カチャ・ベーレン/作 原田勝/訳
岩波書店
2024.11
ANNE:親同士が再婚したことで一緒に暮らすようになった11歳のゾフィアとトム。互いを受け入れることが難しい二人の思いが、交互に語られるという構成が読みやすくて好感が持てました。実の父によるDVで暗闇や大きな音にトラウマをもつトムの辛さや、新しい家族となった赤ちゃんの障がいなど胸が詰まるような展開の中に、折り鶴やマリオ、ジブリ作品など身近なアイテムが登場したことも、読みやすさを増幅させているように思えました。読後感もとてもさわやかな作品でした。
ニャニャンガ:以前読んだときは数十ページで止まっていたので、課題本になったおかげで読めてよかったです。一度目に挫折したのが不思議なほど、今回はするする読めました。ただ、トムとゾフィアの視点で物語が進行するので、人の固有名詞についていけず、人間関係を把握するためにページを行ったり来たりすることはありました。テーマは「ワルイ子」ですが、ゾフィアは悪い子ではなくて困ってる子だと思います。はじめてトムが怒りを表に出したとき、私も解放された気持ちになりました。
アマリリス: この本、課題図書にしていただいてよかったです。自分で普通に読んでいたら、前半で挫折していたかもしれません。そのくらい、途中まで読むのがしんどい本でした。ゾフィアとトム、どちらも重いものを抱えているから、読んでいて逃げ場がないんですよね。特にレガッタを見に港へ行く場面で、お父さんがゾフィアにトムの見守りを頼むところは、虐待のようにも思えてしまいました。でも、物作りをすることがきっかけでふたりの気持ちが通い合うようになっていくのが、とてもよかったです。この作品は日本の要素がけっこうありましたよね。千羽鶴も大切な小道具だし、ジブリ映画を見るシーンもいくつか出てきます。解説で、著者が日本にどういうきっかけで関心を抱いているのか出てくるかと思ったら、特には触れられていないので、たまたま知った、という程度なのでしょうか。みんなから集まった千羽鶴が合計998羽で、あと2羽つくる場面はちょっとうまいことやりすぎでは、と思いました。1000超えちゃった、みたいなほうがリアルだと思うんですけど(笑)。文章で1箇所だけ気になったのは、p63後ろから2行目。「わたしがきまりわるそうに顔を上げた」という部分です。三人称だったらいいのですが、「わたし」のことなのに「きまりわるそう」と推定で書かれていることにちょっと違和感がありました。
ハリネズミ:野生児のゾフィアと自信のないトムは、性格も正反対で最初は反目しあっていますが、徐々に距離を縮めていきます。ゾフィアもトムも、どちらも現状を変えたくない。ところが、親が付き合いだして不愉快な思いをすることになるわけですが、先がどうなるかが見えてしまい、意外な要素はありませんでした。p83にスリッパというのが出てきますが、イギリスの学校で子どもがスリッパを履いているのは見たことがないのですが、上履きのことでしょうか?
