリーにしても生まれてきた物語というより無理に作った感じです。エレンがもう少し魅力的に描かれてるとよかったのですが、現状では子どもの読者が、表面的な出来事として読むならいざ知らず、感情移入して読むのは難しい。子どもと国家の戦争というテーマだったら、ソーニャ・ハートネットの『銀のロバ』(ソーニャ・ハートネット/著 野沢香織/訳 主婦の友社)、ベティ・グリーンの『ドイツ兵の夏』(内藤理恵子/訳 偕成社)(両方とも絶版ですが)なんかのほうが人間理解という点でずっと深いし、ストーリーもおもしろい。

ルパン:やっぱり主人公に魅力がなさすぎますよね。自分勝手だし。親身に世話をしてくれるネリ—ばあさんにあまりにも失礼。でもまあ、『オフカウント』よりは読めました。とりあえず「ドイツ兵はいつ出てくるんだろう」くらいは気になりましたので。ずいぶんあとまで出てこないので心配にはなりましたが。挿絵はいいですね。エレンの顔がかわいいし。これでだいぶ助けられているんじゃないかな。

プルメリア:戦争当時の状況がわかりやすく描けていると思います。エレンがカールを助ける場面はどきどきしますが、作られた物語だなって思いました。エレンがどきどきしながら見つけたものが、お父さんのコートじゃなくてウサギだった場面は驚きました。5〜6年生だと戦争中でも相手国の人を思いやる心情がわかると思います。表紙や挿絵がよかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年11月の記録)


あん

『あん』
ドリアン助川/著
ポプラ社
2013

ハリネズミ:今日の3冊の中では、これがダントツにおもしろかったです。登場人物もそれぞれにちゃんと立っているし、物語世界もリアル。ハンセン病で全生園に入れられた吉井さんが「聞く」ということができるのは、千太郎にとってはとても重要な意味を持っていたのですが、吉井さんの死後、親友だった森山さんが「トクちゃん、いちいち大袈裟なんです」とか、「トクちゃん、気に入った人が現れると、あれをやってしまうの。小豆の言葉を聞きなさいとか。月がささやいてくれたとか」と言って、美化されたイメージをひっくり返してしまう。そこもすごい。この本はルビもほとんどないから、児童書じゃなくて一般書として出されたのかもしれませんね。でも、中学生くらいから読んでもらいたい本です。とくに、何をしたいのかわからないでいる子どもたちに。

シア(遅れて登場):私は今回の選書担当係だったのですが、とにかく『あん』を読んでほしくて、それでテーマを設定して本選びをしてみました。テーマと、ちょうど読書感想画の課題図書だったので、おもしろくないかもしれないけど『オフカウント』も選びました。『あん』も感想画の課題図書だったんです。『あん』がとてもいい本なので、読み比べるとおもしろいかなと。『オフカウント』は主人公が中学生なんですが、描写がそうは見えなくて。ジャグリングとか部活の内容などで高校生くらいに見えますね。ちぐはぐな印象です。作者が結構お年なのかなと思うくらい学校生活にリアリティがなくて、学校生活を覚えていないのか、取材していないのか、何を見て書いたのかわかりません。これでどんな絵を描けと言うんでしょうね。選ばれた理由が謎ですが、出版のタイミングでしょうか。おもしろいとは言えなかったです。
 『だれにも言えない約束』は、メインとなるドイツ兵がなかなか出てこなくて。真ん中を過ぎてやって出てくるというのに驚きました。敵であるはずのドイツ兵との触れ合いがメインだったんじゃないの、と。それから、登場人物の言葉がキツいです。海外児童文学では結構あるんですが、こういう言葉のやり取りはどうなのかなと思います。戦争ものの話ですが、ミートパイを落としてしまう場面が一番のショックだったくらいです。そんなにおもしろくなかったですね。
 『あん』は本当にいいお話で、皆さんに是非読んでほしい一冊でした。なのに、皆さんが借りようとした図書館が貸出中ばかりで読めていないというのはとても残念です。ハンセン病についての作品で、今ではなかなか知られることのない病気なので、こういう風に子どもたちが触れられる機会が出来るのはいいことだと思います。ハンセン病の吉井さんとの出会いからの流れがとてもよくて、「時給200円でいい」とかびっくりするようなことを言うんですが、世話を頼まれたカナリアはあっさり手放してしまったりとか、行動が読めません。吉井さんは「見えないものを聞く」とよく言っていて、自然の声が自分には聞こえると言っているんですが、後で結局聞こえてなんかいないことがわかるんです。でも、分かった上でのやり取りというのもいいと思います。甘い世界だけじゃないのが見えるというのが、子どもには特にいいなと。以前新聞で読んだことがあったんですが、作者のドリアン助川さんはハンセン病の施設を訪れたことがあって、いつか本にしたいと思っていたそうです。そして本になったのがこの『あん』です。是非読んでいただきたいですね。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年11月の記録)


2013年11月 テーマ:生きることの意味

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『2013年11月 テーマ:生きることの意味』
日付 2013年11月29日
参加者 シア、ハリネズミ、プルメリア、ルパン、レジーナ
テーマ 生きることの意味

読んだ本:

『オフカウント』
筑井千枝子/著 浅妻健司/挿絵
新日本出版社
2013.03

版元語録:期待して見守ってくれる人がいるというだけで勇気がわいてくる---。いっしょにいるから、すれ違うこともある。ほぼ帰宅部3人のジャグリング&ダンス・デイズ。
『だれにも言えない約束』
原題:KEEPING SECRETS by Jean Booker, 2011
ジーン・ブッカー/著 岡本さゆり/訳
文研出版
2013.03

版元語録:第二次世界大戦中のイギリス。エレンは爆撃におびえながらも、成績や人間関係になやむふつうの学校生活を送っていた。ある夜、たまたま入った小屋でエレンが出会ったのは、敵であるはずのドイツ兵。そのとき、またドイツ軍の爆撃がはじまって…。
『あん』
ドリアン助川/著
ポプラ社
2013

版元語録:生きる気力を失いかけていた千太郎の店に、不思議な老女が「雇ってほしい」とあらわれて——。このうえなく優しい魂の物語!

(さらに…)

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オムレツ屋へようこそ!

『オムレツ屋へようこそ!』
西村友里/著 鈴木びんこ/挿絵
国土社
2012.01

アカザ:近所の小学校の塀に、6年生の子どもたちが将来なりたい職業を描いた絵が貼ってあるのですが、圧倒的に多いのがパティシエなんですね。子どもたちは食べるのも好きだし、料理にも興味があるので、お菓子や料理をテーマにした本も、いつの時代も人気があるのだと思います。ただし、この本はオムレツやオムレツの作り方が主体になっているわけではありません。お母さんとふたりで暮らしている女の子が、お母さんの仕事の都合で叔父さんの家で暮らすことになり、そこでいろいろな人に出会って、結局自分は自分らしく生きていけばいいという結論にいたる……。一行ずつ行がえしていて、読みやすいようだけれど、もうこういう本は読みあきたっていう感じ。ちょっと見には、ひとりぼっちになった女の子が下町の商店で暮らすようになるところとか、最後が花火で終わるところが、乙骨淑子著『13歳の夏』によく似ていると思いましたが、『13歳〜』のような瑞々しさや、人生の奥底に触れるような、心を揺さぶられるエピソードもなかったし……。とくに驚いたのが、最後に得体の知れない大作家とやらが登場して、女の子の母親の文才を褒めたたえるので、女の子やおばあちゃんたちもびっくりし、しょうもない母親だと思っていたのを見直すという展開。マンガでも、こんなに軽い話はないんじゃないの? その大作家の代表作が「富士山御来光」と「日本海流」という下りで、思わず吹きだしてしまいました。結論として、どうしてこの本を課題図書に選び、大勢の子どもたちに読ませたいと思ったのか、選考委員のご意見をぜひぜひお聞きしたいものです。もしかして、「ひとり親家庭」「障害のある子ども」「母と子の関係」というようなキーワードだけで選んだのでは?

レジーナ:すらすら読める作品ですが、ところどころ、文体が不自然な箇所がありました。p8の「探すんじゃないかと思ってさ」は、「(家を)見つけられないんじゃないかと思ってさ」、p72の「かたづけのわるい子」は、「かたづけられない子」ということでしょうか。作家が、自分の物ではないのだから見つかるわけがないのに、ジャージのポケットの中を一生懸命探す場面は、コミカルでおもしろいと思いました。病弱な子どもの兄弟の心のケアについては、最近、世間の目が向きはじめたように思います。全体としては、すべての登場人物をいい人に描こうとしているのが、残念です。母親にしても、仕事をやめると言った時には、もっと複雑な想いがあるでしょうから、本音をつきつめて描いてほしいですね。底の浅い作品だと、生徒の感想文も、似たり寄ったりになるのではないでしょうか。

メリーさん:子どもを気遣いながら、大きいホテルの料理人をやめて洋食屋をやる家族とそれを尚子の目で描くという物語の大枠はいいと思いました。後半で作家がつぶやく、階段のてっぺんからだけではなく、五段目からの景色もいいのだ、というところなんかも。その一方で、盗まれた体操服を和也と敏也が協力して返そうとするところは、アイデアはいいのですが、その後が何も書かれておらず、残念。そもそも、主人公が親元を離れて居候をし、そこから学校に通うという設定は、子どもたちにリアリティをもって受け止められるのか、ちょっと疑問に思いました。

ハリネズミ:本はその世界の中に入っていって、疑似体験をすることが醍醐味ですよね。その観点からすると、物語世界のリアリティが不足していて、本の中に入っていきづらい。まず主人公のお母さんの悠香さんですけど、こんな人本当にいるのかしら? モンゴルに半年行くのはいいとしても、その後急に続けて北京にも2か月行くことになったり、その後取材旅行は全部とりやめると出版社にも言ったのに、娘の機嫌が直ったらまたすぐ行くことにしたり。こんなライター、社会で通用しないですよね。この人がもっと魅力的に書かれていればいいのにな。作家の宝山幹太郎の存在もマンガならともかく、嘘っぽい。1冊エッセイを書いただけのライターに「あれだけのものが書ける人はそうはいない」なんて言って、わざわざ思いとどまらせるために捜し歩くわけないでしょう。それに敏也君は、幼児のときは身体が弱くて入院していたみたいだけれど、今は松葉杖で歩けるし頭もいいのなら、どうして養護学校の寮で生活しなくちゃいけないの? お父さんもホテルを辞めて家で仕事をしているわけだし、おばあちゃんもいるのに? それに、敏也がバケツで雑巾をゆすいだだけで「危ない」はずはないんじゃないかな。私が購入したのは2刷でしたけど、p61やp67に誤植がまだまだ残っていたのも残念。

アカザ:わたしも、このオムレツ屋さんは、どうしてこの子を全寮制の特別支援学校に入れたのかなと疑問に思いました。一般の学校に行くか、障害のある子どもたちの学校に通わせるかだって、親は相当悩むと思うのに。じっさい、知的障害のある子どもの親が悩むのを、以前に身近で見てきたので……。この本を読んだ子どもたちが、松葉杖で学校に来る友だちに「どうして別の学校へ行かないの?」なんてきくんじゃないかと心配になりました。病気や障害のある子と、その兄弟の関係については、宮部みゆきが『ソロモンの偽証』で、恐ろしいほど深くえぐって書いていました。

プルメリア:あまり心情が伝わらないな、殺風景だなという感じがしました。もっと境遇の厳しい人は現実にはたくさんいます(夜逃げ同然で現れて、夜逃げ同然で去って行くとか)。知的障害がある子どもは支援学校にいくことがありますが、体が不自由だけれども動くことができる子どもは通常学級に通っています。設定がよくわからないです。

ajian:作者の意図が透けて見えて、しかも共感できませんでした。全体的にリアリティに欠けていると思います。ブログを書いているチャイナドレスの女性は、「風変わりな人に出会ってきたが、、なかでもかなり強烈」とありますが、どこがどう風変わりなのかが全然見えません。フリーライターの母親にしても、モンゴルに半年取材旅行に行くとありますが、旅行ガイドを書いている人がそういう仕事の仕方をするだろうか、と思いました。それから和也と敏也のお父さんが、敏也に障碍があって大変だから、ホテルを辞めてオムレツ屋を開いたとありますが、特別支援学校に行っていてお金がかかるのに、果たして実入りのいい仕事を辞めるのかな、という疑問が湧いてきます。街のオムレツ屋ってそう簡単にできるもんじゃないのに。こういうところの造りが甘いと、読む気をなくすんじゃないかと思います。途中で登場する「スパイクシューズ作戦」も、単に敏也が活躍するという状況を作りたかっただけで、何の必然性もないですよね。最後に出てくる作家についても、作家が論語=中国の難しい本を読んでいる、という、この薄っぺらなイメージがさむいです。何より腹が立ったのが、母親が好き勝手やっているのを、この子が最終的に受け入れるように読めるところです。大人のせいで子どもが我慢しなくてはならないというシチュエーションを、当たり前のように書いているのが、いやですね。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年10月の記録)


くりぃむパン

『くりぃむパン』
濱野京子/著 黒須高嶺/挿絵
くもん出版
2012.01

ルパン:飽きずにひといきで最後まで読めましたが、「くりぃむパン」の意味がよくわからなかったです。表題にもなっているので何か特別のいわれのあるものかと思って最後までそれが出てくるのを待っていたのですが、とくになかったので拍子抜けでした。ただの近所のおいしいパンだったんですね。つるかめ堂の立ち位置もよくわからなかったし。下宿という設定はいいですね。漫画家が下宿していて、自分のことがマンガになるというエピソードもおもしろかったです。主人公の未果、いいですね。ためたお金でパンを買って配るシーンはぐっときました。

メリーさん:主人公たちがひいおばあちゃんの部屋へ行く場面、時間がゆっくり進むから、得したような気になる、という感想がいいなあと思いました。それから、漫画家の志帆さんが、実は住んでいる家と家族をすごく気に入っていて、そのことを漫画に描いていたというくだりも。普段見慣れてしまった、ありふれた町や商店街の風景がまた違ったものに見える感じがよく伝わってきました。「友チョコ」、派遣社員の問題、子どもの話し言葉。今の風景を取り入れようとしているのはよくわかるのですが、下宿という設定はどうか。貧困というきびしい現実は厳然としてあるけれど、この設定は今の子どもにとって本当にリアルなのかなと思いました。

レジーナ:ひねくれていて、すぐすねる子どもが主人公なのは、新しいですね。92ページで、未果が、「パンは手軽だから」と言いますが、子どもの言葉遣いではないですね。94ページで、パンをもらった主人公が、「生きるってせつないよね」と言うのは、少し唐突に感じました。『キッチン』(吉本ばなな=著 福武書店)に、朝食のパンをもそもそかじりながら、「みなしごみたい」と言う場面がありますが、パンの独特のわびしさのようなものは、大人だからわかる感覚ではないでしょうか。

ハリネズミ:そこは女の子にありがちな、背伸びをして言ってみたかった言葉なのでは?

レジーナ:それでも、登場人物はきちんと描き分けられています。未果が、すごくいい子に描かれているので、もっと本音にせまる描写があってもいいのではないかと思いました。

ハリネズミ:『オムレツ屋へようこそ!』と似た設定ですが、あちらが全体的に無理矢理作った話という感じがするのに対して、こちらはそれがないので、物語世界にすんなり入って行けます。余計なことですが、p66に「おにいちゃんは、口をとがらせて、おかわりのお茶わんをママに差しだす」とありますが、ご飯をよそうのはいつもお母さんなんだなあ、と考え込んでしまいました。ひと昔前は子どもの本の中のジェンダーにずいぶんとこだわって固定観念を取り除こうとしていましたが、今は出版社側もあんまりそういうことを考えないんですね。

プルメリア:なぜクリームが「くりぃむ」なのか気になりました。お笑い芸人を意識しているのでしょうか? 主人公のようにお金が大好きな子どもはいますが、「守銭奴」という言葉はこどもたちにとってはわかりにくい言葉です。1学期、3、4年生にブックトークで今回の課題図書を紹介した時、「守銭奴」の言葉の意味を教えました。まわりの人々が未果に優しくする気持ちはよくわかると思います。二人の子どもの心情がよく書かれています。謎めいた作家の設定もいいなと思います。お父さんが職をなくしたときに、ためていたお金が入った貯金箱をこわしてパンを買うというところはわからなかったです。

ルパン:やけくそになったんじゃないかな。せっかくお父さんと暮らすためにお金を貯めていたのに意味がなくなってしまったわけだし。

ハリネズミ:店の名前は昔からあるつるかめ堂がクリームパンを売り出したときは、平仮名にしたほうがハイカラに見えたのでは?

アカザ:わたしは、しゃれてるなと思いました。ぜんぶカタカナで書くと固い感じだし、あたりまえになっちゃうのでは?

プルメリア:バレンタインデーに男の子にチョコレートをあげないところが現実的でよく書かれていると思いました。この本は高学年向けのほうがよかったのではないでしょうか。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年10月の記録)


ジャコのお菓子な学校

『ジャコのお菓子な学校』
ラッシェル・オスファテール/著 ダニエル遠藤みのり/訳 風川恭子/挿絵
文研出版
2012.12

プルメリア:3.4年生の課題図書ですが、本を読んで自分が理解していくという喜びは3・4年生にはわかりにくいのではないでしょうか。この作品を5年生に紹介したところ、図書館で本を読んで実際にお菓子を作ってみる過程の楽しさや学習を習得していくことが理解できました。発達段階の違いが出ています。おおらかなおじいさんの登場はどの場面もおもしろかったです。紹介されているお菓子の名前やクッキーのレシピはちょっとむずかしいかな。字も小さいので高学年向けの方がよかったのではないでしょうか。

レジーナ:はじめ、主人公は学習障がいなのかと思いました。

プルメリア:こういう子はいます。なんとなくぎこちない子たちは実際にいます。

メリーさん:自分の好きなことで読み書きや算数を自然に学んでいくというところはいいなと思いました。それから、ミルフィーユが千枚の紙という意味だとか、ババロワが地名だというような豆知識。訳文も一生懸命だじゃれを日本語にしているということがわかって面白かったです。ただ、こういうことは子どもが全部ひとりでできるのかなと思いました。母親が全く出てこなくて、電話でおじいちゃんのアドバイス、というのはリアリティーがないような。中学生のギャングたちをコショウで撃退するところも同じです。正反対の性格を持つ友だちのミシューとシャルロットも、どうして主人公と仲良くなったのか、書き込んでもらえるともっとよかったと思いました。

レジーナ:あまりにも簡単に、問題が解決していきます。子どもの時、通信教育の勧誘のパンフレットに、「何かのきっかけで急に勉強ができるようになる」という内容の漫画がよく載っていたのを思い出します。訳文が少しぎこちなく、「〜」を多用しているのも気になります。かわいらしいイラストは、子どもは好きなのかもしれませんが、お菓子が、もう少しおいしそうに見えればよかったです。

アカザ:チョコチップクッキーが肉団子みたい。

レジーナ:タイトルを直訳すると「お菓子の学校」ですが、なぜ、あえて「お菓子な学校」としたのでしょうか。「おかしい」「面白い」という意味をこめたかったのかもしれませんが、それも不自然ですし……。

アカザ:するすると楽しく読めて、訳者も一所懸命、原文に取りくんでいるなと思いました。数多いだじゃれの訳など、ご苦労様といいたいくらいです。ただ、ファンタジーだと翻訳物でも自分の世界とまったく違ったものとして読みますが、こういう日常生活を扱ったものは小学生には理解するのが難しいだろうなと思いました。台所の道具のひとつひとつ、お菓子の材料のあれこれも、日本とは違いますものね。対象年齢は中学年ではなく、もう少し上だと思います。これも、作者の意図が透けて見える作品で、最初にアイデアありきという感じ。読んでいるあいだじゅう、この作者は頭で書いていて、心で書いていないという感じがつきまとっていました。教訓的というか、大人の目線で書いている。子どもがどんな感想文を書くのか、読む前にわかってしまうような作品ですね。

ルパン:私は結局読めなかったんですが、今みなさんのお話を聞いていて、『ビーチャと学校友だち』を連想したんですけど……そういう話とは違うんですか?

プルメリア:「ビーチャと学校ともだち」とは、全く違うような気がします。

ハリネズミ:勉強の嫌いな子が、興味あることに夢中になるうちに、いろいろな知識を身につけていく、というストーリーは、大人には魅力的ですよね。でも、結局「勉強しなさいと言いたい」という意図が透けて見えてしまうと、どうなんでしょう? この作品は、そのぎりぎりのところでよくできているのかもしれません。5章のところで、卵の殻もくだいてクッキーに入れちゃってますが、できあがりがどうだったのか書いてないので心配です。

ajian:これも作者の意図は透けて見えるし、ひとりでオーブンまで使って危ないなとは思うけれど、読んだ子どもが、自分でもやってみたくなるんじゃないかなと思いました。子どもの頃に読んだ本で『うわさのズッコケ株式会社』(那須正幹著 ポプラ社)がとても好きだったんですが、自分で計算して利益を出してまた次の材料を買って・・・というあたりが似ているように思います。あと中学生が邪魔をしにくる場面。うまくいきかけていると邪魔が入るというのは一つのセオリーですが、上級生たちにめちゃくちゃにやられて悔しいというのは、自分にもそういうことがあったなあと。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年10月の記録)


2013年10月 テーマ:課題図書を(批判的に)読む

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『2013年10月 テーマ:課題図書を(批判的に)読む』

 

日付 2013年10月31日
参加者 アカザ、レジーナ、ハリネズミ、プルメリア、ルパン、メリーさん、ajian
テーマ 課題図書を(批判的に)読む

読んだ本:

『オムレツ屋へようこそ!』
西村友里/著 鈴木びんこ/挿絵
国土社
2012.01

版元語録:尚子はしばらくの間「オムレツ屋」でくらすことになった。伯父が家族で営む洋食屋さんだ。母さんのつごうにふりまわされる尚子にとって、あたたかな食事や家族の団らんは、はじめて味わう理想の家庭だった。ふたごの和也、敏也とも意気投合した尚子はついに、母さんに、思いきった宣言をする。
『くりぃむパン』
濱野京子/著 黒須高嶺/挿絵
くもん出版
2012.01

版元語録:父親と二人で生きてきた未果と、大家族でくらす香里。育った環境も性格も違う二人が人とのつながりの大切さに気づく物語。
『ジャコのお菓子な学校』
原題:LECOLE DES GATEAUX by Rachel Hausfater
ラッシェル・オスファテール/著 ダニエル遠藤みのり/訳 風川恭子/挿絵
文研出版
2012.12

版元語録:ジャコは、食べることが大好き。ある日、図書館でお菓子の作り方のページを見つけて書き写した。初めて焼いたクッキーは最高! お菓子を作るたびに、算数も長い文章もニガテじゃなくなってきた。ところが、クラスの友だちとお菓子屋さんを始めたら、らんぼうな中学生たちがやってきて…

(さらに…)

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鉄のしぶきがはねる

『鉄のしぶきがはねる』
まはら三桃/著
講談社
2011

プルメリア:表紙もよく軽くて良い感触でしたが、読み始めたら金属音が気になってなかなか読みすすめられませんでした。知らない職種なので仕事内容がわかりにくく理解が進みませんでした。わからないなりに読んでいって、中頃になってようやく自分なりの解釈で読めるようになってきて、工業学校の様子もわかり、登場人物も少ないのですがひとりひとりのキャラもわかってきて家族の思いやりも伝わり、最後はコンクールへ向けての熱意も伝わって来て、応援したい気持ちになりました。高校生のときめきもよくわかるし、工業系の話って今までなかったと思うのでお薦めしたいです。これが工業系のお話の第一作になっていくのかなと思いました。

トム:「鉄のしぶきがはねる」というタイトルは、象徴的な感じがしました。ページを開く前、私は板金のこともなにもわからないので、飛沫が跳ねるということからもっと文学的なイメージを広げていたかもしれません。先入観でタイトルに勝手な思い込みを重ねました。考えてみれば赤く燃える鉄鋼炉で鉄が湯のように滾っている映像を見たことを思い出します。内容は工業高校での学びがかなりリアルに語られて、鉄が水のように跳ねる事実からも工業世界の一端をみる気持ちです。若い人がもくもくと何かを作ることに没頭する姿はすがすがしく感じました。それぞれの葛藤や背景はありますが。

アカシア:工業系でも、旋盤は地味だからかあまり児童文学にはとりあげられませんよね。

プルメリア:ロボットや飛行機だったら目立つけど。

トム:技術は一代限りでないこともさりげなく語られています。それから、貧しいなかでノートを盗んでしまう若者。人間の弱さ、弱さを生んでしまうものは何なのか読者の若い人たちはどう感じているでしょうか。時代の背景とか、そのことが他者の人生を狂わせ自分も生涯苦しみを抱えて生きることになる・・・と、若者も大人も一緒に想像力ひろげて考えられたらと思いますが。かなり重いテーマが挟まっていると思いました。

アカシア:ゲームセンターって今もあるんですか?

プルメリア:ありますよ。

トム:登場人物のなかで、大人たちはかなりステレオタイプに描かれているように感じました。若者たちはそれぞれいい味。亀井君、吉田君もそれぞれに色々な出来事を超えて自分の道を歩きだす様子がさわやかに描かれています。どこかで会えるような気がする若者たちです。原口くんは、卒業後インドに旅立つという意外な展開で少し唐突な気がしました。日本の技術とアジア・インドの状況などもう少し具体的に、例えば原口君を突き動かした出来事など描かれていたら彼の情熱がリアルに伝わって原口君に自分を重ねる人がでるかも・・・。最後に「待ってろ」なんて、何だかカッコヨク古風なことを言うのは、突如物語のテーマのハンドルが別のルートにきられた気もしましたが。

ルパン:説明調の文章が多くて、読むのがたいへんでした。レアな世界を紹介したい、という作者の意図が透けて見えるし…。バイトとか旋盤とか、工業用語がたくさん出てくるのですが絵で浮かんでこないから、その分お話に入り込めませんでした。そういうものを文章で表現するのが目的だったとは思うのですが。ふつうに手に取っただけだったら、たぶん途中で放り出したと思うんですが、今日の会の課題だったのでがまんして読み続けたら、そのうち最後のほうでおもしろくなってきました。もっとストーリー中心で描けばよかったんだと思います。工業高校の女の子って、とても魅力的な設定だし。旋盤作りの説明がこんなに前に出ずに、物語の背景として自然に組み込まれていたらなあ、と思いました。全体的にはやはり工業高校の世界のレポートを読まされている感がぬぐえませんでした。さいごに原口君とふたりでインドのかたちを作るジョークを交わすシーンなんかはすごくいいですね。こういうのばっかりだったらよかったな。

レジーナ: 聞きなれない言葉が多く、はじめは少し入りづらかったです。「ものづくり」という、人と少し違うことに魅せられた少女が、おばあちゃんや、人に裏切られても、それでもまた信じようとする原口など、温かな家族・友人の中で成長していく話は、まはらさんらしいですね。「ものづくりは楽しいから、なくなることはない」と原口に言われた心(しん)が、自転車のグリップを握った瞬間、鉄を切った時の感触を思い出す場面では、手の感覚で、はっと何かに気づく様子がよく伝わってきました。コツコツ努力し、硬い鉄の中から形を取り出すというのは、どこか人生にも重なるようです。主人公は、ものづくりとパソコンをよく比べていますが、この部分は必要だったのでしょうか。比較が作品の中で効果的に使われているようにも感じられなかったので……。

ajian:p11の「コンピューター制御」というのは、具体的にはプログラミングのことなのでしょうか。それがどういう状態をさすのかが、今ひとつわからなくて。「コンピューターをやっている」という表現も出てきますが、具体的でないのが、ちょっと気になってしまいました。コンピュータといっても、できること、やれることは千差万別なので、たんに「コンピューターをやる」という表現は、ちょっと大雑把かなと思います。パソコンが好きな子どもが読むと「あれ?」っと思ってしまうかも。

クプクプ:バランスよく書けた本だなと思いました。読後感がよくて、それはたぶん、ジェンダーを越えて道を究めていく話だから。もちろん、女は得だな、という偏見を持つ先生も出てきますが・・・。恋愛だけで終わらない、気持ちよさのある話だなって、素直に思いました。「心出し」とか知らない言葉がいっぱい出てきて、言葉は専門的で独特だけれど、日本語の豊かな世界に出会えました。主人公の鉄を削って形を求める姿が、作家さんが対象を描写するために文体を求め、削っていく様子と呼応していておもしろかった。

ajian:同じ話のくりかえしですみません。p39の「コンピューターに戻れるだろう」も、ちょっと引っかかってしまいました。彼女が「コンピューター」で何をやりたいのか/やっているのか、が今ひとつ伝わってこないです。プログラミングならプログラミングで、何かを学び、身につけるということは、本来世界の捉え方から変わってくるようなことだと思います。欲をいうなら、既に「コンピュータをやっている」彼女が、旋盤に出会うことで、さらにどう変わるのか、それが書かれているともっとよかった。それがなくて、たんに「手作り」の対比として「コンピューター」を置いているだけなら、ちょっと浅い気も。