カケス:この場合はスリッパではなく、室内履き、踵のある上履きなのでは? これまでに日本で訳されたカチャ・ベーレンの本は、主人公ひとりのモノローグで綴られていますが、この本はふたりの主人公の心情が、それぞれの言葉で交互に出てくる点がおもしろいですね。そのおかげで、ふたりの気持ちが近寄ってきて、終盤に向かって盛り上がっていき、素晴らしい効果をあげている。本当に見事だと思います。原田勝さんの訳も、いつもどおり明晰で、この本の場合は特に澄みきった水のようだと感じました。千羽鶴のモチーフも、こうして外国の景色のなかに置かれると、新鮮で、美しいですね。一作ごとにチャレンジしている作家なので、これからが本当に楽しみです。
雪割草:カチャ・ベーレンはとても好きな作家で、これも原書を買って読みましたが、だんだん暗い気持ちになって、実は途中でやめてしまいました。なので、今回、原田さんの訳で最後まで読めてよかったです。カチャ・ベーレンは、トラウマを抱える子どもたちの心の声を独白調の文体で語りますが、その気持ちの表し方が豊かでリアルで、その巧みさにいつも感嘆します。タイトルにある「光」は、嵐のような気質のゾフィアの中に走る稲妻、暗闇が怖いトムが見出すあたたかな灯など、幾重にも作品全体にモチーフとして描かれていて上手だと思いました。みんなで鶴を折って、そこに込めた願いも、希望の光のように感じられました。互いに険悪だったゾフィアとトムが、互いに受け入れ認めあうようになっていくのもよかったです。この作品も含めて、カチャ・ベーレンの作品はおとながあたたかくて、安心して読めるのがいいです。ほかの作品でも、大切な家族の命が脅かされる、失われる事件が起きがちですが、そういう展開にするのはなぜなんだろうと思います。おとなとしては引き込まれて読みましたが、同じように困難を抱えている子にとっては、読んでいて苦しくならないだろうか、独白調なので入り込みにくいだろうか、というところが少し気になりました。
花散里:2024年にカチャ・ベーレンの作品が次々と刊行されて、どの作品も読み応えがあって、同年に刊行された、たくさんの外国児童文学の作品の中でも印象深く思いました。この作品も、その中の心に残った一作でした。親同士の出会いから「家族」として暮らし始めたゾフィアとトムは、お互いのことが苦手で、「居なければいい」とお互いに願っていたことから思わぬ方向へ展開してところなどが、見事に描かれていると思いました。千羽鶴の取り入れ方も上手いと感じました。文字が太字の箇所、うねるような文体で物語を紡いでいるところも印象的で、シドニー・スミスの挿画にも魅了されました。
すあま:親の再婚で一緒に暮らすことになったトムとゾフィアの関係がどうなっていくのか、はらはらしながら読み進めました。トムは父親からの虐待によるPTSD、ゾフィアは感情のコントロールができないという課題を抱えています。幼いときトムに何があったか、最初の方でははっきり書かれていません。二人の心が近づいたり離れたり、通じ合ったようで、なかなかそうならないところがリアルでよかったです。二人のまわりの友だちはみないい子たちで、トムの母親、ゾフィーの父親もよいおとな。父親がボートを一緒に作ろうと提案したのも、トムが器用でものづくりが好きなことをわかったうえで、共同作業をすることによって関係を作っていこうとしたのかなと思いました。そして赤ちゃんの誕生など、いろいろと大変なことが起きる中で、家族になっていく様子が描かれています。テーマとして取り上げられることがたくさんあるので、ブックトークにも使える本だと思いました。
きなこみみ:カチャ・ベーレンは今、個人的にとても注目の作家です。『ぼくたちは宇宙のなかで』(こだまともこ 訳 評論社)『わたしの名前はオクトーバー』(こだまともこ訳 評論社)も、とってもいいんですが、今回はこの本を推薦してみました『わたしの名前はオクトーバー』は森のなかで育った少女でしたが、この作品のもうひとりの主人公は「海」ではないかと思います。海の表情が多彩で、ゾフィアの感情やトムの不安な心を映して、引き込まれます。ゾフィアとトムの視点の繰り返しで書かれているのも、まるで寄せては返す波のようで、ぶつかったり、砕け散ったりしながらも、少しずつ溶け合ってお互いのことを理解していくふたりの心に、こちらの気持ちも揺れ動いて、動かされて、最後は見事にひとつの風景になっていくようで、この作家の詩的な才能を感じます。また、この海辺の町の魅力的なこと。二人が住む古い家も魅力的でした。