アカシア:コンピュータ技術を学びたいと思い、手仕事を古くさいと思っていた主人公の心が、機械ではできないものがあると気づいていく過程がうまく描かれていました。工業高校の旋盤技術という、地味であまり注目されないところに焦点をあて、そうした技術をとても魅力的に描き出しているのもすてきです。触覚とか視覚とか、作ったものが浮かび上がるような表現をしようとしていますね。私にはまったく未知の分野ですが、すごいものができていくのがわかります。音とか、金属音もリアルに感じられたし。私は都会で生まれ育って、まわりに工業関係の施設もなかったので、工業高校は勉強が好きではない子が行く学校なんじゃないかって、誤解してました。この作品を読んで、工業高校の魅力がよくわかりました。心と原口の将来を暗示するようなストーリー展開はありきたりになりがちですけど、心も原口も旋盤に魅入られているという側面があるので、ただのありきたりにはなってない。絵や説明はあえて入れずに、勝負しているのもすがすがしいです。わからない部分があっても十分魅力が伝わってきますもの。北九州弁で会話が進んでいくのもおもしろかったな。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年9月の記録)


パンとバラ

『パンとバラ』
キャサリン・パターソン/著 岡本浜江/訳
偕成社
2012

ajian:これはおもしろかったですね。まず「パンとバラ」って、なんてキャッチーなコピーだろうと思って。ストライキの渦中にある人々が、自分たちのほしいものをアピールしようと集まって、英語も充分にできないのに、この言葉を生みだしていく、そのくだりはちょっと泣けてしまいました。後半、ジェイクとローザがバーモント州に行ってからは、ジェイクの嘘がばれるかばれないかという展開が始まるのですが、この辺りは、それより二人が元からいた町はどうなってるんだと気になってしまいました。あとがきを読むと、二人が避難した先がどうしてこの石工の町である必要があったのか、わかるんですが。ちょっと前に、ニューヨークのウォール街で、99%のデモをやっていて。この物語の背景になっている時代より、今ははるかに事態が複雑になっていると思います。企業は巨大化し、多国籍化し、経営者と労働者の格差もますます拡大していて。だから、この物語は、古い時代の物語でありながら、いま読んでも響くものが多い気がしました。あとは、子どもの目線でずっと書かれていて、何が起きているかが、ちょっとずつわかってくるんですよね。それが、ちょうど事態の目撃者の役割を果たしていて、うまいなと思いました。

クプクプ:全然違う世界じゃないですか。別の町の大人たちが、他の町で起きているストライキに共感して、ストが終わるまで自分の町に、食うに困っている子どもたちを引き取って面倒を見るなんて。江戸時代には、迷いこんできた子どもを町の子どもとして育てる制度はあったと聞いていますが、今の日本では考えられない世界ですよね。母親たちも、教会やまわりのサポートがあるからこそ、ストを続けていけるわけです。子どもは社会のものだっていうのは、キリスト教社会の発想なんでしょう。

アカシア:パターソンも宣教師の家庭ですしね。

クプクプ:人間はこんなふうにも生きられるんだなって思いました。みんな、ぎりぎりで生きているけど、人と人との関わりが深い。ジェイクも許されないことをしたのに、受け止めてもらえた。根っこにあるのは、人と人がつながることの意味…主人公たちの生きる状況は厳しいけれど、人間の関係だけを見ると羨ましいぐらい。

アカシア:でもこれって、古き良き時代の労働組合じゃないですか。今だったら、巧妙につぶされると思うし、事はこんなふうに理想的には展開しないだろうなって、私は思ってしまった。だから絵空事みたいな感じがしちゃったのね。今はありえないなって。

クプクプ:そうですね、町長の息子がダイナマイトをしかけるのも、今だったらもっと巧妙にやるかな。理想郷ではないけれど、ある意味、やっぱり理想郷の物語だと思う。そういう時代や人間関係がありえた、ということもふくめて、子どもに読んでもらいたい本です。

トム:とても熱いものが伝わる物語でした。人が不要になって捨てた物のなかで暖をとる・・・誰も見向きもしないところが安息の場ということにまず想像を超えた貧しい世界が見えてきます。働くお母さんたちが、ローザの台所に集まって、どうやって経営者達と戦おうか話しあう場面がありますが、身近な社会で起きることに、おかしいよねって言いあえる仲間があって、連帯してゆく様子がとてもよく描かれていると思いました。現実には、知らず知らずの内に操作されたり、不本意ながら長いものにまかれてしまいがちで、それがもっと大きな問題を生む種だったりすることは誰もがわかっているのですが・・・。ここでは大人も子どもも一緒になって、自分をごまかさずに生きていると感じました。また、その子どもたちや子どもを抱える家族を助けてくれる人がでてくる—かつてのアメリカにはこういう動きがあったのでしょうか。p178の証明書は、本物なのですか? ここでもう一つ印象的なのは、このお母さんの心根。貧しくても日々の暮らしが切羽つまってもちゃんと自分の子どもを見ている。だから預ける先を選ぶ判断を間違いなくしている。それによって子どもは生き延びてまた再会の時を迎えられるのですから。それに比してジェイクのお父さんは、なんでこんな悲しい死に方をしなきゃいけなかったんでしょう。

レジーナ:ローザは優等生の女の子ですが、しだいに自分の頭で考えて正しいことをしようとします。登場人物が魅力的ですね。社会主義者のジェルバーティさんや、ピューリタンの先生など、さまざまな国籍・宗教・立場の人が入り混じった社会は、日本の子どもにはなじみがないので、説明が必要かもしれませんね。パターソンの作品は、『星をまく人』(キャサリン・パターソン著 岡本浜江訳 ポプラ社)のように、人生の暗い部分を描き、救いがあまり感じられないまま終わる話もありますが、『パンとバラ』の結末は、希望がありますね。バラをイメージさせる、赤を基調とした装丁が素敵です。表紙はストライクの場面で、裏表紙に、物干しの洋服と靴が描かれているのも、労働者の生活を表しているようで、しゃれています。p57の「もともと、工場わきでスト破りの見張りなんかしたくはなかったのだ。もとはといえば、そこがみんなの興奮のもとなのだろうけど」ですが、「もと」という言葉を必要以上に繰り返しているので、翻訳を工夫してほしかったです。

アカシア:翻訳についていうと、p19に「一週間分の自分のビール代」ってあるけど、子どもが毎日ビールを飲んでた? で、その金額が「小屋の家賃をはらい、二週間分の食べ物を買える」のと同じ? ちょっとここは、わかりませんでした。p47の「父ちゃんの怒りのはげしさを見たとたん、ジェイクは走りだそうかと思った」は、逃げだそうか、ってことなのかな? p204の「けがしてないだろ?」は小さい子の言葉じゃないかもしれませんね。p208の「やわらかくて、肉が骨からとれそうなチキンの大皿もある」は、まだ見ているだけの段階なので、そこまでわかるのかなあ、と思っちゃいました。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年9月の記録)


マルセロ・イン・ザ・リアルワールド

フランシスコ・X・ストーク『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』
『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』
フランシスコ・X・ストーク/著 千葉茂樹/訳
岩波書店
2013

クプクプ:おもしろかったです。マルセロは、特別な学校に行っているけど、お父さんの会社で働くんですよね。アスペルガーだからなのか、自分なりの言葉で、自分の頭で考えて、リアルな世界に迫ろうとするそこに読者も引き込まれて、いっしょにリアルな世界ってなんなのか、見つけていくんです。彼はお父さんの不正を発見してしまうけれど、会社がつぶれるわけじゃない。マルセロの大きな魅力は、自分なりの言葉を積み上げて、一から世界を理解し、世界を創っていくところ。彼をサポートするジャスミンも魅力的な女の子ですね。ふたりとも音楽が大好きで、いつしか惹かれあっていく。ジャスミンの父親のエイモスは、息子のジェイムズが馬にけり殺されてしまったのに、その馬を自分で飼い続ける選択をしています。そんな価値観も、物語に奥行きを与えているみたい。死んだ息子といっしょに、その馬と生きる時間を受けとめていくんですよね。何が正しくて何が間違っているのか。リアルな世界は複雑だけれど、マルセロは自分の耳に「正しい音が聞こえる」こことを大切にしていく。好感の持てる作品でした。

レジーナ:発達障害を持つマルセロは、人の感情や人生には、善悪、嫉妬、本音と建前など、秩序立てることのできないものがあるのだと知っていきます。ジャスミンがマルセロに、訴訟問題にどう関わるか、自分で決めなければならないと話す場面がありますが、生きることが喪失の連続なのは、誰しも同じなんですよね。マルセロは、イステルとの出会いの中で、苦しみばかりの人生をどう生きていけばいいのかという問題にぶつかり、人生に挑もうとします。どんな人にとっても、人生というのは多かれ少なかれ生きづらいものです。この作品の魅力は、発達障害の少年の目を通して描きながらも、すべての子どものための普遍的な成長物語になっている点だと思います。宗教に強い関心を抱くマルセロは、聖書を暗記し、何度も心の中で思い返し、自分のものにしようとし、人間の矛盾を受け入れようとします。ピアノが弾けないことを、「ぼくの心のなかの配線は、ピアノを弾くのに必要なだけの電流に耐えられなかった」と言ったり、その場で思いついたことを「即興で演奏」と表現する独特の言葉づかいも、マルセロ自身も、また彼の目に映る世界も、読者を惹きつける力があります。p151でマルセロは、自分の感情を非常に論理的に分析していますが、アスペルガー症候群の人は、これほど段階を追って考えるものなのでしょうか。またp160に「ウェンデルはどうやって、ぼくの心のなかを知ったのだろう?」とありますが、アスペルガーの人は、人の感情を読み取るのが困難なだけで、感情というものが存在することはマルセロも知っているはずなので、この台詞は不自然ではないでしょうか。

アカシア:本当にリアルな世界とはなんなのか、ということを考えさせられました。お父さんがリアルだと思っている世界は、実はリアルではないのかもしれないと思ったんです。そして著者もそう言いたいのではないかな、と。逆にこの作品では、マルセロの視点から見た周囲の世界がとてもリアルに書かれています。著者が障碍者の施設で働いたことがあり、自閉症の甥をもつことから、つくり話ではなく登場人物にリアリティがある作品になっていると思いました。もちろん、こうなるといいな、という理想も書かれてはいると思いますけど。読者もマルセロに寄り添って物語の世界を歩いていくことができるし、ちょっと臭い台詞も、マルセロが言っていればそう思わないで素直に受け取れる。発達障碍をもった人を主人公にした本だと『夜中に犬に起きた奇妙な事件』(マーク・ハッドン著 小尾芙佐訳 早川書房)がおもしろかったし、目を開かれた気持ちになったんですけど、この本はまた趣が違っておもしろい。本文では「リアルな世界」となっていますが、書名は「リアル・ワールド」なんですね。一つ気になったのは、マルセロは定期的に脳をスキャンされてますけど、どういう方法でなんでしょうか? 普通のCTスキャンだと健康に害がありますよね。

ajian:第3章での父との会話。マルセロの父親は息子のためを思って、法律事務所で働くようにいうわけですが、マルセロにはそれが通じず、かえってストレスに思う。このすれちがう感じは、すごくよくわかる気がして、この辺りからぐっと引きこまれましたね。ラビとの会話は、最初原書で読んだときはちょっと難しくて、読むのに苦労したのですけど、翻訳で読んでみてかなりクリアになって、よかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年9月の記録)


2013年09月 テーマ:未来へ向かう力

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『2013年09月 テーマ:未来へ向かう力』
日付 2013年9月26日
参加者 プルメリア、トム、アカシア、ルパン、ajian、クプクプ
テーマ 未来へ向かう力

読んだ本:

『鉄のしぶきがはねる』
まはら三桃/著
講談社
2011

版元語録:工業高校機械科「旋盤」女子、鉄の塊に挑む手作業よりもコンピューターを信じていた女子高生が、鉄との格闘を通して職人技の極みに魅せられていく。機械油と鉄のとがった匂いにまみれた「旋盤」青春物語
『パンとバラ』
原題:BREAD AND ROSES, TOO by Katherine Paterson, 2011
キャサリン・パターソン/著 岡本浜江/訳
偕成社
2012

版元語録:一九一二年冬、アメリカ東部ローレンスの町で、移民労働者たちのストライキがおこった。その混乱のさなか、互いに名も知らなかったイタリア移民の娘ローザ と、貧しい少年ジェイクの人生が交差する。現代アメリカ史に残る出来事を背景に、家族の思いやりや助け合う人々の姿をあたたかく描いた長編小説
フランシスコ・X・ストーク『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』
『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』
原題:MARCELO IN THE REAL WORLD by Francisco X. Stork, 1998
フランシスコ・X・ストーク/著 千葉茂樹/訳
岩波書店
2013

版元語録:マルセロは発達障害をもつ17歳。「リアルな世界」を経験してほしいという父親の望みに応え、ひと夏を、彼の法律事務所で働くことに。新しい出会いに仕事 に戸惑いながらも、試練の毎日を乗りこえていくが、一枚の写真から、事務所の秘密を知ってしまい…。だれもが経験する不安や成長を、発達障害をもつ少年の 内面からえがく、さわやかな青春小説。

(さらに…)

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怪物はささやく

パトリック・ネス&シヴォーン・ダウド『怪物はささやく』
『怪物はささやく』
パトリック・ネス /作, ジム・ケイ/絵 シヴォーン・ダウド/原作, 池田 真紀子/訳
あすなろ書房
2011.11

レジーナ:私はこの作品を、翻訳される前に読みました。原書を読むときは、距離をとって冷静に読むことが多いんですが、この作品は違いました。コナーが、不条理な現実に怒っているがゆえに素直になれないことを、「ちゃんとわかっているし、それでいい」と、母親が語る場面など……。電車の中で読みながら、涙が止まりませんでした。圧倒的な力を前に、どうすることもできない深い無力感や、行き場のない憤り、声にならない叫びが、漆黒の深遠で待ち受ける正体不明の怪物との対峙に表わされています。一方、話をするようせまる怪物は善悪を超えた存在です。大きな問いをぶつけ、私たちを根底から揺るがすんですね。そして受け入れまいと抗う中で、怪物は突然、コナーを外側から脅かすものではなく、内側から支えるものに変容します。「12:07」を待つ耐えがたい苦しみのときこそ、最後の恵みのときであり、愛する人がのこすことのできる全てなのだと感じさせます。そのことに、人間はそれぞれの「12:07」を繰り返すことでしか気づけませんが、この物語は、目をそらすことなく勇気をもって、その真実を描いた力強い作品です。人生に対する作者の誠実な向き合い方を感じますね。善と悪、弱さと力強さ、正義と過ち、人間は多面的な存在ですが、それでも怪物が人間に注ぐまなざしは率直で曇りなく、厳しくも温かく、人間に対する作者の信頼そのものだといえます。物語というのは、火を囲んでいた太古の昔からあるもので、そこには真実が含まれているんですね。コナーは怪物に自分の物語を語り、「早く終わってほしい」という本当の気持ちを話すことで、目に見える現実の奥にある真実を知り、自分の物語を生きる、いわば本当の人生を生きはじめます。p40の「わたしが何を求めているかではない。おまえがわたしに何を求めているかだ。」という台詞からは、怪物とは、人間が自ら働きかけてはじめてこたえる存在であることがわかります。p44の「飼いならされない」というのもそうですが、ナルニアのアスランを思い出しますね。冒頭の「その過ちをいますぐ修正することをおすすめする」という翻訳は、少し不自然に感じました。

クプクプ:挿絵と構成に工夫が凝らしてあり、気迫のこもった本だと、まず感じました。挿絵も、集中して見るうちに見えてくるものがあり、物語創りの一端を担っています。母さんの死を前にした少年コナーが、その不安を受け止めきれず、怪物を呼び出してしまう。かならず12時7分に登場する怪物は、「私はこれから三つ物語を語るが、四つ目はおまえが真実を語るのだ」といい、それが物語の外枠を作り上げています。この少年の真実とは、心の中の秘密とは、一体なんなのだろう、と好奇心を強くそそられました。怪物の語る二つの物語の中では、正義だと思えたことが結末でひっくりかえる。タイプは違う本だけれど『これからの「正義」の話をしよう』(マイケル・サンデル著 鬼澤忍訳 早川書房)を思い出しました。意外な結末のほうが、「えっ、こんなのあり? なぜっ」て、読者に考えさせる力が大きく働くのかもしれませんね。そして二つ目の物語のあと、怪物はコナーの現実の中で破壊を行い、三つ目の透明人間の物語では、結末が出る前に怪物がコナーに絡むハリーを殴り飛ばす展開となる。それはすなわちコナー自身の衝動的な暴力を意味していて、ここで、物語そのものが壊れて現実の行動に取ってかわられる。ほんとに上手い作家です。「12時7分」の持つ意味も、最後に符号がぴたっと合うようにできている。ただ、コナーの隠していた真実が、私の予想通りだったことが、残念といえば残念だったかな。異形の者が登場する点、家族の死と生がテーマになっている点で『肩甲骨は翼のなごり』(デイヴィッド・アーモンド著 山田順子訳 東京創元社)に通じるものも感じたけれど、料理の仕方が違いますね。暴力も破壊も描き、人間の心の暗闇、ダークな面にまで踏み込んでいているけれど、葛藤を越えて母さんの死の瞬間を受け入れるまでを、ものすごく丁寧にすくいとっています。めったに無い作品で、感動しました。タイムファンタジー的な部分、時空を越えた物語のスケールの大きさも楽しみました。

夏子:これと『ふたつの月の物語』(富安陽子作 講談社)を2冊続けて読めたということが、よかったです。共通点と違いが見えて、両方の本への理解が深まったという気がします。『怪物は〜』は圧倒的におもしろくて、めったに出会えない傑作だと感じました。最初はやや読みにくかったな。「怪物」というのはつまり少年コナーが感じている恐怖や孤独が樹木の形をとっているのだろう、とつい思って読んでいました。こういう普通に心理的な読み方は、つまんないですよね(と反省)。それにしても3つの物語はストンと心に落ちるものがない、ヘンだなあと読み進んでいくうちにクライマックスへ。コナーは厳しい状況のなかで、疲れています。過大な負担から逃げたい、つまり「早く死んでほしい」という気持ちが心の奥にあって、それが自分で許せない。クライマックスは、私には衝撃的でした。クプクプさんは、コナーが隠していた真実が予想どおりだったと言っておられたけれど、私は予想していなかったのです(笑)。自分で自分が許せない気持ちを持つことがあること、でもその気持ちは心の全てではないわけで、つまり心は多面体なんですよね。この事実が圧倒的な力で迫ってくると同時に、多面体であることを知って、読者も深く慰撫される。子どもたちにぜひ読んでもらいたい本です。ところでこの本は、イラストがたくさん入っています。イラスト入りの小説というのは、斬新な試みですよね。文章はどんどん先を読みたくなりますが、絵はゆっくり見たいという気持ちを起こさせます。つまりイラストのおかげで、本のページをめくる速度が落ちるので、読みに独特なリズムが生まれていると思います。ただ文を縦書きにしたために、絵が裏焼きになっているんですよね。裏焼きになったがために、原書と印象が違っているものもあるように思いますが、皆さん、いかがですか?

ルパン:衝撃的な作品ですね。でも、最終的には、コナーの心の葛藤って、「早く死んでほしい」っていうことだけじゃないって思いました。後ろめたさを感じてるのは確かだけど、「終わってほしい」ということと「お母さんに死んでほしい」っていうことはイコールではないと思います。「行っちゃ嫌だ」ってストレートに言いたくても言えなかったのが、葛藤だったんじゃないでしょうか。「死んじゃだめ」って面と向かって言えない。そっちの方がつらいんじゃないかなって。すべてつらい状況ですね。やっぱり「ぼくを遺して死なないで」って言うのが、この子の本当の気持ちなんだと思います。大人が老人を見送るのとは違うので。母の死と向き合わなければならない子どもの悲しみをリアルに壮大に描いた作品だと思います。

アカシア:怪物は、意識下にあるものが夢として現れるんでしょうね。ある意味、少年が自分でつくりあげているわけなんでしょうけど、主人公の心の中にそういうものが登場する穴があいてるんですね。母と離婚した父親にはまったく理解されず、学校ではいじめられ、面倒を見てくれる祖母のことは好きになれない・・・この少年が、これ以上ないほどの孤独を感じているのがわかります。この絵がなくて文章だけだとまたずいぶんと違った印象になるでしょうね。その絵まで含めて、大した作品です。無意識から立ち現れた怪物ですが、受け入れるところから少年の心も少しずつ解放されていく。他の作家が書き残したアイデアから、ネスはどんなふうにこの物語を紡いでいったのでしょうね。それを知りたいです。

「子どもの本で言いたい放題」2013年7月の記録)


ふたつの月の物語

『ふたつの月の物語』
富安陽子/作
講談社
2012.10

夏子:力のある作品だな、と楽しく読んでいたのですが、最後で拍子抜けしてしまいました。おもしろかったのは、ふたりの性格の違う女の子がビビッドに描写されている前半です。里親に返されてしまい養護施設で育って、心を閉ざした美月と、愛されて育った月明(あかり)。美月がどうやって心を開いていくのかと、期待しました。しかし後半は、事件の謎解きが中心となります。孫を亡くして悲しんでいる津田さんというおばあさんの後悔の気持ちには、充分に共感を寄せることができます。とはいえ『怪物』の感想でも言ったとおり、後悔は、人間の心の一部ではないでしょうか。魂を呼び寄せる儀式をするあたりから、津田さんの後悔が身勝手に思えるようになってしまいました。心を閉ざした子どもが置き去りにされて、津田さんの物語になってしまったようで、そこが不満でした。とはいっても、独特の民俗的な雰囲気のなかで繰りひろげられるサスペンスは、酒井駒子さんのイラストの魅力もあって、楽しかったです。

レジーナ:活動的な月明とおとなしい美月という対照的な双子には特別な力が備わっていて、出自には秘密がある。こういう設定のファンタジーは陳腐になりがちですが、この作品は、最後まで読者をぐいぐい引っぱっていきますね。情景が目に浮かぶように描かれているからでしょうか。サスペンスの要素もあります。取り乱してわめく江島さんの姿は常軌を逸し、山んばのようにおそろしくて、先へ先へと読んでしまいました。結末はひっかかりました。愛する人を失って、それでも生きねばならないのが人生ですし、児童文学もそうした視点で書かれるべきものだとすれば、つらいのはわかりますが、津田さんの選択が「逃げ」のように感じられて……。

クプクプ:美月と月明のふたりを主人公とする世界に、すぐに引き込まれました。孤児院に誰かがやってきて、条件付きで子どもを引き取るという設定や、外界から離れた山荘を舞台にした設定はよく見かけますが、富安さんはお話作りがとにかく巧い! 美月には、人にはわからないにおいを感じ取る不思議な力があって、月明にお調子者のポップコーンのにおいを感じたり、津田さんには悲しみのにおいとして、梅雨のころの雨上がりの地面のにおいを感じたり。そういうディテールの部分で、何度もはっとさせられました。そんな数々の工夫が、全体を豊かにしていますね。また月明は、危ないところまで行くと、別の場所に飛んでしまう力があるんです……。でも自分たちが引き取られた本当の理由を調べていたふたりは、津田さんの悲しみの原因を見つけ、そちらの物語のほうがだんだん大きくなっていく。愛しい孫を死なせてしまった津田さんが、よみがえりのために夜神神社の真神の力を借りようとするんですが、ふたりの祖父も息子を蘇らせようと真神の力を借りていて、ここで話が響きあい、重なりあう。そのあたりが見事ですねえ。津田さんの儀式のなかで、美月と月明はただ石の笛を吹くだけ、というのは、少し物足りない気がしましたが。ふたりのお母さんで、真神の贄となった小夜香がどんな結婚生活を送ったのか、書かれていない部分も知りたいです!

アカシア:おもしろかったです。夏子さんは、美月を「里親に返されてしまい養護施設で育って、心を閉ざした」っておっしゃったけど、そう心を閉ざしているわけではないでしょう? 最初からずっと謎があって、それで読者をひっぱっていくのは、うまいですね。生き返るということについての安易ではない扱い方もいいし、どんでん返しもあって、読者を飽きさせません。私は、美月と月明がふたごだっていうところで、ちょっととまどいました。ふたごである必要があったのかな? それから最後に、景山の目が青く光るという描写があります。とすると、景山は、この子たちのお父さんなんでしょうか? 読み終わってもまだ謎が残って考えてしまうところが、またすごいです。

クプクプ:なにをテーマにしたかったんでしょうね。

アカシア:生と死じゃないでしょうか。

クプクプ:取りもどせない時間かな。

夏子:津田さんを描きこんでしまうと、女の一生になってしまって、すごく重いものになりますよね。わたしはやはり、ふたりの少女を描きたかったんじゃないか、と思います。ただそれがちょっと中途半端に終わった印象です。でも、あの、『怪物はささやく』の迫力とつい比べてしまって、申しわけない。こちらはこちらで充分おもしろく読めるのですが……

アカシア:石笛は、縄文の昔から神事などに使われているんですね。

プルメリア:次の展開が見えてくる部分がたくさんありますが、わかっていてもなぜか読ませる作品でした。二人にはなにかあるって予想を持ちながら、読んだのがおもしろかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年7月の記録)


サースキの笛がきこえる

エロイーズ・マッグロウ『サースキの笛がきこえる』
『サースキの笛がきこえる』
エロイーズ・マッグロウ/作 斎藤 倫子/訳 丹地 陽子/絵
偕成社
2012.06

ルパン:最後まで読んでいないんですけど、今までのところで一番気になっているのは、取り替えられて妖精の国に行かされた子はどうなったんだろう、っていうことです。

夏子:そこは、読めばわかるようになっていますよ。アメリカで出版されたのが1996年で、確かニューベリー賞候補になったんですよね。そのころ英語で読みました。でも今回翻訳で読んだ方が、印象がよかったです。まわりから浮き上がってしまう子どもは、今のほうがリアリティがあるのかもしれない。翻訳がだいぶおくれて出版されたおかげで、タイムリーになったところがあるかもしれませんね。

レジーナ:自由な魂を持ち、人間の世界になじめない妖精のサースキは、自分をもてあましているようで、すぐにかんしゃくをおこし、自分でもどうしていいのかわからないんですね。この作品では、荒れ地という土地に力があり、精霊が住んでいて、トポスともいうべき特別な場所です。そうした荒れ地と強く結びついているサースキの、心の奥底に押し込められた不安や孤独が、丁寧に描かれています。この作品の魅力のひとつは、サースキという人物像にあるのではないでしょうか。クモの巣のプレゼントに、けげんそうな顔をした母親に対し、「おばあちゃんにあげる」ととっさに言うサースキは、機転が利き、とても魅力的な女の子です。アンワラもヤノも、とまどいながらもサースキを愛し、バグパイプをもたせてくれます。妖精のサースキには、本来は感情がないはずですが、両親の気持ちにこたえ、恩がえしをしようとするんですね。そのように考えると、これはアイデンティティをテーマにした作品であると同時に、母と子の物語でもあるのではないでしょうか。感情がなく、享楽的な妖精と対比することで、人を愛したり憎んだり、さまざまな側面をあわせもつ人間の複雑さが浮き彫りになっているように感じました。ところで、デビルという名のヤギがでてくるのが不思議でした。悪魔とヤギが結びつくのはわかりますが、自分のヤギにデビルという名前をつけるものでしょうか。

クプクプ:お父さんはお父さんなりに、お母さんはお母さんなりに、サースキのことを愛していて、例えばバグパイプを持たせてくれるところにその愛情を感じました。サースキは、みんなの役に立ちたいと願い、例えばおばあちゃんのために薬草を摘む。お父さんのためには移動するミツバチを必死で追いかける。さまざな薬草に名前があり、薬効があり、ミツバチにはミツバチの生態があり、自然と共に生きる、こんな暮らしもいいなって感じます。異端として生まれた子が、自分の場所をどうやって見つけていくかというテーマとあいまって、時代を超えた作品になっているって思いました。派手ではないけれど、また読む力のない子はお話に入っていくのに時間がかかるかもしれないけれど、読みはじめたら、絶対にいい作品だと感じてくれるはず。

アカシア:いい作品です。まずはなにより、半分人間で半分妖精という存在を、人間の社会の中で描くのは難しいと思うんですけど、この作品では説得力のある描写になっていますね。物語世界にきちんとしたリアリティがある。妖精の世界に行ってしまったお父さんも、その心情がわかるし、「取り替え子だ」と言っているおばあさんのベスも、最後にはサースキに愛情を注いでいる。自然とともに生きているようなタムが、外見にとらわれずにサースキに理解を示すのもいいですね。ベスは最初から勘づいているんですけど、だんだんに確信をもっていく過程、そしてそれにもかかわらずいとしさを感じるようになる過程も、うまく書かれています。音楽の楽しさについても、読者にうまく伝わってきます。今は自分の居場所がないと感じている子どもがかなりいると思うので、そういう子たちの手に渡って読んでもらえるといいな。

夏子:物語世界が美しく構成されていて、作者の力を感じました。そういえば今回読んだ3冊には、どれもおばあさんがでてきて、存在感がありますよね。児童書には魅力的なおばあさんがつきものですが、また3人も増えた!