カチャ・ベーレンのもう一つの魅力は「痛み」かと思っています。子どもたちの「痛み」にフォーカスしていくんですよね。野性を宿した少女、ゾフィアが非常に魅力的です。荒々しくて、生命力をほとばしらせるような彼女が、実はとっても敏感な愛情のアンテナを持っていて、「仲間はずれ」になることが、そのアンテナが振れるスイッチになってしまう、その痛みの生々しさ。でも、凍った海に飛び込んだり、冷たい水で息をとめる練習をしたり、ゾフィアは「痛み」で自分の命を確かめているようなところがあると思うんです。リストカットや自傷行為にも近い彼女の痛みの受け止め方はとても危ういんですが、こんなふうに荒れ狂うものを抱える子どもたちの胸には、刺さるものがあると思うんです。そして、トムの父親の暴力からくるPTSDの痛みが、問題を抱える子どもたちに実際にかかわってきた人ならではのリアルさで迫ってきます。パニック発作の再現性がこわくて、つらいんですが、まるで受け身だったトムが、ゾフィアの激しさに触れて、化学反応のように、ずっと押し込めてきた「怒り」を解放するシーン、p216の海に飛び込んで泳いでいくところがとても心に響きました。p240では、「ママがよろこぶと思って、胸の奥にある気持ちを押しころしたり、にぎりつぶしたりする必要もない」と、トムが思えるようになっていることが嬉しくて、ほっとします。トムのパニック発作を見ても、馬鹿にしたりいじめたりしない、ケートー組の子たちが、また皆性格がよくて、それがまたこの海辺の町なら、きっとそうなのかもと思えてしまう。荒々しくぶつかりあう、この心の扉の開き方というのは、子ども同士でないとできないのでは。ゾフィアの父も、トムの母も優しくて、うまく出来すぎていると思われそうですが、この海辺の町なら、きっとそうかもと思える世界を作り上げていて、読後感もとてもいいです。永遠に分かり合えないと思う相手が、心のなかにどんな光を持っているのか。ゾフィアとトムが、相手のなかにも、自分の中にも、新しい光を見つける過程を、こんなに瑞々しく読ませてもらえる。YA文学の醍醐味です。
赤ちゃんの手術のために、折り鶴を皆が折ってくれるところも、とても好きです。デイヴィッド・アーモンドの『肩胛骨は翼のなごり』(山田順子 訳 東京創元社)を思い出して読んだりしましたが、小さな命が救われますようにという「祈り」は、リアリストから見ればまるでお花畑なのかもしれないんですが、この「祈り」こそが、今、この世界には必要だと思うんです。この世界は美しいと。どんなに暴力に満ちていても、子どもたちは自分の美しい居場所を見つけることができるし、そうあるべきだ。そんな世界を見せてくれて、心打たれました。
(後日感想)エーデルワイス:ようやく図書館から予約本のお知らせが来て読めました。みなさんが仰っていたとおり、ジブリアニメーションが書かれていて誇らしい気持ちになりました。世界の『ジブリ』世界の『折り紙』なのですね。千羽鶴を折ると願いが叶う。赤ちゃんの手術が成功しますようにと、トムとゾフィアその友人、おとなたちが協力するところは本当にいい場面です。赤ちゃん(ウラ・ホープ)が助かってほっとしました。私事ですが、私の次男の初めてもうけた赤ん坊が生後10時間で亡くなりました。数年前の話ですがあれほど悲しかったことはありません。現実でも物語の中でも子どもが亡くなる場面には会いたくありません。トムとゾフィアの交互の一人称での物語は読み応えがありました。日々の心情と苦悩や喜びがよく伝わってきました。10人足らずのクラスメートがトムを温かく受け入れるところがいいですね。知り合いの男の子がいろいろあり、小学校6年生の1年間、全校で10人足らずの小学校へ通いました。夢のように楽しくて、それまでの5年間が帳消しになったそうです。元気になり今は地元の中学校へ通っています。海と光、美しい文章が魅力的です。幸せな結末が嬉しいです。
(2025年05月の「子どもの本で言いたい放題」より)