クプクプ:奇をてらわず、描写がきちんとして、人物像がきわだっていて。力のある作品ですね。

夏子:人間の世界で育った子どもだから妖精の世界には戻れないだろうなあ、と心配していましたが(笑)、放浪の民になる終わり方は、文句のつけようのない素晴らしいエンディングでした。

プルメリア:すっきりした感じで透明感のある作品だなって思いました。挿絵がよかったです。今回の3冊の中では、私は『怪物がささやく』が一番おもしろかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年7月の記録)


2013年07月 テーマ:謎と不安

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『2013年07月 テーマ:謎と不安』
日付 2013年7月18日
参加者 ルパン、夏子、クプクプ、レジーナ、プルメリア、アカシア
テーマ 謎と不安

読んだ本:

パトリック・ネス&シヴォーン・ダウド『怪物はささやく』
『怪物はささやく』
原題:A MONSTER CALLS by Patrick Ness, 1995
パトリック・ネス /作, ジム・ケイ/絵 シヴォーン・ダウド/原作, 池田 真紀子/訳
あすなろ書房
2011.11

版元語録:ある夜、怪物が少年とその母親の住む家に現われた—それはイチイの木の姿をしていた。「わたしが三つの物語を語り終えたら、今度はおまえが四つめの物語をわたしに話すのだ。おまえはかならず話す…そのためにこのわたしを呼んだのだから」嘘と真実を同時に信じた少年は、なぜ怪物に物語を話さなければならなかったのか…。
『ふたつの月の物語』
富安陽子/作
講談社
2012.10

版元語録:養護施設で育った美月と、育ての親を亡くしたばかりの月明は、中学二年生の夏休み、津田節子という富豪の別荘に、養子候補として招かれる。悲しみのにおいに満ちた別荘で、ふたりは手を取りあい、津田節子の思惑を探っていく。十四年前、ダムの底に沈んだ村、その村で行われていた魂呼びの神事、そして大口真神の存在。さまざまな謎を追ううちに、ふたりは、思いもかけない出生の秘密にたどりつく…。
エロイーズ・マッグロウ『サースキの笛がきこえる』
『サースキの笛がきこえる』
原題:THE MOORCHILD by Eloise McGraw, 1996
エロイーズ・マッグロウ/作 斎藤 倫子/訳 丹地 陽子/絵
偕成社
2012.06

版元語録:妖精の世界を追放され、人の子として育つサースキ。皆と違う自分に苦しむが、やがて自分の道をみつけていく、成長の物語。

(さらに…)

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シーラカンスとぼくらの冒険

『シーラカンスとぼくらの冒険』
歌代 朔/作 町田尚子/挿絵
あかね書房
2011.09

プルメリア:シーラカンスの登場という作品の設定に惹きつけられました。また、挿絵がいいなって思いました。内気でおとなしい少年の心情に寄り添いながら、話が自然に展開していく。シーラカンスのしぐさがかわいかったです。海底トンネルで上を見上げる場面「世界は限りなく広がっている」ようでいいなと思いました。また、終末に、子どもの未来像がでていたところがよかったです。

レジーナ:シーラカンスが地下鉄に住んでいるのに、だれも気にとめず生活しているという設定にリアリティがなく、違和感をおぼえました。研究所から救出したシーラカンスを自転車のかごに入れて、追っ手の大人から逃げる場面は、映画の「E・T・」そのままですね。

ルパン:出だしは村上春樹っぽいテイストでしたが…。語り手の子どもが妙におとなびていて、小学生だということがしばらくぴんときませんでした。地下鉄にシーラカンスがいる、という設定はユニークだと思ったんですけどね…物語が進むにつれてどんどんつまらなくなってしまって残念でした。

ハリネズミ:最初の部分は、おもしろくて何だろうと引きつける力がありますね。でも、だんだんストーリーに無理が出てきて、残念ながらその力が弱まってしまう。たとえば、保護区といっていながら地下鉄を通しちゃってるし、シーラカンスは銘板があるくらいだから知っている人は知っているのに、これまでは研究する人がいないという設定にも引っかかる。それからファンタジーといっても、この物語の中では現実界とまったく切り離された法則が働いちゃってますよね。シーラカンスが日本語を流暢に話すとか、宇宙空間に飛び出していくというのは、身体構造上無理だと思うんですね。「宇宙に行くには、空を、真上に向かって突きぬけるように飛んでいけばいい」(p108)ってあるけど、子どもだってシャトル打ち上げのシーンなんかをテレビで見てるわけだから、信じろって言っても無理だと思うんです。単体で何億年と生きているとか、プラネタリウムの映像にシーラカンスの若いときの姿が映るのも、どうなんでしょう? これがシーラカンスでなくて謎の生物だったり、舞台が異世界だったりすれば、あまり違和感を感じなかったかもしれませんが。その物語世界の中での決まり事をもう少しきちんと作ってくれるとよかったなあ。

ルパン:「お約束通り」ってわりときらいじゃないんですけどね。おもしろければ。でも、これは残念ながら「お約束」というより「ありきたり」だったかな。最初が良かっただけに、もったいないですね。

ハリネズミ:というより、「お約束」の世界がきちんとできていないのが残念。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年6月の記録)


12分の1の冒険

『12分の1の冒険』
マリアン マローン/作 橋本 恵/訳 佐竹美保/挿絵
ほるぷ出版
2010

プルメリア:図書館で見つけてタイトルがおもしろかったのですぐ読みました。学級の子ども(小学校5年生)にすすめましたが、なかなか読めないようでした。ちょっと読みにくい部分があるのかなって思いました。2冊とも私が読んでから少し時間がたっているのであまりよく覚えていない部分がありますが、鍵がキーワード、体が小さくなること、その時代の社会・生活様式がわかること、トマスが発明家になることなどがおもしろかったです。また、おばあさんの設定が謎めいていました。2巻は、残念ながら1巻に比べて出来事や人物などあまり心に残っていません。

ルパン:翻訳が読みにくかったですね。読みごこちの悪さを感じながら、最後までいってしまいました。ルーマー・ゴッデンの『人形の家』が好きだったから期待したんですけど、これは全然ちがいましたね。正直、おもしろくなかったです。続編もいっしょに借りたんですけど、結局読みませんでした。

ハリネズミ:これも、ずいぶんとご都合主義的なストーリーのつくり方ですね。最初にミニチュアルームの裏に入るときには、たまたまドアがちゃんと閉まっていなかったのだし、2度目に入るときも、たまたまベビーカーの子どもが鼻血を出して警備員がその場を外してしまう。また夜になると美術館の照明は消えるのにミニチュアルームだけはついてるんですよね。p324では、警備員が錠に鍵を差し込んでロックされてるかどうか調べてるみたいですが(誤訳でなければ)、普通はそんなことしないですよね。それから、この子たちがミニチュアルームにあった鍵や本を勝手に持ってきてしまったり、ミスター・ベルの鍵をひそかに持ち出したりするんですけど、あまり気分はよくないですね、目的のためには手段を選ばず、っていうところが。それと、タイムスリップして出会う人たちの個性が立ち上がってこない。ぼんやりとした印象しか持てません。ゴキブリが声を上げるのも、どうなんでしょう。
翻訳もいくつか引っかかるところがありました。たとえばp6に「クレアは卒業を一年後にひかえた高校生で」とありますが、p8では「お姉ちゃんが大学に進学するまで、あと六百三十五日」となっています。p15には「母親のスタジオ」とありますが、画家なんだからアトリエくらいにしないと。またミスター・ベルについてですけど、p20では「美術館の警備員」だけど、p21では「この階の責任者として、ミニチュアルームのメンテナンスを担当している」となっています。警備員は普通メンテナンスを担当しないので、もっと別の訳語にしたほうがいい。p24の「しゃべりこんでいて」とか、p120の「このガラス窓は“フランス戸”も兼ねていて」も変です。p335の「なんて、願うわけにはいかない」は、どうしてそうはいかないのかが、わからない。それと、日本からのおみやげでもらったお弁当箱を日本のミニチュアルームの応接間においてぴったりだ、というところも、日本人が読むとおかしいですよね。
子どもたちがミニチュアの世界で冒険して時間を超えるという設定はとてもおもしろいのですから、子どもには本物をあたえようと思って、もっとしっかり作り、もっとしっかり訳してほしいと思いました。せっかくの素材がうまく活かされていないもどかしさがあります。

レジーナ:p158の戦闘シーンをはじめ、時代の描写が平面的です。タイムトラベルを扱った物語のおもしろさは、そこに生きていた人びとを生き生きと描くことにあると思うので……。ミニチュアルームにつながる扉がどこにあるのか、はっきりイメージできないのは、原文か翻訳に問題があるのでしょう。翻訳についてですが、p113の「その本を書いた人や、所有していた人たちと、いま、会話している……本気でそう信じるんだ」は、「本気でそう思えるんだ」ということでしょうか。p37の「興味、あるもん!」をはじめ、この年代の子どもの言葉づかいとしては、不自然な箇所がありました。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年6月の記録)


見習い幻獣学者ナサニエル・フラッドの冒険1〜フェニックスのたまご

『見習い幻獣学者ナサニエル・フラッドの冒険1〜フェニックスのたまご』
R.L. ラフィーバース/作 ケリー・ マーフィー/絵 千葉茂樹 /訳
あすなろ書房
2012.12

ハリネズミ:まず翻訳者の力ってすごいな、と思いました。千葉さんの訳は、『1/12の冒険』と比べると、訳文のリズムからいっても、言葉の使い方からいっても、段違いにじょうずなんじゃないかしら。それに最初から「ありえない話なんだな」ってわかって読めるから物語世界に破綻がないですね。グレムリンのグルーズルっていうのがとても変ですが、登場するどのキャラクターもくっきりとしていて翻訳でもそれが明快なので、はっきりイメージできます。この幻獣学者のおばさんも、とんでもないけど素敵な人だし、おもしろく読みました。それに、訳文にユーモアがありますよね。でも、なぜか図書館にはあまり入ってないですね。タイトルがおぼえにくいのが、ハンデになってるのかも。今日の3冊の中では、とにかくこれがダントツにおもしろかったです。

レジーナ:おもしろく読みました。ミス・ランプトンはひどい人なのに、それに気づかず一緒に暮らしたいと願う主人公は、おっとりしているというか、人がいいというか……。ところでこの幻獣観察の目的は、なんなのでしょうか。

ルパン:とってもおもしろかったです。「しこたま」っていう訳語もツボにはまりました。翻訳がいいですね。こちらは4巻まで読破してしまいました。最後まで「読ませる」作品でしたよ。

プルメリア:場面展開が早く、ぱっと変わっちゃうのが気になりました。

ハリネズミ:そこは、ファンタジーだからいいんじゃないですか。特に気になりませんでしたよ。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年6月の記録)


2013年06月 テーマ:ちょっと不思議? とっても不思議

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『2013年06月 テーマ:ちょっと不思議? とっても不思議』
日付 2013年6月27日
参加者 ハリネズミ、ルパン、レジーナ、プルメリア
テーマ ちょっと不思議? とっても不思議

読んだ本:

『シーラカンスとぼくらの冒険』
歌代 朔/作 町田尚子/挿絵
あかね書房
2011.09

版元語録:地下鉄に乗りこんだシーラカンスは、まぼろしか、妖怪か…!? 幼なじみのアキラと、自由研究で調べはじめたマコト。謎を解き、「師匠」と呼んでシーラカンスと友だちになった二人は、一緒に冒険に出かけることになり—。忘れられないひと夏の、友情と冒険の物語。
『12分の1の冒険』
原題:THE SIXTY EIGHT ROOMS by Marianne Malone, 2010
マリアン マローン/作 橋本 恵/訳 佐竹美保/挿絵
ほるぷ出版
2010

版元語録:アメリカのシカゴ美術館には、子どもにも大人にも大人気の展示がある。実物の12分の1の大きさで作られた、68部屋のソーン・ミニチュアルームだ。細部まで完ぺきに再現された豪華なミニチュアルームにあこがれるルーシーとジャックは、その中へ入っていける魔法の鍵を手に入れ、思いがけない冒険をすることに…。
『見習い幻獣学者ナサニエル・フラッドの冒険1〜フェニックスのたまご』
原題:NATHANIEL FLUDD, BEASTOLOGIST: Book1:FLIGHT OF THE PHOENIX by R.L. LaFevers, 2009
R.L. ラフィーバース/作 ケリー・ マーフィー/絵 千葉茂樹 /訳
あすなろ書房
2012.12

版元語録:500年に一度、復活する幻獣フェニックスを見守るためにアラビアへとんだナサニエル。しかし、そこには世にも不思議な光景が…。

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旅のはじまりはタイムスリップ

『旅のはじまりはタイムスリップ』 (妖怪道中膝栗毛1)

三田村信行/著 十々夜/挿絵
あかね書房
2011.05

プルメリア:登場人物三人のキャラクターがそれぞれ個性的でおもしろかったです。

アカシア:私はステレオタイプだと思ったけどな。

プルメリア:ステレオタイプだけど、それぞれ個性が違うという意味で。

アカシア:このシリーズの、ほかの作品もお読みになった?

プルメリア:4巻まで読みましたが、最初がいちばんおもしろかったです。子どもの大好きな妖怪、笑いが出る弥次さん喜多さん、なぞの虚無僧などが次々に登場してきて飽きさせない。ふしぎなのは子どもだけで旅をするので、設定が不自然だったりするにもかかわらず、いろんなものが登場し、また事件がおきるので、その不自然さを感じさせない。江戸時代の生活のようすが子ども目線でわかりやすく読めます。この作品はエンタメですかね。

アカシア:そうでしょうね。

プルメリア:私は学級(5年生)の子ども達に紹介するとき、見返しの五十三次の地図も紹介しました。

アカシア:この作品、子どもは好きですか?

プルメリア:学校の図書館にはまだ入っていないので、公立図書館で借りてきたのを、たくさんいる希望者にじゃんけんしてもらって貸し出しています。希望するのは、どちらかというと男子が多いです。女の子は青い鳥文庫の「若女将シリーズ」とか「黒魔女さんシリーズ」が多い。今は、テレビでも時代劇の放送があまりないので、江戸時代を学習した6年生の子が読むと、もっとよく時代背景や文化・人々の暮らしがわかると思います。

アカシア:エンタメですけど、作者がベテランの三田村さんなので、安心して読めますよね。舌長姥、朱の盤、蒼坊主、ろくろっ首など、次々にいろいろな妖怪が登場してくるのも楽しい。唐突にやじさん、きたさんが出て来たり、おじさんが子ども三人だけで危険な旅をさせたりするのは、ご都合主義的な設定と言えますが、エンタメなので、まあ仕方がないか、と。印籠、関所、五右衛門風呂など、江戸時代の暮らしについての知識も得られるように物語がつくられていますね。

レジーナ:おもしろく読みました。妖怪の居場所をなくすために、町を明るくしたという設定も、よくできていますね。一度、過去にタイムスリップして、五郎左衛門を捕まえたから、妖怪の被害は現代の歴史に残っていないというのも、筋が通っています。未来や過去を行き来する物語としては、『時の町の伝説』(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作 田中薫子訳 徳間書店)を思い出しました。でも『時の町の伝説』ほど複雑でないので、読みやすかったです。

ルパン:おもしろかったです。ただ、シリーズということに気づかないで読んでいたので、終わりに近づいてきたとき心配になりました。まだまだ旅の途中なのに、って。あとで見たら小さく書いてあるんですけど、わかりにくいなあ。2巻からはどうなっているんだろう。子どもが続編から先に読まないか心配です。あとからつっこまれないように考えたのか、ちょっと先回り的に説明しすぎるきらいがありましたが(p31とか)、それ以外は楽しく読めました。

レジーナ:私も同じ疑問を感じたので、この箇所は必要だと思いました。ただ、教科書のように説明的なので、書き方を工夫すればよかったのでしょうね。

ルパン:三田村さんの作品を小さいときに読んだときは、かなりシュールな感じがしてたんですけどね。それもおもしろかったけど、こういうのも明るくていいですね。著者はかなりのご高齢だと思うのですが、それを感じさせない若々しさがある作品ですね。すごいと思います。

レジーナ:エンタメでも内容はしっかりしているので、勤務先の中学の図書館にも入れたいと思いました。

ルパン:昔は水戸黄門とかテレビで見ていたので江戸時代にもなんとなくなじみがありましたけど、最近はそういう番組も少ないし、見る子もあんまりいないと思います。こういう作品で昔の風俗を知るのもいいんじゃないかな。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年5月の記録)


シフト

『シフト』
ジェニファー・ブラッドベリ/著 小梨直/訳
福音館書店
2012.09

レジーナ: p54の「歯ブラシの柄に穴を空けて、荷物を軽くする」や、p147の「コウモリ少年」など、意味の分からないところが、いくつかありました。p137の「ヒルクライマー」に、「山登りサイクリスト」という読み仮名がついていますが、何か特別な意味があるのではないかと読者に思わせてしまうので、ない方がよいと思いました。はく製が苦手だったり、強がっているけど、弱いところのあるウィンの性格が、よく描かれています。いなくなってはじめて、ウィルとの関係を心のどこかで窮屈に感じていたのだと、それまで気づかなかった感情を自覚する場面や、自分たちで友情に区切りをつける最後の場面も、心に残りました。ヤコブと天使の相撲や、旅路を見守る聖クリストファーなど、聖書を題材にしていますね。

ルパン:おもしろかった。時系列が行ったり来たりするので、慣れるまでちょっと時間がかかりましたが。p156にクリス・マッカンドレス事件のことが書いてあるんですが、この作者はそれに触発されてこの作品を書いたのかも、と思いました。何年か前に、その事件を題材にした『イントゥ・ザ・ワイルド』っていう映画を見たことがあるんです。事実に基づいて作られた映画なのですが、わかりにくい事件で、クリス・マッカンドレスはせっかく救われて幸せになれるチャンスがあっても、結局それをふりきってアラスカの荒野に入って命を落としてしまうんです。見てるとイライラするっていうか・・・人の愛に気づかないで、何やってるんだろうって、思うんですが、この作者はその事件に対する世間の消化不良感を、新しい作品にして解決したのかもしれません。もう一つのマッカンドレスの人生を用意した、というか。

レジーナ:若さゆえの傲慢さでしょうか。他者性が欠落しているので、自分がどれほどまわりの人に心配をかけているのか、気づかないんでしょうね。

ルパン:ウィンのこのあとの人生はどうなるんでしょうね。

アカシア:そのうち帰ると書いてありますよ。

レジーナ:展開が速いから、映画向きの作品かもしれませんね。

アカシア:私もおもしろく読みました。さわやかな青春小説ですね。読んでいるとき、本の開きが悪くてすぐ閉じてしまうのが残念。翻訳はp24の「あの子のことはね、自分の息子だったらと思うくらい、お母さんも大好きだけど」の「お母さん」に引っかかりました。母親が自分のことを指して「お母さん」って言うのは日本では一般的ですけど、それを良しとするのかどうかってところに、翻訳者のジェンダー観が出るのかもしれません。日本の女性も、もっと自分を持ったほうがいいと考えている翻訳者は、たぶんこうは訳さない。p25のマーシャルプランは、ただマーシャル大学にかかってるだけじゃないから、注があったほうがよかったかも。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年5月の記録)


サラスの旅

『サラスの旅』
シヴォーン・ダウド/著 尾高薫/訳
ゴブリン書房
2012.07

レジーナ:ダウドは力のある作家ですね。p186で、チャルイドラインに電話する場面で、思わず自分が住んでいた場所を口にしてしまったり、どこかで止めてほしいと願いながら、どうしていいか分からず、自分の本当の気持ちに気づいていないサラスの姿にはリアリティがあります。子どもをよく見て、知っている人の書いた作品ですね。しかし、妥協せずに書いているので、読み手に伝わらない部分があります。p70で、彼女の名前を飛行機で空に描く男の歌を聞いたレイが、「自分の名前が空に描いてあると、想像してごらん」という場面も、よく分かりませんでした。悪い子になろうとするサラスにも、共感しづらく感じました。そうせざるをえなかったんでしょうが、すぐに嘘をついたり、服を盗んだり……。p235に「短くかんだ爪」とありますが、かみ続けた結果、深爪になってしまったということなので、少し不自然な翻訳に感じました。

ルパン:私は、今日の3冊のなかでいちばんよかったです。たしかに最初のところでは感情移入しにくいですが。でも、この子の自分勝手さも感じ悪さも、だんだん絡まった糸がほぐれるように解明していって、親にちゃんと育ててもらわなかったことで傷ついていたこともわかり、親以外の人たちの愛情を得られるプロセスも見えてきて、読ませます。出会った人たちがみんないい人であるところも好感がもてます。菜食主義者のフィルとか。危ないシーンもあるけれど、運良く切り抜けていくし。ラストのp359で、この旅でいろんな人にたくさんのことを教えてもらったと気づくところに好感がもて、感動しました。何かにつけて里親のことを思い出すところも、ふつうの少女らしくてかわいい。レイのことも、「きみの名前が雲になる」と言われたことを何度も思い出しているし。最後はちゃんと里親のところにもどり、読者も安堵感と幸福感を味わえます。『サラス』の今後を想像するのは、『シフト』の続きを考えるよりずっと楽しくてわくわくしました。ウィッグをかぶると別人になるという設定もうまくできています。

アカシア:ホリーは14歳なのに、リアルな現実をまだ受け止められずに母親を理想化しているのが、不思議でした。『ガラスの家族』(キャサリン・パターソン著 岡本浜江訳 偕成社)のギリーも同じような境遇で、突っ張ってます。でも、あっちはまだ11歳で虐待はされてないみたいだから、母親を理想化するのもわかるんですけど。それと、ホリーの内省的な部分がちっとも書かれてないので、最後になって急に内省的になるのがなんだかしっくりこなかったんです。劇画みたいでね。

ルパン:ずっと会っていない母親をどんどん理想化していくのはむしろ自然に思えますが。

アカシア:でも、ホリーの場合は、母親から熱いアイロンを頭に押しつけられるという虐待も受けてる。それなのにここまで理想化できるのかな? ソーシャルワーカーたちも言うだろうし。

ルパン:言われても、受け入れられないんでしょうね、きっと。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年5月の記録)


2013年05月 テーマ:旅に出よう

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『2013年05月 テーマ:旅に出よう』
日付 2013年5月23日
参加者 プルメリア、アカシア、レジーナ、ルパン
テーマ 旅に出よう

読んだ本:

『旅のはじまりはタイムスリップ』 (妖怪道中膝栗毛1)

三田村信行/著 十々夜/挿絵
あかね書房
2011.05

版元語録:ある日、大河原博士からよびだされた蒼一は、逃げた妖怪を追って、江戸時代へタイムスリップすることに…。日本橋から京都まで旅をする蒼一、夏実、信夫は妖怪たちにおそわれ、大ピンチ…!? 妖怪だらけのアドベンチャー・ストーリー。
『シフト』
原題:SHIFT by Jennifer Bradbury, 2008
ジェニファー・ブラッドベリ/著 小梨直/訳
福音館書店
2012.09

版元語録:高校を卒業して、大学が始まるまでの夏休み、親友のクリスとウィンは2カ月かけてアメリカ大陸を横断する自転車旅行に出かける。だが、ゴールの西海岸に到着する寸前、ウィンは突然姿をくらます。大学が始まっても戻らないウィン。行方不明となったウィンを捜して、クリスはふたたび二人で通った道を辿る。
『サラスの旅』
原題:SOLACE OF THE ROAD by Siobhan Dowd, 2009
シヴォーン・ダウド/著 尾高薫/訳
ゴブリン書房
2012.07

版元語録:少女ホリーは、引き出しに見つけたブロンドのウィッグをつけると、ゴージャスな女の子サラスに変わっていた。アイルランド方面へ旅にでたサラスの行き着く先は?

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オレたちの明日に向かって

『オレたちの明日に向かって』
八束澄子/著
ポプラ社
2012.10

サンザシ:保険屋さんにはあまりいい印象をもってなかったんですけど、こういう人もいるんだな、と見方が変わりました。子どもの視点と、保険屋さんの業務日誌の両方の視点から書かれているのもいいなと思います。おもしろく読みました。

トム:ジョブトレーニングにあまりいいイメージを持てなかったのです。例えば幼稚園や保育園に高校生が来ても、短い期間では、どこまでわかってもらえるだろうという保育者の声も聞いていましたし。でもこの物語に関してはいい人との出会いが続いて、すっと読んでしまいました。老々介護が出てきたり、当り屋、シングルマザー、子育て放棄、若者の農業離れ、農業を担う人の高年齢化、過労死、暴力団がらみの保険金詐欺、虐待と、たいへんな問題がたくさん描かれて、それぞれ難しいことばかりなのに、読んだ後気持ちがささくれないのはなぜかな? ひとつひとつの出来事にかかわってくる人たちの温かみに救われるのかも。勇気のジョブトレーニングがベースにありますけど、いろいろな人がそれぞれに一生懸命暮らしを紡いでいる物語とも読めました。「将来何になりたい?」と、大人はよく聞きますけど、聞かれて困る子も多いでしょうね。将来の夢イコール職業と直結させるのは何とかならないものかといつも思います。好奇心の先に何が見つかるか誰にもわからないし、ゆっくりジグザグしながら大人になればいいのに。

レン:お話としてはおもしろく読めましたが、このくらいやさしく書かなければならないのかな、って一方で思いました。車を川に沈めてしまうところでおばあさんと出会うとか、あまりにも都合よくいく部分があって、エンターテイメントだなと思います。八束さんって、もう少し固いイメージがあったんですけど。『青い鳥文庫ができるまで』にも、感動のインフレーションを感じて、中学生が読めるようにするには、このくらいしなきゃいけないのかなと思ってしまいました。ジョブトレーニングは、この10年くらいやっていますね。私の地元の中学校では中学2年生が5日間やっています。事業者もさまざまだし、中学生もさまざまで、賛否両論飛びかっているようです。最近は、中学生か、ひょっとすると小学生から職業、職業って言われるけれど、学校でそこまでやらなきゃいけないのでしょうか? いい意味で刺激を受ける子もいるんでしょうけど。中学生の子が職業を考えるには、いいきっかけになる本だと思いました。

レジーナ:数日間の職場体験でわかることなんて、たかが知れていますし、社会とのつながりを感じるところまでは、なかなかいかないと思います。この作品の主人公は、ジョブトレーニングをとおして、しだいに家族や友人への感謝の気持ちをもつようなりますよね。自分のつつがない日常が、まわりの人たちに支えられて成り立っていると気づくことに、職場体験のひとつの意味があるのではないでしょうか。監督の髪型がくずれたのを茶化して怒られたときに、「バーコードの模様が違っていたらレジが通らない」というせりふには笑ってしまいました。クリスマスにひとりでファミリーレストランに来た子どもに、プレゼントのお願いをされて、お姉ちゃんは保育士を目指したとありますが、赤い服を着たお姉さんがサンタクロースのかわりにプレゼントを持ってきてくれると子どもが考えるのは、不自然です。

ルパン:すみません、今回はこれ1冊しか完読できませんでした。3冊のうち、これだけがストーリー性があるようだったので、まずはこれから、と読み始めましたが、とてもおもしろかったです。よく書けているな、と思いました。リアリティという面では、ここまで中学生におとなが何でもさらけ出すのはありえないのでしょうが、あんまり気になりませんでした。まじめなテーマなのだけどユーモアもあり、エンタメ的なところもあるけれど考えさせられるところもあり。盛りだくさんだけどバランスがいいと思いました。数日間でものすごくいろんなことが起こるのですが、それにわざとらしさや不自然さを感じないですっと読めました。今井さんには幸せになってほしいなあ。あと、事故で亡くなった若い女性はほんとうに気の毒で悲しくなりました。わたしは普通の企業で働いたことがないのですが、たまたま『シューカツ!(石田衣良/著 文藝春秋)』や『何者』(朝井リョウ著/新潮社)とか読んで興味を感じていたので、今回の「仕事について考える」というテーマは個人的にもタイムリーでした。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年4月の記録)


青い鳥文庫ができるまで

『青い鳥文庫ができるまで』
岩貞るみこ/著
講談社
2012

サンザシ:これは、講談社の中の、しかも「青い鳥文庫」編集部プロパーの話だなと思いました。児童書編集部がみんなこうだと思ったら間違い。まず「青い鳥文庫」なので、「かわいい」というキーワードが頻繁に出てくるし、ただ今現在の子どもたちに受けるかどうかが大きな問題になってます。でも、児童書の出版社の中には、「かわいい」では子どもの心の奥までは届かないと思ってるところもあるし、「今の子どもに受けるか」より、「今の子どもには何が必要か」を優先して考える出版社もあるでしょ。クリスマスセールに間に合わせて、売れるように最大限かわいくするというのだから、本でもほかの商品とあまり違わない。それがいけないっていうんじゃなくて、いろいろな本作りがある中の一部だっていうふうに思います。それに、講談社は大出版社なので、いろいろな仕事が分業になってますけど、小さな出版社では、編集者がひとりでみんなやるのよ。それからこの編集者は、とにかく急ぎだということで、著者の原稿の構成や文章について相談しながら改善していくことはほとんどしていない。まあ、この場合は出す本がエンタメだしシリーズなので、最初にコンセプトが決まってるってこともあるんでしょうけど。どっちかというと右から左に流してるって感じです。今はそういう編集者も多くなったけど、もっといろいろやりとりして、本当に質の高いものを生み出そうとしてる編集者もいますよ。それから、p150の「ノックアウトさせるのに」は、「ノックアウトするのに」じゃないかな。

トム:途中、数回休んで一息入れないと疲れて……。きっと読んでいるうちに いつの間にか編集現場にいる気持ちになっていたのかも。その意味では、完成するまでの臨場感があるお話になっているわけですね。モモタはすでに独り立ちした編集者! 実際、編集者になりたい人は少なくないので、そもそも、モモタが編集者になりたいと思った気持ちや、なってからの日々、初めて一冊の本を任された時のことなども語られたら、興味をもつ人も多いのでは、と個人的に思いました。それから「子どもに何を手渡そうか」とみんなで考えたり話しあったりする状況も知りたかったなと。本を投げてはいけない!跨いではいけない!と小さい頃言われたことを思い出しました。今「子どもに受けるのは何か」、「子どもに必要なのは何か」という視点をうかがって、ハッとしています。

レン:子どもの本をよく読んでる人が、とっかかりは「えっ」と思うような本だけど本のつくり方がわかっておもしろいと言っていたので、期待して読んだんですけれど、私にはちょっと期待はずれでした。広い読者層に向けて書くと、こんなにやさしくしなきゃならないのかって。雑誌のようなつくられ方だなって思いました。1冊の本を作るにも、いろんな人たちのプロの技があってできているのを読めば、子どもはこんなに大変なのかって思うのかもしれないけれど、私からすると、これでできちゃうのか、という感じでした。人物も一面的ですよね。

ジラフ:児童文学作品として考えると、今おっしゃったような問題がたしかにあると思うんですけど、子どものための実用書ととらえて、内容をわかりやすく伝えるためにフィクション仕立てにしたもの、と考えれば、けっこうおもしろく読めるんじゃないかな。いま、編集を担当しているフランスのファンタジーを、とある高校の図書館委員の生徒たちに、「スチューデント・レビュアー(先行読者)」として読んでもらっていて、ちょうど今日、ゲラ(校正刷り)を届けたところなんですけど、本づくりの過程のゲラというものに初めて接して、みんな大喜びでした。そんなふうに、さまざまな職業の現場にふれることって、子どもたちにはすごくわくわくすることだろうし、ここに書かれていることは、かなり誇張はあるにしても、取材もよくできているし。プロの仕事の現場の雰囲気を知るにはおもしろいのかな、と思いました。ただ、「出版の裏側がわかっておもしろかった」とか、帯に読者の声が引用されていますけど、読者層はわりと幼いんですね。子どものおこづかいでは、「青い鳥文庫」を月に1冊しか買えないから、売れ筋の本が、同じ月に2冊重なったら困る、なんていうくだりにも、リアリティを感じました。

サンザシ:講談社のような会社だと分業システムがちゃんとできてるから、それがいい意味でも悪い意味でも編集者の守備範囲を狭くしてますよね。小さい出版社だと、本作りの1から10まですべてを見届けて、製版所や印刷所の担当者とも直接相談したり、印刷立ち会いにいったりもしますよ。私自身はそっちのほうが好きだけど。

プルメリア:今までにない本のつくり方で、子どもたちの好きな青い鳥文庫だから、子どもたちは手に取るでしょうね。

レジーナ:本が出版されるまでの過程を、物語としておもしろく描いています。子どもにとって魅力的な装丁なので、軽い読み物しか読まない子どもが知識を増やすためのステッピング・ストーンとしてはよいのでしょうか。「前野メリー」さんは、おそらく仕事に没頭すると前のめりになることから、このあだ名になったのでしょうが、説明がないので、子どもの読者にはわからないでしょうね。セントワーズのようなシステムは、他の出版社にもあるのでしょうか。青い鳥文庫では、ひげ文字の「八」の字は使わないなどの豆知識は、興味深く読みました。37ページで、石崎洋司のコラムが挿入されていますが、物語の流れが妨げられるので、最後に持ってきた方がよかったのではないでしょうか。あとがきで、東北の製紙工場が被災したときの状況に触れていますが、東日本大震災後、紙の値段が上がったのにともない、本の単価もあがったと、出版社の人が言っていたのを思い出しました。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年4月の記録)


スティーブ・ジョブズの生き方

『スティーブ・ジョブズの生き方』
カレン・ブルーメンタール/著 渡邉了介/訳
あすなろ書房
2012.03

サンザシ:まだ全部は読めてないんですけど、前半を読むかぎりジョブズはすごく嫌な奴ですよね。こんなに鼻持ちならない人だとは思わなかった。この後魅力が出てくるのかな?

トム:天才肌と一言で括れないし人格的にどうとらえたらいいのか……。20歳で、アップルコンピュータをたちあげた時、一緒に仕事をしたウェインはジョブズを竜巻と言っていますが、ほんとうに竜巻のように周りを巻き込んで遠く運んで行く激しさと、その一方で内面的には強い不安を抱えていた姿が描かれているのが印象的でした。p57にあるように「幼いころに深く刻みこまれた心の問題を、絶叫して心の痛みを吐き出すことで解決しようとするというオレゴン・フィーリング・センター」の原初絶叫療法コースに申し込んだり、p77にも禅寺に行こうかと考えたことも書かれて心の闇に立ち向かおうとするジョブズがいます。でもこの複雑で気難しいジョブズを受け入れて助ける人があらわれるのがまた不思議なところ。養父母はもちろんですが、悩みを聞いて事業への専念は出家と同じことと諭してくれる日本人老師、そして、融資という形で長髪で裸足のジョブズを応援する投資家。それから、ウォズニアックとジョブズの個性の違う二人が出会って仲良くなってゆく様子もとても興味深く読みました。何を人が欲しがっているか見抜いて実現する強い力を持つ人と天才的な技術の力を持つ人との出会い——ある時期までは、二人の強い個性がうまく釣り合っていたのかもしれません。2部で書かれている、競争や権力争い、必要ないと決めた人を解雇して、有能な人を余所から強引に引き抜いて仲間にして、次々、新しいものに挑戦して、ゼロックス社のアイディアを盗んだと言われても流してしまうジョブズの姿をどう思うか? 彼の陰でどれだけ泣いた人がいたのか、二度と立ち上がれないほど傷ついた人もいただろうと思いました。でも ジョブズは世界を変えた人として残るのでしょうね。強烈なこの人を生かしたアメリカという国もすごいなと思います。3部のp281にあるスタンフォード大学のスピーチの中で「他人の期待でがんじがらめになったり、他人の意見に流されてはいけないとさとし」た、と書かれていますが、こういうところも、若い人の気持ちを掴んでしまうのでしょうね。ジョブズのiPodのなかにボブ・ディラン、ビートルズ、ヨーヨー・マの演奏が入っていたそうですが、何かちょっとほっとしました。用語解説はもっと多くあるとわかりやすい。p299の株式スキャンダルはチンプンカンプンでした。

レン:亡くなったときに、スタンフォード大学の卒業式のスピーチを見て感動したのですが、この本を読んでみたら、ハチャメチャな人だということがわかりました。翻訳はこなれていますが、書き方自体がいかにも翻訳物ですね。中学生とか高校生で、この人がどういう人か知るにはいいなって思いました。もしもこういう人が目の前にいたら、怖くて近寄れないかも。天才肌というか。でも、こういう人は、日本の学校教育では生まれてこないだろうなって思いました。干渉されずに、やりたいことを貫いて、好きなことは徹底的にのめりこんでやっていく。今日の日本の学校では、なかなかこういうことはできないですね。

レジーナ:何かを一から築き上げ、新しいことを始めるときのわくわくした雰囲気に満ちた作品ですね。バチカン教皇に電話をしていたずらをするなど、おもしろいかどうかの価値基準だけで物事を考え、自分の信念にしたがってぐんぐん進めていく生き方は特異なものですが、人としての魅力は全く感じませんでした。人を許したり、他の考え方を受け入れることができず、人間としてのバランスがとれていないので、他者と生きることができないのでしょう。亡くなる前に、「死ぬというのは、オン・オフのスイッチのようなものじゃないか」と語る場面では、ジョブズが心をひらき、弱い部分を見せているようで、はじめて彼の心に触れた気がしました。ジョブズは、ヒッピーの考え方に、強く影響を受けていたのですね。アップルの名前の由来や、ビートルズとの訴訟は、これまで知りませんでした。スティーブ・ジョブズが若いころに、カリグラフィーを学んだことは、高校の英語の教科書 CROWN に載っています。ジョブズが好きだった “The Art of Animation” の本は、私も小さい頃よく眺めていた本です。専門用語の索引がついているのは評価できますが、「現実歪曲空間」という造語を、「BASIC」と同列に扱っているので、混乱を招きます。

ルパン:完読はできなかったのですが、一部まで読んだところです。ただ、この研究会でノンフィクションを扱うのが私は初めてなので、どう感想を述べていいか迷っています。この人の生き方についての感想、ということでいいのでしょうか? それとも本の構成とか翻訳について感じたことを言うのでしょうか? ともかく、あすなろ書房から出ているということは子ども向け、ということなのでしょうが、これ、「偉人の伝記」にはならないですよね。人としてはあんまり見倣ってもらいたくないし。ただ、若いとき、かっこよかったんだなあ、と、妙なところに感心してしまいました。p175の写真なんか、トム・クルーズみたい。あと、まだ途中ですけど、これを読んだおかげで、ようやくスティーブ・ジョブズとビル・ゲイツの区別がつくようになりました。

みんな:えっ?

ジラフ:この本は、ざっとしか読めていなくて。でも、ジョブズが亡くなったときにムックとか雑誌の別冊特集がいくつも出て、それを読んでいたので、ジョブズの人生や人柄ついてのあらましは知っていました。この人の人生を見ていくと、生い立ちも、いろんなことを干渉されずにやれたという環境も、こんな性格破綻者のようなすごい人柄でも、そういう人がちゃんと市民権を得て、生きていかれる場所があったということも、発想の大胆さやチャレンジ精神も……。いろんなことをひっくるめて、ここにはアメリカが凝縮されてる、という印象を持ちました。私は、15〜16年前にパソコンを使い始めたころから、ずっとMacユーザーで、仕事なんかでいやおうなくWindowsを使わなければいけないことがあると、なにか機械に支配されているような不快感があって嫌なんですけど(笑)、それにくらべると、Macはすごくシンプルで、使っていて、フレンドリーな感覚があるんですね。製品がそんなふうにフレンドリーなことと、ジョブズのものの考え方とが、どこかでリンクしてるかな、というようなことにも、興味を引かれながら読みました(ざっと流して読んだので、具体的に、ここがそうだ、という箇所は、見つけられませんでしたけど)。あと、私は仕事で、ヴィクトリア時代から1920〜30年代くらいが中心の、古い絵本コレクションに接する機会があるんですけど、それとの対比で考えると、その本たちはまさに、五感をフルに使って受け取るフィジカルブックで、いっぽう、パソコンや、iPadやiTunesは世界をがらりと変えてしまったわけで、電子ブックの台頭なんかも含めて──思ったほどの速度では、浸透していってないようですけど──そんなふうに世界が変わってしまったことが、本を読むという行為に、どんなふうに影響する(している)んだろう、これからどうなっていくんだろうと、漠然とながら考えさせられました。

トム:完璧主義のジョブズは、人が求めている物を工夫を重ねて作ったのだと思いますが、欠点も残ったまま売り出す場合もあるようで、もし日本だったら欠点のあるものは認められなくて、足を引っ張られてしまうのでは?

(「子どもの本で言いたい放題」2013年4月の記録)


2013年04月 テーマ:仕事について考える

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『2013年04月 テーマ:仕事について考える』
日付 2013年4月25日
参加者 サンザシ、ジラフ、トム、プルメリア、ルパン、レン、レジーナ
テーマ 仕事について考える

読んだ本:

『オレたちの明日に向かって』
八束澄子/著
ポプラ社
2012.10

版元語録:花岡勇気、中学2年。オレは何に向かって進めばいいんだろう—!?偏屈な老人、当たり屋の少年、不審な自動車事故…保険代理店でのジョブトレーニングは、怖くて、しんどくて、最高にあったかい。悩める少年たちのための青春ストーリー。
『青い鳥文庫ができるまで』
岩貞るみこ/著
講談社
2012

版元語録:作家、イラストレーター、デザイナー、そして、校閲や販売、印刷会社、取次、書店…。一さつの本を世に出すため、奮闘する人々。四か月におよぶ取材にもとづいた、臨場感あふれる現場の姿。これを読んだら、あなたも本を作りたくなっちゃうかも。
『スティーブ・ジョブズの生き方』
原題:STEVE JOBS : THE MAN WHO THOUGHT DIFFERENT by Karen Blumenthal, 2012
カレン・ブルーメンタール/著 渡邉了介/訳
あすなろ書房
2012.03

版元語録:これほど、その死を悼まれた企業経営者がいただろうか? 2011年10月5日、惜しまれながら世を去ったスティーブ・ジョブズ。輝かしい業績のかげには、再起不能と思われた挫折もあった。あの、伝説のスタンフォード大学卒業式でのスピーチにならい、「三つの物語」からジョブズの生涯を描く。

(さらに…)

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おじいちゃんのゴーストフレンド

『おじいちゃんのゴーストフレンド』表紙
『おじいちゃんのゴーストフレンド』
安東みきえ/著 杉田比呂美/絵
佼成出版社
2003.07

トム:今回の3冊を読んで、日本と北欧の日常の家族関係の違いをあらためて思いました。この作品には、おじいさんの孤独とか、主人公たちの気持ちとかにシンパシーを感じました。今の日本には、このような状況を抱えて一生懸命暮らしている家族があちこちにいるということだと思います。ヘルパーさんの現実的な対応と、お母さんの「楽しい思い出の中にいる方が幸せ」と思う気持ちは、どちらがいいときめられない。物語の中でも決めつけていないところがよかったと思います。そこから考えられるから。ゴーストフレンド(ふうさん)の存在を受け入れられるのは、あちらとこちらの世界の垣根が低い子どもなのかもしれません。それに、テッちゃんと主人公の“ぼく”は、とても気の合う友達であることも、おじいさんのふうさんへの気持ちを自然にわかる土台になっている気がします。この物語は、何だかいつまでも心に残って、思い出すたびに、何層も何層も重なった物語の事実から大事なことが、時々ちらっちらっと顔を出します。たとえば、「ふうさんはなくなったんだって、教えてやるだろ。そうしたらおじいちゃんったらびっくりするんだよ。そのあとまた頭かかえこんじゃうんだよ」(p31)には、大切な友達を失ったことを受け入れることがどんなにたいへんかが表現されています。また「水の中の魚がいっせいににげていくように、ただよっていたものがちっていく。おだやかでやさしく、幸せなものが消えていく」(p59)は、目に見えないところに優しく幸せなものはあるかもしれないと思わせてくれる。「ふしぎだな。この世にあるものは、みんな夢をもって生まれてくる。一生けんめいりっぱなものになりたいって、ねがいながら生まれてくる」(p83)という箇所では、おじいさんがふうさんとの思い出のなかに生きながら、テッちゃんと“ぼく”に、生きる力の秘密を伝えています。だからおじいさんは、ちゃんと未来をテッちゃんと“ぼく”の中にみている気がします。それに、作品の中でちゃんとおじいさんの死を伝えて、テッちゃんと主人公が何とか受け止めようとするところまで作者は描いています。またいつか読み返すと別の何かがみえてくるかもしれません。
 あと、鉄とずっとつながってゆく鉄塔と、東西南北に正中する鉄塔の中心に龍、龍の時計=時を埋めることで、作者は何を伝えようとしたのか、知りたいと思います。

レジーナ:会話をしたり、自力で動いたりするのが困難な老人ですが、個性もリアリティもあり、人物像がちゃんと伝わってきますね。鉄塔をつくったというおじいちゃんは、ちょうど日本の高度成長期を支えた世代でしょうか。湯本香樹実の『夏の庭』に登場するおじいさんは、戦争で人を殺してしまったという過去がにじみでていましたが、その点、『おじいちゃんのゴーストフレンド』も、あと一歩、おじいちゃんの人生に踏みこんで描いていれば、よかったのではないでしょうか。日本の児童文学によくあることですが、全体を通して湿っぽく、センチメンタルにおちいっているのが残念です。

アカザ:なかなかいい作品だなと思いました。最初は「ほんとの古びたおじいさん」になじめなかった主人公が、テッちゃんを通じて徐々に理解を深めていく過程を丁寧に描いていると思います。時々まぼろしを見るおじいさんに対する態度が、テッちゃんをはじめとする家族とヘルパーさんで違うところなど、作者は介護の現場を良く知っている方ではないかと思いました。「昔のことばかり気にするのはよくない」といって、おじいちゃんのゴーストフレンドを否定する黒井さんはいい人に違いないけれど、いいヘルパーさんかどうかは疑問ですね。「考えてみたけれど、ぼくにもわからない」と主人公に言わせているのは、正解だと思います。センチメンタルな作品といわれれば、そうかもしれないけれど、私はこの作品に漂う抒情を感傷というより奥行きと取りました。

ルパン:部分ごとに「いいなあ」と思うところはあったのですが、全体的には印象がうすかったです。筋の一本通ったテーマが見えてこなくて、どこにフォーカスを当てているのかがわかりにくかったです。少年のおじいさんに対する思いなのか、鉄塔への思い入れなのか、おじいさんの「ふうさん」への友情なのか…。ところで、このおじいさんは昔鉄塔を作ってたんですね。うちの亡父もそうなんですよ。子どもの頃旅先で山の中で鉄塔を見ると「あれはお父さんが作ったんだ」って自慢していたことを思い出しました。実は経理だった、って知ったのはずっとあとのことで(笑)。

アカザ:鉄塔を熱愛している人たちがいて、そういう文学作品も出ていますよね。高圧線のそばに住むと健康被害があるということは以前から言われていて、ヨーロッパなどではそばに住宅を建てることを禁じられていると聞いたことがあるけれど……。

トム:だんだん、身近な親しい人が旅立っていって、取り残されてゆく老人の寂しさ心細さ。おじいさんはふうさんと幼なじみだったのかも、きっと子ども時代にかえって話したり、笑ったり、とても気の合う友達だったのではないでしょうか。いっしょに釣りをした時を思い出すとからだも気持ちも自由になって幸せなのかも。

ルパン:語り手の男の子が、「ぼくたちはしんじている。おじいさんはこのとき生きる力を取りもどせたんだ」(p84)というところとか、いまひとつ感情移入できませんでした。そう信じていたのはテッちゃんだと思うし。最初は老人をいやがっていたこの子の心境の変化の過程が激しすぎる気がして。

アカザ:亡くなった友だちの写真の話をして、おじいちゃんが涙ぐんだときにショックを受けたり、テッちゃんの頭をポカンとやったお母さんを「子どもの頭をぶっちゃいかん」とたしなめるのを聞いて、「意外としっかりしてるんだな」と思ったり、おじいちゃんを理解していく過程を丁寧に描いていると思いましたけどね。

サンザシ:おじいさんの様子はかなりリアルに書かれていますね。たとえばp20「うしろ向きになったテッちゃんのお母さんは、おじいさんの両手を引いて部屋に入ってくる。ちょうど、赤ちゃんの手を引いて歩かせるかっこうだ」とか、p23の「おじいさんはうなずいて、こまったみたいに頭をなでた。わずかにのこっている白い髪が、ひよひよとさかだった」なんて、よく観察してないと書けないですよね。子どもたちがおじいちゃんを車いすに乗せて鉄塔まで連れていくところで、フィリパ・ピアスの「ふたりのジム」(『まよなかのパーティ』所収)を思い出しました。あっちもおじいさんと孫息子というコンビだけど、おじいさんのほうが、自分の意志で故郷の村に連れていってもらい、また帰りは困る警官をうまく説得して車いすをパトカーに引っ張ってもらって意気揚々と帰ってくる。それに比べると、日本の作品に出て来る老人は保護の対象になっていることが多い気がします。今回の『世界一かわいげのない孫だけど』は、ちょっと違いますが。

アカザ:『はしけのアナグマ』(ジャニ・ハウカー著 三保みずえ訳 評論社)に出てくるおばあさんなんか、憎たらしいくらいしっかりしていて、すごい!

サンザシ:老人って、ちょっとずるかったり、悪知恵があったり、ユーモアでうまくかわしたり、長く生きてきて人生経験が豊富なだけに、もっといろんな側面がありますよね。ドイツの『ヨーンじいちゃん』(ペーター・ヘルトリング著 上田真而子訳 偕成社)なんかも、強烈ですもんね。

トム:主人公は、初めて病気のおじいさんに会ったとき、大好きなゲームにボロ負けしてしまうほど、その姿にショックを受けるけれど、だんだんにテッちゃんのおじいさんへの気持ちや暮らしに接しておじいさんを受け入れてゆく。テッちゃんも主人公もほんとうに素直でやさしい! あんまりやさしくて素直ないい子でそこがちょっと気になってきて・・・ 。この物語を読む子どもたちが、病気の老人の様子に何だか変だなーと思ったり、ちょっと気持ち悪いなーと思ったりする感情を抑えこまないで、ゆっくり、テッちゃんや主人公といっしょに考えてほしい。

サンザシ:鉄塔から力をもらって、それで片付くというふうにとれるのは、ちょっとまずいかな。読んだ後も何か残って続けて考えるっていうところがなくなりますよね。

プルメリア:以前読んだことがあって今回読み直しましたが、ほかの作品に比べてさっと読めました。以前担任した男子ですが、イライラしていることが気になってたんですね。家庭訪問のときに母親に話したところ、同居しているおじいちゃんが急に暴れだす、それも急に人格が変わるということがあったんです。その子は、その影響をうけていたんですね。いろいろなおじいちゃんがいますが、この作品のような優しいおじいちゃんって、子どもにはすんなり入っていけるのかなって思いました。

レジーナ:先ほど話に出た結末のことですが、私は、子どもたちが「鉄塔の下に連れて行ったからおじいちゃんの寿命がのびた」と心から思っているわけではないと思います。大切な人に死なれたとき、大人も「あのようにして、それでよかったのだ」と、自らの気持ちを納得させることがありますよね。この作品の子どもたちも同様で、本心から信じているわけではないように思うのです。そう考えると、登場人物の子どもたちに、大人の視点が入り過ぎているといえるかもしれません。

げた:10年ぐらい前に出た本で、ちゃんと読むのは初めてでした。とってもいい男の子ふたりが、今は体のどっかが始終ゆれていて、左手がまだらでおそろしく思えるような老人だけど、その「生きる力」をとり戻させようとがんばる。とってもいい話だと思います。現実にはなかなかいないと思いますけどね。それに、ヘルパーの黒井さんも、しっかり老人の人格を尊重していて、名前もちゃんと「長谷川さん」って呼んでいる。ゴーストフレンドのふうさんに関しても、「今の人生を生きなきゃだめよ」というところもいいなって思いました。周囲にこういう人たちばっかりいたら、安心して年とれるなって思いました。

サンザシ:介護の現場では、死んだ人が見えるとか、どう考えてもおかしいことを言ったりするのを無下に否定しないほうがいいって言われてるんじゃないかな。だから、黒井さんの対応はちょっとまずいんじゃない?

げた:なるほど、そうですか。介護される人の気持ちを否定するのはまずいのか。そういわれてみると、そこも現実的じゃないんですね。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年3月の記録)


世界一かわいげのない孫だけど

『世界一かわいげのない孫だけど』
荒井寛子/著 勝田文/挿絵
ポプラ社
2012.09

トム:美波、ショウコ、ルミの3人の迫力に圧倒され、はじかれました! でも、文章から離れられなかったからそう思ったのかも。アニメとかドラマのように耳と目から楽しむ気分になれば、すっとこの中に入れたのかも。物語の中で大事な役目をする“なぞかけ”や落語の間。お話全体もその味なのかもしれません。今風の女の子に見えて、彼女達の生活背景はそれほど変わっていないように思いました。

レジーナ:登場人物の言葉づかいが気になりました。長谷川町子の漫画の『いじわるばあさん』のように、ぎらぎらするようなアクの強さや人間としての魅力が感じられません。

アカザ:テンポが良くて、軽く読めましたけれど、なんだかお決まりの展開で……。転校して友だちとなじめないところとおばあちゃんのことが、うまくからみあっていないような感じがしました。あまりおもしろいとは思いませんでした。

ルパン:今回の3冊のなかでは一番印象に残りました。が、やはりいろんなところが気になりましたね。主人公の言葉づかいや態度が特に。さいごまで担任の先生を呼び捨てとか。一方、友だちはこの子に親切すぎてリアリティがない。最後はうまくもっていくんだろう、とは思いつつ、読んでいるあいだは「老人をばかにする話になったらいやだなあ」、というきわどさがあり、無条件に楽しめる感じではなかったです。

サンザシ:私は最初からエンタメだと思って読んだので、おもしろかったです。美波の口調も、アリじゃないですか。何にでも腹が立つ思春期の子どもだし、地方でのんびりと暮らすルミちゃんたちとの差を際だたせる意味でも、これでいいと思います。かわいくないおばあちゃんには、孫娘に負けないだけの威勢のよさがあって、嫌みの言い方やずるいところもユーモラス。とんがってる孫娘と、嫌みなおばあちゃんの勝負がどうなるのか、と楽しく読みました。美波は、最初はルミのことをアヒル、ショウコのことをアズキとしか呼ばないんですが、徐々にその距離が縮まって最後は仲間意識をもつというお定まりのストーリー。でも、そこに毒のあるおばあちゃんの存在がアクセントになって出てきます。ただ、いくら田舎だとはいえ、今時ルミやショウコのような屈託のない少女たちがいるのか、と考えるとリアリティはないかもしれませんね。あと、物語の山場である発表会で演じた落語が、文字だけで読んでももっとおもしろかったらいいのに、と思ってしまいました。それと、この書名は、祖母目線なんじゃないですか?

プルメリア:私は、この作品おもしろいなと思いました。突飛なおばあちゃんだしおもしろいんですが、最近のおばあちゃんはけっこう若いので、この作品の中のおばあちゃんの行動は小さい子どもたちにイマイチわかりにくいかも。もう少し上の学年だとおばあちゃんのしぐさや言葉のおもしろさがよくわかるんじゃないのかなって思いました。

げた:タイトルは、「かわいげのない孫だけど、でもかわいがってね」という美波の気持ちではないでしょうか。中身的には無責任なところもあるんですけど、エンタメということですすめてみました。若い子の斜にかまえた感じも、ちょっと心配なところもあって。文中に登場する子どもたちの、おそらく中国地方の方言も元気があって、東京に負けない感じがいいなって思いました。アズキちゃんに対してひどいことも言ってるんですけど、結局最後に、ルミたちの想いも理解して、ひどいままで終わっているわけではないので、読ませていいのか?とは思いませんでした。祖母と孫が、似た者同士の組み合わせで、最後まで妥協しないところがいいなって思いました。子どもたちに楽しんでもらえたらいいな。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年3月の記録)